一章 3話 幸運の魔女
砦の中はいかにも山賊のアジトといった感じの様相だった。内装は木で出来たテーブルとイスが数組あり、あとは奥に厨房らしきものがあるだけのようだった。
「二階とかは居住用の部屋があるよ、あとは砦の屋上は夜になると綺麗な星空が見れるよ」
先生と呼ばれていた人物が砦のことを簡単に説明してくれた。
「まぁ、とりあえず座りなよ」
先生に促され近くのテーブルに腰を下ろす。
「今、食事の準備をさせているから少し待ってて」
「いや、お前は何をしてんだ」
俺はようやく口を開いた。
「何って山賊の頭領だけど?」
俺は頭を抱えててテーブルに突っ伏す。
「少しいいですか。まず、あなた達は知り合いなんですか?」
隣に座っていた少女が質問する。
俺は顔を上げて答える。
「こいつとは育った場所が一緒なんだ」
「そうそう、私と彼は幼馴染みなの」
先生も俺の答えに同意する。
「私の名前はカスミ。色々あって山賊の頭領をしています」
どうぞよろしくとカスミは付け足し芝居がかったおじぎをした。
「この通りちょっと浮世離れしてる奴だ」
「そ、そうですね、何となく不思議な感じがします」
「ふふふ」
相変わらず何を考えてるか分からない。こいつは昔からこんな奴だった。
「で、どうしてこんなことを?」
「うーん、話すと長くなるんだけど端的に言うと山賊たちを倒してそのまま乗っとった感じかな」
こいつはまたさらっと恐ろしげなことをやってるな。
「こんなふうになったのは2年くらい前にこの辺を彷徨っていた時に山賊に絡まれて、それを返り討ちにしてちょうどいいから隠れ蓑にして軍の馬車とか襲って生計を立てていたの」
カスミは話の終わりに一枚の紙を取り出す。
それはカスミが写った手配書だった。名前は『操力の魔女』となっており、賞金は5000万スタンとかなりの高額だった。
「その生活で軍と小競り合いをしていたらいつの間にかこんなことになってたわ」
カスミは賞金首になったことを呆気楽観と語る。
「こんな額になるほどの小競り合いってなんだよ」
「まぁ、私は山賊たちの頭領となったけど何も山賊になったわけじゃないのよ」
隣の少女は次々に出てくる情報に頭がついて言っていないようだった。
「山賊たちを私の手中に収めたあとは民間人などは襲わずに主に軍の物資を狙うように指示をしていたのよ。つまるところ、自警団的なことをしようとね」
「それはいいんだが、なぜガキどもを攫ったんだ」
「少し誤解があるようね。攫ったんじゃなくて招待したのよ」
カスミがそれを言ったタイミングで厨房から次々と料理が運ばれてくる。
「招待ってこの砦にか」
「そうよ、あそこにいるヘイスが森の中で子供たちを見かけたって言い出して調査したら街で万引きをして生活をしてる事を知ってね…」
その当人達は多少の警戒をしながらも目の前の料理を口に運んでいる。
「それで?」
俺も目の前の鶏肉のソテーを口に運んでから先を促す。美味い。
「だから、なにかしてあげられないかなと思って、そうだ料理をご馳走しようということになって、迎えの者を向かわせたのだけど、どうやら乱暴に連れてきたようね。それについては私たちに非があるわね」
隣の少女もモグモグと山賊飯に手を伸ばしている、もはや話は聞いていないようだった。
「あなたが保護者と名乗った時は少し怒りを感じたのよ。こんな子供たちに万引きをさせているクソ野郎だと、ね」
カスミはおどける様にそう言う。
「保護者みたいなことをしているだけだよ。それに俺だって万引きなんてして欲しくないよ。…ただ、俺の収入だと子供四人は賄いきれなくてな」
俺の言葉にカスミは含み笑いを返した。
そのまま俺たちは卓を囲みながらお互いの近況を報告しあった。
「今日は泊まって行きなさい。みんなね」
飯を食ったあとカスミの提案により俺たちは泊まっていくことにした。と言うより飯を食ったガキどもが全員眠ってしまったため帰るに帰れないのだ。
「上の階に余っている部屋がいくつかあるから好きに使っていいよ」
