星色
ありきたりかもしれません。
しかし、読んでくださると幸いです。
あの頃の俺には何かが欠けていた
けして満たされることのない心
いつも何かを探していた
自分の足りない何かを
いつも……
* * *
高校二年の夏休み
課題をさっさと終わらせた俺【緋咲 夕也】は、自然を愛する両親によって緑豊かな田舎に来ていた。
「山に囲まれていておちつくな~」
「そうねぇ。空気も澄んでいるし,それに旅館にはいろんな温泉があるみたいだし楽しみだわ!」
この両親は長期休暇になると自然豊かな土地へ旅行にいくため、俺はさっさと課題を終えなければならないのだ。さらに、二人は今でもラブラブなため二重に辛い。そのため、旅館に着いたらいつも俺は別行動だ。
(昼にしては比較的涼しいし散歩でもするか)
気温,天候ともに散歩に適している。
更に、今までの経験から行くと二週間はここに泊まるはずだ。早めに暇をつぶせそうな場所を見つけなくてはならない。
別に温泉や森林浴が嫌いというわけではないのだ。ただ……
「どうあがいてもすぐ飽きるんだよねー」
長期休暇の度に自然に囲まれると外遊びの種類は増えるが、この年になると知らない輪に入るのに抵抗がある。そのため一人遊びがメインとなるのだが、どうしても限界がある。故にどこかで暇つぶしとなる何かを探す必要があるのだ。
などと考えながら歩いていると何故か目を引く石段があった。
(俺に足りないものがここにある)
そう感じたのだ。
根拠のないただの勘。けれど、無視などその時の俺には出来なかった。
俺は、自分の勘に従って長い石段を駆け上がっていく。
何かを通り抜けたように感じたが気にならなかった。
ただひたすらに……何も考えずに駆け上がっていた……
(なんだ……これは……!?)
初めに見た鳥居の向こうには、季節外れに咲き乱れる桜と巨大な神木があり、その奥には神社があった。鳥居をくぐると周囲が薄暗くなり、少し肌寒くなった。
ここは何なのか?
何故桜が咲いているのか?
そんな疑問が引き飛ぶほどに幻想的で、時間を忘れるほどに俺は魅了された。
だから気が付かなかった。彼女の存在に……
「あら?人間なんて珍しい。あなた、どうやってここに来たのかしら?」
澄んだ声のした方向には、風になびく長いきれいな黒髪の女性が立っていた。
巫女服を着た、凛とした……しかし、優しい空気を纏った女性。彼女の手には竹箒があり、掃除をしていたことがわかる。……見たところ自分と同じか少し上位の年齢だろうか?
「どうやってなんて言われても普通に石段を登って来ただけ……です」
「普通に?おかしいわね……いえ、彼自身が…………」
いきなり考え込む女性。声が小さく聞き取れないため考え込んだヒントすら分からない。
しばらくして彼女は意識を俺に向けた。
「情報が足りない……まぁいいわ。
はじめまして。私の名前は紺野 藍莉。見ての通りこの神社で巫女をやっているわ。あなたの名前を教えてもらえないかしら?」
「緋咲 夕也……です」
「夕也……ね。私のことは藍莉でいいわ……あと、敬語は必要ないわよ」
女性……藍莉は微笑みながら軽い調子でそう言う。
その笑みに見ほれそうになりながらも、俺は彼女に質問をなげかける。
この不思議な空間について……
「ここには……というか石段からだけど結界が張られているの」
「結界……?」
非現実的だと思ったが、真夏に桜が咲いている時点で今更かと思い直す。
「そう。二つの結界を張ってあるの。
一つ目が人払い……つまり人がここに来ないようにしているのよ。普通は石段すら見つけることは出来ないわ。仮に見つけてもあなたみたいにここに登って来ようなんて思わないはずよ」
先ほど考え込んだ理由がこれなのだろう。人払いをしているはずなのに人が来る……不思議で仕方がないはずだ。
「二つ目は、周りの霊力を収集すること」
「結界の内と外で時間の流れが違うのは?」
藍莉は苦笑いをしながら
「たぶん、結界自体の問題よ。結界って要は内と外で違う空間を作るってことだから、長い時間をかけてずれができてしまったのよ」
と答えた。……一体どれほどの間、結界を張っているのだろう? というかいくt……おう…………何だかゾクッときた。この話は止めたほうが良さそうだな。誤魔化しの意味もかねて取り留めのない話題をふった。
時間を忘れて彼女との会話を楽しんでいた俺は、ふと腕時計を見る。驚いたことに五時を過ぎていることに気付く。そろそろ旅館に戻らなくてはならない……
「悪い。俺、そろそろ旅館に戻んねぇと。明日また来る……じゃあな藍莉」
「あら?もうそんな時間なのね。……来れるのならまた来なさい,夕也。
それと、ここのことは他人に話してはだめよ?」
冗談めかして言う藍莉に向けて、分かっているという意思を込めながら軽く手を振り鳥居をくぐる。
空を見ると、太陽は少しだけ傾いていた。鳥居をくぐる前まで太陽は真上にあったのに……だ。
改めて時間の流れが違うという意味を実感する。
それにしても、時間を忘れるほど会話を楽しむなんてな……などと考えながら旅館に向かう。
食事中、両親に何かいいことがあったのかと聞かれたが誤魔化した。……そんなにも顔に出ていたのだろうか?と思ったら、
「表情が柔らかくなってる」
と言われた。まだ気が付いていなかったが、その時の俺はすでに満たされた気持ちになっていたのだ。
それから俺は、朝食を取ってすぐに神社に行き藍莉と夕方まで一緒に過ごす(昼食は山から採って藍莉と食べていた)という生活を過ごしていた。そうして俺は、彼女に惹かれているという事に十日もかけて気付いてしまった。しかし、彼女に告白なんて俺には出来ずに旅行最終日になってしまった。
「よう。藍莉」
何時ものように鳥居をくぐると、辺りが暗くなり空には曇りのない星空が広がっていた。
「こんばんは、夕也。……そういえばあなた、今日が旅行の最終日なんでしょ?
