一章 4話 約束
ようやく着いたその村は荒れ果てていた。家屋は壊れ、村の景観を美しくしていたであろう木々は黒く焦げて朽ち果てている。
村のあちこちから村人の悲鳴や泣き声そして、兵士たちの怒号と先に着いていた山賊たちの叫び声が上がっている。
「……」
「何よこれ、ひどすぎる…!」
「何って、ただの地獄だ」
少女の言葉に自分の見たままの村の状態を口にして少女をおいて歩みを進める、そして進んだ先には倒壊した家屋に埋もれた男がいる。
「その人は、いつもわたしにリンゴをくれた農家の人よ」
いつの間にか隣に来ていた少女が悔しそうに呟く。
「そうか…」
俺は静かに手を合わせ黙祷を捧げる。この名前も知らない男の冥福を祈る。
「お前は村人の避難を手伝え、山賊たちだけだと避難が滞る可能性がある。頼んだ」
「あなたに命令される覚えはないです。わたしも戦います」
「……なら、勝手にしろ」
俺は金属がぶつかり合う音が大きい方へと向かう。
「早く逃げろ!」
「あそこまで行けば馬車があります、そこに仲間がいるのでそこまで走ってください!」
「今は俺たちを信じてください!」
兵士の進行を押し留めながら山賊たちは見事な連携で村人たちを避難させている。しかし、懸念していた通り山賊たちの服装や人相の影響か避難は上手く進んでいない。
「この状況を見て自分で出来ること、やらなきゃ行けないことを考えろ」
俺は少女に向かって静かに言う。
「…わかりました。わたしは避難誘導をします。あなたの言葉を信じたわけではありません」
少女はそのまま山賊たちの避難誘導を手伝いに走り出す。
「……わかってるよ」
手首の金の腕輪に手をかける。
「幸運循環」
ルーレットを回し、止める。
「No.4 拒絶の鎌」
俺の右手の中に金色の鎌が出現する。
「…よし、いくか」
見た目の割に軽い鎌を肩に担ぎ走り出す。
金属がぶつかり合う音がどんどん大きくなって、血の匂いが強くなってくる。
「魔女に与するものは皆殺しだ!」
「時間を稼げ、野郎ども!」
山賊と兵士が入り乱れる大乱闘となっている。
怒声をぶつけ合う二つの軍団、俺はその中に紛れ込む。
目の前の山賊に夢中になっている兵士を横から殴打する。側頭部を強打され目を回している兵士を山賊が仕留める。それを確認して他の戦闘中の兵士の元に駆けていく。
気配をできるだけ消しつつ混戦の中を駆け抜けていく、敵の攻撃をギリギリで避けながら相手の隙に鎌を当てていく。
「大砲、放て!」
混戦を極める戦乱の中、崖の上から軍の号令が響く。
次の瞬間後方で轟音が鳴り、山賊たちが宙に浮く。
「次弾争点、放て!」
再び号令が響き、吹き飛ぶ山賊たち。
その中には山賊たちと戦っていた兵士たちも混じっていた。
「総員待避!」
兵士たちは恐怖に震えながら背を向け引いていく。
それでも兵士たちの待避を待たずに次々と砲弾が落ちてくる。
「……やめろ」
俺のつぶやきは砲弾の音にかき消されてゆく。
「にぃちゃん、俺たちも逃げないと!」
俺の肩を揺すりながら山賊が語りかけてくる。しかし、俺の耳には届かない。
「やめろ!」
俺は怒りの限り叫ぶ。
「なんだ、うるさい」
戦場に俺の声が響き砲撃が止み、崖の上の兵士たちが俺に注意を向ける。
「…なぜ、仲間がいるのに撃った!」
俺の叫びが戦場にこだまする。
「仲間、奴らは私の実績のためのコマだ」
兵士の中の司令官だと思われる男が平然と言うと砲撃を再開する。
その中の一つが俺に向かって飛んでくる。右手に握る鎌を腕輪の状態に戻す。
向かってくる砲弾に左手を出す。左手に触れた瞬間砲弾が勢いをなくす。
運よく爆発はしない。
「なっ、どういうことだ!」
崖の上にいる兵士たちに動揺が走る。
俺は勢いを失い地面に落ちている砲弾を両手で抱え腕を振り子のようにして崖の上めがけて投げる。
もちろん、右手からさっきの勢いを解放させながら。
数秒後、着弾、そして今度こそ爆発し兵士たちの悲鳴とともに破片を散らす。
<適応>俺のもう一つの能力。右手で物理的な力を左手で異能の力を吸収し、それぞれ逆の手から放出することが出来る。本来は人より少し状況に慣れやすいだけの能力であったが訓練により両手の掌の適応力を異様に上げることで先述の能力に練り上げることに成功した。これも仲間と作り上げた俺の誇りだ。
「なんだ!あのガキは!」
「魔女だ!魔女が出たぞー!」
砲撃から逃げていた兵士たちが叫びをあげている。
俺は腕輪に手をかけ、回し、止める。
数字は『0』と『3』で止まった。
「No.3 最果の細剣」
腕輪が金のレイピアに変わる。
崖の上の大砲は先ほどの爆発で使用不可能となっている。好機とばかりに山賊たちがどこから出したのかわからない鍵縄を使い崖をよじ登っていく、それを横目に俺は先ほどまで逃げ回っていた兵士たちに狙いを定める。
状況が呑み込めず呆然としている兵士たちを山賊とともに行動不能にしていく。
結果的に助けただけで、こいつらが敵であることに変わりない。俺は先ほどまでかすかにあった情けを捨て容赦なく兵士を倒していく。
兵士たちへの怒りも憎悪も何もなく、ただただ、虚ろだった。つまるところ、兵士たちに何の感情もわかなかったのである。なぜだろう?
