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4 大賢者、教師をやる

 マホラ島には四季というものがない。

 つまり、ずっとあったかいのだ。薄着で問題ない。むしろ、神官の正装をしていると、気分が悪くなる。


 もっとも、島の人たちは今日はとくに暑いとか、今日は冷えるとか言っているので、原住民にはわかるのだろうけど……。この島での生活に適応してるんだな。


「よく、そんな難しい本が読めますね……」

 レスタは私の読んでいる本を不思議そうにのぞき込んでいた。手には洗濯物の入ったカゴが収まっている。

 本当は私も手伝うべきなのだろうが、私をあまり働かさせると長老たちに怒られてしまうらしい。私がこの島で一番偉いというのは事実なのだろう。


「こういうのは慣れだよ。こんな本ばかり読んでいるから別に難しくない。コツがわかれば、誰でも読める」

 私は大真面目に言った。勇者パーティーにいた頃は、そんなわけないだろと剣士や勇者に笑われたものだ。


 こっちはこっちで「それは学ぶ時間がないだけです。あなたたちだって、腰を据えて勉強すれば、必ず理解できるようになるし、魔法だって使えるようになります」と言い返した。


 実際、文字が読めない庶民の子供でも、幼い時に神殿に入り、そこで魔法を使えるようになった者なんていくらでもいた。まあ、根気がいるのは間違いないが。


 レスタは洗濯物を干しに戻ったが、またこちらを見てきた。今日はやたらと視線を受けている気がする。


「もしかして、レスタ、勉強してみたいのかな?」

 くるっと振り向くとレスタと視線が合った。あわてるレスタ。こうやって、すぐに目が合うということはやっぱり、こちらをのぞいていたという動かぬ証拠だ。


「え、ええと…………その……」

 レスタはしどろもどろになっている。これは恥ずかしさのせいじゃなくて、遠慮だろう。


「いいよ。教えてあげる」

 私は椅子を一つ自分の横に置いた。

「はい、そこに座って。じっくり教えるから心配しないでいい」

 少し笑みを向けると、レスタも安心したようだった。


「わ、わかりました! 頑張ります!」

「うん。元気でよろしい。じゃあ、早速はじめよう。まずは文字を教えるから。現代語は書ける?」

「い、いいえ……。まったく……」


 切なそうにレスタが言う。嫌なことを言わせてしまったかもしれないけど、教え子の実力を把握できないと、とっかかりがつかめない。


 それにこんな島で文字の読み書きができなくても困ることはない。むしろ、風の流れで、海が時化しけになりそうだとか、その逆で穏やかな状態が続くだろうとか、そういう自然を読む力のほうが大事だ。


「よし、それじゃ、初歩から教えるとしよう。よろしくお願いします」

 私はうやうやしく礼をした。

「わっ! 神官様に頭を下げられるなんて恐れ多いです……」


「気にしなくていいよ。『卑屈になることなかれ、されど常に謙虚であれ』――経典にもある言葉だ。私はそういう立場で教えていく」

「はいっ! よろしくお願いします、神官様!」


 そういえば、人に何かを教えるということは長らくなかったな。師と呼べるような人も皆無ではなかったが、だいたい私がすぐに追い抜いてしまうので、独学である期間が長かった。

