2020年蓮華蓮生誕祭小話:サマー・ミーツ・リトルガール
この物語は、2017年に書いた蓮華蓮生誕祭短編(https://ncode.syosetu.com/n9925dq/11/)終盤の時間軸です。こんなことがあったらいいなと思いました、まる。
蓮と華蓮、2人の物語をお楽しみくださいませ!!
■主な登場人物:蓮、華蓮、伊達先生
他人を大切に思う感情なんて、もう――二度と持たない。
自分にはもう、なにもない。
そう思ったから、あの時、彼に掴みかかって……全て消えてしまえと願った。
名杙家も。
名波家も。
――自分自身でさえも。
「……」
困ったことになった。
夏休み……だと思われるとある朝、時刻は午前9時過ぎ。学校が恐らく夏休み中の名波蓮は、クーラーのきいた自室で……複雑な感情と共にため息を付いた。
普段、私室として使っているワンルームのアパート。邪魔なものは置かないので、どこか殺風景な印象がある。補講がなければ1人で淡々と時間を過ごすこの部屋に、今日は珍しく来客がいるのだ。
「……」
蓮とテーブルを挟んで向かい側に腰を下ろしているのは、6~7歳くらいの小さな女の子だった。
左肩にゆるく髪をまとめ、こちらをまじまじと見つめてくるその目は落ち着いている。時折膝に抱えた猫――名前は『ダウニー』というらしい、理由は知らない――の頭を撫でながら、蓮の言動も逐一気にしている様子。
無理もないよな、こんな見ず知らずの人の部屋に放り出されるなんて。
蓮は心から目の前の幼女に同情しながら……事の元凶である胡散臭い大人に、殺意とは似て非なるなんとも形容し難い感情を抱くことしか出来なかった。
それは、両名の沈黙から15分ほど前のこと。
朝食を食べ終えた蓮は、午前中に課題を済ませるべく、ノートや教科書、英和辞典等を取り出していた。同時に頭の中でノルマとタイミリミットを設定し、1日のスケジュールを構築する。
今日はバイトも休みだ。昼食のカップ麺はあるけれど、夕食と明日の朝食がないから買い物に行かなければならない。最寄りのイ◯ンは16時以降の方がお得に買い物が出来るから、夕方まで家から出るのはやめよう。暑いし。
大まかや予定を立て終えた蓮は、頭上で静かに働いているクーラーを見上げた。そして、自分に言い聞かせる。
「クーラーは……必要経費だよな」
今日は朝から気温が上昇しており、角部屋でもないこの空間は放置しておくと例外なく蒸し風呂になる。やせ我慢で体調を崩されるのは困る……と、この部屋の家主から笑顔で釘を差されたのは、そう遠くない過去のことだ。東北とはいえ日中は猛暑日になることも増えた今、今のうちから部屋を冷やしておく方がランニングコストがいい。そうに決まっている。
己の中で理論的な言い訳を構築させた蓮は、改めて本日の課題と向かい合った。
「……じゃあ、数学からやるか……」
次の瞬間――彼の1日の始まりに氷水をぶっかけるように呼び鈴が鳴る。
慇懃無礼とも思えるタイミングに、蓮は盛大に顔をしかめた。
こんな時間に尋ねてくる人間など、1人しか心当たりがないのだから。
案の定……。
「蓮くーん、ちょっといいかなー」
呼び鈴だけだと出ない(訪問販売かもしれないから)蓮のことを熟知している彼――伊達聖人が、近所迷惑になりそうな声で、扉の向こうから呼びかけている。
思わず机上のスマートフォンを確認した。何か連絡がきているのかと思ったが……特にそんなことはない。
「こんな朝から……一体何なんだ……」
居留守を使いたいけれど、クーラーを使っていることで玄関先にある電気のメーターが快調に回り続け、彼の在宅を聖人へアピールし続けているだろう。ここで無視をすると面倒なことにしかならないので、蓮はずっしり重たい全身を引きずりながら玄関へ向かい……気乗りしない指で、ロックを解除した。
そして扉を開き、朝から日差しの眩しい世界に目を細め――目を、見開く。
仕事へ行く前と思われる格好――白いワイシャツにジャージ姿の――聖人の隣に、彼の半分ほどしかないような、そんな小さな女の子がいたのだから。
遂に犯罪者になってしまったのかこの人は。そんな気持ちで聖人を凝視する蓮に、聖人はいつもの調子で声をかける。
