一章 5話 旅の始まり
ゆっくりと目を開く、目の前に天井がある。
また、昔の夢を見た。この国に来た時の夢だ。
どうやらジルたちと同じ部屋に寝かされていたようだ。窓から差し込む日の光から察するに今は朝方で部屋には俺しかいない。
戦いの疲れからまだ眠いためもう一度眠りにつくために目を閉じる。
コンコンッ、眠りにつこうとしたタイミングで扉がノックされる。
「シン、起きてる?」
扉の向こうからはカザネの声が聞こえた。
「…あぁ、起きてる」
俺は二度寝はあきらめて起き上がり扉を開ける。そこには山賊たちから借りたであろう服に身を包んだカザネが立っていた。
「おはよう、よかったずっと寝てるから子供たちも心配してたわよ」
「おはよう、俺はどれくらい寝ていた?」
「…帰りの馬車で寝て昨日一日中寝ていたわよ」
そう答える少女の様子は少し含みを感じたが昨日に比べると幾分か憑き物が落ちたような表情をしている。
それにしても一日中寝ているとは、久々に『適応』の能力を使いすぎたか。
「それで、何か用か?」
「下で山賊の皆さんが朝食を準備してるから起きてたら呼んできてくれって頼まれたの」
俺の質問にカザネが答える。
「そうか、なら下に降りてガキどもの相手でもしながら食べるとするか」
俺は部屋から出て下の階へと続く階段へ向かうがカザネはなぜか扉の前から動いていない。
「どうした早くいかないと飯が冷めるぞ」
「うん、でもその前に言いたいことがあるの」
カザネは少し言いにくそうに口を開く。正直下の階からいい匂いがしているためお腹が減ってきたので早く下に降りたいのだが。
「あの、そのお礼をちゃんと言いたくて…」
「…何かと思えばそんなことか」
「そんなことって、昨日は結局しっかりとしたお礼を言えてなかったし…」
カザネは少し怒ったように言葉を続けるので深いため息を吐きその言葉を遮る。
「だから、感謝なんていらない俺は好き勝手に動いてただけだ。村を救えたのは山賊たちのおかげだよ。礼ならあいつらに言え」
俺はただアイツならこうしてたと思うから動いただけだ。ほんとにそれだけだ。
「…それでもあなたも村を救ってくれた一人だから。私の村を救ってくれてありがとうございました」
少女は頭を下げて感謝の言葉を述べる。
俺は少し居心地の悪い気分になる。
「…前にも言ったが俺になんか礼をするな」
それだけを言い残し下の階へと逃げるように駆け下りた。
下の階へと降りると早速ガキどもに絡まれた。
それを適当に相手しながら山賊たちに挨拶と昨晩の礼を言い朝食の席に着いた。
食べ始めたところで向かいの席に誰かが座る。
「おはよう、よく眠れた?」
「おはよう、おかげさまでな」
向かいの席に座り同じ朝食を食べ始めたカスミに挨拶を返す。
「俺は帰りの馬車で寝てしまったらしいけど、そのあとなんかあったか?」
「とくに何もなかったわ、しいて言えばあなたが一日寝ていたぐらいね……ご馳走様」
少し含みのある言い方が気になったがカスミの方が食べ終わり席を立ってしまったためこれ以上は何も聞けなかった。
「ご馳走様……」
俺も朝食を食べ終え、砦の入口へと向かう
「シン、どこいくの?」
「…仕事に行く」
何も言わずに砦を出ていこうとすると後ろから声を掛けられる。
声をかけた人物は不思議そうにこちらを見ている。
「シン、仕事してたの…」
「一応な…」
「なんで黙っていこうとしたの?」
「…はぁ」
めんどくさいやつにつかまってしまった。
そして、見つかりたくない奴らにも見つかる。
「あっ!シン!どこいこうとしてんだよ!」
「シンがまた勝手にどっか行こうとしてる」
俺の周りを取り囲むようにガキたちが群がってくる。
「仕事に行くだけだ…」
「そんな傷だらけなのに仕事に行くなんて…」
「昨日一日中寝ていたらしいから大丈夫だ。それより一日無断で休んでいることが問題だ」
そう、昨日一日寝ていたということは無断で仕事を休んでしまっているということだ。俺は村の人たちの慈悲で仕事をいただいている、それを無断で休むということは俺があの村で過ごすことができなくなるかもしれないことを意味している。
「そのことについては心配いらないわよ」
後ろから声をかけてきたのはカスミだった。
「どういう意味だ?」
