2019年名波華生誕祭小話:For you
華の誕生日に何を書こうかなと思って……色々なネタ出しをしてもらって、こんなエピソードになりました。手作りクッキーにこのチョい足しはあまりオススメしません!!
■主な登場人物:蓮、里穂、心愛、華
10月下旬、ハロウィンが間近に迫る平日の18時過ぎ。
仙台支局でせっせと仕事をして、テキパキと帰り支度を整えた片倉華蓮のところへ、ひと仕事終えた名倉里穂が大股で近づいてきた。
部活をしてきたのか、学校指定のジャージ姿。ポニーテールをなびかせて、いつもどおりの元気な表情である。
そして、彼女にジト目を向ける統治など一切気にすることなく、華蓮の机に小さな袋を置く。
「はいっ!! 片倉さんもどうぞっすよ!!」
里穂が置いたのは、透明な袋に入っているアイシングクッキーだった。かぼちゃやお化けを模したデザインから、ハロウィン用に用意された手作りのものだということは察することが出来るが……里穂がどうしてこんなものを?
「……名倉さん、これは?」
「見てわからないっすか? クッキーっすよ」
「そうじゃありません。どうしてこれを私へ?」
里穂の要領を得ない説明に、華蓮は顔をしかめて詳細を尋ねる。そんな彼女へ、里穂は笑顔で衝立の向こうを指差してこう言った。
「ココちゃんが、片倉さんに渡して欲しいって言ってたっすよ」
「心愛さんが?」
「ちょっとりっぴー!! 大事な情報が抜けてるんですけど!?」
次の瞬間、心愛が盛大に事務所内へ殴り込んできた。そして、兄から向けられているジト目に気付いて「しまった……」という表情になり、里穂のジャージの袖を握る。
「りっぴー、向こうでお話してもいい? ここだとお兄様のお仕事の邪魔になっちゃうから……」
「分かったっす。片倉さん、クッキーの秘密を知りたくば、衝立の向こうに来るっすよ!!」
こう言って一足先に立ち去る2人の背中を見送っていると……華蓮の隣席で残業をしていたユカが、クッキーを羨ましそーに眺めていた。
華蓮は荷物を持って立ち上がると、クッキーの入った袋をつまみ上げる。そして、その動きを視線で追いかけてきたユカを見下ろし、冷静に口調で釘を差すことにした。
「……あげませんよ?」
「な、何も言っとらんやんね!! それに、5枚も入っとるなら1枚くらいよかっちゃなかと!?」
「お疲れ様でした」
華蓮は全員に向けて一例をすると、スタスタとその場を後にする。
統治はそんな彼女の背中見送りながら……謎の敗北感に苛まれていた。
衝立の向こうにある応接スペースには、立ち話をしている里穂と心愛以外に仁義が座っていた。会釈をしてくれた彼に同じことを返す華蓮は、制服姿で不満そうな表情を浮かべている心愛の前に立ち、軽く頭を下げる。
「心愛さん、クッキー……ありがとうございます」
「いっ、いえっ!! ハロウィンの練習で作っただけなんで、美味しいかどうか分からないですからっ……!!」
両手を振って謙遜する心愛の隣で、里穂が口元にニヤリと笑みを浮かべた後……ジャージのポケットから、華蓮と同じ袋を取り出した。そして、袋の中からかぼちゃ型のクッキーを1枚取り出すと、それを半分に割って華蓮に差し出す。
「はいっ!! 片倉さんも食べてみれば分かるっすよ!!」
「……ありがとう、ございます……」
里穂の勢いに気圧された華蓮は、半分になったクッキーを受け取った。オレンジのカボチャが描かれているアイシングクッキーを、とりあえず一口かじってみて……。
「……美味しい……!!」
サクサクした食感と主張しすぎない甘み、ほのかな焦げ具合までもが味を引き立てている。既製品とは違う、どこまでも優しい味わいだ。
華蓮が珍しく目を見開いて驚いていると、里穂が勝ち誇ったような表情で「やったっすー!!」とガッツポーズをしてみせた後、自分が持っていたクッキーを一口で頬張った。
そして、そんな里穂の隣に立っていた心愛が、はにかんだ表情で会釈をする。
「あ、ありがとうございます……良かったです」
「心愛さん、凄いですね。こんなにちゃんとしたクッキーを作れるなんて……牛乳につけなくても噛めました」
「えぇっ牛乳!? そ、そんな大したことないです!! 本を見れば誰だって出来るのでっ……!!」