「おはよう蓮君。早速で悪いんだけど、ここで彼女とお留守番をしていて欲しいんだ。生憎自分は1日仕事でね。蓮君、今日は学校もバイトもないから大丈夫だよね。じゃ、夕方6時過ぎに迎えが来るから、よろしくね」
「あ、ちょっ……伊達先生!?」
二の句を継げない蓮を尻目に、聖人はスタスタと駐車場の方へ歩いて行くではないか。追いかけたいけれど、目の前の幼女を押しのけて置き去りにするのもはばかられる。
そして蓮は、こういう状況で大声を出すのがあまり得意ではないのだ。
そんな感じで蓮が迷っている間に……聖人は何の迷いもなく車を発進させ、姿を消してしまった。
「……は……?」
現状が理解出来ない。背中を嫌な汗が滴り落ちて、軽くめまいがしてきた。
「一体……何なんだ……?」
「おにいちゃん……だいじょばない、ですか?」
「……」
蓮を見上げる幼女が、自分を心配そうな眼差しで見上げている……気がして、蓮は静かに頭を振った。
ここで立ち話をしていても埒が明かないし、何より暑い。とりあえず彼女を部屋に迎え入れることにした蓮は……彼女の足元にいた猫も勝手についてきたことに気付く。しかし、もうこの際どうでもいいと思いながら玄関を施錠した。
困ったことになった。
聖人への鬱憤を溜め込み続ける蓮は……目の前の彼女に罪はないむしろ犠牲者だ自分と同じだと言い聞かせながら、勉強道具を片付けて取り急ぎ冷たいお茶を出した。彼女は喉が渇いていたのか、受け取ったお茶をゆっくりとおいしそうに飲んで、満足そうな顔をする。猫にはとりあえず水を出しておいた。あいにく、彼の冷蔵庫に牛乳は不在だったのだ。
しかし、いきなりこんな小さな子を預かるなんて聞いていないし……そもそも彼女とは面識すらない。文字通り初めての経験に、蓮の頭はパンク寸前にまで追い詰められていた。
「どうしよう……警察? いや、そもそもどうして僕が……」
「……おにいちゃん」
刹那、小さな声が届く。
「え?」
蓮が戸惑いつつ問い返すと、彼女はどこか不安そうな表情で、こんなことを言う。
「1人よりも、蓮おにいちゃんと……一緒がいい、です。やっぱり、邪魔ですか?」
恐らく名前は聖人から聞いたのだろう。そして蓮自身は「おにいちゃん」と呼ばれるのが初めてなので、それはもうくすぐったい。
今までは、自分が姉を呼んでいたのに。
どこかくすぐったくて気恥ずかしいけど、嬉しさもこみ上げる。同時に庇護欲も刺激されてしまった蓮なので……彼女を放り出せるわけもないのである。
1人で放り出されるのが寂しいことは、嫌になるほど分かっているから。
「はぁ……しょうがないなぁ……。伊達先生が帰ってきてから考えるか……」
とりあえず自分がこの状況にどんぶらこと流されていることは見ないふりをして……蓮は改めて、まずは彼女の名前から聞いてみることにした。
「え、えっと……僕は名波蓮。って、知ってるか……とりあえず、君の名前を教えてくれるかな?」
蓮のぎこちない問いかけに、彼女ははっきりと返答する。
「かれん。漢字も書けます。」
「漢字……?」
蓮は試しに、先程机の脇においたノートを後ろから開くと、彼女にシャーペンを手渡した。
そして、彼女が一生懸命書いた文字に……目を見開くしかない。
【華蓮】
「だよね……うん、実は予想できてた」
彼女――華蓮がドヤ顔で出したノートを片付けていると、華蓮が何やらポケットから四つ折りの紙を取り出し、その中身を音読してくれた。
「みよりのいない、はっこうのびしょうじょです。ひきとってください」
「誰だこの子にこんなこと言わせてるのは!!」
頭を抱える蓮を、華蓮が訝しげな表情で見つめた。そして。
「みよりのいn」
「いやもういいよ。あと、その紙は捨てたほうがいいと思う……」
真顔で忠告する蓮に、華蓮はその紙を折りたたみながら首を傾げる。そして。
「えっと、その……蓮おにいちゃん……」
少し困ったような表情をしながらも、こちらの出方を窺っているような素振り。
やはり彼女は、自分と似ている。
だからこそ……どうすればいいのか、今の蓮にはよく分かっていた。
「その……華蓮、ちゃん……1つ聞いてもいいかな」
