第4話
「······菊、······菊!」
ハッと目を覚ますと麿呂の顔が眼前にあって、大きな声をあげてしまいそうになり慌てて口を閉じる。
「着いたよ!早く降りなきゃ!」
随分と寝ていたらしく、いつの間にかバスは目的地の停留所に停まっていた。
大急ぎで荷物を背負って、表示されている運賃を払う。降りる際に運転手にジロリと一睨みされたところを見ると、随分待たせてしまった様だ。
バスは音を立てて扉を閉じると、私と麿呂を置いて次の停留所へと発進して行った。
「やっと着いたね」
固い座椅子で固まってしまった身体を大きく伸ばしてから、ショルダーバッグの中の地図を取り出している私の肩に麿呂は飛び乗ると「殆ど寝てたじゃん」とからかう様に言う。
「それは麿呂もでしょう?さ、依頼人の元に行こう」
鋪装されていない土の道を踏みしめ依頼人の家を目指す。メールにはバス停から南に真っ直ぐ歩いた所にあると書かれていた。慣れない土地に不安を覚えていたので、目的地が分かりやすいだけで少し安心出来る。
道なりに三十分程歩いただろうか、昔ながらの平屋の日本家屋が徐々に右手に見えてきた。道中一軒も家を見掛けなかったので、依頼人のお宅で間違いないだろう。
玄関に到着したはいいが、呼び鈴が見当たらない。
「どうする?」と、言葉なく足元から麿呂が見上げてくるので肩を竦めてスライド式の扉に手を掛ける。
訪ねて来る人間が限られているのか無用心にも鍵は掛かっておらず、扉はカラカラと渇いた音を立てて開いたので、私達は思わず顔を見合わせた。
依頼人とのコンタクトはスムーズなのは悪くない事だと気を取り直して、綺麗な木目の廊下の先まで届く様に声を大きく張る。
「御免下さぁい!」
暫くの間の後、奥から首から掛けたエプロンで手を拭いながらバタバタと五十代くらいの女性が現れた。
「はいはい、······どちら様かしら?」
玄関先まで辿り着いた彼女とバチリと目が合うと、戸惑った風に問い掛けられる。こういう反応には慣れているので、口元に笑みを作りゆっくりと答えた。
「朽木さんからのご紹介で参りました。愛染菊と申します」