第8話
白狐は尊大に言い放ち、ぽふんと、音を立てて赤い襦袢を纏った切れ長の瞳の美女に化けた。
「さっさと来い」と言う様に、金色の瞳で此方をチラリと見やり、彼女は白銀の長い髪の毛を床に引き摺りながらスタスタと座卓へ向かう。
私と麿呂は慌てて彼女に着いていき、彼女が座ろうとしている周りに置いていた新聞紙等を早急に片付ける。
既に彼女は上座の一番ふかふかの座布団を陣取っており、台の上に見付けた猪口を我が物顔で片手に持っていた。神酒を注がれるのを今や遅しと待っている。
私は恐る恐る彼女を見て内心思っていた事を問う。
「ですが、宜しいのでしょうか?神酒を一番に口にするのは御祀神様のはずでは······」
「良い。我が主、宇迦之御魂神様は長い間此処に御降臨されておらぬ」
自嘲の様な痛々しい笑みを浮かべた彼女は誤魔化す様に「早う、注げ」と猪口を高く掲げた。
······しまった、地雷を踏んだかもしれない。
ひやひやしながら彼女の猪口に神酒を注ぐ。
麿呂も獅子姿が不便だったのか、一言彼女に断りを入れて薄い金色のふわふわした髪の毛と浄衣姿の青年の人型をとってまだ開けていない神酒を両手に持った。
見た目とは裏腹に豪快に神酒を飲み干していく彼女はヤケになっている様にも見える。私達は途切れる事のない様、交互に酌をする事に集中した。
「数少ない天の位を持つお狐様に初めてお目に掛かりました」
「そうであろう。千も生くると『生』に厭いてくる。我が同胞達も徐々に減っていったわ。よもやこの様な田舎町にいるとは思わぬであろうて、フハハハッ」
黙々と酒を飲んでいる様子に麿呂が気を利かせて話題を振ると、一升瓶を半分程空いた程度だが少し酔っ払ってきたらしい彼女は、顔を赤らめて饒舌に答えた。
麿呂の両方の頬っぺたを引っ張り「我はそなたより十倍は年上ぞ!」と、ケラケラ笑っている。彼女の姿越しに麿呂が涙目で私を見つめてくる視線から無言で目を逸らした。
麿呂、ごめん。フォロー出来なくて!
一体誰だ、狐は酒に強い等と言った人は······。