蓮の言葉に、華蓮はコクリと頷いた。こういう時は自分から話しかけて情報を引き出していかないと、互いに無言で何十分も過ぎてしまうだろう。
自分で考えたはずの偽名と同じ名前を持つ少女。この子は他人だ、この子は自分とは縁もゆかりもない赤の他人だと言い聞かせつつ……鈍く痛む頭をおさえながら、蓮は華蓮に質問を続ける。
「その……華蓮ちゃんはどうして、さっきの男の人のところに?」
「今日は、伊達せんせが学校なので、ダウニーと一緒に学校が終わるまでお留守番してて欲しいって言われました」
「ダウニー……あぁ、その猫のことか……」
蓮は改めて、華蓮の側でちょこんと座っている猫を見やる。薄い茶色の毛に、白と焦げ茶の毛が混じっている。生まれて数ヶ月といったところだろうか。首輪をつけていないのが気になるけれど、これだけ彼女になついているのだからきっと飼い猫なのだろう。
こんな色味の子猫を、昔、どこかで見たような気がするけれど……先程から残る鈍痛に阻まれ、正確に思い出すことが出来ない。厳密に言わなくてもこのワンルームはペット禁止なのだが、ダウニーと呼ばれた彼(?)は非常に大人しくしているため、蓮はとりあえず立ち上がると、たまたま近くにあった空き箱に読み終えたフリーペーパーを破いて敷き詰めた。そしてその中に猫を入れて……とりあえず息をつく。
子猫を飼ったことはないけれど、確か、前にも……。
「それにしても……猫まで連れてくるなんて。伊達先生は何を考えているんだ……?」
先程、華蓮は「伊達せんせが学校なので」と口にしていた。学校……仕事のことを言っているのかと脳内変換しつつ、だから君にそんなことを言ってここに連れてきたのは誰なのかと更に問い詰めたかったが……目の前にいる彼女を見ると、そんな気分も萎えてしまう。
1人きりで。
こんな、見ず知らずの人間しかいない部屋に、大人の都合で置いて行かれて。
1人きりで、放置されて。
そんな姿が、過去の自分と重なった気がしたから。
親からも相手にされない、世界のすべてが自分を疎んでいる……そんな錯覚さえ抱いてしまうこともあったけれど。
「――れーんっ、いい天気だよ。こんなところに閉じこもってないで、一緒に遊ぼう?」
真っ暗だった世界に光をくれた、自分に手を差し伸べてくれた姉の華。
彼女のように上手く出来るかどうかは分からない。けれど……夕方まで一緒に過ごすのは別に、構わない。
どうせ今の自分には……もう、何もないのだから。
「……華蓮ちゃん、その、後で買い物に付き合ってくれるかな?」
「買い物、ですか?」
「そう。華蓮ちゃんの分のおやつや食事がないからね。あと、その服装も何とかしないと」
そう、蓮は先ほどから気になってしょうがなかったのだ。この暑い日に、華蓮が長袖のワンピースを着ていることが。日焼け対策かもしれないが、だとすれば着脱出来るように薄手のカーディガンにすべきだ。部屋の中だけならばいいかもしれないけれど……それでも、廊下やトイレは蒸し暑い。
真夏に夏の格好をさせてもらえない、そんな惨めな気持ちになるのは……自分だけでいい。
しかし、彼女の親は何を考えているんだとため息を付きながら、とりあえず、今日かかった経費は全て聖人に請求することを蓮は心に決めた。そのためにレシートがある店で買い物をする必要がある。
「そういえば、華蓮ちゃんの好きなものは何?」
「……本」
「そっか、僕と同じだね」
そう言ってぎこちなく笑うと、華蓮もぎこちなく、でも、可愛くはにかんだ表情を返すから。
もう、今日は1日何でもいいやと開き直った蓮は、子供服なんて買ったことないけどどうしよう、と、今から不安に襲われるのだった。
その後、用意を整えた蓮と華蓮は、近くのショッピングセンターへやってきた。ちなみにダウニーは箱の中で眠ってしまったため、クーラーをつけっぱなしにしてお留守番だ。偶然、猫用の食器が棚の奥から出てきたため、それを利用して水も近くに置いてきたから干上がることもないだろう。
「……よし」