この戦いの勝敗は決していた。
「撤退!撤退だー!」
爆発と山賊の追撃をかいくぐったあの司令官の号令により兵士たちが退いていく。
俺も周りの山賊たちが戦闘をやめたのを見て武器を下ろし大きく息を吐く。兵士が完全に退いたのを確認してからその場に腰を下ろす。
槍に持ち替えてからずいぶん長いこと戦っていた気がする。辺りは明るくなりもう朝が近いことを感じさせる。村の人たちは全員避難したようで村には俺たちしかおらず、村に広がっていた火もいつのまにか鎮まっている。
「お疲れさん」
後ろから声掛けられる。振り返るとそこには俺が最初に鞘で殴った山賊の頭が立っていた。
「お疲れ様です。お頭さん」
「あんたに頭と呼ばれるいわれはねぇよ…ガインだ」
お頭さん、ガインさんはぶっきらぼうにそう言った。
「ガインさんは…強いですね」
「俺が強い?…ハハッ、あんたのほうがよっぽど強いだろ」
「俺は強くないですよ。ただ逃げてるだけですから」
「…それでいいじゃねぇか、生きてればそれだけでよ」
そう寂しげに言い残しガインさんは山賊たちのもとへと向かっていった。
ガインさんの言葉をかみしめながら立ち上がり約束を果たすために歩き出した。
馬車の近くまで来てみたが目当ての人物はいなかった。代わりにくたびれた様子の旧友の姿が目に入った。
「めずらしいな、お前がそこまで疲弊してるなんて」
「馬車を守りながら混乱する村人に状況を説明してた陰の功労者にかける第一声がそれなの?」
カスミはあきれたようにそう言うとこちらに顔を向けた。
「ありがとな、俺のわがままを聞いてもらって」
「あなたが素直に礼を言うのはめずらしいわね」
「人を何だと思ってんだ。…それで村人たちはちゃんと逃がせたのか?」
「そこは抜け目ないわよ、ちゃんとあなたが暮らしている村に送り届けたわ」
村人たちはほぼ完璧に避難できていたようだ。
「特にあの子には助けられたわ、お礼を言っておいて貰えるかしら」
「そいつを探しているんだがどこに行ったのか知らないか?」
「あの子なら軍が退いたのを確認してから海岸の方に向かっていったと思うわ」
「…そうか、ありがとな」
二度目の礼を述べてからカスミのもとから離れて海岸の方を目指す。
海岸の近くには一軒の家があった。正確にはそこには家があったと思われる瓦礫の山があった。
なぜか俺はこの海岸沿いの風景に少し見覚えがあるような気がした。
そして、その瓦礫の前に目当ての人物がいた。
「……ようやく見つけた」
「…ここには私が家族と住んでた家があったんです」
目当ての人物は、カザネはこちらを少し振り返り少し哀しそうに微笑んだ。
「…約束通り殺されに来た」
彼女はただ瓦礫をじっと見つめている。
だから、俺は続ける。
「お前の話には少し嘘があった」
彼女は変わらず瓦礫を見つめている。
「村の襲撃は本当のことだった。しかし、助けを求めていたわけではなかったんだろ」
彼女はゆっくりとこちらを振り返る。その顔には後悔の感情が浮かんでいた。
「そのとおりです、村の襲撃についてはこんなに早く来るとは思わなかった……」
「お前は自身の復讐と村の襲撃を止めることを同時にしようとした、それが『黄金の魔女』の首……つまり俺の首を差し出し軍と取引しようと思っていた。そんなところだろ」
俺の言葉に彼女は答えない、うつむいていて表情がわからない。
「なぜ、あの時俺を殺さなかった」
彼女は顔を上げて空を見上げるようにして口を開く。
「……なんでかしら、あの時あなたが私と同じように感じたの」
彼女の目が正面の俺をしっかりと見据える。
「あなたが私と同じような目をしていたから」
「……そんなことで父親の仇である俺を生かしたのか」
「おかしいわよね、村のみんなよりお父さんの仇を生かすのを選ぶなんて」
「俺がいなければこの村は全滅していた。そう考えればいい、そして今ここでお前が俺を殺せばいい、それですべて丸く収まる」