 できるかぎり、ゆっくりと。勉強が嫌いにならないように教えよう。



 レスタの学習能力はなかなか高かった。

 私自身は神童と呼ばれてきたから比較するのはおかしいが、一般の神学校の生徒たちよりはるかに物覚えがいいのは間違いない。


「神は、おっしゃられた……正義の光によって……この国を照らす……。あってますか、神官様?」

「うん、恐ろしいことに、あってる……」

 まだ一か月ほどしか経ってないのに、神学校の一年目に読めるようになる程度のものは読めている。


 しかも、一か月前、レスタは文字自体書けなかったし、当然読めなかった。

 何も持ってない状態から一か月でここまで伸びるというのは、本当に恐ろしいとしか言えない。


 かといって、徹夜して勉強してるなんてこともありえないしな……。彼女が熟睡しているのを私は毎日見ている。

 だとしたら、私が教えている短い時間のうちにすべてを一発で覚えている――という結論になる。それしかない。


 いや、これは私の教え方が天才的にすごいということか? それはないな。極端に時間を短縮できる教授法なんて私は知らないし……。やっぱりレスタの才能だ。


 私は化け物としか言いようのない存在を目覚めさせてしまったのかもしれない……。


「あの……神官様、何か怖い顔をなさってますが、わたし、どうかしましたか?」

 おっと、顔に出てしまっていたらしい。

「問題ない。レスタ、君は素晴らしいこの調子で成長していけば、将来立派な――」


 神官になれる、と言おうとして私は言葉を止めた。


 神官になれるだけの知識を得て、王国本土に渡ったところで、そこにあるのは腐敗した組織があるだけだ。

 私以上にまっすぐなレスタがそこに行っても嫌な思いをするだけだ。


「何でもない。とにかく、レスタ、君はこのまま勉強を続けなさい。読み書きがもう少し進んだら、魔法についての授業もはじめるから」

「ありがとうございます、神官様!」


 今は何も考えず、レスタを育てることだけに専念するか。



 ただ、魔法となると、これまでと勝手が違ったらしい。

 レスタはなかなか魔法を使うことができなかった。

「炎の聖霊よ、彼の者を焼き尽くせ! ――――あれ。また失敗ですね……」


 延焼の心配がない海岸のほうで、炎の魔法の練習をさせたが、なかなか上手くいかない。

 人によって、得意、不得意はあるので風や氷の魔法も練習させたが、結果は同じだった。


 私は腕組みして、様子を見ていた。まさか、こんな弱点があるだなんて。


「事情はだいたいわかってる」

「本当ですか! 教えてください!」

 これを言ったものかどうか。


「南方の言葉はイントネーションが微妙に異なるから、詠唱が効果を持たないんだ」

 詠唱というのは歌みたいなものだ。発音の正しさだけでなく声調やアクセントなど、すべてが影響する。

 マホラ島で生まれ育ったレスタはなまりがあるのだ。そのなまりが魔法の発動を阻害している。

 そういえば、地方出身の剣士なんかはいくらでも思いつくけど、辺境の大賢者とかあんまり聞き覚えがないな……。


「言われてみると、神官様と私たちの言葉、どこか違いますね……」

 その違いはレスタ本人もわかったようだ。標準王国語の発音を聞くことなんてこの土地ではないだろう。それが普通になって当然だ。


「これまでの速度がすごすぎただけだから、ゆっくりやっていこう」

「はい、神官様……」


 レスタもいかんともしがたい問題を受け入れて、また練習に精を出した。


「すいません、今日はここまででいいですか?」

 途中でレスタに言われた。

「森に入って、夕飯用の野菜をとってきたいんです」

 いまだに食事に関してはレスタに任せてしまっている。いいかげん、料理を学ぶべきかもしれないが、レスタの料理はおいしいので、そちらに任せたくなる。


「うん、でも、もう昼だし、暗くなる前に帰ってくるようにね」

 森はやたらと入り組んでいるので、いかにも迷いそうだ。私は入る自信はない。


「はーい! 今はモルトリア茸がとれるから、ぜひその味を神官様にも知ってもらいたいです!」

 まだまだこの島の食材の名前はなじめないな……。聞いただけではどんな味か想像もつかない……。


 レスタがいなくなると私は家に戻って、本を読んでいた。

 ある意味、平和な隠遁生活だ。こうも早く引退させられるとは思っていなかったが。ある面では平和ということなのかもしれない。


 そんな折、それは突然起こった。

 家が揺れた。

 地面系の魔法とは明らかに違う。地震の揺れだ。それもかなり大きい!


 あわてて、家を飛び出すと――

 森に近い火山が噴火していた。


「レスタ……!」


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