「誰だって……」
心愛の言葉を反すうした華蓮は、手に持っている食べかけのクッキーを見下ろした。
先程からの心愛の反応や里穂の自分に対する視線を見る限りだと、自分の反応がマイナーであることが嫌でも分かる。
「手作りクッキーって……普通に食べられるんだ」
手元のそれをマジマジと見つめ、思わず素の状態で呟いてしまう。
彼がそう思うのは、過去にこんな経験があるからだ。
「れーんっ!! ほら、焼けたよ」
それはまだ、彼が名波華と一緒にいられた頃。華が自宅でクッキーを作ってくれたことがあった。
キッチンから聞こえてくる、自分を呼ぶ声。蓮は読んでいた本にしおりを挟んで、彼女の元へ向かう。
オーブンから天板を出した彼女は、網の上にクッキーを並べていた。きつね色に焼き上がったそれは、見た目だけで判断すると、とても美味しそうに見える。
ただし……漂ってくる空気には、発酵した乳製品のものが色濃く混じっている。具体的に言うとチーズの香りが空気に濃く溶けている。
まさか……蓮は恐る恐る、華にその理由を問いかけてみた。
「ね、姉さん……もしかして、クッキーにチーズを入れたの……?」
「そうよ。蓮、カルシウムが不足していそうなんだもの」
「……」
選ばれたのが煮干しじゃなかったことを喜ぶべきなのかもしれない。蓮は「そうだね……」と、曖昧な相槌をうちながら、未知の味に楽しさ半分、不安半分。
勉強にスポーツ、人間関係と、生きる上でほとんどのことを人並み以上にこなすことが出来る彼女だが……料理に関しては、本来の手順や材料に彼女なりの一手間加えてしまう悪癖があった。
蓮はその理由を、過去に一度尋ねたことがある。その質問に対して、華は苦笑いでこう答えてくれた。
「私のお母さんがね、料理には自分なりのアレンジを加えている人だったの。食べ物のお店をやっているから、料理がとても上手で……何とかその味を再現したくて聞いてみるんだけど、全然教えてくれないのよ。そんなお母さんのマネをしたくて、つい、ひと手間加えたくなっちゃうのかもしれないわね」
蓮は、華の母親をほとんど知らない。夜に開いている店で働いており、一族の集まりにも積極的に参加していないのだ。自分の親や周囲の大人が悪口を言っているのしか聞いたことがなかった。
だから……華に対しても、自分と同じように親との関係が上手くいっていないのではないかと思っていたけれど、少なくとも、自分よりはマシのようだと思う。
程なくして冷めたクッキーを皿に盛り付けた華は、食事を食べるテーブルへとそれを運んだ。中央にクッキーの皿を起き、椅子の前には二人分の飲み物を用意する。そして……いざ、実食である。
「い、いただきます……!!」
蓮は意を決して、クッキーをかじろうと歯を立ててみたものの……焼いて冷ましたことでチーズがガッチガチに固まっており、クッキーとは思えないほど強靭な肉体(?)を手に入れている。
「ぐつ……!! ふっ……!!」
何とかして食べようとかじる場所を変えてみるが、特に目立つ成果はない。蓮の様子に華も「これはマズイ」と思ったのか、自分でも一口食べようとしてみせて……多少は食べることが出来たものの、結果的に顎を鍛えることとなった。
「蓮、本当にごめんね。食べなくていいよ」
「えっ……」
蓮は華の言葉に目を見開き、何とか事態を打開しようと策を巡らせた。
彼女が、自分のことを考えて作ってくれたものだ。絶対に無駄にはしたくない。
「あ……」
そして蓮は、コップに入っている牛乳の存在に気付いた。正直、これを自宅でやると親から白い目を向けられるだろうけど……果たして、華はどうなのだろうか。
蓮は自分が噛めなかったクッキーを、ほんの少しだけ牛乳に浸してみた。そしてそれを引き上げると、しずくをテーブルにこぼさないよう、慎重に口にへと運ぶ。
そして、意を決して歯を立ててみると……先程よりも弱い力で、無理なく噛み砕くことが出来た。
「姉さん、こうすれば食べることが出来そうです……!!」
「本当?」
蓮の行動に華は目を丸くした後、何とか食べようと頑張ってくれている彼を見て、表情を綻ばせた。