これでいい、彼女の復讐は果たされ、軍は『黄金の魔女』という手柄があればあっさりとこの村から手を引くだろう。
「…でも、あなたはわたしの村を救ってくれた」
彼女はまた哀しそうな顔をする。
「じゃあ、お前が決めろ。親の仇としての俺を生かすのか、村を救った俺を殺すのか。お前が決断しろ」
「……」
彼女からの反応はない。
俺は彼女の返答を待つ。
「……わからない、わからないわよ!」
少女が叫ぶ、自身の苦悩を絞り出すように叫ぶ。
「どうすればいいの!わたしはあなたを憎んでいる!でも、心のどこかであなたに感謝している!矛盾しているのはわかってるの、どっちを信じればいいのかわからない……」
少女の表情は苦悩に満ちている。自身の矛盾している感情に困惑している。
「……俺に感謝などしなくていい。自分がしたいことを選べ、後悔だけはするな」
俺は少女の決断をただ待つ。
「わたしはあなたがわからない」
「同感だ、俺もわからない」
「……自分のことなのに?」
「自分のことなんか理解したくもない」
知らぬ間に人を手にかけているかもしれない自分のことなんか理解したいとなんて思わない。
けど、
「俺は自分がわからない、だからお前が見た俺で判断すればいい」
二人の間に無言の時間が流れる。
「おーい、そろそろ戻るぞ!」
そんな時間を終了させるように山賊の声が聞こえる。
その声に俺は振り返る。
「……さぁ、帰るわよ」
いつの間にか隣に来ていたカザネに背中を軽くたたかれる。そして、俺を抜き去っていく。
「どうしたの、早く行くわよ?」
先行しているカザネが振り返り立ち止まっている俺を不思議そうに見る。
「……それがお前の決断ということでいいんだな」
「今のところはその認識でいいわよ」
カザネの決断を聞き届け、少女に追いつく。
少女の後ろを歩きその小さな背中に背負っている過去を想像する。先ほどのとても短い時間にどれほど自身の過去と向き合ったのだろうか、そのうえで俺を生かす決断をした少女の背中はどこか懐かしいアイツの背中と重なって見えた。
馬車に乗り込み砦に戻る。
朝日が昇り始めているが戦闘の疲れもあり眠気に襲われ眠りに落ちる。
「おいっ!起きろ!頼むから!」
俺の言葉は冷たい体にはもう届かない。
固く閉ざされた瞳には俺の姿が映ることはもう無い。
血の気の引いた口から俺の名前が発せられることはもう無い。
俺は動かない体を抱きかかえている。一体いつまでそうしていたのだろう、冷たいのは抱きかかえている体なのか自分の体温なのかわからない。
俺の意識もいつまで持っていたのかすらわからない、気づいた時には知らない天井の知らない部屋の知らないベッドに寝ていた。そして、傍らには知らない少女。
少女は眠っているのか、椅子に座ったまま動かない。
俺はなんでこんなところにいる。
「…ッ!アイツは!」
俺は飛び起きながらようやく鮮明になってきた頭で記憶を掘り起こす。
そして、手に冷たい感覚よみがえる。
次の瞬間、体中に強烈な痛みが駆け巡る。
「うぐっ…!」
ビクッ!俺の声に反応して視界の端で何かが動いた。
目を向けると椅子に座っていた少女が椅子から転げ落ちていた。その表情には驚いているようにも、おびえているようにも見える。その音を聞いてか部屋の扉が開く。
「やぁ、目が覚めたようだね。体の調子はどうだい?一応、応急処置はしたのだけど」
扉を開けて入ってきたのは俺と同じぐらいの年の少年だった。
「驚かさせちゃったかな、ごめんね。この子、人見知りなんだ」
少年が言い終わるや否や少女はその少年の後ろに隠れる。
俺はその少年の顔に見覚えがあるような気がしてまだ正常に動いていない頭を動かし記憶を呼び起こす。
「……お前、タイヨウか?」
「久しぶりだね」
少年は優しい微笑みとともに答える。
なぜこいつがここにいるかはわからないがそこにいたのは二年前に島を去った友人のタイヨウだ。