蓮が意を決して、彼女を子供服売り場へ連れて行くと……華蓮は慣れた様子で単独行動をして、迷うこと無くノースリーブのワンピースを持ってくるではないか。彼女がよく出来る子である反面、普段からこうしてるんだろうなと思うと……少しだけ、切なくなった。
彼女の近くには……華のような大人がいなかったのだろう。
そして、蓮はレジで値札を切ってもらうと、華蓮にトイレで着替えてきてもらった。長袖からノースリーブへ、ようやく夏らしい格好になった彼女に、蓮は心の底から安堵して額の汗を拭った。
良かった、これで……彼女と一緒にいる自分が非常識だって思われずにすむぞ、と。
着ていたワンピースは、蓮が持っていたマイバックの中へとりあえず入れておくことに。
柔軟剤のような甘い香りがしたような、そんな気がした。
その後、同じ施設内にあるスーパーで、昼食用のお弁当やレトルト、冷凍食品、猫缶を買った蓮は、華蓮を連れて店外に出た。空調のきいている室内とは違う、容赦なく押し寄せる熱気と照りつける日差しに……思わす、顔をしかめる。
「なついあつですねー」
「……暑い夏だよ、華蓮ちゃん」
この子の語彙力大丈夫だろうか、さっき薬局で日焼け止めも買っておけば良かったと、蓮が隣の幼女へ様々な感情を抱いていると……そんな彼女の視線が、先ほどから一点を見つめていることに気付いた。
「ん……?」
蓮がその視線の先を辿っていくと、駐車場の一角に、町の移動図書館が止まっている。大きな車をまるごと図書館に改造したこの車は、日程や時間を決めて、町内を巡回している。丁度よいタイミングで遭遇出来たその周辺では、夏休みの園児や小学生がそれぞれに本を持って笑顔を見せていた。
そういえば……蓮は先ほど、彼女が本好きだと言っていたことを思い出す。
「華蓮ちゃん、行ってみようか。読みたい本があったら借りることも出来るよ」
次の瞬間、華蓮が目をより大きくさせて、隣に立つ蓮を見上げた。
「いいですか?」
「うん、僕が貸出カード持ってるから大丈夫。行く?」
「はい。いくです」
この問いかけに強く返答した華蓮は、確かな足取りで目的地を目指す。慌てて追いかける蓮は……華もこんな気持ちで自分を見つめていたのかな、と、遠くにいる姉へ、少しだけ、思いを寄せる。
消えてしまいたい、そう思っていたはずなのに。
今、この瞬間に自分が消えてしまったら……彼女が1人になってしまう。
だったら……今日1日くらい、ちょっと頑張って生きてみよう。そう思えた。
「これがいいです」
「じ、人体の不思議……」
華蓮が持ってきたのは、写真とイラスト満載の分厚い図鑑。確かに知的好奇心はそそられるかもしれないが、割と本物に忠実に描かれているようで、女の子が真っ先に選ぶような本には思えない。
しかし、本人がこれを希望しているのだからしょうがない。蓮は自分が読みたい本と一緒に貸出手続きをすませると、その本を華蓮に手渡した。
嬉しそうに受け取る彼女を見ていると、自分も嬉しくなる。
「華蓮ちゃんは……その、図鑑が好きなの?」
帰る道すがら、蓮が華蓮に尋ねると、華蓮は本を握りしめて、どこか恥ずかしそうに呟いた。
「これは、伊達せんせが見てるような本です……」
「なるほど」
君を放置したのに、そんなに聖人のことが好きなのか……と、蓮は内心、聖人に凄まじ勢いでストップ高のヘイトをためながら、彼女が本と一緒に転ばないように気をつけつつ、歩幅をあわせ、並んで歩くのだった。
そして、蓮は課題、華蓮は読書、12時になったら一緒に食事……と、2人はそれぞれに時間をつぶす。
「こんな食器……この部屋にあったかな……」
昼食を食べる際、華蓮用のスプーンやお箸を用意しそこねたことを後悔したのだが、キッチンで凹む蓮を尻目に、華蓮は食器が入っている棚の引き出しから、子供用の食器を一式取り出した。
聖人が用意しておいたのだろうか……彼はこの部屋へも勝手に立ち入ることがあるため、その可能性は否定出来ない。だとすれば、事前に相談してくれればいいのに。
「まぁ……僕は、信用されてないからな」
「蓮おにいちゃん、しんよーないですか? それは、ツルハで買えますか?」
「ツルハドラッグでは売ってない、かな。とりあえずお昼食べようか。その食器でいいの?」
苦笑いで蓮が尋ねると、華蓮はコクリと頷いて……こう、続けた。
