2 離島に上陸
私は厳重に護送されて、船が出る港まで連れていかれた。
護送の意味などないけどね。あなた方を全滅させられるぐらいの魔法なんて簡単に唱えられる。
おそらく杖で殴りかかるだけでも、たいがいの冒険者には勝てるぐらいの腕前はある。魔力の節約は長旅では大切な要素なので、打撃でもそれなりに戦えるように鍛えていたのだ。
しかし、マホラ島ってどこだろう。大賢者といっても、小さな島の名前まですべて覚えているわけがない。そんなものまで暗記してたら、それは賢者じゃなくて、地理マニアだ。
護送されている間、地理書と地図を読んでいた。
マホラ島はかなり遠方にあるらしく、小舟ではたどりつけない。大型船を使うらしいので、私の蔵書はかなり持っていけることになった。それがまだ慰めといえば慰めだ。
まあ、犯罪者ではなく、あくまでも島の神官として赴任するわけだから、書籍を持っていく権利ぐらいはあるようだ。
それでマホラ島の場所を調べてみたら、地図の南も南の、ほぼ何もない海の真ん中に島がぽつんとあった。
何もなさそう……。ていうか、何もないよな……。
地理書を読んでみたが、ほとんど伝説に近いことしか書かれていない。知識人の中でまともに島に行った人間はほぼ皆無だったらしい。
港に着いた私は、用意されていた船に乗り込んだ。
船酔いをしかけたら、「空中浮遊」の魔法で、ちょっと浮かんでやり過ごそう。自在に空を飛びまわることはできないが、浮かぶぐらいは問題ない。
そして、長い長い船旅が七日ほど続き――
ようやくマホラ島が見えてきた。
「思ったよりもデカいな」
それが私の第一印象だった。
中央にかなり標高の高い山がそびえている。
白い煙も上がっているから、火山なのだろう。火山活動でできた島と考えるのが妥当だな。
平地はほとんどなさそうだし、主要な産業は漁業だろうか。でも、案外と森が深そうだから、何かしら木の実や獣もとれるのかもしれない。
島で唯一とおぼしき港に船が泊まり、私は上陸した。
そこでは二十人ほどの村人たちが集まっていた。
中には「かんげい 神官様!」と書いた横断幕を持っている人たちまでいる。
「ありがたいことだ! 神官様が来てくださった!」「三十年ぶりのことでうれしいです!」「これで、洗礼も受けることができます!」
その村の人たちの声に私は「えっ?」と思った。
「あの……そんな長い間、神官がいなかったんですか……? そんなバカな……」
王国の領土はすべて、五十あるどこかの教区に属している。
そして、どこの土地にも担当の神官が配置されるよう、教区長が神官の割り振りを行うことになっている。
私の場合は、勇者パーティーに参加してたから、基本的に副教区長に任せていたけど、それでも誰か担当者がいて、神官を配置することに変わりはない。
村人の中でも年かさの白いヒゲの伸びた老人が前に出てきた。この人が長老だろう。
「ああ、隣の村の神官様がここのマホラ島を担当することになっておりますじゃ」
「そういうことですか。それなら、ごく普通のことですね」
人口の少ない土地なら、隣村や隣町の神官がまとめて管轄することもありうる。
「隣の村というと、島の裏側ですか?」
「いんや。神官様が船で乗ってこられたあの港の村ですじゃ」
船で七日の距離が隣村だと!?
「結局、ここ最近の神官様は七代ぐらいにわたって誰も島には来たことがありませんでしたので、島専門の神官様がいらっしゃって、島民はみんな感謝感激ですじゃ……。うう、年寄りは涙もろいのですじゃ……」
つまり、それって完全に無視されていた島ということだな……。
これも一種の腐敗だろうな……。どんなに不便でも、神官を置けよ……。
「では、早速ですが、教会に案内していただけますか……?」
よもや、教会すらないなんてことはないだろうな……?
だが、そういうわけではないらしい。なにせ、村の人たちが私を教会に案内してくれたからだ。よかった、よかった。
着いた先には――人間が二人入れるかも怪しい、狭い小屋があった。
小屋の横には「マホラ島教会」と木の板が張ってある。
「え、いや……これは……」
私は言葉に詰まった。こんなの、絶対に教会って言わない。ていうか、内部はどうなってるんだ……?
しかし、村人は平気な顔をしている。ふざけている様子はない。
「ちゃんとした教会ですじゃ。その証拠に――」
長老らしき老人がカギを出して、小屋を開けた。
内部には小さな厨子があり、その中に最高神の像が安置されていた。
「ほら、ちゃんと神様を祀っておりますじゃ。教会ですじゃ」
ほかの村人たちも「ありがたや、ありがたや」「村の祭りの日以外に見られるのはありがたいことです」とその像を拝んでいた。
ちなみに最高神の像の出来はものすごく悪かった。なんだ、この子供がふざけて作ったみたいなのは……。
過去に偶像崇拝が問題になったことがあったけど、もしかして下手すぎる像が作られて、神の崇高さに疑問符がつくからだったのでは……?
「わ、わかりました……この像は大切に守っていきたいと思います……」
そうとでも答えるしかないだろう。
だが、困ったことがあった。
「これ、私はどこに寝泊まりすればいいんでしょうか?」
教会が小屋では宿泊しようがない。
「そうですなあ……。神官様は若い女性、男がおる家は不都合でしょう。となると……」
長老の目が一人の十二、三歳頃の少女に止まった。
肌はここのほかの島民同様によく焼けて褐色になっていて、髪は後ろでポニーテールのように結ばれていた。
「レスタ、お前が神官様のお世話をしなさい」
「わかりました! わたし、しっかりと神官様をお世話いたしますっ!」
ものすごく元気な声でレスタという少女は答えた。
どうやら雨風は防げるようだ。それだけでも安心した。
まさか、この子の家まであんな小屋ってことはないよね……?
「わたしのことはレスタとお呼びください、神官様!」
天気で言えば快晴としかたとえようがない表情で、その子は笑った。
「わかったよ、レスタ。よろしくね」
●
レスタの家は教会みたいな小屋ではなかった。むしろ、なかなか広い平屋だった。
港からちょっと高台に上がっていったところに家がある。
「ここですよー! 今日から神官様のおうちだと思って、くつろいでくださいね! 料理もわたしが全部作りますから!」
「全部というのは申し訳ないから、私も手伝うけど……」
少し、レスタの言葉が気になった。
お父さんやお母さんはいないのかな? 集まっていた村人の中にもいなかったし……。
だが、ストレートに聞くのはまずいんじゃないか。プライベートなことだし……。
「あっ、すぐにわかると思いますから先に言っておきますね。わたし、一人暮らしなんです」
わずかにレスタの表情が曇った。
「両親は漁に出た時に嵐に遭って……戻ってこなかったんです……。でも、島のみんなは優しいし、ちっとも怖くも寂しくもないですよ!」
すぐに元気な表情に戻るレスタを見ると、胸が締めつけられた。
魔王は封印されたけど、それで人の苦しみが消滅するわけでもなんでもないんだよな。
「じゃあ、家に入りましょう!」
「うん。それと、あとで手伝ってもらいたいことがあるんだけど」
私は港のほうに目を向けた。
「本を運んでこないといけないんだ。かなり持ってきたからね」