眠ってしまったガキ達を山賊の人達に協力してもらいながら運び、カスミに言われた通り上の階へと向かう。
その移動中に山賊の一人がおもむろに口を開く。
「それにしても悪かったな兄ちゃん。急に子供たちを連れ出して」
「そうだな、これがほんとに誘拐だったら今そこに立ってないからな」
「それは勘弁してくれよ…そうだ、俺はヘイスってんだ、よろしくな」
「…よろしく」
「元気がないな、俺はリーパだ」
唐突に山賊に自己紹介されても反応に困る。
俺が困惑しているとサクをおんぶしている少女が口を挟む。
「そういえば、名前を聞いていませんでしたね」
「お前がおぶっているのがサク、この中じゃ一番しっかり者だ。俺が背負っているのがジル、こいつはサクより一つ年上だが反抗期真っ盛りだ」
俺はそこで言葉を切って前の山賊たち、ヘイスとリーパに目をやる。
「前の二人がトラとリュウ、二人ともやんちゃで手がかかる」
「ふーん、可愛いですね」
少女は日頃の俺の苦労など考えに入れずに言っているようだ。
「で、お前はいつまで一緒にいるつもりだ。ガキたちを助けてくれたのは感謝しているが早く帰った方がいいぞ」
「そういえば、わたしも名乗っていませんでしたね」
少女は俺の言ったことを無視して続ける。
「わたしはカザネと言いますよろしくお願いします」
「はぁ、…よろしく」
もうどうでもいい。俺は面倒になったのでこれ以上少女、カザネには何も言わないこと
にした。
「あの」
俺はさっさとジルを運ぼうと山賊たちのあとについて階段を登っていると下から声をかけられた。
「名前を教えてください」
「一回じゃ覚えらないか。こいつがジルでそっちが…」
「いえ、子供たちのではなく…あなたの…あなたの名前を教えてください」
「……シン」
「え?」
「シン、それが俺の名前だ」
俺はそれだけ言うとさっさと上へと登る。
「よろしくお願いしますね、シンさん」
下で少女が何かを言ったようだが俺は聞こえないフリをして階段を登りきる。
「この部屋が空いてるから好きに使ってくれ、嬢ちゃんは隣の部屋でいいか?」
「はい、ありがとうございます」
ヘイスだがリーパだが忘れたが山賊の一人が階段を登ってすぐの部屋を案内してくれた。
「俺たちは上の階にいるから何かあったら呼んでくれ」
山賊の二人はトラとリュウを部屋に寝かせると上への階段へと消えていった。
「じゃあ、わたしも隣の部屋に行きます。おやすみなさい」
少女もサクを寝かして部屋を出ていく。
俺もジルを寝かして自分用に敷いてある布団に腰を落とす。しばらく考え込んで、ため息を吐き立ち上がる。
部屋から出て、隣の部屋の前に立つ。
扉を叩こうとしようとして、やめる。
また、叩こうとして、やめる。
数回そんなことを繰り返し、ようやく覚悟を決め扉を叩く。
「はい、どうぞ」
少女の許可を得て中に入る。
「シンさん、どうかしたんですか?」
少女は何故、俺が尋ねてきたのか、わからない様子だった。
「…話だけなら聞いてやる。どうするかはその後考える」
「えっ」
今度は俺が何を言ったのかわからないようだった。
「ガキどもを助けてもらったお礼だと思ってくれればいい」
少女はなおも呆然としている。
「俺にできる限りのことなら力を貸してやる」
「本当ですか!」
少女は驚きに目を見開きながら俺を見る。
「それで、協力してもらいたいことって一体なんだ」
「それは、ある魔女について知っている事を教えて欲しいんです」
「魔女…」
俺はその単語に嫌悪感を抱く。『魔女』とは特異な能力を持つ者達のことでその力のせいで人間たちから迫害をうけている。しかし、いつからか魔女という言葉は軍の兵士たちが気に入らない者を捕まえるための口実になった。俺は思考をとめて少女の話に耳を傾ける。
「そうです、この魔女の情報がなんでもいいから教えて欲しいのです」
そう言うと、少女は懐から一枚の麻紙を取り出した。
それは先程見た魔女の手配書だった。先程と違うのは写真があるべき場所に写真がなく、変わりに黄金の大剣を持つボロボロのローブの男の絵が描かれている所と名前が『操力の魔女』ではない所だ。
