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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
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2020年最上(名杙)桂樹生誕祭小話:後ろの正面だあれ?

今年の桂樹誕生日は……これまでの積み重ねを清算してもらうような、そんなお話です。

断片的に時系列を追っていきます。よろしければお付き合いくださいませ!!


■主な登場人物:桂樹、肇

 かつて、自分の父親が『死神』と呼んでいた少年がいた。

 なんでも、彼の周囲ではよく人が死ぬらしい。両親、育ての親、そして――

 父親が彼のことを、なんの罪悪感もなしにそう呼んでいたから。

 息子である桂樹もまた、彼のことを頭の片隅でそう呼ぶことがあった。


 桂樹がその『死神』の少年――佐藤政宗と初めて出会ったのは、政宗が高校生、桂樹が大学生の時のことだ。

 出会いは偶然、名杙本家の敷地内を歩いてた政宗が、自分から挨拶をしてくれたのだ。

「初めまして。統治君の友人の佐藤です。宜しくお願いいたします」

 制服を着こなし、身なりを整え――目をそらさずに挨拶をしてくれる。そんな彼に桂樹もまた、「こちらこそ」と端的に告げた後、軽く会釈をしてその場を後にした。

 第一印象は、正直……真っ直ぐすぎて滑稽にも思えた。

 彼が今後、『縁故』という能力を武器にして、名杙という家の下で働くのだとすれば……程なくしてボキリと折れてしまいそうな、そんな印象。

 正義感だけで立ち回れるような業界ではない。一人の幸せのために5人を不幸にするようなこともあるのだから、割り切れる覚悟と、痛みに共感しすぎない鈍感さも必要なのだ。

 ……まぁ、自分の父親は、他人の痛みに鈍感すぎると思うけれど。

「……名杙本家と、死神。どちらが勝つのか楽しみだな」


 もしも彼が本当に『死神』であれば、彼と親しくしている名杙統治を――亡き者にしてくれるかもしれない。

 そうすればきっと、次は――


 口元にうっすら浮かんだ笑みを、そこに潜む感情を、誰にも知られないように心の奥へとしまい込んで。

 桂樹は彼に背を向けて、再び歩き始める。


 数年後――そんな彼に足元をすくわれるとも知らずに。


 名杙の方針により、大学卒業後の桂樹は、スクールカウンセラーとして働き始めた。そして――あの災害で行方不明になった華を探すために、実家から離れ、仙台市南部の長町で一人暮らしを始めた。

 賃貸契約時には保証人が必要だったが、それは父親に頼んでいる。

 結婚するまで遊びたいけど、実家だとそうもいかない――彼が慶次にそう言うと、慶次はニヤリと一度笑った後、書類に必要事項を記載してくれた。

 こういう話はすんなり通るのかと内心で呆れつつ、桂樹はスクールカウンセラーとして、そして、『縁故』として働きながら、華の行方の手がかりを探すことに。

 しかし、これといって目立つ情報もないまま、災害発生から1年と半年ほどが経過した頃……たまたま実家にいた桂樹に、慶次がニヤニヤしながらこんなことを言ってきた。

「桂樹、お前に仙台が任せられることになりそうだぞ」

「仙台……?」

 話が見えない桂樹が訝しげに問い返すと、少し酔っていた慶次は、水面下で進行している計画を教えてくれた。

 近々、仙台市中心部に、名杙本家とは別に、仙台市中心やその近郊を管轄する窓口を開設する計画がある。

 先の災害で、仙台は『復興特需』が押し寄せていた。工事のために建設業者が集まり、家を建てるためにハウスメーカーが集まり、全国からの支援者を受け入れるためにホテル業界が集まる。他にも様々な業界が宮城県やその周辺でのビジネスチャンスを狙っており、塩釜の名杙本家以外にももう一箇所、利便性の良い窓口があった方が便利だろうという結論に至ったらしい。

