12 本土からの使者
アマイモの栽培が島ではじまっていった頃。
無事に私が作っていた肥料のほうも完成した。適した魚や土の配合がほぼ把握できたのだ。
私と弟子のレスタはその肥料を集落の家々に運んでいった。
当然だけれど、どこでも肥料は喜んで迎えられた。
「神官様のおかげでこの島は随分豊かになりそうです」「本当にありがたいことです」
「いえいえ。肥料はやりすぎてもよくないので、上手く土と混ぜ合わせてくださいね」
私は農業の専門家ではないので、まだ一抹の不安が残っている。実験もしたし、基本的には大丈夫だと思うけど。
その時、横にいたレスタが少し笑っているような気がした。
もしかしてと思うが、何か変なことでもしたかな……?
●
帰宅すると、私はレスタにそのことを問いただした。
「レスタ、今日はさっき何か笑っていた気がしたが、そんなおかしなことでもあったか?」
レスタのことだから、私をバカにしたような笑い方をすることはないと思うが。
「お師匠様、少し島の訛りが出てたんですよ。だんだんと島になじんできたんだなと思って」
「え、訛り……? そ、そうか……」
それは完全に予想外だった。これまでも、ずっと王都の言葉を話しているつもりだったのに。
まあ、でも、それなりに島に長く住んでもいるしな。
私は、ふっと、憑き物が落ちたように笑った。
王国本土のことも忘れて、すっかり島の人間として生きていくのも悪くないかもしれない。
「こうやって、人間は順応していくんだろうな」
「はい。そうかもしれませんね」
そこで、私はレスタの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「けれど、まだまだ魔法でレスタに教えないといけないことはたくさんあるからな。そこは覚悟しておくように」
「は、はい! しっかりと勉強します!」
そんなに気負った顔をしなくてもいいけれど――
この調子なら本当に偉大な賢者になれるだろう。
●
それから三年程が経った。
私の作った肥料と人のおなかをいっぱいにできるぐらい、丸々と太ったアマイモのおかげで、島の生活は私が赴任した頃より、明らかに豊かになっていた。
少なくとも、飢えを恐れる心配はない。
野菜もこれまでより、ずっと大きなものが収穫できる。
これも神官様のおかげだと私はさんざん褒め称えられた。
昔から褒められるのには慣れてはいる立場だったが、自分も島の住人の立場で、島の人たちに褒められるのは昔とは違うむずがゆさがあった。
「お師匠様、朝ごはんができましたよ」
「うん、今、食堂に行く」
部屋の外から響く弟子の声でベッドから身を起こす。
レスタも今では本土でも屈指の魔法使いだろう。大賢者の弟子ではなく、レスタ自身も賢者と呼ばれるはずだ。
それにとても美しく育ったと思う。
髪も背も私が出会った時より、ずっと伸びている。そこに健康的な色気が加味されている。
今では島でも結婚希望者が引く手数多なのだが、レスタはまだまだ魔法を極めたいとすべて断っている。それもまたレスタの生き方だ。
「うん、今日もレスタの料理はおいしいよ」
「お師匠様も私の料理の味になじんだんだと思いますよ」
と、そこに家の扉を叩く音があった。
近所の人があわてた様子で息せき切ってやってきていた。
「今日の定期便で、神官の使者の方がいらっしゃってるんです!」
神官の使者? 今になっていったいなんだろう……?
「ぜひ、神官様にお会いしたいと……。長老の屋敷に来ていただけますでしょうか?」
面会まで拒否すると厄介なことになりそうだな。
「はい。承りました」
レスタが後ろから不安そうな顔で見ていたが――
「心配いらない。すぐに終わる」
そう私は笑って言った。