味は正直、甘みが足りない割に塩分が多いし、食べる場所によってムラがあるので、お世辞にも美味しいと言える出来栄えではない。
ただし……そんな味気ないはずのクッキーも、蓮にとってはかけがえのないご馳走なのだ。
だって……。
「美味しいです、姉さん」
口から出たのは、嘘も誇張もない、自然な感想だった。
だって、大好きな華が自分のために作ってくれたのだ。美味しいと感じるに決まっている。
華は彼の頭にそっと手を添えると、どこかはにかんだような笑顔を向けた。
「ありがとう、蓮。私の失敗を帳消しにしてくれたわね」
「帳消しだなんて……僕はただ、姉さんのクッキーが食べられただけで嬉しくて……」
「その言葉だけで十分よ。でも、無理はしないでね」
「分かりました」
その言葉に蓮はしっかりと頷くと、2つ目のクッキーを牛乳に浸す。そして、彼女の気持ちが詰まった味を、存分に楽しんだ。
そんなことがあって、それ以降、華はクッキーを作らなかったから……蓮の中で、素人が作るクッキーは固くてそのままでは食べられないという印象しかなかった。
冷静に考えれば、そんなことないって分かるはずなのに……そう思わないほど、華のクッキーはインパクト抜群だった。
それは勿論、味や硬度といった理由もあるけれど、何よりも……。
「あ……」
刹那、華蓮がクッキーを持ったまま虚空を見つめて声を漏らした。そしてそのまま俯くと、「トイレに行ってきます」と呟いて……クッキーや荷物をその場に残し、一人、『仙台支局』を後にする。
そんな華蓮の姿を無言で見送るしかなかった3人は……顔を見合わせて、首をかしげることしか出来なかった。
「……」
扉を出た華蓮は、うつむき加減で廊下を歩く。
足がどんどん速くなっていくのは……早く、一人になりたいからだ。
危なかった。
人前で……あの場所で、こんな姿を見せるわけにはいかない。
けれど、一度堰を切りそうになった感情は、自分の理性だけでは制御することが出来ないから。
だから、逃げるしかなかった。
誰もいない、一人きりになれる場所へ。
「っ……!!」
バイト中はいつも使っている、多目的トイレ。華蓮は内側から施錠をして備え付けの洗面台へ近づくと、洗面台に両手をついて……ゆっくり、呼吸を整えた。
鼓動が、呼吸が、面白いほど乱れていく。
あと数分で、また、あの場所に戻らなければならない。それまでに普段の『片倉華蓮』に戻らなければならない。
ここで、『名波蓮』を見せるわけにはいかないのだ。
だけど――思い出してしまった。
忘れていたはずなのに、今までは気にもとめなかったのに。
心のなかに押し留めていたそれは、些細なキッカケで彼に現実をつきつける。
不意打ちではがれたかさぶたからは、容赦なく血が流れるだけ。
あの時のことが、感覚と共に脳裏をかすめていく。
クッキーを作ると聞いた時の高揚感。
待っている間に嗅いだニオイ。
一口食べた時の衝撃。
自分で解決策を提示出来た安堵感。
そして……華の嬉しそうな笑顔と、自分のことを考えて作ってくれた、少ししょっぱいクッキーの味。
どこを切り取っても幸せだった、あの時間を。
心愛が作ったものも美味しかった。きっと彼女も心を込めて作ったはずだ。
けれど――違うんだ。それをはっきりと理解してしまう。
もう一度、食べたい。
だってあの味が、蓮のためだけに華が作ってくれたあのクッキーが、彼が大好きな手作りクッキーの味だから。
二度と戻れないと分かっていても、もう一度と願ってしまうのは……彼が今、生きているから。
彼の人生に何を足しても、華はもう、戻ってこないのに。
「どこでチーズを足したら……何分間焼けば、あのクッキーが食べられますか? 教えて下さい、姉さん……」
頬をつたった雫が口の端に触れた時、あの時とは違う塩味を感じた。
正直なところ、華に関しては……第6幕で全部書ききった感が強いんです。(笑)
だから、蓮との話も桂樹との話も、全然出てこなくて焦りました。
蓮は今後も、こんなふとした瞬間に華のことを思い出して、何とも言えない気分を抱えたまま生きていくんだろうなと思います。それがある意味、彼の贖罪になるのかもしれませんね。
華、誕生日おめでとう。これからもフッと、蓮の記憶の中に出てきてあげてね。