「驚いた、こんなところでお前に再会するとはな……」
「それはこっちのセリフだよ。君が一人でこんなところにいるなんて」
少年、タイヨウは落ち着いた声音で返す。
「……待て!一人だと…アイツは!」
「落ち着いて、とりあえず君がなぜここにいるのか話そうか」
タイヨウは突然叫びだした俺をそう言ってなだめて俺がここにいる経緯を話してくれた。
どうやら俺はあの海岸で一人で倒れていたらしい。そして、倒れていた俺を発見してタイヨウに知らせてくれたのがさっきの少女だという。
「海岸には君が倒れていただけでほかに人などはいなかった」
タイヨウの話を俺は黙って聞いていた。
「…そうか、世話になったな」
落ち着きをとり戻し、ようやく機能してきた頭で状況を整理して何とか感謝の言葉をひねり出すことができた。
「お礼なら僕じゃなくてこの子に」
タイヨウはそう言って背後に隠れている少女に目をやる。
少女はタイヨウとの会話の最中にも時折顔をのぞかせていた。
その少女を俺は直視する。
少女は顔をのぞかせる。
少女と目が合う。
「……」
「……」
見つめあうこと数秒。
少女が口を開く、
「…あの、大丈夫?」
か細い声で発せられた言葉は俺を心配するものだった。
「……大丈夫だよ」
自然と言葉が出ていた、少女は安心したような表情を浮かべてタイヨウを見上げる。
「よかったな、この子ずっと心配していたんだよ君のこと」
少女の頭をなでながらタイヨウは俺の方を見る。
「次は君がなぜここにいるか聞いてもいいかな」
「…俺たちの島に何が起きたかお前にも話しておいた方がいいかもな」
俺はここに来るまでのことをすべて話した。
タイヨウは多少驚きはしていたものの最後まで静かに聞いていた。
「……そして、あの海岸までアイツとたどり着きそこで待ち受けていたやつらと交戦して気づいたらここにいた」
「そうかそれなら、海岸に彼女もいないとおかしいね」
「俺ははっきりと覚えている。俺の手の中で冷たくなっていくアイツと手に残っているアイツの血の感触を……」
俺は確かにこの手の中で冷たくなっていくアイツを覚えている。
「じゃあ、彼女はもう……」
「……」
タイヨウに言われるまでもなくわかっていた。だけど、目をそらしていた。
「あぁ、アイツは死んだ……」
いろんな感情が渦巻く中一つの言葉をひねり出した。
「一つ手伝ってほしいことがある」
「…僕に手伝えることなら」
「あ、あの、わ、わたしも手伝います!」
タイヨウは俺の気持ちを汲むように了承してくれた。そして、タイヨウの後ろで一緒に話を聞いていた少女も手伝いを申し出でくれた。
タイヨウに近くの森の中の少し開けた場所に案内してもらいそこに少女とタイヨウの手を借りボロボロの体であるものを作り上げる。
それは木の杭を地面につきたてて作った墓だ。周りには少女が積んできた花が置いてある。
遺体はない、遺品も手に残った仲間の証である八芒星のペンダントだけだ。
それを作り上げその前に座りこむ。
「…くうっ、う、ううっ、ひっく…ううっ」
俺はいつの間にか泣いていた。
目から涙が流れ出す。
どんどん流れる涙はおさまる気配がない。
ただただ、泣き続ける。
跪き地面に額をこすりつけながら。
墓を作ったことでようやく俺はあの時、腕の中で冷たくなっていったアイツが、レイカが死んだことを受け入れることができた。
大事な人を守れず、何人もの人に守られ、果てに大事な人に守られて生き残って俺は一体何をしているんだ。
泣き続ける俺にタイヨウはどんな言葉をかけるべきか迷っている。
そんな中、俺の視界に誰かが入ってくる。涙で視界がぼやけて誰なのかもわからない。
「泣かないで」
誰かの声が聞こえる。
「大丈夫だから、泣かないで」
涙をぬぐい声のする方を見る。
そこには少女がまっすぐこちらを見ている。
「泣かないで」
少女の言葉が俺の中にこだまする。
涙は止まらないが俺の心は少し救われた気がした。
目が覚める。