「懸賞金6500万スタンの大物。最悪の魔女『黄金の魔女』」
俺は小さく、バレないように小さくため息をつく。少女が話す前からこの魔女のことだろうとわかっていたから出たため息をだった。
「この魔女の情報か、お前は知らないのかこの魔女のこと」
「知ってますよ自分で集められるだけ集めましたから」
少女は自信満々に応えた。
「そうじゃない、こいつがおとぎ話の魔女だと言うことを知らないのかと聞いているんだ」
黄金の魔女とはこの国で五年ほど前から囁かれている噂話いや、おとぎ話だ。
「いいえ、おとぎ話ではありません。この魔女は実在します」
「違う、こいつは軍に魔女の冤罪をかけられた人間が生んだおとぎ話の魔女だ」
「それこそ違います、わたしはこの二年間で自分でこの国を巡り情報を集めました。そして、黄金の魔女が実在することを突き止めました」
少女は部屋に置いてある手荷物から紙を数十枚取り出した。どれにも文字がびっしりと書かれておりどれもこれもが黄金の魔女についてのことだった。
「これがわたしが二年間で集めた情報です。これでもまだあなたは黄金の魔女をおとぎ話の魔女と言いますか」
確かにこの情報だけを見れば黄金の魔女は実在していると言えるかもしれない。だが、
「ああ、何回でも言ってやるよ。こいつはおとぎ話の魔女だ」
「これだけの情報があるのにまだ…」
「何故ならこれだけの情報があるのに容姿がわかる情報がひとつもないからだ」
「くっ…」
少女の情報は確かに膨大でよくこれだけの情報を集めたと感心する。情報の中にはその魔女の実在を決定付ける容姿に関する情報がない。
「それは…その…」
「何故この魔女を探しているのか知らないが諦めろ」
俺はもう用はないとばかりに扉へと向かう。
「わたしの村は海の近くの小さな村なんです。色んな人達が暮らしていました。スター王国民から他の国の人、それに、魔女の人たちも」
少女がぽつりぽつりと話し出した。俺は足を止め、じっと少女の言葉に耳を傾ける。
「わたしたち家族はそこで静かに暮らしていました。だけど、黄金の魔女がその生活をわたしの家族を壊した!」
その場に足が吸い付いたように動けなくなる。
「だからっ!わたしはこの魔女を探し出して復讐をすると決めたんです!」
俺は体中の力を振り絞り少女の方を向く。
そして、目を見開く、窓の外の空が赤く染まっていた。
「…おい、お前の村ってこの砦から見てどの辺だ?」
「えっ、と、南?」
俺はすぐさま部屋から出て階段をかけ登る。
「おっ、兄ちゃんそんな慌ててどうしたんだ?」
「へーパ、カスミはどこにいる!」
「えっと、先生なら多分屋上に…」
「ありがとう」
「…俺の名前ヘイスなんだけど」
階段を登りきり屋上へと躍り出る。
「いい夜だね。それで何か用?」
「力を貸せ、お前の力がいる」
「いいよ、再会の祝福代わりに力を貸そう」
旧友は赤く染った空を見ながら微笑みを返した。
「それで、何をして欲しいんだい」
「馬車を貸せ」
「軍から奪ったのが三台あるけど一台君に壊されたから二台しか使えないよ」
「さらっと皮肉を混ぜないでくれるか」
二人で階段を駆け下りながら意見を交換していく。
程なく下の宴会場につく。
「あれ?先生とご友人さんどうしたんです?」
下では交代の見張りや宴会の片付けで残っていた数人の山賊たちが俺たちに注目する。
「今すぐ馬車の準備を!二台!急でっ!馬も出せるだけ出して!」
「「了解!」」
山賊たちは一瞬困惑したがすぐさま用意に取り掛かった。
「乗馬の経験は?」
「ない」
カスミに事情を説明して作戦を立てる。
「一体なんなんですか?」
後ろを向くと少女が立ち尽くしていた。
「いいから、お前も来い!」
俺は少女を呼び寄せる。
「馬車の準備が出来ました!」
「よし、私たちは先に行く、君たちは馬車で向かってくれ」
カスミは颯爽と馬に乗り夜の闇へと消えていく。
「俺たちも行くぞ」
