2019年万吏生誕祭小話:BMW(4)
2019年の万吏誕生日は、先日の伊達ちゃん生誕祭小話(https://ncode.syosetu.com/n9925dq/76/)からの続きです。
時系列は第6幕エピローグ。統治の福岡行きを実現するため、裏側で奮闘したキャラクターのエピソードです。さぁ万ちゃん、君の実力を見せつけるのだ!!
主な登場キャラ:万吏、聖人、瑞希、櫻子
――万ちゃんに、そ、相談したいことがありますっ……!! お、折返し電話をくださいっ……!!
義妹の支倉瑞希から留守番電話に上記のメッセージが入っていたことに気付いたのは、10月に入って初めての月曜日、時刻は20時過ぎのこと。1日の仕事を終えた万吏が自身の事務所を閉めて、車の中で私用のスマートフォンの電源を入れた時だった。
「ミズ……?」
姉で妻の涼子ではなく、妹の瑞希から留守番電話が入るのは非常に稀だ。しかも彼女の口調から、あまり前向きな案件ではなさそうだということが分かる。
「仕事で何かあったのか……?」
万吏は運転席のシートに体重を預け、スマートフォンを操作して電話をかけた。このメッセージが入っていたのは1時間ほど前なので、瑞希はもう、仕事を終えて家にいるだろう。
呼び出し音が3回鳴ったところで……応答があり、音声通話に切り替わる。
「もっ、もしもし!! 支倉瑞希ですっ!!」
「あ、どうも茂庭万吏です……ってミズ、分かってかけてるよ。お疲れさん」
「万ちゃん……お、お疲れ様です!! そ、そうだよね、私から電話したんだった……忙しいのにわざわざ、ごめんなさい……」
電話の向こうにいる彼女も、恐らく頭をしっかり下げているのだろう。そんな姿を想像しながら、万吏は用件を聞くことにした。
「いいよ。ミズがスズを通さず俺に連絡するなんてよっぽどの事態だ。どうかしたのか?」
「あ、あのね……実は……」
その後、電話口で瑞希が語ったのは……万吏の予測を遥かに上回る内容だった。
仙台支局に勤めており、万吏も7月の一件で世話になった山本結果が、研修で向かった福岡から帰ってこれなくなったこと。その理由は不透明で、誰も納得出来ていないこと。
そして……政宗が週末、福岡へ向かうことになっている、というのだ。
「どうしてそんな……ケッカちゃんや政宗君達、何かやらかしたの?」
「そんなこと、ないはずなんだけど……私もこれ以上詳しいことが分からなくて、とりあえず指示通り、お仕事の調整をしたんだ。うぅっ、もうコレ以上無理だけど頑張るよぉ……ってそうじゃなくてね!! あの……!!」
電話の向こうの瑞希が、我に返って呼吸を整えた。そして、万吏に向けてはっきりとこう言う。
「あ、あのね万ちゃん……今回、名杙さんは仙台に残るって言ってるの」
「名杙さん……統治君の方だよね。まぁ、彼だったらそうするだろうね」
統治の性格を思い出して、万吏は1人、電話越しに納得していた。
名杙統治は、決して――あの組織の中では、前に出ようとしない。
それは単に、彼が前に出ると『名杙』という名前ばかりが悪目立ちしてしまうこともあるだろうし……『仙台支局』は政宗を長にしている組織だから、裏方に徹しようという心持ちで付き従っているのだと思う。
ただ……それを差し引いてももう少し前に出てもいいような気はするし、政宗も彼の特性を活かしやすくなるように感じているが……それは部外者の自分が口をだすべきではないと思って、胸の奥に留めていた。
そんな万吏に向けて、瑞希は一度呼吸を整えた後……少し震える声で、言葉を続けた。
「そうするのがきっと、仙台支局のためなんだと思う。わ、分かってるの。で、でもね万ちゃん、あ、あのね……!!」
「ミズ?」
瑞希がここまで饒舌に――彼女の言葉で誰かに語るのは珍しい。付き合いが長い万吏でも、初めてのことかもしれない。
