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6 お師匠様に

 噴火から半年ほどがすぎて、ほぼ火山の活動も落ち着いて、森の奥まで入れるようになった。


 そして、その頃にはレスタは一介の魔法使いと言っていいレベルにまで成長していた。

 私とレスタが集落を歩いていると、転んで膝をケガして泣いている子供がいた。あれは崖の後ろに住んでいるサルディア家の五男だ。


「大丈夫、大丈夫。わたしが治してあげるからね」

 レスタは子供のところに行くと、さっと治癒魔法の詠唱を行った。

 血の出ていた膝の傷はそれで収まった。痛みも消えたのか、子供から泣き声も消えた。


「レスタお姉ちゃん、ありがとう!」

「これからは気を付けて遊びなさいよ。このへん、道がざらざらだから、こけるとすりむくから」

 レスタは笑顔で、噴火の時に私がレスタにしたようにその頭をくしゃくしゃと撫でた。


 子供はまた道を駆けていった。あの調子だとまたすりむきそうだけど、だとしても大きなケガになるほどではないから大丈夫だろう。


「レスタ、本当に立派になったな」

 私は後ろからレスタの肩にぽんと手を置いた。

「あと、お姉さんになった。三か月前に十三歳の誕生日を迎えてからぐんと大人になった」


 この時期の子供は成長が著しい。そのタイミングでちょうど魔法を習えたのはよかったかもしれない。


「これもお師匠様のおかげです」

 レスタの声も最初に出会ったような幼さは影を潜めている。

 あと、私への呼称が神官様からお師匠様に変わっていた。私がレスタの魔法の師匠と言う立場にはっきりとなったからだ。


「わたしもお師匠様みたいな偉大な賢者になりますからね」

 レスタの瞳は本当に緑色の宝石みたいに美しく輝いている。

 両親を亡くして、決して幸せな境遇とも言えないのに、ここまで明るく過ごせるのは、一種の才能だろう。両親もレスタに多くの愛を注いだのだと思う。その二人に私からも感謝したい。


「そうだな。今の治癒魔法を見ていても、まだまだ甘いところが十五箇所ほどある。先は長いが頑張ってくれ」

 私はぽんぽんとレスタの肩を叩く。

「十五個所? そんなにですか?」

 レスタは少しショックだったのか、ばつの悪い顔をした。私から見たら、そりゃ大半の魔法使いはひよっこだ。


「まず、詠唱時の発音があまりよくない。魔法は出ているが、変な癖がつくと発動しないものも出てくるから今のうちに修正だな。あと、患部に手を向ける距離はより近いほうがいい。それから――」

「全部、列挙していかなくてもいいですから! 落ち込むからやめてくださいよ」

「わかった、わかった。じゃあ、頑張って自分で気づいてくれ」


 少なくとも、私と弟子の関係はかなり縮まったとは思う。

 私も客人のようにいつまでも遇されるのは落ち着かないから、ちょうどいい。



 はっきりとレスタを弟子にとろうと考えたのは火山噴火の直後だ。

 レスタは間違いなく成長の伸びしろがあった。それもたぐいまれと言っていい次元のものだった。


 もともと私は弟子をとるつもりはなかった。

 魔王を倒したあと、私は本格的な宗教改革を行うつもりでいた。腐敗している神官組織を変えていく。それこそが一番多くの人が幸せになるべき道であって、後進を育てるよりずっと意味があると思っていた。


 だが、その望みは完全に断たれてしまった。

 あとになって知ったことだが、私が勇者パーティーとして戦っている間、神官組織は私の処遇を検討していたらしい。

 このまま私が英雄の側面を持って、のしあがっていけば、すでに利権を持っている側からすれば脅威になる。


 なにせ私は大貴族の子供でも、大商人の子供でもない。完全にたたき上げに近い形で立身した者だ。有力者の子弟が上に立つ今の神官組織にとってはありがたくない存在だった。


 だから、私は早晩、どこかでつぶされる運命だったようだ。何か理由をつけて排除しないと組織にとってはメリットがないということになる。


 この島から王国の中央に戻ること自体はたやすい。

 なにせ、監視役の一人もいないような、のどかな島なのだ。本土の港との定期便に潜り込んでしまえば、どうとでもなる。


 しかし、勝手に帰還したとなれば、私はマホラ島の筆頭神官の職務怠慢の咎を受けることになる。組織での居場所がますますなくなるだけだ。


「今の大僧正に敵対する派閥でもあれば、そこに関与するという手もあるが……いや、そんなの、神官の本分じゃないな……」

 私は読んでいた本をぱたんと閉じた。

 意識が散漫になっていることに気づいたからだ。


 大僧正たちを倒して宗教改革をするとしたら、もう、それは政治の領域だ。政治とは世俗。神官が関わるべき事柄からあまりに遠い。


 今の幹部クラスの神官たちみたいに金銀を使用したような法衣で威張りちらすぐらいなら、清貧に甘んじて神を信仰している隠者のほうが、よほど正しい。


「この島に骨を埋めるのも悪くはないか」

 私は本の代わりに日記を開く。

 そこにこう記した。


 ――弟子を育てる、と。


「神官様、お茶が入りました!」

 お盆に茶器を載せて、レスタが部屋に入ってきた。


「レスタ、神官様というその呼び方だが、やめにしなさい」

 レスタがテーブルに茶器を置いていくところに、私はそう言った。

「レスタはもう私の弟子だ。だから、神官見習いと言ってもいい。この島に二人目の神官なわけだ」


「えっ……では、どう呼べばいいでしょうか……?」


「ごく普通に名前でハルーカ、あるいは師匠、かな」

「それじゃ……今後はお師匠様とお呼びします!」


 私はゆっくりとうなずいた。

 それと、レスタはなかなかいい笑顔をするなと思った。


「よし、レスタもお茶を飲みなさい。私がれてあげよう」

「そ、そんな、畏れ多いです……!」

「師匠だからってあんまり遠慮しすぎないでいい。あと、ここから先は弟子としてもっと厳しく指導するかもしれないからな」


 レスタは少し気合いが入った表情になったようだ。

「わ、わかりました! 頑張ります!」


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