2020年政宗生誕祭小話:Yes I do.(2)
コチラ(https://ncode.syosetu.com/n9925dq/87/)の、続きです。変わることを強いられた町で、彼は何に気付くのでしょうか、というお話。
・主な登場人物:政宗、ユカ
その後、県道を駅の方へ向かって進んだ車は、移設された野蒜駅の前で静かに停車した。
木のぬくもりを感じる、真新しい駅舎。土曜日の昼前ということもあって周囲に人影はほとんどなく、客待ちのタクシーが1台、寂しく停車している。
当然だが、政宗がよく知っている……かつて利用した駅舎とは根本的に異なっているため、建物を見上げても特別な感慨はない。むしろ、疎外感の方が大きくなっているような……そんな気がしてしまう。
駐車場に車を停めて、2人は車から降りた。政宗は駅から反対方向に向かって伸びている、新たな街の大通りを見つめて……肩をすくめる。
久しぶりに会った友人に、過去の面影がなくなっているような……そんな、疎外感。
過去、彰彦と電車に乗った時は、もっと人が多くて、駅も使い慣れた感じがあった。
本当にここは……かつて、自分が約6年間、住んでいた場所なのだろうか。
「カッコいい駅になったもんだな……通りも町並みも、統一感があるし……」
高台への移転に伴い、駅舎や周囲の公共施設、そして、災害公営住宅などが、真新しい様相で整然と立ち並んでいた。大きなスーパーなどは見当たらず、人通りも少ない。
彼が通っていた小学校も確か、近々閉校になって……近隣の学校と統合されるとニュースで聞いたような気がする。人口減少に歯止めがかからず、少子高齢化も進んでいるので、しょうがないことなのだとは思うけれど。
また、世界が……変わってしまう。そんな寂しさが積もっていくばかり。
「ここからだと、海が遠くに見えるっちゃね……」
ユカがフェンス越しに眼下を見下ろすと、更地になった大地の続きに、穏やかな海が見えた。
政宗も彼女の後ろから、同じ景色を眺めつつ……故郷の面影をもう少し探したくて、こんな申し出をする。
「ホームの中に入ってみてもいいか? 新しい駅を見てみたいんだ」
そして入場券を買ってホーム内に入った2人は、誰も居ないホームの脇に立ち、一点を見つめていた。
視線の先には、海が見える。フェンスなどの遮るものが何もないので、まるでパノラマ写真のようだ。
穏やかに波打つ青い世界は、世界の和を一切乱すことなく佇んでいて……あれだけ大きな災害が発生したことなど微塵も感じさせない、そんな包容力さえ感じてしまう。
一方、海と駅の間にある陸地に人の住まいはなく、資材置き場のような場所が点在していた。道路を大きなトラックが行き交うのがよく見える。復旧工事をしている場所は、先程の海岸だけではないらしい。
知っている場所が、なくなっていく。
彰彦と過ごした場所が、街が……消えていく。
何か、何か残っていないだろうか。目を凝らす政宗の視界に入ってきたのは、見慣れた白い建物だった。
「今はこげん穏やかなのにね……」
ユカが知っている福岡の海とは全く違う景色に、様々な思いが巡る。彼女が静かに前方を見ていると、政宗がそっと、海の手前を指差した。
動きに合わせてユカが視線を向けると、何もない中で佇んでいる、白い建物が1つ。真新しさを感じないので、おそらく災害前からあるのだろう。
「ケッカ、あそこに白い建物が見えるよな? あの建物が旧野蒜駅なんだ」
「そうなんやね……建物、壊されなかったんだ……」
「確か今後のために保存しておくんだったと思うけど……やっぱ、土地が低いな。俺が住んでいたのも、駅と海の間くらいで……」
政宗はそう言って目を細めると……静かに頭を振った。
かつて利用していた駅舎は残っていた。
けれど、その周囲には――何も残っていない。
あの日――全て、流されてしまったのだから。
彼女に見せたいもの、伝えたいこと、それらは全て――『思い出』になってしまった。
こんな状態で……何を、伝えればいい?