一昨日くらいから元気がなかったけどそろそろ話す気になったかしら?」
「あ~。なんだろう、この逃げ道を行き成りつぶされた感じ。いいんだけどね?別に」
「どうしたのよ?」
悪意なく逃げ道をふさぎ、せかしてくる藍莉。
俺は顔が熱くなるのを感じながらも自分の思いを伝えようと決心する。
「何を言ってんだって思ってもらって構わない。だけど聞いてくれ……」
「……まって。その前に私の話しを聞いて」
いざ、告白をしようとして止められた……。しかし、彼女の顔はとても真剣で断れない。
「何となく、言いたいことは分かったわ。だからこそ先に聞いてほしいの……私の話しを」
* * *
昔……といっても百数年ほど前の話よ。ある村に古びたお社がありました。そのお社は、二十年ほど前に村長が新たな神を祀るからと管理されなくなったお社でした。
大半の村人は当然反対しましたが、過去に起きた事件で村長はその神様のことを信じられなくなっていました。そのことを知っている村人は何も言えず結局、新たな神を祀ることになったのです。
しかし、新たなお社が建てられてから三十年ほど過ぎてから異変が起きました。
村長が謎の病で倒れ、それから不作が続いたのです。村人は、神罰だと騒ぎ古びたお社に一人の巫女を生贄に捧げました。しかし、それからも不幸な出来事が続いたため、結局村人は住処を変えることになりました。巫女を一人残して……。
生贄に捧げられた巫女は、それから二つの結界を張り、一人でお社を管理しました。誰も立ち入らぬようにと。そして、数年もしないうちに巫女は死んでしまいました。
* * *
「それが……」
「そう……私。幽霊になってもここを管理してる意味はないんだけどね」
寂しそうに彼女はつぶやく。
「成仏自体を諦めていた時に夕也が来たからびっくりしたわ。それに、私の未練も断ち切ってくれたし」
「み……れん?」
「えぇ。ただの女の子として過ごしてみたいっていうそれだけのこと。この二週間はとても楽しかった」
頭が真っ白になり、すでに出ている答えから目を背けたくなる。
そんな俺に追い打ちをかけるように彼女の体が透け始める。
「夕也……あなたの気持ちはとても嬉しいわ。けど、お別れ。だからその言葉は他の女性に取っておきなさい。本当は出会うはずではなかったのだから」
涙が溢れて視界が歪む。
「待てよ……聞けよ。聞いてくれよ!
俺はおまえが…………ん”!」
キスで口を塞がれる。口が離れ彼女は笑顔で
「キス……ご馳走様。あの世で見てるから早死になんてしないでね」
と言って消えた。
泣きながら見た星空は、とても綺麗な青色で,しかし彼女と同じくすぐにきえてしまった。
「う……うぅ……あ、あいり。ぅあ……あぁ。あ”ぁぁ…………………」
泣き終わった俺の目の前には、古びたお社に枯れ果てた桜の木……それと藍莉の使っていた竹箒があった。俺は、その箒で掃除をしながらこの二週間のことを思い出す。
取り留めのない……しかしとても楽しかった会話。神社に遊びに来た動物と一緒に遊びもした。
そして俺は、藍莉に恋を教わった。そして、同時に失恋を教わった。
「藍莉………また来るから。俺はお前を忘れないから。
そんで………好きな人が出来たら報告するから。あの世で見守っててくれ」
* * *
あれから五年。
俺は毎年、夏になると藍莉と出会った神社に来る。結界はもうなくなっているのに、相変わらず人は来ない。
掃除を終えて、何時ものように彼女に一年の出来事を話す。俺は未だに新しい恋なんて見つけていない。彼女のことが忘れられないのだ。
報告を終えて立ち去ろうとした俺の耳に、懐かしい声が届く。
「まだ私のことを忘れられないの?」
振り返る俺にあの時と変わらぬ調子で彼女はいう。
「こんばんは。二十年ぶり………いえ。あなたにとっては五年ぶりね。夕也」
「………久しぶり…………藍莉。どういうことか説明しろよ………」
「当り前よ」
微笑む彼女を見て、涙が溢れそうになる。それを誤魔化すように俺は空を見る。
あの時以上に綺麗に輝く星に自然と頬が緩むのが分かる。
「先ずは消えた後の話ね………」
fin
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