13 私は島に残る
長老の屋敷には、たしかにそれなりの身分の神官が来ていた。服装から身分はすぐにわかるようになっている。三十歳前の細身の男だ。
とはいえ、あくまでも使者として派遣される程度の者だから、司教の右腕とかその程度の地位の者だろうが。左遷されているとはいえ、かつての私のほうが身分的には高かった。
長老の家の関係者は出ていって、部屋には使者と私だけになる。
その使者は少しやつれた顔をしていた。
気候が合わないか、あるいは船旅に疲れたかの、いずれかだと思う。
「大賢者ハルーカ・ドル・トール様にお会いできて、光栄の至りです」
ああ、案外、私に出会うことに緊張していたということもありうるのか。私本人が本土からいなくなったし、かえって魔王討伐の話に尾ひれがついていてもおかしくない。
「お世辞はけっこうですよ。それで、どういった事情でいらっしゃったのでしょうか?」
私は少しばかり硬い声音で尋ねる。
「この島での信仰生活に乱れはありません。とくに異教も異端も見られませんよ」
「はい、その点についてはまったく心配はいたしておりません」
向こうも表情は重々しい。私が左遷されたことは彼も知っているだろうし。
「実はハルーカ・ドル・トール様にお願いがありまして、今日は参りました」
「お願い?」
使者は頭を下げた。
「国教のあり方に反対する反乱が王国各地で起きております……。襲われて死んだ司教もすでに現れております……」
私は表情を変えなかった。
「ああ、大商人出身の方でしたか」
神官組織の上位は金権政治で、権力者の子弟がつくのが当たり前になっている。ずっと続いている悪しき風習だ。
「まだまだ反乱は治まる様子もありません……。それでハルーカ・ドル・トール様に本土に戻っていただけないかと……」
そこで、一度、使者は言葉を止めた。
「大僧正に次ぐ地位も用意いたしております。情勢を沈静化していただいたなら、大僧正の地位も……」
つまり、救国の英雄を使って、事態を安定させたいということか。
私はゆっくりと息を吐いた。
答えは決まっていた。
「私は、この島に残ります。まだまだやらねばならないことがありますので」
「なっ……」
使者は私の返答が信じられないようだった。
「こんな島の神官を続けて何になるというのです! いくら、今、混乱が起きているとはいえ、これは破格の人事で――」
「神官としてもっと大切なことがあると教えられたのです、この島で。それに――」
私は穏やかな表情で続ける。
「――弟子の教育の途中ですから」
●
私が帰宅すると、あわててレスタが走ってやってきた。
「あの、どういうお話だったんでしょうか……?」
顔から不安があふれている。すぐに顔に出すぎるところはあまりよくないな。
「もしかして……島からお離れになるとか……」
私はぎゅっとレスタの体を抱き締めた。
「たしかに、今のレスタはこの島の神官をつとめるぐらいはできるけれど、出ていくつもりはない。教えないといけないこともまだまだ残っている」
「ほ、本当ですか!? 本当ですね!?」
レスタが顔を上げる。ほっとしたと顔に書いてある。
「神官はウソをついてはいけないからな」
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半年後、ボロボロだった祠も同然の島の神殿はそれなりに立派な建物に生まれ変わった。
アマイモを本土に売ってできたお金を使ったものだ。
この島はもっともっとよくなる。それを見届けるためにも、もう少しここにいよう。
私は弟子と一緒に落成の式典をおごそかに執り行った。
この島と私たちに幸いあれ。
今回で完結です。ありがとうございました!




