運に極振りした結果
「おい、ラクー、振り分けは決まったか?」
バンッ。
「あっ、しまった……」
僕は同い年のジャーイから強めに肩を叩かれた弾みに、ついうっかりステータス画面の確定ボタンに触ってしまう。
「わりーわりー。
けど、いつまでもぐずぐずしているお前が悪いんだぞ」
ジャーイは悪びれる様子もなく、ニヤニヤしながら言ってしまう。
その様子を見ていた周りの大人は達は、ちょっとビックリしたような表情をしたあと、可哀想なものを見るような目で僕のことを見つめる。
「ラクー、決まってしまったものは仕方がない。
とりあえずしっかりと訓練すれば、徐々に他の数値も上がってくるはずだから、諦めずに頑張りなさい」
そう言って僕を励ましてくれたのは、この『振り分けの儀』を取り仕切っていた僕の村の神官様だった。
『振り分けの儀』
僕の生まれた世界では、人は皆ステータスを持っている。
7歳までは各自の自宅で普通に成長していればそれほど大きなステータスの差は個人の間にない。いや、ないと言われている。
実際にはそこまででどれだけきちんと生活したかによって若干の差は出てくるのだが、
正直に言うと『振り分けの儀』以降に生じる差に比べれば微々たるものだ。
人々は皆、7歳の春に『振り分けの儀』を行い、自分がこれから進もうとする道で有利になるように、7歳の春に与えられる100ポイントの未配分ステータス値を各ステータスに振り分ける。
たくさん振り分けたステータスほどしっかりと使いこなして鍛えることが出来るため、次の年から17歳になる年まで毎年行われるレベルアップの儀でのステータス上昇度が大きくなると言われている。
1回のレベルアップで上昇するステータスは、各パラメ-ターごとに0~10の11段階で、運によって上昇度は左右されるが、良く鍛えたステータスほど高い数値が出やすくなるという案配だ。
例えば、ほとんど魔法を鍛えていなければ、魔力の数値の上昇度は0~10の内、0や1が出やすく、良く鍛えていれば9や10が出やすい。
しかしそれはあくまでも出やすいと言うだけの話であり、鍛えていなくてもたまたま10ポイント上昇することもあれば、鍛えていてもほとんど上がらないこともある。
まあ、数百万人に一人いるかないかのことらしいが……
例えば戦士の職業に就きたい人は、体力や筋力のステータス値を多めに配分し、職人を目指す人は器用さや集中力を多めにする。
魔法職や神官などは、魔力や知力を高めに設定する。
高めに配分した能力は要領よく鍛えることが出来る。
例えば筋力を多めに配分すれば、筋力トレーニングで最初から重いものを持つことが出来るので、訓練の効率が上がるという具合だ。
10以上の数値は出ないのかというと、実はそうでもない。
ステータス値が100を超えると20まで上昇することがあると言うことが分かっている。
もっとも、ステータス値が100を超えるには、何かに大きく極振りし、レベルアップの儀を5~6度は経ないと到達出来何ので、実際に20上昇を経験した人は少なく、また、いびつなステータスとなるため、それ以外の能力が他の人よりとても低くなり、何かがあったときにとても困ったことが起こる。
過去に筋力に極振りして筋力ステータス20アップを3度も経験した戦士職の人が、体力不足から大怪我をしてしまい、利き腕を切断するという痛ましい事故があったそうだ。
その教訓から、極端な極振りは敬遠される傾向にある。
加えて忘れてはいけないのが、運の数値である。
運は鍛えることが出来ないためか、振り分けの儀で配分したポイントから増えたという報告は今のところほとんど無いらしい。
しかも、運があまりにも低いと、何かの拍子に事故に遭ってしまう確率が上がったり、自分にとって都合の悪いことが良く起こったりするらしいのだ。
7歳児の振り分け前ステータスは、全項目が1~2程度であり、この初期値のままだと外の世界で最弱のゴブリンやスライムに襲われても死んでしまう。
だからこの世界では、7歳の『振り分けの儀』までは、親が過保護なくらい子供に気を遣って育てているのだ。
振り分けの日の朝、僕はお隣に住む幼なじみのフォーと連れだって教会への道を進んだ。
「ねえ、ラクー。
あなた、振り分けはどうするつもり?」
「やっぱり、バランス型かなって思ってる。
今何になりたいとか特に決まってないから、バランスよく配分しておいて、あとは自分に向いているものが見つかったらそのステータスを鍛えれば、レベルアップの儀でそこそこ上がっていくだろうからね。
それは最初から極振りしている人には敵わないだろうけど、その分他の能力もそこそこになるから、それはそれでいいかなって思ってるんだ」
フォーの問いかけに、僕は今思っていることを正直に話した。
「そうよね。
普通はそうよね……」
「フォーは何かに極振りしてみるの?」
「うーん……
特になりたいものは無いんだけど……」
「何か気になることがあるの?」
「うん、あのね、もし運に極振りしたらどうなると思う?」
「運に?」
「そう、運よ。
もしかしたらとっても幸運になって竹藪でお金を拾ったり、河原の石ころを拾ったら金塊だったりとかするかもって考えたら、普通に割り振るより楽しいかもって思ったの」
「はははっ、それはすてきだね。
けどいくら運が高くてもさすがに石ころが金塊にはならないと思うよ。
それに他のステータスが低いとゴブリンやスライムにもやられちゃうよ。
これから学校に通わなければならないんだから、登校中の弱い魔物くらいは自分たちでやっつけないと、死んじゃうんじゃないかな」
「そうよね。
やっぱりバランス型がいいかな」
そんな話をしていると突然小石が飛んできて僕の背中に当たった。
「いたっ!
