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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
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2020年里穂生誕祭小話:キレイゴトの向こう側

 2020年里穂誕生日は、淡々と仕事をする里穂でございます。

 『エンコサイヨウ』は静かなお仕事小説であることを思い出すために書きました。一部、非人道的な行いの記載がありますが、犯罪行為を肯定・助長するものではありません。


■主な登場人物:里穂、環、統治、ユカ

 名倉里穂が生まれたのは、一般的な家庭よりも少しだけ……いや、大分特殊な(・・・)家系だった。

 物心ついた頃から、世界は無数の糸で覆われており――好奇心だけで手を伸ばした瞬間に母親が里穂の腕を掴み、笑顔で諌められたことを、今でも何となく覚えている。


 家族以外には言ってはいけないことは、年齢を重ねて経験が増える度に察することが出来た。



 そして、自分自身の能力が――決して、人助けには使えないことも。



「ついたっすー!!」

 助手席の扉を開き、里穂は我先にと外へ飛び出した。秋の夕暮れ、乾燥した冷たい空気が頬を撫でて……車内との温度差に、少しだけ、目を細める。

 日が短くなり始めた10月下旬。時刻は間もなく18時。つい先程日没を迎えた世界は、車が通る県道から一歩奥に入れば静かなもの。ましてや、諸々の事情(過去の災害)から居住が制限されているこの地域一帯は、生活音がないのでシンと静まり返っている。薄雲の奥に広がる頭上の空は、紺色から黒へと染まり始めていた。

 そんな、ギリギリで明かりが不要な時間帯、いつものセーラー服にポニーテールをなびかせる里穂を追いかけるように、後部座席の扉を開いて降りてきた少年――森環(もり・たまき)は、周囲をキョロキョロと見渡して息を吐いた。

「コンビニとかないんすか?」

 2人の目の前に広がっているのは、河岸工事真っ只中の海沿いに広がる空き地だ。普段は工事車両が忙しく行き来しているが、今日は午後が休工日ということで彼ら以外に人の気配はない。だからこそ……彼女たちが立ち入ることが出来たのだけれど。

 制服姿のまま、表情を変えずに首を動かす環を見た里穂は、口元にニヤリと笑みを浮かべた。

「あれ? 森くん……もしかしてトイレっすか?」

「いや、ペットボトル捨てたくて」

 そう言って空っぽになったミネラルウォーターのペットボトルを掲げる環に、里穂は苦笑いで肩をすくめる。

「そうだったっすか……少なくとも今は無理なので、ゴミは車で留守番させとくのがいいっすよー」

「把握しました」

 環は一度頷くと踵を返し、車のドアを開けて空っぽのそれを後部座席へと放り投げた。刹那、そんなやり取りを見ていた名杙統治が、運転席側から回り込んで声をかける。

「滞在出来る時間は限られている。2人とも、移動するぞ」

 歩き出す統治が車に鍵をかけたことを音で確認した2人もまた、彼のあとに続いて……海の方へ続く砂利道を歩き始める。

 当然、遊びに来ているわけではないのだ。


 車を止めた空き地から歩くこと約3分。統治が足を止めたことで、里穂もまた静かに息を整えた。

 そして、制服の胸ポケットに入れておいた商売道具(ものさし)を取り出すと、静かに歩みを再開して……まばたきをした後、統治を追い抜いていく。そして。


「――うち兄、あの人っすね」


 統治より数歩前に出た里穂が見据える先――砂利道が終わり、海岸へと続く分岐点に、女性が1人座り込んでいることを、全員で認識する。

 統治の隣で里穂の背中を見ている環は、先程まで終始明るいテンションだった彼女が急激に冷静へとシフトチェンジしたことに……心の中で少しだけ驚いていた。


「なるほど、こういう人っすか……」

 遡ること24時間前、仙台市中心部にある『東日本良縁協会仙台支局』で仕事上の書類を確認した里穂は、対象者の略歴に目を通して……少しだけ眉をひそめた。

 里穂が目を通している書類は、内輪で『生前調書』と呼ばれている代物。仕事で向き合うことになる相手の履歴書のようなものだ。

 そこには、対象者の性別、出身地、生前に住んでいた場所や家族構成――死因等が分かる範囲で詳細に記載されている。里穂を含む『縁故』はこの書類を元に相手の事情を察した上で対峙し、仕事を進めることになるのだ。

 『仙台支局』の応接スペースで向かい合い、里穂へと書類を渡した山本結果(ユカ)は、帽子の位置を調整しながら足を組み替える。

「あたしが行ければ良かったっちゃけど……そこ、時間指定がある上に車がないと行けん場所やけんね。明日はあたしが午後から検診があって『縁切り』出来んし、それが終わる夕方まで運転手の都合がつかんかったけんが……里穂ちゃんにお願いしてもよか?」