 その窓口の責任者に、桂樹が選ばれそうだ――そういう話だった。

 リビングのソファに座って話を聞きながら、桂樹は楽しそうな慶次を横目で見やり……足を組み替えて問いかける。

「統治君じゃないんだね。仙台ともなると、大分大きな事業になりそうだけど」

「彼はまだ学生だ。若すぎるし……何よりも、トップに立つ器があるとは思えない。やっとお前の時代になるんだ」

「俺の……」

 慶次としては、領司の息子である統治ではなく、桂樹が推挙されていることにご満悦なのだろう。

 仙台は、東北地方最大の都市だ。人も物も集まり、失敗は許されない。この場所を任される存在ともなると、名杙が特に期待をしている人物という証明にもなる。

 どこまでも自分は厄介事を背負い込まないんだなと思いつつ、桂樹は桂樹で……好都合だと、脳内でほくそ笑む。

 仙台を任せられれば、自分だけの人事権や情報網を手に入れることが出来る。

 それを使えば……きっと、華を探し出すことが出来るから。

 そして何よりも、名杙家における自分の立場を、更に上にすることが出来る。

 当主の息子というだけで何もしない、何も出来ない、そんな統治よりも――周囲の信頼を得ることが出来るだろう。

 桂樹は組んでいた足を解くと、父親を見つめ、苦笑いで口を開く。

「……一応俺も、自分の仕事があるから。何か決まったら早めに教えてほしいかな」

 苦笑い程度では隠しきれない野心に、慶次はどこまで気付いているのか。満足そうに頷く慶次を視線の端に捉えつつ……桂樹もまた、無意識のうちに口角を上げていた。


 そして、桂樹がその話を聞いてから約半年後……災害から2年が経過した、そんな春のこと。

 『東日本良縁協会仙台支局』の話はより具体的になり――そのトップに、佐藤政宗という部外者(・・・)が選ばれたという一報で、名杙本家は大騒ぎになった。

 副支局長として統治も名を連ねているものの、組織を束ねる人物は中途覚醒の余所者である。

 親類からのメールでこのことをしった桂樹は、当然、実家に帰って慶次を問い詰める。

「どういうことだ!! 話が違うじゃないか!!」

 開口一番そう言って慶次を問い詰めるが、彼もまた、苦々しい顔で吐き捨てる。

「完全にしてられた……兄貴があそこまで狂った判断をするとは思ってなかったんだよ」

「当主も何を考えているんだ。第一、あんな余所者に何が……クソっ!!」

 言いようのない苛立ちを大声と共に吐き捨て、桂樹は強く両手を握りしめる。

 慶次はそんな彼の肩に手を添えると、「落ち着け」と言って彼からの悪意を一手に引き受けた。

「今は好きなように泳がせておけ。失敗するのは目に見えてる。これで兄貴の立場も危うくなるだろうし……今は黙って高みの見物をするのが得策だ」

「……」

 ここで慶次を怒鳴り散らしても、名杙の決定は覆られない。

 それに、慶次の言うことも分かる。

 名杙が余所者を受け入れることは、ありえない。むしろ余所者の方がこの家のプレッシャーに押し潰されてしまうのだから。

 だったら……佐藤政宗という余所者が押しつぶされるまで、安全な場所から見物しよう。父親はそう言っていることになる。


 あの時、ほんの少しすれ違っただけの少年。

 死神という不名誉な名称でカテゴライズされている彼が、まさか、ここまで力をつけるなんて。

 まさか――胸に宿る不安をかき消したくて、桂樹は一度息をついた。

 けれど……。


「……俺は、いつまで耐えればいいんだ……」


 無意識のうちに呟いた言葉は、彼がずっと疑っていること。

 名杙の家で実権を握るため、名杙統治という圧倒的有利な彼に勝るためには……あとどれだけ我慢すればいい?