「はい。いつも使ってます」
その後、大盛り唐揚げ弁当を半分こで食べ終えた2人は、午後もそれぞれに時間を過ごした。華蓮は手がかからない子どもで、部屋の中にあるものを的確に引っ張り出しては時間を潰していく。
「あれ……英和辞典、どこに置いたっけ……?」
勉強中、蓮が使おうと思っていた辞書を探していると、本を読んでいた華蓮が顔を上げて首を傾げた。
「えいわ……次のげんごろーですか?」
「元号のことかな……うん、全てが絶妙に違う……」
こんな感じで、彼女が言いたいことも何となく分かるようになってきた午後。たまに華蓮が蓮のノートを覗き込んで質問をしたり、蓮が本の中の読めない文字を教えてあげたり、ダウニーの相手をしたり……と、2人なりに関わっていると、あっという間に約束の時間になった。
夕方6時過ぎ、室内に呼び鈴が鳴り響く。スマートフォンで時間を確認した蓮は、華蓮に帰り支度をするよう告げると、とりあえず応対するために廊下を歩き、玄関へ向かった。ダウニーがちょこちょこと、蓮の後ろをついてくる。
扉の前で深呼吸をしてから、蓮は、勢い良く扉を開いた。
「まったく、いい加減にしてくださいよ伊達せんせ――」
「――え?」
戸惑いのある声が響、蓮は思わず体を硬直させた。
扉を開いた先にいるのは、蓮がよく知っている伊達聖人だと思っていた。
しかし、眼鏡越しに見つめる先にいたのは……蓮がよく知っている聖人を、大体10年分若くしたような、ちっとも胡散臭くない青年。知っているようでちっとも知らない、既視感とも違う違和感。
2人が互いに見つめ合ったまま固まっていると……廊下の奥から、パタパタと走ってくる足音が聞こえた。そして。
「――伊達せんせ!! ただいました!!」
靴を履いて蓮を追い越した華蓮のひときわ元気な声に、『伊達せんせ』と呼ばれた彼が苦笑いを浮かべる。
「うーん、なんか違うかなー」
「違いますか」
「うん、まぁいいや」
何だか慣れた様子で彼女の会話を受け流す『伊達せんせ』に、蓮は先ほどから嫌な汗が止まらない。
違和感は最初からあった。
けれど、気づかないふりをして……この物語の登場人物になって、とある夏の1日を少女と共に過ごしたけれど。
華蓮が『伊達せんせ』と呼んでなついている彼は、確かに伊達聖人の面影がある若者だ。しかし……外見年齢も佇まいも、その全てに『違和感』がある。
そもそも、『華蓮』という名前は――
「君は……あなた達は……」
華蓮という名前は、蓮が創ったものだ。
「あなた達は……何者なんですか?」
目の前にいる2人は――何者なのだろうか。
硬直して立ちすくんでいる蓮に気付いた『伊達せんせ』は、隣に立つ華蓮の手を握ったまま……蓮を見据え、軽く頭を下げる。
「名波蓮君、華蓮ちゃんの面倒を見てくれてありがとう。君もそろそろ帰った方がいいよ」
「かえ、る……? 何を言っているんですか? ここは僕の部屋で――……!!」
思わず声を荒らげた蓮は、不意に……華蓮が自分の足元を見ていることに気付き、視線を落とす。
見慣れたと思っていた玄関先には、見慣れない靴が2足。
男性の大人が履くような革靴と、小学生女児が履くようなピンク色のスニーカー。
そして……その近くには、未開封の猫砂が置いてある。
「あ、あれ……?」
ここで初めて、蓮は、自分が靴を履いていることに気付いた。
「ここは……」
思い返せば、おかしな事がいくつもある。
たまたま、子猫が入る大きさのダンボールが見つかったり、偶然、子供用の食器が用意されていたり。
――はい。いつも使ってます
華蓮の言葉が、事実だとすれば。
全てを察した蓮は、大きく息を吐くと……2人を見つめ、肩をすくめる。
「ここは……僕の部屋じゃないんですね」
蓮の言葉に、『伊達せんせ』はゆっくりと首を縦に動かす。
「そうだね。君は……もうすぐ、夢から醒めるよ」
「そうですか……僕は、なんて都合のいい夢を……」
自分で口に出して笑うしかない。初対面の少女や猫と一緒に過ごして、わずか数時間で心を通わせるなんて……そんなこと、名波蓮に出来るはずがないじゃないか。
――どっちが疫病神だ!!