誰だよ。石を投げるなんて。
危ないじゃないか!」
僕が振り向いて文句を言うと、近所の悪ガキのジャーイが子分のズールとワールを引き連れてニヤニヤしている。
「やい、オトコンナのラクー!
朝っぱらから何イチャイチャしてるんだ。
お前なんかこうしてやる。
お前達、やれ!」
そう言うと悪ガキ三人トリオは僕に向かって小石を投げはじめる。
「あなたたち止めなさい!」
フォーが制止するが、言うことを聞くような連中じゃない。
「逃げよう、フォー」
僕はフォーの手を引くと教会へ向けて走り出した。
「やーい、弱虫ラクー!悔しかったら戻ってきてみろ」
後ろからジャーイ達のはやし立てる声が聞こえるが僕たちはひたすら教会を目指して走った。
教会に着くと神官様から『振り分けの儀』の説明がもう一度なされる。
教会の左の壁には5つのステータス石版があり、この石版に自分のステータスを映しながら、7歳で与えられる100ポイントを各ステータスに振り分けるのだ。
教会の中には150人ほどの子供が集まっており、説明が終わると5人ずつ呼ばれて、石版の前に立ち、ステータスの振り分けをはじめる。
どうやら、同じ地区の子供がまとまって呼ばれているようだ。
もしかしてと思っていたら、やはり僕と一緒に呼ばれたのはフォーとジャーイとワールとズールだった。
僕たちは石版に左手を振れる。
名前 ラクー (7歳)
体力 2 ↑↓000
筋力 1 ↑↓000
知力 2 ↑↓000
魔力 2 ↑↓000
速力 1 ↑↓000
集中力 2 ↑↓000
器用さ 2 ↑↓000
運 2 ↑↓000
未配分値100 確定ボタン
普段からフォート一緒に本を読んだりお手伝いをしていたこともあり、筋力と速さ以外は7歳児の限界と言われる2ポイントになっている。
ステータスの後ろの矢印に触れて、100ポイントの数値を割り振り、確定表示に触れると確定する。
バランス型を目指す僕は全項目に12~13ポイントを割り振る予定だ。
そんなとき、僕の脳内に朝のフォーとの会話がよみがえる。
『もし運に極振りしたらどうなると思う?』
「運か……」
僕はつぶやくと、運のあとの上向き矢印を長押しする。
名前 ラクー (7歳)
体力 2 ↑↓000
筋力 1 ↑↓000
知力 2 ↑↓000
魔力 2 ↑↓000
速力 1 ↑↓000
集中力 2 ↑↓000
器用さ 2 ↑↓000
運 2 ↑↓100
未配分値000 確定ボタン
「やっぱり無いな……」
僕がそうつぶやいて運の下向き矢印を押そうと右手を伸ばしたときだった。
ドンッ
右肩に衝撃が走り、思わず僕は右手のひらを画面についてしまう。
そこに確定ボタンがあった。
そうして冒頭の場面である。
「ラクー、元気を出して。
ごめんね、私があんなこと言ったからだよね」
フォーが僕を慰めながら落ち込んでいる。
「フォーのせいじゃないよ。
どんな感じかなって、試していたときにジャーイの奴が押してきたのが悪いのさ。
それに済んじゃったことはどうしようもないから、これからしっかり鍛えて、来年のレベルアップの儀で出来るだけ取り返してみせるよ」
「うん、そうだよね。
私も出来るだけ手伝うから、頑張ってね」
「ああ、もちろんさ」
僕達が話しながら家路についていると、またあいつらが絡んできた。
「やーいい、ステータスがゴミクズのラクー。
いつまでもフォーとイチャイチャすんなよな。
お前みたいなゴミクズはこうしてやる」
そう言うとジャーイは朝とは比べものにならないようなものすごいスピードで小石を投げてくる。
どうやら筋力に極振りしたようだ。
あんなものに当たったら今の僕なら一発で体力0になって行動不能、打ちどことが悪ければ死にかねない。
しかし、ジャーイの投げた石は明後日の方向に飛んでいく。
「危ないじゃないかジャーイ。
神官様も言っていただろ。
強化されたステータスを悪いことに使っちゃダメだって」
僕が注意するがジャーイ達は聞く気が無いようだ。
「うるせー!ラクーのくせに生意気だぞ!!
