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10 レスタの成長

 レスタは嘆息した。

「このアマイモというイモはほかのイモの中でも栄養が多く必要らしいんです。なので、なかなか食べられるものに育つのが少ないんです。ほかの大陸だと、もっとたくさん育つ種類もあるそうなんですが」


「ほかの大陸? レスタはほかの大陸のことも知っているのか?」

 一年前まで文字も読み書きできなかった少女の言葉とは思えなかった。


「はい、十五年や二十年に一度ほどの割合でほかの大陸の難破船がここに漂着することがあるんですよ。それで、ほかの大陸の情報がたまにもたらされるんです。真っ黒な髪をした人たちだけの船が来たのを幼い頃に見たことがあります」


「変なところでレスタは詳しいな……」

 なんというか、経験しないとわからないことがたくさんあるのだと改めて感じた。

 王都の中心部でふんぞり返っている神官や貴族は一生知らない知識だろう。知ったところで、どうとも思わないかもしれないが。


「ちなみに、その人たちの話だと、ここのアマイモはやけにやせ細っているそうです。その土地のイモは種類にもよるけど、もっと大きくて数がえるのも早いとか」

「そうか。もしかすると、このイモというのは、さらに南の土地に適している植物なのかもしれないな」

 大陸本土でこのような植物はほとんど知られていないから、マホラ島が北限の可能性もある。


「あと、真っ黒な髪の人たちの土地では、すりつぶすと、どろどろねばねばしたものになるアマイモの仲間もあるそうです」

 どろどろねばねば……。想像するだけでも、とてもおいしそうには感じない。


「異文化というのは奇怪なものだな……。でも、アマイモのように意外とおいしいのか……?」

 だが、アマイモのポテンシャルの高さは私にもわかった。


 もし、これを大量生産することができれば、マホラ島の食生活はかなり改善されるだろう。それだけでなく、本土に売って、収入を得ることもできる。


「レスタ、このアマイモも育てられるか、試してみよう。これも肥料の実験に使う」

「わかりました、お師匠様! それでは、もっともっとアマイモを森に入ってとってきますね!」


「うむ。栽培のほうは私が中心にやるから、レスタは魔法の修行を中心にやるように」

「はい。偉大な魔法使いになれるよう、精進します!」

 レスタは快活にそう答えた。



 農作業というのは、すぐに結果が出るものではないので、空き時間ができる。

 その空き時間に私はレスタ向けの教育カリキュラムを作ることにした。


 従来の魔法使い用の教科書にあたるものも所蔵書物の中にあるが、はっきり言って効率がよいとは言えない。

 それに、教科書のたぐいは魔法使い用・神官用というように、まったく別のものになっている。


 五大元素を中心とした攻撃用の魔法を多用する魔法使いと、回復を中心にした魔法を習得する神官とは、厳密には職業が異なる。


 さらに、魔法使いの中にも、魔族が使用するような邪悪な魔法を中心とする者もあって、これも厳密には分かれる。地域によってはこの手の闇魔法使いは禁圧対象だが、魔法使いとして認可されている土地もある。


 その他、魔法を補助的に使用する魔法剣士とか、魔法斥候せっこうといった職業も存在する。それぞれ、必要とする魔法にはズレがあるし、カリキュラムも異なる。


 私としては、包括的に魔法をレスタに教えるつもりでいた。

 私の弟子である以上は、大賢者と呼ばれないまでも、賢者と呼ばれるぐらいの人間にはなってほしかったし――

 それだけの素質をレスタは持っている。


 一般に、心根がまっすぐの者のほうが魔法の習得には向いていると言われている。


 心根なんてものは測定できないので、どこまで事実かわからないが、感覚的には首肯できる。ちなみにこの場合の「心根がまっすぐ」というのは、自分に正直であるということで、性質が善であるかは関係がない。


 知らない魔法を貪欲に学びたいという意識がまずは必要だ。そして、自分の専門分野と違うとかつまらない制約を無視して、魔法を覚えよう、知ろうとする探求心がいる。


 レスタは私が怖くなるほどに純情だ。

 両親を早くに失うという、本来なら自分の境遇を恨んでもしょうがないぐらいの立場にいたのに、そんなそぶりをまったく見せない。

 隠しているのではなく、ひたむきに前を見て生きることしか考えていない。


 私はそんなレスタといて救われた思いがした。


 権力争いに躍起になっているだけの神官の世界を見て、私は絶望していた。

 マホラ島へ行けと言い渡された時にはすべてが終わったとさえ思った。

 清い心が大事だなんてのは方便にすぎなくて、世渡りができなければ何も意味はないのだと諦めそうになっていた。


 でも、レスタは経典に描かれている聖女のように純真だった。


 レスタのような賢者が増えれば、いつか王国の腐敗した神官組織も変えられるかもしれない。最低でもその可能性は高くなる。


 そんな気持ちを私はレスタ用の教科書にぶつけた。

 ペンにインクをつけて、一文字一文字を丁寧に記していく。間違った解釈が起こらないように、言葉も慎重に選んだ。注意するべきことはくどくどと補足した。


「レスタ、あなたを偉大な賢者にしてみせる。私が教えられることは全部教えるから」

 誰かのために全力になれるというのはいいものだな。


 たいていの魔法使いはこんな細かいことまで書いてある教科書は読む気もしないだろう。斜め読みにするのが関の山だろう。


 でも、レスタはそのすべてを読み込んで、忠実に実行する。いわば、馬鹿正直だ。要領が悪い。

 だからこそ、大物になれる可能性がある。

 多くの人間は、自分の矮小な知識と世界観で取捨選択をしてしまう。だから、不十分な存在になってしまう――そう経典にも書いてある。


 レスタにはそんなことはできない。


 こんこんと扉がノックされた。

「入っていいよ、レスタ」


 ゆっくりとレスタが室内に入った。魔法の杖もだんだんと似合ってきている。

「お師匠様、上級の雷魔法を試そうと思うので、見ていただけますか?」

 もう、そこまで来たか。


 雷魔法は攻撃系統の魔法でも最も難しいとされている。

 冒険者ギルドに登録されている魔法使いでもほんの一握りしかそこまでは到達できないはずなのに。

「うん、見せてもらおうかな」


 その日のレスタはあえなく失敗してしまったが――二週間後、見事に雷魔法の使用に成功した。


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