「全く状況がわからないから説明してください」
「南の方角の空が赤く染っていた。恐らく森が燃えている。もしくは……」
少女の顔が青ざめる、俺と同じ最悪の予想をしたようだ。
「だから、お前も来い!今ならまだ、間に合う!」
あの時の自分の言葉と重なる。
(あの時とは違う、今度は絶対に助ける)
「…助けるか」
自分で考えたことに自虐的な笑みが浮かぶ。
そんなことを考えているうちに少女は覚悟を決めたようだった。
「…わかりました、わたしも行きます」
「ん、ああ、行くぞ」
俺は生返事を返して外の馬車に乗り込む。
「乗ったかじゃあ、出すぞ」
「ああ、頼む。あと、残っている奴の誰でもいいからガキ達の面倒を見てくれ」
「おう!任された!」
山賊たちにチビ達を任せ俺達もカスミたちの後を追う。
「…………」
少女は馬車に乗ってから終始無言だ。
俺も無言で目的地に着くのを待つつもりだ。
「……はぁ、復讐だったか」
「…………」
「復讐なんてやめておけ、とは言わない」
「えっ」
「俺だって復讐したい奴なんてそれこそ何百といる」
「あなた、何を言って…」
「だけど、復讐したところで何かが変わることは無い一つ変わるとすれば虚しさが生まれる」
俺は何を言ってるんだ。
どうでもいいことをペラペラと、全く自分でもわけがわからない。でも、
「虚しさが生まれたあとは生きる活力が無くなり死にたくなる。それが復讐という行為だ」
これだけは言っておかなくてはならない。こいつが道を間違えないように。
「そんなこと……わかってます」
「いや、わかるはずがない。復讐を達成したことのない人間には決してな」
それっきり俺は黙る。少女はただ呆然と俺を見ている。馬車の中でお互いに顔を俯かせて到着を待つ。
数分がたち少女が意を決したように口を開く。
「あなたは復讐を達成したのですか……」
「…昔な、俺を救ってくれた奴がいた。そいつは素性のしれない俺を一切疑わず助けてくれたんだ。なのに、軍は俺を匿ったというだけでそいつを殺した」
俺はまた黙る。これ以上余計なことを話さないように、怒りを思い出さないように。
「…ッ!?」
何かが聞こえた、そう思った時には少女は動いていた。
「お前!何してんだ!」
走行中の馬車から飛び出した少女の後を追いながらその背中に問いかける。
「声が聴こえました!」
少女は走りながら応える。
「…チッ」
「おい、何してんだ!お前ら!」
「ここで少し待ってろ!」
俺は御者の山賊に言って少女の後を追う。
「キャー!」
「うるさい、くたばれ!」
森の中をひた走り音の発信源に近づくにつれそれが女の悲鳴と男の怒号だということがわかる。
「やめろーッ!」
少女は叫びを上げる。少女の声に呼応するかのように風が吹き荒れる。
「な、なんだ!」
男の驚愕の声が聴こえる。視界が開ける。
そこにいたのは無害そうな村娘と俺がこの世で一番憎むべき存在。
「軍の…兵士」
「何者だ!貴様ら!」
突然現れた俺達に兵士は混乱しているようだ。
少女はその隙に兵士と村娘の間に入っている。俺は兵士を睨みつけている少女の真横を通り抜け兵士と相対する。
「貴様らここで何をしている!」
「………」
なおも兵士は俺達に問いかける。
しかし、俺達が答える気がないのを察すると溜息をつき、
「……そうか、貴様らも魔女の仲間と言うことだな、ならばここで死ね!」
兵士は手にしていた槍を構えこちらに突撃してくる。
「ひっ!」
村娘が短い悲鳴をあげる。
俺は槍を左手で正面から止める。
「なにっ…」
槍は勢いを失ったかのように動かない。
兵士は槍を引き距離をとる。
「……幸運循環」
俺は呟くように能力名を口にする。
いままで服の袖で隠していた右手の金の腕輪に手をかける。腕輪の上部に付いている二つの数字盤を回す。
そして、止める。
「No.6 勝利の剣」
金の腕輪はたちまち金色の光の粒子となり、新たに形を模していく。粒子が集まり身の丈程の金の大剣となる。
「…なに…それ…」
「貴様…魔女か」