ここにはもう、何も、残っていないのに。
「……ケッカにも、もっと近くて……見て欲しいんだけどな」
「政宗……」
「多分、今も旧駅舎の近くまでは行けると思うんだ。でも……悪い。今は、まだ、その……」
こう言って口ごもる政宗に、ユカは静かに頭を振ると、改めて海を見つめる。
「……無理せんでよかよ。工事が進んどるってことは、いつか整備が終わって、また行けるようになるってことやろうけんね。政宗も海水浴とか行ったと?」
「ああ。野蒜の海は外海だから、波が高いこともしょっちゅうだったけど……夏の海水浴以外にも、普段は散歩とかにピッタリでさ。福岡の百道浜みたいに栄えてる場所じゃないから、娯楽って言ったら海で遊ぶくらいしかなかったけど……でも、楽しかったんだ」
「そっか。あの工事、いつ終わるんやろうね」
「終わっても、防潮堤が出来たら景色はまた変わると思う。まぁ、海水浴場としての野蒜海岸がなくなるとは思えないけど……全てが前と同じってわけには、いかないだろうな」
「……」
政宗の言葉を受けて、ユカは思わず口ごもってしまった。
知りたかった。
彼が見てきた景色、彼が育った街、彼がどうして今の彼になったのか、そのルーツを。
受け止められると思っていた。
彼とは様々な思い出を共有してきたし、彼は自分の境遇を受け入れ、しっかり受け止めてくれた。全てを把握して、承知して、側にいたいと言ってくれる。その事実があるだけで一歩踏み出せるほど救われていることは、自分が誰よりも理解しているから。
だから今度は自分の番だと意気込んで、ここまで連れてきてもらったのに……。
今のままでは、彼の古傷をえぐるだけになってしまう。
彼の力になることが出来ないどころか……彼を悲しませるだけで、終わってしまう。
「……悪い。やっぱりしんみりしちまうな。せめてどっかで海鮮丼でも食べるか」
そう言って踵を返そうとした彼の手を、ユカは慌てて握った。そして、驚いて足を止める彼を見上げると……強い意思と共に言葉を紡ぐ。
「あたし……また、政宗と一緒にここに来たい」
「ケッカ……?」
「今回はあたしもリサーチ不足やったっていうか……軽率だった。政宗がおれば案内してもらえるって思って、何も調べてこんかったし、何も、知らんかった」
知っているつもりだった。
この街で、何が起こったのか。
知らなかった。
あれから4年という歳月が経過して……街が、変わるしかなかったことを。
この街が経験した悲しみは、自分が思っているよりも大きくて。
きっと、これから彼が向き合うことになる事実も、自分が思っている以上に辛いことも多いかと思う。
だからこそ、彼一人で背負うことがないように……近くで見ていたい。
「あたしはもう、今のこの街しか知らんけど……何があったのか、どうしてこうなったのか、もっと、過去をちゃんと知ってから海を見たいし、もっと、政宗からの話も聴きたいって思った。ここで政宗がどんな思いで生きとったのか知りたいけんが……!!」
「ケッカ……」
「やけんが、その……政宗にとっては辛いかもしれんけど、無理のない範囲でいいけんが、海岸に入れるようになったら、もう1回一緒に……」
こんなことを言って、気休めになるかどうかは分からない。むしろ無神経な部外者だと思われてしまうかもしれない。
様々な感情が襲ってきて口ごもる彼女に対して、政宗はゆっくりと首を横に振った。そして、困惑する彼女を見下ろすと、口元に笑みを浮かべる。
「……これから何回でも連れてくるよ。俺ももう少し時間をかけて、この町のことを知ってから……ケッカに改めて紹介したい。その時はまた、ついてきてくれるか?」
「うん」
「だから……その、ちゃんと仙台にいてくれよ? ケッカが福岡に戻ったら……連れてくるの、大変になるからな」
彼の言葉にユカは苦笑いで頷いた後、2人で改めて、海の方を見つめる。
一人ではないことが、今まで以上に心強くて……政宗がユカの手を握っていることに気づいてうろたえるのは、駅に電車が到着するアナウンスが流れる、あと数分後のことになる。