「……」


 桂樹は一度深呼吸をした後……握っていた手を静かに解いた。そして、大きく深呼吸をした後……よく知らない政宗の失敗を願う。

 そんなことを願っている自分がとても醜いという現実からは……目をそらして。


 『仙台支局』が開設してから……約1年後、2013年11月のこと。

 時刻は昼の12時を過ぎた頃。仙台市役所内の会議室で開かれた会合を終えた桂樹は、荷物をまとめて退室しようとしていた。

 久しぶりに着用したスーツはどこか堅苦しく、ネクタイは窮屈な印象だ。学校で生徒と対峙するときはもう少し崩した服装でも許されるが、大人ばかりの場ではそうも言っていられない。

 皆と同じような格好で、権力者に媚びを売るような笑顔を貼り付けて。

 どうして自分がこんなことを……と、思うこともあるけれど、明確な目的(・・・・・)が出来た今は、誰かに頭を下げることも特に苦痛ではない。

 桂樹が書類をカバンに片付けたところで……そんな彼に近づく気配がある。誰かと思って顔を上げると、自分と同じように現場で働いている同僚が立っていた。

「名杙先生、お久しぶりです。お元気ですか?」

「小野寺先生」

 桂樹が『小野寺先生』と呼んだ人物は、身長が160センチ代後半、と、成人男性にしては小柄な部類に入る男性だった。年齢は20代後半、中性的な顔立ちで、顔にはノンフレームの眼鏡を着用している。今日はグレーのスーツに身を包み、桂樹と同じくビジネスバックを抱えていた。

 彼の名前は、小野寺(はじめ)。桂樹と同じく仙台市の学校に派遣されているスクールカウンセラーである。勤務開始時期が似通っていたこともあり、研修でよく顔を合わせて……こうして会えば立ち話をする程度の交友関係を築いていた。

 桂樹も彼と話をするたびに、彼のような人物こそ、他人の悩みを聞くのにふさわしいと思う。裏表がない――仮にあったとしても丁寧に隠して、相手に優しく向かい合う、そんな雰囲気。

 桂樹は人と話をする時、『縁故』としての素質があるかどうかを気にしてしまったり、生まれ持った環境が故に……たまに高圧的だと言われることもある。言われるたびに上辺だけの苦笑いで謝罪しているけれど。

