第3話
「お父さーん」
境内を真っ直ぐ進んで神木に寄り添う父に駆け寄ると、美しい微笑みで幼い私を迎えてくれる。
手に持った拾ったドングリを彼に渡すと「ありがとう。菊はドングリ拾いの天才だね」と屈んで白くて綺麗な手で私の頭を撫でてくれた。
「あのね、お母さんがね。ドングリは食べれるって言ってたよ。お父さん一緒に食べようよ」
「華さんも古い話をしてるなぁ······。ごめんね、菊。お父さんはドングリも食べられないんだよ」
これは夢だ。母が亡くなって寂しくて、寂しくて、せめて父と一緒のご飯を、食卓を囲みたくて我が儘言った時の事を私は思い出しているらしい。
「なんで?なんでお父さんは皆と一緒の事が出来ないの?」
辞めて!と心の中で思っても、自分の事しか考えられない幼い過去の自分は止まってくれない。それ以上先の言葉は彼を傷付けてしまう。
「なんで、お父さんは普通じゃないの?」
幼く残酷な言葉に、父は悲しそうに笑って「ごめんね······、菊」と頭を下げた。白銀の長い髪の毛が今にも地面に着いてしまいそうだ。
父の言葉が求めている答えではなかったので、我ながら情けない事に癇癪を起こして幼い私は泣いてしまう。
彼は泣いている私を抱き上げると、涙でくしゃくしゃの顔を着物の袖で拭う。綺麗になった顔を覗き込んで一つ頷き、再びゆっくりと頭を撫でてくれた。
「私はお酒は飲めるから、菊が大きくなったら一緒に飲もうね」
「一緒······?」
「そう。一緒に、だよ。約束する」
「じゃあ、菊、それまで我慢する······」
「ちゃんと我慢が出来て偉いね。菊はやっぱり私の自慢の子だよ」
嗚呼、私、この時の事をすっかり忘れていて彼に謝った事なかったな。
だから大きくなった今、毎晩晩酌に誘ってくるのかな、と美しい父の微笑みを眺めて思っていると、遠くで私を呼んでいる声が聞こえた。