その後、どこかで昼食を食べようという事になり、ユカがトイレへ行っている間に政宗が駅舎の中でスマートフォンを操作して情報を調べていると……石巻方面から電車が到着し、人が何人か下車してきた。
以前よりも明らかに少なくなった人の流れ、分かっていても、かつてを知っている度どうしても切なさが勝る。政宗が内心で落胆していると……そんな自分を見ている人の視線に気付き、思わず周囲を見渡してしまった。
「……?」
政宗が違和感の正体を探すよりも早く、彼女は彼を見つけると、小走りで駆け寄ってきた。そして……。
「――もしかして、彰ちゃんとこの伊織君?」
「へっ!?」
非常に懐かしい名前で呼ばれ、政宗は思わず挙動不審になってユカの姿を探した。
そして、彼女がまだ戻っていないことに安堵しつつ……自分を呼んだ妙齢の女性を見下ろし、その面影から名前を探る。
彼女は白髪交じりの髪の毛を首の後で一つに結っており、背中を丸めて佇んでいた。しかし、そのハリのある声と意志の強い眼差しは……過去、何度も見たことがある彼女のものだ。
「もしかして……長谷川さん、ですか?」
「そうそう!! あの会社の事務のおばちゃんよ!!」
彼女はそう言って目尻を下げると、驚いている彼を見上げて……嬉しそうに笑った。
政宗を本名で呼ぶ彼女は長谷川容子。かつて、彰彦が働いていた会社で、事務として働いていた同僚の女性だ。
「改札口から見た時は、もしかしてと思ったけど……そうよねぇ、伊織君ももう、えっと……何歳になった?」
「24歳です。もうとっくに大人ですよ」
「24歳!? そりゃあ……そうか。彰ちゃんが死んで、随分経つからねぇ……」
彼女――容子はそう言って一度息を吐くと、政宗を見て問いかけた。
「伊織君、今は仙台?」
「あ、はい。仙台で働いてます。容子さんは東松島ですか?」
「4年前に家が流されちゃったからねぇ……今は災害公営住宅に住んでて、電車で石巻の病院に通ってるよ。気ままな年金ぐらしだね」
「そうでしたか……」
政宗は言葉を濁すと、ユカの姿を探した。とりあえず目に見えるところには見当たらないから、本名を聞かれた可能性は低いだろう。
「びっくりしただろ? あの時とは違うから」
「そうですね。正直……別の町みたいで……」
「そうだねぇ……私も住んでて、たまに道に迷うよ」
容子は笑いながら彼に同意すると、「そういえば……」と、不意に何かを思い出し、強い眼差しで彼を見上げた。
「伊織君、もう帰るのかい?」
「え? あ、そうですね、どこかで飯でも食べて帰ろうかと……」
「ここでちょっと待っててくれるかい? 渡したいものがあるんだよ」
「渡したい、もの?」
「ここで再会出来たのも、ご縁だと思うんだよ。確か集会所にあったと思うから、ここで少しだけ待っててくれないかい?」
「はぁ、分かりました……って、集会所……?」
とりあえず断る理由がないので、政宗がコクコクと頷くと……容子は「ありがとう」と頭を下げた後、小走りで駅舎から出ていった。
要領を得ない政宗が首を傾げていると、タイミングを見計らったようにユカが合流する。
「政宗、さっきの人は……知り合い?」
「ああ、悪いなケッカ、気を遣わせて……前に俺の伯父さんと同じ会社で働いていた人なんだ。俺のことも気にかけてくれてて……」
政宗はそう言いながら、彼女が立ち去っていった駅の出入口を見やる。そして、今後の展開とリスクを脳内で洗い出すと、上着のポケットから車の鍵を取り出した。
「悪いけど、ケッカは車で待っててくれないか? あの人、俺のことを盛大に本名で呼ぶから、その……」
「えー? だったらケッカちゃんもここに残って、政宗の本名をゲットしようかなー?」
ユカはニヤニヤした表情で政宗から鍵を受け取る。『縁故』にとって本名は何よりも優先して守るべき個人情報だ。先日、政宗はうっかりユカの本名を知る機会があったのだが……彼自身の名前はまだ、彼女に知られていない。