あれだけ口汚く他人を罵って、全てが嫌になるような自分に……華のようなことが出来るはずがないのに。
「僕は結局……自分に都合のいい環境でしか、何も出来ないんだな」
自嘲気味に呟いた瞬間、蓮の手を華蓮が静かに握りしめた。そして、彼を見上げ……口を開く。
「今日は、ありがとうでした。本、楽しかったです」
「華蓮ちゃん……」
「また……また、蓮おにいちゃんのとこに遊びに来たいです。ダメですか?」
蓮が恐る恐る華蓮を見下ろすと……彼女が真剣な眼差しで、自分を見ていることに気付く。
夢の中でかけられる言葉なんて、全て、自分に都合のいいことだけだ。この世界の住民は誰も蓮を否定しないし、傷つけることもないだろう。
だからこそ……蓮は華蓮の手をそっと握ると、口元を緩めて返答した。
「そうだね、次は……事前に連絡をもらえると助かる、かな」
「連絡、ですね。分かりましたか伊達せんせ?」
コクリと頷いた華蓮が、首を動かして『伊達せんせ』を見た。彼は「努力します」と答えた後、蓮を見つめ……一度だけ頷いた。
「華蓮ちゃんは自分の力で居場所を見つけたよ。蓮君も有言実行しないと……華蓮ちゃんに笑われちゃうからね」
「有言実行……」
その言葉が何を指しているのかを理解した蓮は、苦笑いで一度だけ頷いた。
「分かりました。まずは、本物の伊達先生が不法侵入しないよう、対策を講じることから始めますね」
蓮がそう言った、次の瞬間……まぶたが少しだけ重くなり、無視できていた頭痛が痛みを増していく。
薄れていく視界の中で、華蓮がずっと……自分の方を見つめていることに気付いた。
居場所を見つけた、『身寄りのない薄幸の美少女』。
いつか自分も……居場所を見つけられるだろうか。
――僕の『家』は、ここです、と。もっと自信を持って言えるようになるだろうか。
そんなことを考えながら……蓮は静かに、その意識を手放した。
夢の中で出会った少女と、またいつか、なんて……そんなことを少しだけ願いながら。
そして、目覚めた自分が片倉華蓮の姿で伊達聖人に寄りかかっていることに気付いて動揺しまくるのは……あと数分後の未来のことである。
『エンコサイヨウ』という物語には、ちょっとした別の側面があります。
それが、狛原ひのさんによる二次創作作品『伊達せんせと華蓮ちゃん(https://www.pixiv.net/users/26332682)』です。読むとあったかい気分になれますし、元ネタ知らなくても全然オッケーなので今すぐどうぞ!! 伊達せんせが胡散臭くないですよ!!(ココ大事)
『エンコサイヨウ』では、蓮がバイト中の姿が華蓮なので、どうやっても蓮と華蓮を共演させることが出来ません。蓮華蓮生誕祭の名にふさわしい内容にすべく、今年はこんな形で共演してもらいました!!
実は半分くらいは過去にこっそり書いた短編の内容なのですが、今回、本編との時間軸調整などをするために割と書き足してます。だから新作です。(と、言い張る。)
まだ6幕前なので、蓮はここから更に叩きのめされるのですが……凹んだ後にちゃんと成長してくれて良かったな―と改めて思いました、まる。6幕も宜しくお願いします!!(ダイマ)
蓮、そして華蓮ちゃん、誕生日おめでとう!! 霧原は軽率に二次創作の二次創作をしちゃう人だから……また、会う機会があるといいね。
胡散臭い伊達先生は抜きにして!!(ココ重要)




