5 火山噴火の森
「レスタ……!」
噴石が飛んでいるのが肉眼でもはっきりと確認できた。
その噴石は火山の裾野に広がっている森にもいくつも落ちている。さらに山の一部が崩落するような音すら聞こえていた。
「最悪だ」
私はそうつぶやかざるをえなかった。
魔王軍の襲来なんかより、よっぽど恐ろしいことが起きている。巨大な岩塊なんかが頭に降ってきたら絶対に無事では済まない。
しかも噴石はいっこうに止まる気配もなく、森に落ちている。
森のあるところからは煙も上がっている。おそらく火山の爆発が山火事を誘発させたのだろう。
私は勇者パーティー時代に使っていた布の袋に適当なパンを突っ込んで、出かけた。
袋には緊急時に役立つアイテムが入っている。
家の外に出ると、近所に住んでいるおばさんが青ざめていた。
「こういう噴火はよくあることなのですか?」
私はおばさんに尋ねる。
「十年に一回ぐらいでしょうかねえ……。ただ、一回噴火するとしばらくは続くので当分は近づけませんわ……」
「その……今、森に入っている人間がいたら、どうなります?」
おばさんはさらに顔を青くした。
「非常に危険です……。火砕流が来るかもしれませんし……。まさか、レスタちゃんが……?」
「必ず連れ帰ってきます」
それだけ言うと、私はもう森のほうに向けて歩き出した。
後ろから「危険です!」という声がかかったが、私は止まらなかった。
そんなこと、承知している。
魔王と戦う時と比べれば、いくぶん安全だろう。
一人で森に入ったことはなかったが、森の中はとにかく複雑だった。
人が歩いているような道がない。大半が獣道でレスタがどのあたりに向かったかも皆目見当がつかない。
効率は悪いけど……やむをえないか……。
「彼の者の居場所を指し示せ――ディテクト・マジック!」
付近にいる対象のものが光を発して居場所を教えてくれる魔法だが、効果はなかった。
「この近くにいないということだけはわかったか……」
私はまた森のほうへと進んで同じ魔法を繰り返した。
やれることはそれしかない。
噴石がひとかけら、私のほうに向かって降ってきたが――
ガキンッ!
と音をたてて、私のかなり頭上ではじかれた。
「インヴィジブル・ウォールの魔法を使っていて、よかった……」
これは自分の周囲に危害を加えるものが飛んできた場合に、壁になってくれる魔法だ。崩落しそうなダンジョンに入るとかでないかぎり、あまり使用頻度の高い魔法でもないのだけど、使いどころがあってよかった。
もっとも、安堵している場合でもない。
「そろそろ見つけられないと本当にまずいな……」
噴火中の火山に近づいたことなどないが、予断を許さない。キノコをとりにそんな山深くに入り込むとも思えないのだが、どこが採集場所なのか、私にはまったくわからない。探し回るしかない。
それに噴石が森の中にもしっかり降ってきてるな……。
木が壁になってくれるから安全かもと思ったが、枝や幹ぐらいならなぎ倒して降ってくる。
あと、火山のせいなのか、そもそも幹回りの太い木がほとんどない。
途中、走り回っている獣にも出会った。噴火に驚いているのは動物も同じか。
そして、何度目かもわからないディテクト・マジックを使った時――
視線の奥に青い光が目に入った。
「レスタ、そこだな!」
私は足を早めた。
そこにあったのは――奇妙な氷の塊だった。
氷? ここは南の島だ。そんなもの、気候的にありえるわけがない。
ただ、その氷の塊のほうから涙声みたいなものが耳に入った。
「た、助けて、こ、怖い……」
その声は間違いなくレスタのものだ。
でも、だとしたら――この氷はレスタが生み出したもの?
その氷の背後から、たしかに氷雪魔法の詠唱がした。
また、氷の塊が近くにできる。
私はついつい呆れてしまった。
危機的状況で魔法が発現したということか。それしか可能性はない。
「レスタ、おめでとう。そう言っていい状況かわからないけど」
氷の後ろから、レスタの前髪がのぞいた。
「えっ……。神官様、どうしてここに……?」
「レスタを助けに来た。さて帰ろ――」
直感的に不吉な予感がしたので、私はレスタのところに飛び込んで、その体を包む。
私の頭上あたりに人間の頭よりも大きな噴石が落ちてきたが――
インヴィジブル・ウォールにぶつかって、石は威力をなくして、地面に落ちた。
「レスタ、無事だな? やっぱり保険はかけておくべきだ」
「す、すごい……。神官様、こんなこともできるんですか……」
ほうけたような瞳でレスタは私を見つめていた。
「レスタ、しばらく森の立ち入りは禁止とする。あと、もう一度言うが」
私もレスタの無事を確認できて、いくぶん表情がゆるんでいた。
「魔法の成功、おめでとう」
●
集落のあたりに戻ってきた頃には、外は真っ暗になっていた。
帰りはレスタをおんぶしていたので、時間がかかったというのもある。
「あの……神官様、ご迷惑おかけしました……」
「私の後ろが一番安全だからな。ここの石ならインヴィジブル・ウォールで防げる」
「もう、森は抜けたし、一人で歩けます」
そう言われて、私もレスタを降ろした。人間一人担ぐぐらいの体力は所属していたパーティーが化け物揃いだったので、賢者の私にもあるのだが、ほかの人間から見れば、そうは映らないだろう。
「運悪く、火山が噴火して、本当にもうダメかと思いました……。それで必死になって、習った氷雪魔法の詠唱を……」
「うん、生きたいという気持ちがレスタを成長させてくれたんだな」
私はレスタの髪をくしゃくしゃと撫でた。
それと、私は一つのことを確信した。
この子には魔法の才能がある。それも、賢者と呼ばれる領域にまで進めるぐらいの才能だ。
流刑地のようなところで、時間を過ごすよりは立派な弟子を作るほうがいいんじゃないだろうか。
私はレスタの真ん前に来て、中腰になって目線の高さを合わせる。
大切な話は相手と目線を合わせる。
「レスタ、私の弟子にならないか」
「弟子……ですか?」
「弟子になったら、もっと本格的に魔法を教える。その代わり、少し厳しいことも言うかもしれない。それでもいいなら、やってみるといい」
もっとも答えを聞くまでもなかったかもしれない。
レスタの瞳は暗い中でも光って見えるぐらいだった。
「はい、よろしくお願いいたします!」
次回は明日更新予定です! よろしくお願いいたします!