「だってあなた今朝指名手配されたから村に戻ったら捕まるわよ」
「は?」
カスミの口からさらっと提示された新事実に俺と周りにいたガキたちそしてカザネは驚きを隠せない。
「とりあえずシンは村に戻らない方がいいと思うわ、私たちが安全に国外まで逃がすことも可能だけどどうする?」
カスミはこうなることがわかっていたように準備がいい。おそらく最悪の状況を想定していたのだろう。
「…ガキどものこと頼んでもいいか?」
「もちろん、友人の頼みは断らないわ」
「おい!何の話してんだよ!」
近くでジルが抗議の声を上げているが俺はすぐにカスミの指示に従い逃走用の馬車に急ぐ。
「ちょっと、まて…」
「シン…」
後ろでガキたちが抗議をしているようだが山賊たちが必死にせき止めている。
「悪いなお前ら、村の奴らにも謝っておいてくれ」
俺はこいつらを俺の事情で危険な目に合わせたくはない、カスミのところにいれば安全だろう。
「ほんとにいいのかい?」
「…国外までは逃がしてもらわなくていい、ただ降ろして欲しい場所があるからそこで降ろしてくれ」
俺はこれ以上別れが辛くならないように素早くその場を離れる。
「「「「シンー!」」」」
ジルたちが俺の名を叫んでいるが後ろはもう振り返らない。これ以上悲しくならないように。
山賊たちに案内されるままに移動した先には馬車が一台あった。
「昨日のうちに馬などは準備しておいたの」
「さすがだな」
ほんとにこいつはいつも先を考えて行動している。
「とりあえず私もその目的地までは同行するわ」
「すまねぇな、わがまま言って」
「あなたらしいわ」
俺は馬車へと乗り込む。
長年暮らしてきた村に一言もお礼を言えずに出ていくことは心苦しいが危険を避けるためには仕方がない。
「ほんとに子供たちとあんな別れ方でよかったの?」
「…なんでお前がここにいる!」
隣から問いかけてきたのはなぜか俺より早くに馬車に乗り込んでいたカザネだった。
「おやおや、いつの間に乗り込んだのかしら」
カスミも知らなかったようで驚いている。
「この馬車が用意されているのは知っていたから先回りしていたの」
道理でさっきガキたちが騒いでいるとき一緒に騒いでなかったわけだ。
「なんでここにいるのかは分かったが何をするつもりだったんだ?」
「シンについていくに決まっているじゃない」
さも当然のようにそう言い放つ。
「私はシンのことを近くで見て私の仇かどうかを判断することにしたの」
「…なんだよ、それ」
「これが私の決断よ」
カザネの目はしっかりと俺を見据えている。
「ふう、それがカザネちゃんの決断なら尊重しないとね」
「カスミ……はぁ、仕方ないか」
「私も連れて行ってくれるのね!」
カザネは勝ち誇ったような顔をしている。
「ついてくるならしっかりと見極めろよ俺のことを」
「まかせなさい、あなたが私の仇だと思ったらすぐに殺すわ」
頼もしい限りだ。
「話がまとまったのなら早く出るわよ」
「すまん、すぐに出してくれ」
軍の奴らがどれだけ早く動くかはわからない。俺のような大したことをしていない魔女にそこまでの戦力をすぐに割いてくるとは思えない。
「そういえばシンにかけられた懸賞金っていくらなんですか?」
そういえばそのことについて聞いていなかった。
「もともと黄金の魔女として掛けられていた懸賞金に上乗せされて9000万スタンだったかな」
「は?」
「それって結構危ないのでは…」
「危ないどころの話じゃないね。シンはこの国にとって最大警戒対象に認定されているってことよ」
この国では国にとって敵対行為をとった魔女に懸賞金をかける。当然懸賞金が高いほど警戒度が高いということで、1億スタンを超える魔女はなかなかいない、よって9000万スタンは実質最高値という暗黙の了解のようなものがある。
「シンは今非常に危険な状況に置かれているといえる。なんせ長年、軍が正体をつかめなかったおとぎ話の魔女が見つかったのだからね」
カスミの言う通り俺は別に正体を隠してきたわけではなかったが俺自身が黄金の魔女だと軍にはばれていなかった。
「じゃあ、シンがここにいるってことを軍はもうつかんでいるってこと?」
「たぶんね、この前の乱闘騒ぎの時に堂々とやりすぎたからね」
