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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
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2020年彩衣生誕祭小話:黄昏時のナイトメア

 今年の彩衣の誕生日小話は、本編で語ることが出来ない内容を、端的に記載してます。

 彼女の持っている能力と、聖人との何とも言えない関係を、とても端的に書きました。2人の『深く交わらない』空気感を感じていただければと思います!!


■登場人物:彩衣、聖人

 富沢彩衣は、たまに、同じ夢を見る。

 それはとても楽しくて、嬉しくて……いつの間にか、悪夢へと変わっていく。

 夢に出てくるのは、かつて優しかった男性。

 その笑顔が悪意に染まるまでを、ずっと、ずっと、一番近くで見ることしか出来ない……そんな夢だ。


「……?」

 彩衣が意識を取り戻した時、部屋はとても薄暗く、少しだけ肌寒かった。窓の外は紺色に染まり、既に日が落ちていることが伺える。

 椅子に座ったまま、テーブルに伏せて眠っていた上半身を起こした瞬間、肩にかかっていた男性用のコートがバサリと床に落ちた。彩衣は無言でそれを拾い上げると……周囲を見渡し、現状を把握しようと記憶をたどる。

 今、自分がいる場所、ここは……。

「伊達先生……?」

 いるはずの部屋の主がいないことはすぐに気付いた。とりあえず部屋の電気をつけようと、外していた眼鏡をかけた彩衣が扉の方へ歩こうとした瞬間――扉が開く音が聞こえて、同時にパチンとスイッチが入る。

 部屋が明かりを手に入れたところで、扉の近くに立っている部屋の主・伊達聖人と目が合った。

「彩衣さん、おはよう。具合はどうかな?」

 いつもどおり、変わらない彼の態度に対して、彩衣もまた、普段どおり静かに首肯する。

「……問題ありません」

「そう。それなら良かった」

 両手にスーパーの手提げ袋を持っている聖人は、それを部屋の脇にあるキッチンの作業台に置くと、中身を選別するために彼女へ背を向けた。

 彩衣はそんな彼の背中を眺めつつ……自分がどうしてここにいるのかを、完全に思い出す。


 ここは、宮城県黒川郡大和町(たいわちょう)にある、聖人の私室だ。彼は己の拠点を利府においている一方、衣食住に関してはこの大和町の部屋を活用している。最近は職場が隣の富谷市になったため、通勤がとても楽になった……と、笑顔で語っていたのは、つい最近のこと。

 そして、彩衣がたまに……霊的に(・・・)不安定になった時に宿泊している、そんな場所だ。


「彩衣さんも疲れが溜まっていたみたいだから、今日はヨークベニマルのお惣菜セットだよ」

「申し訳ありません、起こしてくださって構わなかったのですが……」

「疲れて休んでいる女性の邪魔をするほど、自分は野暮じゃないつもりだよ。もともと今日は、それが目的だからね」

「……はい」

 彩衣は素直に首肯すると、夕食の用意を手伝うために、彼の隣に並んだ。

 壁にかけられた時計は、18時30分を超えたところ。彩衣は炊飯器に入っている冷えた白米を電子レンジ対応の食器へとうつしながら、隣に立って二人分のコップを用意している聖人を見やり……人知れず、息をついた。


 彼は……兄に囚われた自分を、救い出してくれた人。

 同時に、過去に口走ってしまった言葉に責任を感じて、面倒を見てくれている人だ。


 食事の用意が出来たところで、2人、向かい合って座る。

「いただきます」

 聖人は丁寧に両手を合わせると、目の前にある煮魚に箸を入れた。彩衣も彼に倣って食事を食べ始めると……魚を咀嚼した彼が、『世間話』を始める。

「今日は、何か感じたのかな?」

「……いいえ、特には」

「そう。何事もないのが一番だね」

 彼はそう言って、インスタント味噌汁をすする。彩衣もまた、自分の食事を再開する。

 いつもこうだ。彼が確認しておきたいことを尋ねて、自分の中で咀嚼して……可能性の一つとして蓄積していく。自分はそのための実験体だと分かっているけれど、それが日常の延長線上になった今、特にそれを不快だとも思わない。

「眼鏡の調子(・・)はどうかな? 縁が視える(・・・)ことはない?」

「日常生活に問題はありません」

「そう。名杙にも知られていないよね?」

「問題ありません」

 聖人の問いかけに、彩衣は淡々と事実を返答していく。そして、彼女が味の濃い味噌汁を飲み終えたところで……聖人が彼女を見据え、これからについてを確認した。


「今日、自分はどうすればいいかな?」


 この問いかけに、彩衣はしばし思案した後……俯いて、自分の現状を告げる。

「……夢を見たので、それで……」

 それだけで全てを察した聖人は、箸を止めずに口を動かした。

「そう。分かった。じゃあいつも通り(・・・・・)、寝室は自由に使ってくれていいからね」


 彩衣に対して聖人が為すべきことは……いつも同じだ。

 彼女が心安らかに過ごせるよう――全てから、匿うこと。

 怖いものを見ないように。

 過去を……少しでも、忘れて過ごせるように。


「ありがとうございます」

 聖人の言葉に彩衣は静かに頭を下げると、残りの白米を静かに食べ終えた。

 そして……いつまでこんな生活を続ければいいのかと、自分自身に問いかける。


 答えはすぐに、返ってきた。

 名杙慶次がいなくなるまで――ずっとだ。



 ――あの、男の人が……私のこと、お母さんに似て可愛いねって言って、それで……!!



 彼が自分に触れた日を境に、兄におかしなスイッチが入って。

 そして――彩衣は、『縁』が視えるようになった。


 

 彼との『縁』が切れない限り、この地獄に終わりはない。繋がった『関係縁』から伝わってくる、名杙直系の優位性の影響なのか、彩衣の持つ素質(縁由)は、いつまでたっても消えないままなのだから。

 彼女と兄の縁は切れているので、兄のことは自然と忘れていくけれど……彼だけは忘れることが出来ず、しこりとなって残るだけ。

 家族と一緒に暮らすことも出来ないまま、聖人に守られながら過ごすだけ。

 終わらない悪夢から意識をそらし、じっと、夜明けを待つことしか出来ない。


 今は聖人が作ってくれた眼鏡のおかげで人並みの生活を送れているが、これの開発に協力していたのは、他ならぬ彩衣だった。この眼鏡は眼鏡越しに『縁』が視えるか否かを判断して、レンズの屈折率を微調整していく必要がある。聖人自身は『縁故』ではないので、彩衣はその判定員として協力していたのだ。

 今はコンタクトレンズや、スマートフォンカメラ用のフィルムなどの応用に成功しているけれど……最初は2人きりで始めたこと。その日々すら今は遠い昔になってしまった。


「ごちそうさまでした」

 丁寧に手を合わせた聖人は、食器を重ねてシンクへと持っていく。彩衣も彼に倣って食器を片付けて、台拭きで軽くテーブルを拭きながら……明日の予定を頭の中で思い描いていた。

 明日は朝から病院での勤務だ。そのためには、ここを何時に出れば良いのかを逆算して……自分の中へインプットしていく。看護師としての仕事を疎かにして、聖人の評価を下げることは出来ない。

 そして……人と違うことをして、何かを悟らせてもいけない。

 聖人は彩衣の存在を、名杙に知らせていないし、今後知らせるつもりもない。慶次自身は気付いているかもしれないが……彼から何かを言ってくることはないので、このまま、何事もなく日々を過ごせればそれでいい。


 そう、このまま……何事もなければ。

 彩衣は脳裏をかすめた悪夢を振り払うように前を向くと、食器を持って彼の背中を追いかけた。

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