「問題ないっすよ。集合場所はここでいいっすか?」

「うん。あと、森君の実地研修も兼ねたいって政宗が言いよったけんが、見学者がおると思う」

「了解っす。でも……私の『縁切り』なんか見て、もりたま君、参考になすっるかね?」

 首をかしげる里穂へ、ユカは一度頷いて言葉を続けた。

「里穂ちゃんは森くんと年齢も近いし、キャリアも長い。あたしや政宗、統治が『縁切り』するよりも身近に感じられるやろうし、心愛ちゃんより能力も安定しとるけんね。何よりもほら、この人……見た目が、ちょっと」

「……あぁ、なるほどっす。この井島さんって人、マンションの屋上から、って感じなんっすね……」

 ユカが指差した箇所を見た里穂は、合点がいったような表情で肩をすくめた。確かにコレは、心愛にはちょっと辛いだろう。色々な意味で。

「ケッカさん、もうちょっと見た目が優しい『遺痕』はいなかったっすか?」

「残念ながら今はおらんとよ。第一、そげな『遺痕』がおったら真っ先にケッカちゃんが実績にするけんね」

「ヒドイっすよー」

 里穂は軽く笑いながらユカを見つめ、出された麦茶を一口すすった。ユカもまた、自分で用意したコーヒーで口内を潤した後……「本当は」と口を開く。

「本当は森くんと同性で同じ中途覚醒の仁義君にやってほしいっちゃけど……謹慎って建前やけんね」

「ケッカさん、建前って言っちゃ駄目っすよ。ジンはしばらくここに来てないことになってるっすから」

「そうやった。まぁ……数時間前に会ったけどね」

 こう言って、2人で苦笑いを交換する。里穂にとっても肩の力を適度に抜いて、己の役割と向き合えばいい『仙台支局』での仕事は勉強になるし、貴重な経験になる。

 地元での仕事とは違う、新しい緊張感。知らない場所の平穏を取り戻す、その一端を担うために。

 里穂は手元の書類を机上へ戻すと、ユカを見つめて口元に笑みを浮かべた。

「ジンもお世話になってる『仙台支局』のために、いつもどおり頑張るっす!!」


 そして――今。

 里穂の目の前には、『生前調書』に記載されていた女性が1人。里穂はものさしを左手に握ると、相手から見えない位置へと静かに移動させた。そのまま砂利道を進み、彼女へ声が届く位置――数メートル手前で立ち止まると、意識して明るい声色を作る。


「――こんばんは。そんなところで……何してるっすか?」


 刹那、里穂の声に気付いた彼女が、ぎこちなく顔をあげて……里穂の姿を探すように首を動かす。そして、180度ぐるりと真後ろに(・・・・・・・・)顔を動かしたところで里穂に気付いたようで、眉をひそめた。

 その光景を見た環は、反射的に全身を硬直させて声をあげそうになるが――統治が肩を叩いたことで我に返り、なるだけ音を立てないようにして息をはいた。

 普通の人間であれば、首が真後ろに動くなんてことはありえない。

 しかも彼女の顔は全体的に青黒く腫れ上がっており、両目ともに眼球が半分ほど飛び出していた。よく見ると両足がありえない方向に折れ曲がっているので、恐らく立ち上がることは出来ないのだろう。まるで、お化け屋敷に出てくる作り物のよう。

 うっすら残る紫がかった『関係縁』は左手に一本だけ。今回はそれを切ってしまえば終わるらしい。

 里穂もまた、異形な様に少しだけ顔をしかめたが……すぐに意識を切り替えて目的を確認し、口角を上げる。


 こういった光景に見慣れていなければ、この能力を生業になど出来はしないのだから。


「私は名倉里穂っす。えっと……お姉さん、自分の名前は分かるっすか?」

「名前……なま、え……は……いじ、ま、ふみ、こ……」

「井島史子さん、っすね」

 虚ろな眼差しで里穂を見つめている彼女に臆することなく、里穂は『生前調書』で見てきた名前と一致していることを頭の中で確認してから、彼女――史子へまた一歩近づいた。

「史子さん、こんなところで何をしてるっすか? どうしてここにいるのか、覚えてるっすか?」

「私、は……おち、て……高い、とこ、ろ、から……」

「高いところから、っすか……どうして落ちたのか、覚えてるっすか?」

「どう、し、て……たし、か……よびださ、れて……きれ、いな、ゆうひ、を、いっ、しょ、に、みたい、って……」

「呼び出されたんっすね。そりゃあ……行くに決まってるっすよね……」

 『生前調書』に記載されていた内容を思い返し、里穂は静かに息を吐いた。そして、少しだけ彼女の境遇に同情をしてから……思考を切り替える。

 顎を上手く動かすことが出来ないのか、史子の言葉はとぎれとぎれで不鮮明だ。里穂は彼女の方へ更に一歩近づくと……しゃがみ込んで視線を合わせた。

 至近距離で見ると、彼女の様相は更に悲惨だった。『生前調書』によると、史子の死因は7建てマンションの屋上から落ちたことによる転落死。最初は自殺かと思われていたが、後に史子と婚約していた男性が殺人罪で逮捕されている。