政宗はそんな彼女をジト目で見下ろすと、周囲を気にしながら悪態をついた。
「何だよそれ……そんなことする奴は、責任とって俺と結婚してもらうからな?」
「うぇぇっ!? けっ……!?」
「え? あ、いや……」
ユカの反応が思いの外オーバーだったので、政宗もまた、反射的に口ごもってしまい……。
「……と、とにかく悪いけど席を外して欲しいんだ!! 後で埋め合わせするから、な?」
「あ、いや、まぁ……うん、じゃあ、車におるけんね」
ユカもまたぎこちない表情で彼に背を向けると、駅の外へ向けて歩いていく。
その背中を見送りながら、政宗は近くにあったベンチへ腰を下ろし……何を言っているんだと、己の言動を盛大に後悔するのだった。
容子が戻ってきたのは、ユカが車に戻って5分ほど経過した時だった。
政宗が立ち上がって彼女に近づくと、容子は右手に持っていた1枚の紙を、政宗へ向けておもむろに突き出す。
「伊織君もよければ、まず、連絡先を登録して欲しいんだ」
「連絡先を登録、ですか?」
容子が語る言葉の意味を知りたくて、政宗は、彼女が持ってきたチラシの内容に目を通す。そこに記載されていた文字には、こんなことが記載されていた。
『閉校式に参加してくれる卒業生を募集しています』
来年末に閉校が決まっている小学校で、3月下旬に閉校式が行われること、そして、その閉校式に参加してくれる卒業生を募っているから、興味がある人は役場の担当課へ連絡をして欲しい旨が記載されていた。
「そうですか、やっぱり……」
「ああ。子どもの数も少なくなったからね。同窓会名簿も震災でダメになったみたいで、今、あの学校の卒業生を探してるんだよ。伊織君、卒業してから全然顔だしてないだろ?」
「それは……」
容子に指摘され、政宗は思わず口ごもる。
確かに彼は、あの災害が起こる前から……あまりこの場所へ積極的に立ち寄らなかった。
それは、彼自身が目標を見つけて忙しくしていたこともあるけれど……この街に立ち寄って知り合いに会うと、彰彦が亡くなったことを大方が知っているので、気を遣わせてしまうから。
彰彦はもう、どこにもいないのに。
「無理にとは言わないけど、少し考えてほしくてね。彰ちゃんと伊織君が住んでいた頃とは、大分変わっちゃったけど……でも、今でも覚えてるんだよ。彰ちゃんが伊織君の合格発表の日に、男泣きしたこととか」
「あ……」
刹那、政宗の脳裏に、過去の記憶が蘇る。
――おめでとう……よく頑張ったな。
涙を浮かべた眼差しと、頭を撫でてくれた大きな手。
そして、口々に祝福してくれる大人たち。
それは確かに、彼が……この街で受け取ったものだ。
「あんな彰ちゃんの顔を見たのは、あれが最初で最後だったからね。あれから、彰ちゃんにあんなことがあって、私も、社長も、誰も伊織君を引き取ることが出来なくて……大変な思いをさせたこと、ずっと気になってたんだよ。申し訳ないことをしたってね……それがこんな立派になって……本当に嬉しい」
「長谷川さん……」
「おばちゃん、で、いいんだよ。まぁ、今はもう、おばあちゃんだけどね」
そう言って、あの時と同じように笑う彼女に、政宗はチラシを握りしめると……こみ上げる感情を涙と一緒に堪えつつ、一度だけ頷いた。
「……分かった、前向きに考えてみる。ありがとう、おばちゃん」
景色も、町並みも、変わってしまった。
けれどそれはきっと……成長した自分も同じこと。
久しぶりに降り立った場所に感慨がないのは、やはり少し残念だけど。
でも……この町で多くの人に支えられていたこと、その事実だけは変わらない。
そして、何よりも。
一緒に海岸沿いを歩いて、時に追いかけっこをして。
買ってもらった自転車の練習をして、乗れるようになったら一緒にサイクリングをして。
学校行事に参加してくれて、帰り道を一緒に歩いて。
ひとつ屋根の下で、同じ食事を食べて――笑いあったこと。
彼と一緒に、この町で生きたこと。
彼の家族として、受け入れてもらえたこと。