 彼と共に役所の玄関へ向かいながら、桂樹は一人、帰宅後のことを考えていた。

 そろそろ――彼女が目覚める気配を、数日前から感じていたから。

「名杙先生、何かいいことでもありましたか?」

「え?」

 階段を降りながら横顔に話しかけられた桂樹は、表に出そうになった感情を必死に覆い隠して……自然を装い取り繕う。

「今日はもう、これで終わりなんです。だから、仙台で何か食べて帰ろうかと思って……顔に出ちゃってましたかね」

「そうでしたか。それは羨ましい……是非、ゆっくりなさってくださいね」

 半分は本当だ。仙台で昼食を食べて、せっかくだから『仙台支局』に手土産でも持っていって彼らを労いつつ……敵情視察をして帰る。

 そして、その後は――

「小野寺先生はお仕事ですか?」

「はい。今日はこれから泉の方に」

「そうでしたか。お疲れ様です」

 当たり障りのない会話を続けて階段を下る。会話のネタを探す桂樹は、「そうだ」と肇の興味を引いた後、こんなことを尋ねた。

「仙台で働いている友人に差し入れをしようと思うのですが……甘いもので美味しいお店は知りませんか?」

「手土産、ですか?」

 肇の問いかけに、桂樹はコクリと頷いた。それを見た肇もまた、しばし思案して……。

「学校の事務所によく置いてあるのは、こだまのどら焼きか、かもめの玉子か……スイマセン、あまり詳しくないもので……」

 当たり障りのない商品名を告げる彼に、桂樹は目を丸くして問いかけた。

「甘いものは苦手ですか?」

「あまり得意ではないんです。だから、学校でお土産としてもらっても持って帰るしかなくて……」

 そう言って苦笑いを浮かべる彼に意外な印象を抱いていると、階段を降りたところにある出入り口に到着した。


「お疲れ様でした、名杙先生」

「お疲れ様でした。お仕事頑張ってくださいね、小野寺先生」


 そう言って、いつも通り別れる。

 そんな、いつも通りの日々。


 但し――



 その日の夕方、夕食の惣菜を買って帰った桂樹は……荷物を片付けた後、部屋の隅へと静かに歩いていく。

 単身者用のマンションにありがちな、縦に長いリビングダイニング。ベランダへ出るための窓がある突き当りを目指して足を進め……静かにしゃがみ込む。



 視線の先にいるのは、女性。

 部屋の隅で一人静かに座り込み、張り付いた笑顔を桂樹に向け続けている。



 やっと、ここまで来た。

 彼女と繋がっていた脆弱な『関係縁』を辿り、時間をかけて強化して……やっと、ある程度戻す(・・)ことが出来たのだ。

 彼女の潜在能力は凄まじく、消えかけていた『因縁』もある程度もとに戻ろうとしている。肉体が無いにも関わらずここまでのことを受け入れるとは、やはり――

「……名杙直系、末恐ろしいな……」

 苦笑いと共に呟いた言葉は、彼女にはまだ届かない。でも、今はそれでいい。

 まだ(・・)、だから。

 いずれ……そう遠くない未来には、きっと、一緒に笑ってみせる。

 その時にはもう、誰にも邪魔をさせないから。

「……もう少しです、もう少し……ここで待っていてくださいね、華さん」

 

 彼女との『関係縁』を強化すると決めて、実行に移したときから決めていた。

 脳裏にチラつく倫理観を追い払い、成功する未来だけを思い描く。

 後ろはもう振り返らない。決意がブレないように、自分自身へ言い聞かせる。




 死神を欺き、今の名杙に背を向けて――華を生き返らせ、『仙台支局』を潰してみせる、と。

 



 無論、この時の桂樹は……気付いていなかった。




 ――時は進み約1年後、翌年の9月下旬。

 自分を尋ねてきた名波蓮という少年をJR長町駅まで車で送った桂樹は、自宅へ向かう細道を車で移動しながら……信号待ちの最中、運転席でため息をついた。

 後部座席には、喪服のジャケットとフォーマルにも使える黒いかばん。先程参列してきた通夜のために用意したものである。

「……」

 仕事仲間だった肇の訃報が入り、バタバタと通夜に参加して、そして――彼の死因を知った。

 確かに今月、体調不良だった彼の代理で普段は担当していない学校に赴いたりしたけれど……まさか、こんなことになるなんて思っていなかった。

 そして――華の痕跡が見つかり、蓮がそれを裏付ける証拠を探していたことも。


 ――僕が……僕が本物の弟になりたかった!! そうすれば髪の毛でも皮膚でも何でも提供して、姉さんを迎えに行くことが出来るのに……!!


 華と姉弟になりたかった蓮と、姉弟であることを拒んだ桂樹。

 今年の4月、同じ目的のために行動を共にしていた2人は、今、全く異なる世界にいる。


 改めて気がついた。

 桂樹は今、一人きりだということに。


 実家から縁を切られたことで名字を変え、再出発をした。それは間違いではない。

 ただ……以前よりもずっと、自分の周囲に人がいないような、そんな気がしている。


 華を失い、実家に居られなくなり――同僚が『痕』の影響で死に、かつての同胞(名波蓮)とは道を違えた。



 生者が、いなくなっていく。

 まるで――死神にに呪われたようだ。



 信号が青になり、車列が再び動き始める。

 桂樹が車を動かそうとレバーを操作して、バックミラーをふと見た次の瞬間――誰かと目があったような、そんな気がした。

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