 史子がいるこの場所は、かつて、そのマンションがあった場所だ。先の災害でマンションそのものが壊滅的な被害を被り、周囲の建物と共に取り壊されてから……もう、ここには何もないけれど。

 彼女はずっと、この場所から動けない。

 恋人が自分を殺そうとしたことも、今、彼が服役中であることも――何も、知らないまま。

 里穂は情報として、彼女の生前の記録を頭の中に入れていた。だから、彼女に事の顛末を伝えることも出来る。



 けれど――『縁故』の仕事は、死者へ情報を伝えることではない。

 史子に現実を突きつけ、彼女と共に涙を流すことではないのだ。



 里穂は相手との距離や反応を確認してから息を止め、そっと、右手を伸ばす。

 目指すのはただ一つ。彼女の左手に残る『関係縁』だ。


 里穂が史子に残る『関係縁』を掴んだ瞬間、史子の目が里穂をギョロリと睨んだけれど。

 今の里穂にはやるべきことがある。里穂は史子の方を見ないようにしながら右手を自分の方へ手繰り寄せると、左手に持っていたものさしを眼前に取り出した。


 そして……里穂が左手で迷いなく『関係縁』を断ち切った次の瞬間、冷たい夜風が里穂の頬を撫でて……消える。

 残されたのは揺れる雑草と、環が砂利を踏んだ音、そして――遠くから聞こえる波の音だった。


「うち兄、終わったっすよー」

 周囲に史子の気配が残っていないことを確認した里穂が、くるりと踵を返して統治と環の方へ近づいてきた。統治もまた、里穂が問題なく仕事を終わらせたことを確認して、「お疲れ様」と声をかける。

「特に問題はなかったな」

「そうっすねー。森君、どうだったっすか? 折角なので、感じたことを教えてほしいっすよー」

「どう、って……」

 里穂からあっけらかんと尋ねられ、環は珍しく口ごもった。

 そして……感じたことを、素直に問いかける。

「さっきの人……飛び降りて死んだんすか?」

「そうっすね。資料によると……恋人から突き落とされたそうっすよ。痴情のもつれ的な理由で」

「そうだったんすか……こういうこと、多いんすか?」

 環の問いかけに、里穂は苦笑いで首を横に振る。

「ぶっちゃけ、ここまでガチの犯罪に巻き込まれた『遺痕』が学生に割り振られるのは稀っすよ。今回は彼女が自分の状況を理解してなかったから比較的おとなしかったっすけど、殺人に巻き込まれた人は恨みつらみが桁違いっすから」

 里穂はここまで言って息を吐くと、環の隣に立つ統治へと視線をうつす。

「そういう事案の大体はうち兄や政さんみたいな大人がやるっすけど……私は良くも悪くも慣れちゃってるんで、こうして片足突っ込んでるっす。ただ、こういう人を切らなきゃいけないこともあるってことは、知っておいていいと思うっすよ」

「……把握しました。名倉さん、思ってたより冷静な人なんすね」

「えー!? もりたま君、私のことどう思ってたっすかー?」

 里穂はからかうように環を見下ろした後……両肩をすくめ、静かに息を吐く。

 そして……。


「……私が失敗すると、うち兄やもりたま君が危ない目にあうかもしれないし……私に何かあると、悲しむ人がいるっすよ。だから……」


 すぐに思い至るのは、キレイな銀髪をもって笑顔が似合う少年の顔。次いで両親、そして、『仙台支局』の仲間たち。

 けれど、きっと……それだけではない。

 きっと……自分が思っている以上に、多くの人を悲しませることになってしまう。

 その中には詳細な理由を語れないまま、そっと別れなければならない人も出てくるだろう。

 悲しい離別は、もう……経験したくない。

 だから……。


「……だから私は、今日も元気に帰れるよう、お仕事をバッチリこなすっす!!」


 こう言った里穂が環を見つめると、彼もまた、何かを感じた様子で一度だけ頷いて。

「じゃあ、改めて帰るっすよー。んでもって、こーんなキツイ仕事を割り振った政さんに、特別報酬を要求するっす!!」

「そんなことしていいんすか?」

「何でもとりあえず自己申告っすよ!! 政さんは年下の押しに弱いので、私達が諦めなければ何とかなるっす!! 森君も負けちゃ駄目っすよ!!」

「把握しました」

「……」

 何か言いかけた統治は静かに頭を振った後、「車に戻るぞ」と声をかけて歩き始める。彼のあとに続いてその場を離れた里穂は……二度と振り返ることはなく、駐車場へと足を進めた。

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