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3 すべてを捨てた生活も悪くない

 レスタはまだ小娘というほどの年齢なのに、料理の腕は相当なものだった。

 やはり、海に囲まれているだけであって、魚の料理が多い。あと、野菜類もかなり豊富だ。

 少なくとも食べるものにすら事欠いているというわけではないようだ。今日がとくに豪勢ということはあるだろうが、寒村ならこれだけの用意がまずできない。


「どんどん食べてくださいね、神官様! おかわりもありますから」

 レスタは本当に明日疲れて寝込んでしまうのではと心配になるほど、元気がいい。


「これは、今日、私が着任したからお祝いで豪華に作ったということなのかな?」

「いいえ。わたしも毎日、これぐらいは作ってますよ。余った魚なんかを島の人がくれるんです。子供の一人暮らしじゃ大変だろうって」


「そうか、助け合って生きてるんだね」

 人の距離が近い小さな村だからこそ人間関係のトラブルが起きることもあるのだけれど、ここの島ではそういうことも今はまだ見えない。


 あるいは、あまりにも離島すぎて商品経済の枠に入りようがないという部分もあるかもしれない。たんなる魚を七日かけて大陸に持っていっても割に合わないだろう。


「わたしはその代わり、森に入って、木の実をとってきます。あと、運が良ければウサギを狩ったりするけど、それはたまに成功するだけですね」

「そうか。元気に暮らせているようでなによりだ。ところで、この焼いた魚は?」


「それは赤レツーヘッグです」

 まったく聞いたことのない名前だった。あと、赤レツーヘッグって、黒レツヘーッグとか、白レツーヘッグとかもいるの?


「そちらはボルタンケを蒸してスープ仕立てにしたものです」

 ボルタンケって何……? 固有名詞が謎すぎる。


 魚の種類はことごとくわからなかったが、それなりにおいしかった。

 デザートの赤い実もおいしかった。何の木の実かわからないけど。


「これは何って木の実なのかな」

「アンテライの実ですよ。ジューシーですよね!」

 やっぱりわからなかった。

 南方すぎて植生とか全然、大陸と違うのでは……?



 こうして、私のマホラ島の生活ははじまった。


 はっきり言って、ものすご~~~~~~~く暇だった。


 とはいえ、むしろこれまでの私の生活が忙しすぎたといったほうがよいのかもしれない。

 幼い頃から本を手放す時はほぼなかった。

 勇者パーティーとして旅をしている時も、いつ魔族に襲われるかわかったものじゃないから、そうそう安眠もできなかった。


 神官としての仕事は小屋の掃除をすることぐらいだった。

 あとは、村の人に洗礼を行うこと。これは一回やったらおしまいだから、すぐに仕事としてはなくなった。


 本当は木の実を拾うことぐらい手伝ったほうがいいのではと思ったのだけど、神官が木の実拾いに行って、ずっと不在というのもおかしいと感じ、レスタの家にいて、何かあったら来てもらうことにした。


 とくに誰も来ないので、私は本を読みながら、日々を過ごしている。

 長老はわずかながらに、村の資料を持っていたので、そちらも借りてきた。マホラ島について、ちょっと調べてみよう。


 マホラ島は周囲が百四十キロほどの島である。

 島の北側は波も穏やかで集落もある。南側は断崖絶壁になっていて、道すらまともにない。人も住めず、島民も何があるかよくわかっていない。


 マホラ島の中央には火山があり、今も噴煙をあげている。

 もし、大噴火が起きたら、その時は祈りの言葉を唱えるようにという伝承が語られている。


 ――噴火したら諦めろと書いてるように見えるな……。


 島民は漁と猟を中心に生活している。かろうじて段々畑で野菜も育てているが、たいした量ではない。だが、自給自足のためだけに作っているだけなので、さほど問題はないようだ。


 貨幣という概念は当然知ってはいるが、事実上、利用されていない。大半のものは物々交換で成り立っている。

 集落も昔から一つしかなく、とくに大きな争いも記録されていない。


 冒険者ギルドなんてものもない。

 そもそも、商店がない。生活に必要なものはたまにやってくる船に乗って、大陸に渡ってそこで購入する。お金が必要になるとしたら、その時ぐらいだ。


 たいてい、魚の干物を売って金にしている。マホラ島のあたりだけでしかとれない魚が多いので、そういうものは金になるのだ。


 私は室内で大きなあくびをした。


 平和だ。

 大聖堂に呼び出されて、弾劾されたのが、遠い昔のことのように平和だ。

 というか、ある意味、こういう生活こそ、天上界で神が行っているような生き方なんじゃないだろうか。


 豊かとは言えないかもしれないが、権力抗争もないし、恨みや妬みもない。みんな、悟ったようにのんびりと暮らしている。

 もちろん、漁で嵐に飲まれることもあれば、病気におかされることもあるだろうけど――今の国教の上層部の、魔族以上に悪どい顔をした連中と比べたら、よほど神の生活にここの住民のほうが近いんじゃないか?


 すると、ばたばたと誰かが入ってくる音がした。

 ここより高台の家に住んでいる三児の母親だ。


「どうかしましたか?」

「チーズ持ってきましたよ、神官様。食べてくんさい」

「あ、どうも……」


 だいたい誰か来ても仕事じゃなくて、おすそ分けだ。


「いつもいつもすいません」

「いえいえ、神官様は神官様のお仕事をやってくださいな」


 そこで、ふと気になったことがあった。


「あの、私が神官のどういう立場のどういう人間かって、皆さん、ご存じですか?」

 そういえば、この土地に来てから、神官様としか呼ばれていないのだ。名前を呼ばれたことすら一度もなかった。


 自己紹介の時にちゃんと言っておけばよかった。

 ついつい、自分が勇者パーティーの伝説的な大賢者だし、まして小さな島だから誰が着任するか村で知れ渡っているだろうとタカをくくってしまっていた。


「ああ、知りませんでしたわ。なんてお名前ですか?」

「ハルーカ・ドル・トールです」


 その名前を聞いても、その人は「ほ~ん」となんでもない返事をした。

 これは絶対に私が何者か知らないな。


「すいません、話は変わりますが、勇者たちが魔王を封印したことは知ってらっしゃいますか?」

「いんや。勇者とか魔王とか、こんな島では関係ないことですからなあ」


 ああ、マジで王国とこの島は切り離されているんだ。


 本当に身分も肩書きもすべて捨てて、私はたんなる一人の神官としてここで暮らすんだな。


 それはそれで悪くないかもしれない。

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