少女は驚愕を隠しきれず、兵士は俺の正体に顔を顰める。
「はぁ…」
俺は両手で剣を構え、溜息をつく。
「その呼び方やめてくれないか、嫌いなんだよ」
俺は兵士を睨みながら薄い笑いを口元に浮かべる。
「魔女は全員抹殺だ!」
兵士は再度突撃してくる。
「…だから、その呼び方をやめろっ!」
俺は向かって来る兵士の槍をすんでで躱し剣の横薙ぎで吹き飛ばす。
「カハッ!」
兵士は真横に綺麗に飛んだ。大木に激突し意識失ったようだ。
剣は再び金色の光の粒子となり腕輪に戻る。
「…戻るぞ馬車を待たせてる」
「………」
少女からの返答はない。代わりに村娘が声を発する。
「あの…カザネちゃんだよね。村が…村が大変なのっ!」
「……わかってる。わたし達が何とかするから、アリサは安全な所に避難していて」
少女は村娘に優しく語りかける。どうやら知り合いのようだ。もう用がない俺はひと足先に馬車に戻る。
馬車に乗り込みしばらくして少女も戻ってきた。馬車が走り出す。
先程逃げていた村娘がいたということは村はもう近いのだろう。
「…………」
少女は馬車に乗り込んでから無言だ。当然俺も無言だ。
「さっきのは何ですか…」
「幸運循環、俺の能力だ」
能力。俺を魔女たらしめる呪われた力。だが、俺は、俺達は能力に誇りを持っている。
呪われていようがなんだろうがこれは俺達仲間の証でもある。
「……金色の剣を使っていましたね」
「俺の能力には番号があってそれの6番目、それがさっきの剣だ」
少女の言いたいことは分かっている。しかし、俺は答える気がない。否、答えるわけにはいかない。
「あなたは…わたしの探していた魔女ですか」
「………」
俺は何も応えない。
「沈黙は肯定ととっても構いませんよね」
「……そうだったらお前はどうする」
ダンッ!俺は少女に両手で首を掴まれ床に仰向けで押し付けられる。
少女の顔は激昴でそまっている。目には憎しみで満ちている。その顔は紛れもなく復讐者の顔だった。
「グッ…ガッ…!」
やばい、このままじゃ窒息する。
「あなたが…お前が!わたしの…わたし達の…なんで…なんで父を殺した!」
「グッ…」
俺は…
「俺は…何もやってない」
「何!」
俺の口は勝手に動いていた。首を絞める力が少し緩む。
「また謂れのない罪が増えた…それだけだ」
「わたしの父は軍の将校だった…そして、その父が死んでからわたしの家族は壊れていった。母はわたし達を養うために働いて体を壊し、そのまま亡くなった。そして、続いて兄も失踪した」
少女は哀しそうに俺を見下す。
少女は片手を首から外す。
「わたしは今ここで父の仇を討つ」
少女は空いた片手で腰からナイフをそして両手でナイフを握る。
「だから、死んでください」
俺の首にナイフを突き立てる。
「なんで、苦しそうなんだ」
「…あなたには関係ない」
少女はただ食いしばるようにナイフを握る手に力を込めた。
俺は今どんな顔をしてるんだろうな。死ぬ前に走馬灯を見るというが、本当に死に直面した時は案外何も思い浮かばないものだな。
「…なんで、泣いてるのよ…」
そうか、俺は今泣いてるのか。少女に言われ目から熱いものが流れていることに気づく。
「そんなに…そんなに死ぬ事が怖いのですか!」
少女の声は先程より鋭く僅かに怒気を纏っている。
「…怖くないわけじゃないが、別に死ぬのは構わない俺は元々生きる活力などないからな。でも、少し待ってくれ」
俺は弱々しい口調で懇願する。
「…待つ、一体何を待つと言うのですか」
「お前の村を救うまで」
「な…」
俺の気がかりはこいつの村が軍に襲われていることだ。
「そんなことをわたしが信じるとでも」
「俺は確かに魔女だ、人間も嫌いだ。でも、理不尽に襲われている人たちを見捨てるほどクズにはなりたくない」
これは俺の本心からの言葉だ。
少女は驚愕に顔を歪ませる。
「だから、俺を殺すのは村を救った後にしてくれ」
「……あなたを信用した訳ではありませんが、今は少しでも人手がいる」
少女がナイフを納める。そして、馬車は村へと到着した。