その事実は――彰彦がいない世界でも、今後、この町が新たな災禍に見舞われたとしても……これからも決して、消えることはない。
それに気付くことが出来た今は、またいずれ、もう一度この場所に戻ってきたいと……そう、思えるようになっていた。
自分の口で全てを語るには……離れていた期間と同じだけの時間がかかるかもしれないけれど、だからこそ焦らず、1つ1つを大切にすくい上げていきたい。
そして、今度はちゃんと、彼女へ自分の思い出を1つでも語れるよう、用意を整えてから……また、ここに来よう。
容子と別れた政宗が車に戻ると、助手席でスマートフォンを操作していたユカが顔を上げた。
「政宗、用事終わったと?」
「ああ。待たせて悪かったな。さて、昼飯か……」
運転席に座った政宗が、どこに向かうかを思案していると……ユカがおもむろに、スマートフォンの画面を彼の眼前に翳す。
「政宗!! あたし、ここに行きたか!!」
「近っ!! 近いから!! えぇっと……あぁ、近くに食堂があるんだな、って……何だこれ!?」
スマートフォンに表示されている情報を目で追った政宗は、そこに記載されている『おすすめメニュー』の写真を見て、素っ頓狂な声を上げた。
ラーメンに、蟹が、入っているのだ。
蟹の足なんて生易しいレベルではない。蟹そものもが中央に鎮座したラーメンには、ホタテやワカメなど、豊富な海の幸がこれでもかとてんこ盛りに盛られており……。
「1700円でいいのか!? こんだけ入ってるのに!?」
価格破壊とも思える安さに、政宗は思わず深夜のショッピング番組のような奇声をあげていた。
ちなみにコレは執筆当時の情報を元にしているので、読む時期によっては内容が異なる場合があります。詳細はあとがきからご確認ください。
それはさておき。
ユカは驚愕する政宗へ強い意志と共に頷くと、呆然としている彼をせっついた。
「カニ!! カニ食べたか!! 早く行かんとなくなっちゃうよ!!」
「わ、分かった……えぇっと、住所は……」
我に返った政宗は、カーナビへ住所を入力しつつ……改めてこの町のことをちゃんと知りたいと、そんな思いに駆られるのだった。
無事にたどり着いた食堂で海の幸を堪能しまくった2人は、ゆっくりと仙台方面へ帰ることにした。
もう少し周囲を散策しても良かったのだが、どこに行けば良いのか逆に迷ってしまうし、行きたい場所が閉鎖されていたら悲しい思いを繰り返すことになってしまう。次はちゃんと調べてから、2人でそう決めた結果だ。
仙台へ続く道は、徐々に車の量が多くなっていく。政宗が車間距離をとりながら運転を続けていると、助手席から規則正しい寝息が聞こえてきて……信号待ちの合間に、横目で隣を確認してみた。
すると、案の定……。
「ったく……」
ユカが助手席で眠っていることに気づいた政宗は、肩をすくめて息を吐いた。満腹に車の揺れがベストフィットして、彼女を睡眠の沼へと叩き落としてしまったようだ。彼女の気持ちは分かるし、無防備な横顔は自分を信頼してくれているのだと思いたいけれど……果たしてこれで良いのかという疑問がないわけではない。
ただ……。
「……あさりラーメン、美味かったな……」
今日、ユカとの間に、新しい思い出が出来た。
今度は統治も誘って行ってみよう、そんな思いになれる場所も出来た。
全ての思い出を笑顔で語るには、まだ、もう少し時間がかかりそうだけれど……側で待ってくれる人がいること、それは素直に心強い。
政宗は前を見つめたまま、通り慣れた仙台までの道を進む。
見えてくる建物に、風景に、全てに見覚えがあることで……ホッとしている自分がいた。
2人が仙台市内にある政宗の住むマンションへ戻ってきた時、時刻は15時を過ぎていた。
夕食にはまだ早いし、昼食がまだ胃腸に居座っているため、おやつという気分でもない。とりあえず自宅でコーヒーでも飲むかという結論に達した政宗は、助手席で眠っているユカのシートベルトを外すと、彼女の肩を軽くゆする。