「まぁ、いつかはこうなると思っていたし仕方ない。なんならこれを機にやりたいことができた」
「やりたいこと?」
カザネは不思議そうに聞いてくる。
「カスミと再会した時から少し考えていたことだ」
そう、諦めていたから考えたことすらなかった。
「みんなを探す」
「みんなって…」
「なるほどね、やみくもに探すつもりなの?」
カザネが疑問に思っているがそれには答えずカスミの方に答える。
「何人かは心当たりがある、それ以外は探しながら考える」
「…そう、ならみんなに会ったときは私のこともよろしく伝えといてね」
「まかせとけ」
旧友との約束を交わしたところで馬車が止まる。
馬車が止まった場所は森の中へと続く脇道の前だった。
「じゃあ、まずはここに眠っている彼女によろしく」
「お前…知ってたのか」
カスミは優しく笑みを浮かべいつの間にか用意していた花束を投げ渡してくる。
「では、私はこの辺で帰らせてもらうよ。カザネちゃんのことしっかり守ってあげてね」
カスミは最後にしっかりとカザネのことも念押ししてから馬車を出した。去っていく馬車を見つめてつぎの再会まではその約束は守ってやろうと思った。
「ここに何かあるの?」
「ひとまず付いてきてくれ」
俺は数回深呼吸をすると目の前の森の中へと入っていく。
森の中を進んでいく、道は獣道で歩くのすら一苦労であるが構わず進んでいく。カザネも何とかついてきているようだ。
しばらく歩き森の中の開けた場所に出る。
そこには明らかに人の手によってつくられた謎のものがあった。
「これは…」
「墓だよ。下には何も埋まってないけどな」
謎の人工物、誰かの墓にカスミからもらった花束を手向ける。
「俺が守れなかった大切な奴の墓でカスミと同じ島で一緒に育った仲間だ」
カザネに軽く説明し墓の前にしゃがみ目を閉じ手を合わせる。
(しばらく来れそうにないが必ずまた来る。その時はみんなで)
心の中で思いを伝え、唯一の形見として墓に供えてあったアイツの首飾りをお守りとして持っていく。
これ以上思いがあふれないように墓から離れ来た道を戻ろうと振り返る。しかし、そこには予想外の光景が広がっていた。なんとカザネが泣き崩れていた。
「な、どうした!?」
俺は予想だにしてなかった光景にただただ狼狽していることしかできなかった。
カザネの鳴き声だけが森の中にこだましている。俺はそれを見守ることしかできなかった。
しばらく待っているとカザネが立ち上がる。目にはまだ涙が残っていて泣き止んではいないが話すことぐらいはできるようだ。
「急にごめん…でもわたし…ここ知ってる、いや思い出したの…」
カザネは泣きながらも言葉を紡ぎだしていくその言葉を聞きながら俺も思い出していた。
「ここ…わたしとお兄ちゃんも一緒に作った墓だから…」
「じゃあやっぱり礼はいらなかったな。これでようやくあの時の恩を返せた」
目の前で年相応に泣きじゃくっている少女はどうやら俺の命の恩人であり探している仲間の妹だったようだ。道理で昨日あの夢を見たわけだ。あの人見知りのタイヨウの妹と期せずして再会していたそんな幸運なことが起きていたというわけだ。
カザネが泣き止むのを待ち馬車を降りた場所まで戻る。
「さて、一応聞いておくが俺はこれから高額の賞金首として逃亡生活の旅をするが、ほんとについてくるのか?」
「もちろん、あなたを見極めるためっていうのもあるけど、あなたについていけば失踪したお兄ちゃんに会えるかもしれないってことがさっき分かったことだし」
確かに俺はタイヨウも探すつもりだったから、命を狙いつつ利害の一致でついてくるのは納得できるが。
「ほんとにいいのか、最悪の場合お前も死ぬかもしれないんだぞ」
「大丈夫よ。シンが守ってくれるでしょ、それにわたしに帰る家はないから…」
カザネは悲しげにそう言うと先に歩き出していく。
(守ってくれる…か)
親の仇かもしれない相手をそこまで信用できるかね普通。まあ、カスミとの約束もあるし何よりタイヨウの妹で俺の命の恩人だからな、今度こそ守ってみせる。
俺は勝手な誓いを胸にカザネの後を追い歩き出す。
親の仇であるおとぎ話の魔女を狙う少女とその少女に命を救われ命を狙われている賞金首となったおとぎ話の魔女の奇妙な旅が始まった。