第6話
「稲荷だね」
鼻をひくひくとさせてから二人には聞こえない声で麿呂は低く呟いた。
私はどちらとも取れる様に一つ頷くと「一番怪我をなさっているのは誰ですか?」と昭一氏に問う。
「私です。もう今月で三度目になります」
この通りと、私に見える様に爪痕が刻まれているであろう足を上げる仕草を見せた彼は苦笑いを浮かべた。
「成る程。······こちらのお宅には神棚がございますよね?」
朽木さんから私に話が回ってきている時点で分かりきっている答えを偽薬代わりに敢えて投げ掛ける。
「っ、はい。よくお分かりですね。私の父までは小さな商店をしていましたので奉っております。私は会社勤めなので最近満足にお世話が出来ておりませんが、仏間に祖父の代からある神棚がございます。」
一拍置いて告げられたその返答を聞くだけで原因は丸分かり。だから人間は駄目なのだ。
「承知致しました。此方からお願いしていた榊と日本酒は御用意して頂けましたか?」
「はい!直ぐにお持ち致します」
昌枝夫人が台所にバタバタと走っていき、二本括りの熨斗がついた清酒と新聞紙に包まれた榊を重たそうに持ってきたので、私は其れを両手で受け取るとソファーから立ち上がり「それでは、始めさせて頂きます」と告げた。
麿呂もやっと事を始められると、ソファーから飛び降りて背中を伸ばす仕草をする。
家の中を案内すると言う申し出を断り、原因になっているであろう仏間に直接連れて行って貰う。
周囲を土壁に囲われた仏壇に大きな座卓がある仏間には、先祖を大切にして大家族が集まった名残なのか、座卓の周りに座布団が沢山敷かれていた。
ショルダーバッグから割れない様に梱包しておいた萩焼きの雅な猪口を一つ取り出して、日本酒と共に座卓の上に置く。
念の為に用意してきた背中の矢筒も下ろして座卓の下に潜り込ませると、用意して貰った榊を丁寧に新聞紙から取り出す。
私の様子をぼんやり眺めている今中夫妻に顔を向けてから二人の顔をしっかりと見て諭す様に告げた。
「今からお住まいの皆様にこの部屋の立ち入りをご遠慮して頂きます。どの様な音や声が聞こえてもゆめゆめ覗きません様、どうぞ心して下さいね」
そう告げると二人はゴクリと喉を鳴らし、強張った表情で頷く。一通りの事を終えたら私から声を掛ける事を約束したので、二人は大人しく他の部屋へと向かって行った。