「おい、ケッカ。着いたぞ。ケッカ」
「んー……」
彼の言葉に、ユカはぼんやりと目を開くと……彼を見つけた瞬間、表情を綻ばせた。
「まさむねー……」
「何だよケッカ……寝ぼけてるな。ほら起きろ、流石に歩いてもらうからな」
政宗が彼女の額を指で軽く小突くと、ユカは半開きの目のままで彼を見つめ……半開きの口で言葉を続けた。
「けっこん……」
「は? け、結婚?」
「し……ま……」
「しま!?」
寝ぼけている彼女がとんでもないことを口走り、政宗は反射的に大声を出した。刹那、その大声で覚醒したユカが……あくびをしながら彼を見やる。
「あー……よく寝た。ごめん政宗、あたし、助手席で何もせんで……」
「へ!? あ、いや、その……」
政宗は首を何度も横に振りながら彼女から離れると、慌てて自分の荷物をまとめた。
そして……隣で同じく下車の用意をしているユカを、横目で見やる。
『縁故』が相手の本名を知るのは、その相手と籍を入れて結婚する時だ。
もしも今後、彼女に自分の本名を名乗る機会があるとすれば、きっとそれは……。
「……頑張らないとな」
一人で呟いた言葉は、彼女に聞こえないよう飲み込んで。
政宗は彼女より先に車から出ると、背伸びをして空を見上げる。
海の見えないこの場所が、人が多いこの町が、今の自分が生きる場所だ。
そして……。
「政宗、どげんしたと? おやつ何?」
「あのなぁ……」
助手席から降りたユカの言葉に、彼は苦笑いで肩をすくめる。
そして、彼女の方へ近づくと……手を伸ばして、名前を呼んだ。
「ほら帰るぞ、ケッカ」
もしも今後、彼女に自分の本名を名乗る機会があるとすれば……少なくとも、車の中で、相手が寝ぼけている時ではない。
政宗は車へ鍵をかけると、彼女の手をとって歩き始める。
いつかまた、あの場所に帰って己の足跡を辿り……彼女と前向きな未来を話をする、その日のために。
作中でほんのり描写した、カニ盛りだくさんのラーメンがあるのは、『えんまん亭』という食堂です。(https://www.miyalabo.jp/shop/shop.shtml?s=7111)
営業時間や営業場所などは、もう、変わらないと思うのですが……最新情報を確認して行ってみてください。霧原はテレビで見たことしかないです……あさりラーメン食べたい……!!
また、現在の旧野蒜駅は、震災遺構の『東松島市震災復興伝承館』として一般公開されています。(https://www.city.higashimatsushima.miyagi.jp/index.cfm/19,0,64,html)
近くへお立ち寄りの際は、中へ入ってみてくださいね。
さて、前後編でお届けした政宗誕生日でございます。彼もまた、作中の災害で住み慣れた場所を壊された一人なので、今後、時間をかけて向き合って欲しいなぁと思うのでした。もう一人じゃないですからね。
そして有り難いことに、イラストを2枚掲載しております。まずは後半冒頭、新駅舎の前で複雑な表情を見せる政宗とユカ、そして……という1枚は、おが茶さんが描いてくださったものです。
この政宗の、全然嬉しそうじゃない何とも言えない表情が……心に刺さります。そして、絶妙な距離感で見上げているユカが、とても彼女『らしい』。彰おんちゃんと過去の彼はもう……何も言えないっすわ。尊い。イラストありがとうございます!!!
そして本文ラストのイラストは、狛原ひのさんに描いてもらった誕生日イラストです!! なんかもう好きすぎて多方面で活用しております。私生活ではヘタレと言われることも多い政宗ですが、そんな彼がこんな無邪気に手を伸ばしていたら手をとっちゃうよ!? 取るしかないよね!?(本当にありがとうございます)
手を伸ばした先にいるユカとの関係も……寝ぼけてない状態で先に進めるといいですな!! どうかな!!
政宗、誕生日おめでとう。第7幕を越えた君はきっと成長してるよ!! だから頑張ろうね!!(雑)




