11 アマイモ試食会
ある日、いつもの島に来る定期便が私宛てに一通の手紙を届けてきた。
それは私と同じく魔王討伐に出たパーティーの一人、剣士ダルネストからのものだった。
彼の手紙によると、神官組織は老齢の大僧正が病死したため、勢力争いが繰り広げられていて、混沌としているという。
その影響が王都だけでなく、各地の領主まで巻き込んでいるとか。このままだと次の宗教界の重要なポストをめぐって内乱になる可能性すらあるという。
そこにはダルネストの感想として、こんなことも書いてあった。
『お前が素直に島流しに遭ってマシだったかもしれない、お前を追放した者のうち、二人ほどが毒殺されている。あのまま島に行かずに残っていれば同じような被害を受けたかもしれない』と。
嫌な想像だがありえないことではなかった。
毒に関しては解毒の魔法が使えるが、それが間に合わないほどの強力な毒を盛られればわからない。解毒の魔法は本来、モンスターや獣の毒を想定しているから、毒薬のような純度の濃いものだと効き目が怪しい。
魔法で防げたとしても、寝ている間に首をかき切られればひとたまりもない。
武人ではない私には、暗殺者のような気配を消す者の存在までは読み取れない。
それと、もしかするとまた私が王国本土に呼び戻される可能性もあるとダルネストは書いていた。もっとも、それを期待しているのではなく、余計に気をつけるように記してある。
そのあたりのことはダルネストもよくわかっている。過去にも英雄として帰還した後、政争に巻き込まれて不遇をかこつことになった者などいくらでもいる。
「悪人は死ぬと地獄に行くというが、地獄はここだな……」
私は嘆息して、その手紙をレスタが見られない鍵付きの机に入れた。王国の宗教界がこれだけ醜いものになっているだなんてレスタに知られたら、純粋に教育に悪い。
ちょうど、そこにレスタが入ってきた。
「お師匠様! アマイモが大変なんです!」
そう言うレスタの表情には笑みが浮かんでいたから、これはうれしい悲鳴ということだろう。
「わかった。すぐに行くよ」
しょっちゅう、土をいじるようになって、私もずいぶん島の暮らしに慣れてきた気がする。
庭に出ると、レスタが農作業をしていたことがすぐにわかった。土のついたスコップがその場にある。
「ほら、このアマイモなんですけど、見てください」
蔓の先に前に見たようなボール状のアマイモがついている。
ただ、数がこれまでとまったく違う。五つもそのボールがあるのだ。単純計算で五倍の収穫量ということになる。
さらに一つ一つのボールも一回り以上大きくなっているから、五倍ではきかないだろう。
「そうか。野生のものは栄養が足りないから一つしかできていなかったんだな」
そこに肥料という概念が入って状況が大きく変わった。この植物は殖やせるだけのボールを作ることになった。
「これだけ収穫量が増えたのなら、食卓に出せるな。あと、そうだ、肥料の影響は! どれが一番大きくなっている?」
「それは全部を見てみないことにはわかりませんね。今回は実験的に一つだけ掘り起こしたので」
「少なくとも一つがここまで育ったのなら、肥料の比較実験はできる。ほかのアマイモも掘ってみよう」
「それでは観察用のノートを持ってきますね!」
レスタも作業手順にかなり詳しくなってきたようだ。
アマイモの育ち方で肥料のほうのいい配合の度合いもある程度わかった。
厳密には味も比べるべきかもしれないが、まずは量を優先しよう。
「これはアマイモ祭りを開くこともできそうですね」
レスタの表情を見ると、アマイモをめいっぱい食べたいと語っているのがわかった。
「アマイモ祭りか。悪くないかもしれないな。集落の人にも肥料のことをアピールしたいし」
こうして私たちは集落の人たちを、広場のほうに呼び集めた。
ここは島で何か行事がある時によく使われる。祭りは公式には国教に関するもの以外は、異教や異端とみなされるのでいけないのだが、神官の私が認めてしまえばいいだろう。
広場にはたくさんのアマイモが焼けるように、石を積んだ即席の窯ができている。
そこに枯れ草などを入れて、燃やしていく。
「ん、なんだ、これ?」「神官様、火祭りでもやるのですかい?」
不思議そうに集落の人たちが見ているなか、私はレスタに命じた。
「それでは着火しなさい」
こくりとうなずくと、レスタは簡単な詠唱を行いだした。
火をつけるトーチの魔法だ。
こんなところで失敗することは、もうない。すぐに火がついた。
それだけでも、村人の一部から驚きの声があがる。この島には冒険者だって来ないだろうから、魔法を使える人間を見ることすら、まずないのだろう。
「村のみんな! 今日はわたしとお師匠様から提案があります! これから先、アマイモを育ててみませんか?」
レスタの声に戸惑う住人たちの顔があった。
「いや、レスタちゃん、アマイモはおいしいけんどよ……」「いかんせん、量がなあ……」「探すのが大変な割には食べられるところが少ないし……」
つまり、割に合わないということだ。でも、それは長らく山の中に入って探していたからという部分が大きい。
「それがですね、アマイモは簡単に殖やせるんです! お師匠様と一緒に研究しました!」
レスタは堂々と胸を張っている。そう、これはレスタの功績でもある。
ただ、まだ村人の表情は硬いから、そんなに無理をしてまで食べるものという印象ではないのだろう。
「まずは実際に見て、食べてもらうことにしよう。それが何よりの証拠になるだろう」
私が石の中からアマイモを取り出すと、歓声が上がった。
「デカい!」「こんな太いアマイモ見たことない!「食べ応えありそうだ……」
そうだろう、そうだろう。これまで見てきたアマイモとはまったく違うだろう。
「だが、問題は味だ。食べてみてほしい。そして、ぜひ感想を聞かせてくれ」
村人たちはゆっくりといきわたったアマイモを口にほおばった
「美味い!」「これはがっつり食べられそうだ!」「おなかもふくれるな!」
とくに危機感はなかったが、自然と受け入れられそうだ。
「ですが、こんなにどうしてアマイモが……」という村人の質問にはレスタが答えた。
「それはお師匠様が素晴らしい肥料を作ってくださったからです! この肥料で空いてい土地にアマイモを植えましょう!」
レスタは我が事のようにうれしそうな顔をしている。
「私は筆頭神官としてみんなの生活を支える仕事をしていきたい。その一つがアマイモの栽培だ。どうか、よろしく頼む」
私もそうお願いした。
その後、島にアマイモはゆっくりとだが普及していった。