お前達、やってしまえ!!」
ジャーイの命令で、取り巻き二人も投石を開始する。
ジャーイほどではないがズールやワールの投げる石もかなりの威力だ。
一発もらえばタダでは済まない。
「あなたたち止めなさい」
フォーの制止も聞かず僕に向けて投げられる石の雨。
しかし何故か一発も当たらない。
将に、当たらなければどうと言うことはないのだ。
1分経って奴らが投げた石が50を超えた頃に、ついにジャーイも異変に気づく。
「何で当たらないんだ!ラクーのくせに生意気だぞ!!」
そう言うとジャーイは少し大きめの石を思いっきり投げた。
大きな石は呆然とする僕の頭上を通り越し、たまたま後ろに生えていたゴムゴの木の大木にぶち当たる。
ゴムゴの木はとっても弾力性のある木で、加工して靴底などにも使われている便利な木だ。
ゴムゴの大木に当たった大きめの石は真っ直ぐに跳ね返り、ジャーイの額を直撃した。
大きなたんこぶを出してその場に倒れるジャーイを見て、取り巻きのズールとワールは逃げ出す。
こうして僕たちは運良くいじめっ子の襲撃を躱すことが出来た。
しかし、異変はこれだけではなかった。
小さな渓流を越えると近道なので、いつも通っている渓流の石を踏み石にして対岸に渡ろうとしたとき、苔むした踏み石に滑って、小川のせせらぎに落っこちてしまった。
幸い怪我はない。
「幸運だけではないね」
僕はそう言いながら小川から立ち上がると、落ちた弾みに握りしめた岩のかけらを見て愕然とする。
「フォー、これって……」
「ええ、金色ね……」
僕たちは慌ててうちに帰ると、僕の内の両親とフォーの内の両親を畑から引っ張り出し、踏み石にしていた岩のところまで連れてくる。
踏み石は金塊だった。
学校に通い始めてからも、僕たちはラッキーなことが続いている。
いじめっ子のいじめは全て空振りに終わり、テストは何故か山が当たりまくる。
普通は通学路で遭遇する弱いモンスターにも一度も会わない。
これって全部運に極振りした結果ののだろうか……
他に例がないので確証は持てないが、どう考えても他の原因は見当たらない。
そして一年後、レベルアップの儀で再び異変が起きる。
名前 ラクー (8歳)
体力 2 →102(100アップ)
筋力 1 →101(100アップ)
知力 2 →102(100アップ)
魔力 2 →102(100アップ)
速力 1 →101(100アップ)
集中力 2 →102(100アップ)
器用さ 2 →102(100アップ)
運 102 →202(100アップ)
なんと、全ステータスが100上がってしまった。
しかも、上がらないと言われてきた運まで上昇している。
もうこれで、誰も僕のことを貧弱な坊やとは言えないだろう。
「何だよ、ラクーのくせに生意気だぞ」
筋力ステータスが最大の10上がったと言ってさっきまで自慢していたジャーイが殴りかかってくる。
とっさに僕は左手でガードすると、ジャーイは僕の左手にはじき返されて後ろに吹き飛んだ。
筋力、体力100越はダテじゃない。
こうして、僕は8歳にして全ステータスで大人顔負けの能力を手に入れてしまった。
クラスの女の子からの視線も以前より熱いものを感じる今日この頃だが、僕の隣には今日もフォーがいる。
「これもフォーのおかげだね」
「どうして?」
「あのときフォーが運に全振りしたらどうなるかなんて言わなければ、こんなことにはなっていなかっただろうからね」
「それを言うなら、振り分けの儀でぶつかってくれたジャーイにこそ感謝しなきゃね」
「はははっ、そうだね」
今日も帰り道でフォーとおしゃべりしながら帰っていると、後ろから三人組が走ってくる。
「ラクー様、フォー様、なぜお声をかけてくださらないのですか。
お二人のお荷物は、この一の子分ズールがお持ちします」
「いえ、お二人の一の子分はこのワールめです。
どうぞ荷物運びはこのワールめにお任せ下さい」
「あの、できれば俺にもお仕事を……」
最後に発言したジャーイは遠慮がちだ。
どうやら僕の不興を買っているという憶測でグループ内の力関係も微妙に変化しているようだ。
「いいよ、荷物は自分たちで持つよ。
みんな友達だろ」
僕は3人に声をかけると、5人で仲良く家路につくのだった。
読んでいただきありがとうございました。
よかったら感想お聞かせ下さい。
ちなみにラクーはこのあと伝説の冒険者になったとか、皇帝になったとか言われています。
その横にはいつもフォーの姿があったそうです。
めでたしめでたし
【こねた】
主人公の名前ラクーはluck運、ヒロインのフォーはfortune占いから取りました。