第9話
徐々に彼女の神酒を飲むペースが落ち着いて、漸く一升瓶が一つ空くと、時刻はすっかりお昼時になっていた。薄いレースのカーテン越しに窓から燦々と陽射しが入り込んでくる。
上座に座っている晃狐は、その陽射しを浴びながら、猪口を片手に赤い顔でぼんやりと窓の外を眺めて目を細めた。
その姿が神々しく、そして儚く、まるで泡沫となって消えてしまいそうで、思わず私は声を掛ける。
「此の部屋、とても日当たりがいいんですね」
「当然じゃ。此処は家を建てる時に、昭が先祖と宇迦之御魂神様の為に考えて造った部屋だからの」
昭とは、依頼人の言っていた祖父を指しているだろうか。晃狐はそう自慢気に呟くと、飲まずに手の内で弄んでいた神酒を呷る。
彼女は得意気な表情を保って笑っていたが、徐々にその表情は曇っていき、遂には溜め息を吐く様に「人間は弱い······」と鋭い爪が伸びている自らの手を一瞥して囁いた。
「この家の住民を傷付けた事を後悔しておいでですか?」
私の言葉に、彼女は少女の様に傷付いた表情をした。猪口を座卓に置いて暫く無言の時を過ごすと、やがてゆっくり口を開き、自らの心情を吐露する。
「我は······寂しかった。昭が逝き、信仰が薄くなった神棚が意味を成さないが故に、主の訪問も無く······。気付いて貰おうとしようにも己が力が大きすぎて怪我をさせてしまう······。最早我は、人間にも、主様にも必要とされてないのやも知れぬ······」
まるで涙を流す様にうつむいた彼女に対面した時に感じた覇気はない。
彼女の背中に手を添え様とするが、私達の会話に静かに耳を傾けていた麿呂が、それを制止して首を振る。
任せろと言う事だろうか。麿呂に是の意思を示して手を引っ込めると、彼は彼女の傍に寄り、頭を下げて床に手を突き進言した。
「恐れながら。社の神からすると神使は子も同然と多くの神々が申されます。勿論、例外もございますが、······晃狐様の記憶にある主様は晃狐様を遠避け、野に放す様な御仁でございましたか?」