そもそも、彼女が自分に電話をしてきた次点で察するべきだったのだ。
彼女が何か、とても大きなことを成し遂げるために……自分の力を必要としていることに。
「あのね、実は私――!!」
「――統治君が福岡に行けるよう、俺に協力して欲しいってことでオッケー?」
「なっ、なんで分かったの!? 万ちゃんってエスパー!?」
「普通の人間だよ。それにしても……ミズがそこまで動こうとするなんて、言っちゃ悪いけど珍しいな」
理由を知りたくなった万吏が、言外に「どうしてそこまで?」という意味を含めて問いかけると、電話の向こうの瑞希は少し黙り込んだ後……しっかりした意思を持って、その理由を口にする。
「私ね……あの時まで、世界が全部怖かったんだ。自分が何をしてるのか分からないのに、自分じゃどうしようもなくて……そんなこと誰にも言えなかった時に、お姉ちゃんが万ちゃんに、万ちゃんが山本さん達に、助けを求めてくれた」
それは、3ヶ月ほど前のエピソード。
瑞希は『生痕』――生霊に悩まされ、1人でふさぎ込んでいた。
そんな彼女の変化に気付いた姉の涼子が、万吏に相談をして……万吏から仙台支局に話が行き、山本結果と柳井仁義を中心としたチームで、事の対処にあたったのだ。
最終的には問題も解決して、瑞希は行方知れずだった少年とも再会して……そして今は経過観察も兼ねて、仙台支局で働いている。正直、前の仕事よりも時間や休日がきっちりしていて働きやすいし、記憶力が良い自分の特性も活かせている……ような気がする。
勿論全てがまだまだだけど、仕事も、私生活も……生きることが楽しい、少しずつでも、そう思い始めてきた矢先の出来事だった。
「仙台支局には、山本さんと佐藤支局長、名杙さんの3人が必要だなってことは私でも分かるの。だから……きっと、山本さんを迎えに行くのも、佐藤支局長と名杙さんが一緒にいた方がいいと思うんだ。山本さんも1人で何か、我慢してるのかもしれないから……」
「ミズ……」
「で、でもね、私がそんなこと言っても……きっと、話は聞いてくれても、お二人は納得してくれないと思うの。それも分かるよ、大人だから守るものがあることも分かってる。ただ……!!」
電話の向こうの彼女が、一度言葉を切る。そして、はっきりと……自分の意思を告げた。
「ただ、私は……名杙さんが行きたいって思ってるように感じたから!! そういうのを我慢するのは体に良くないって、わ、分かってるからっ……!!」
この会話が電話で良かったと、改めて思う。
今の自分の顔を――ニヤニヤがとまらないこの顔を見られたら、瑞希に軽蔑されてしまうかもしれないから。
それに……。
「なるほど、大体の事情は分かってきた。そして俺も、ミズの意見には概ね同意だ」
こんなに面白そうなこと、滅多にないだろう。
ここで自分が動くことで、将来的に名杙という家を変えるキッカケになるかもしれない。
かつて、名杙に敗北したことがある彼にしてみれば、心情的に一矢報いることが出来る機会になるのかもしれないから。
「万ちゃん……!!」
そんな彼の思惑など知る由もなく、味方を得た瑞希の声に、純粋な喜びと覇気が交じる。その声を聞いた万吏もまた、生まれた高揚感を隠すために、電話を少し離して息を吐いた。
そして、思考を切り替える。
名杙統治、彼を攻略するには――どうすればいい?
「とはいえ、統治君や政宗君は多分、俺が説得しても聞き入れないと思う。だから……ミズ、この話、俺が一旦引き取ってもいい?」
「う、うんっ!! むしろありがとうございますっ……!!」
「ひとまず、今週の仙台支局の動き方を把握しておきたいな……ミズ、ちょっとスケジュールが分かるものを写真撮ってメールで送ってくれる? 終わったらすぐデータを削除していいから」
「わ、分かった……!! じゃあ、一度電話切るねっ!!」
瑞希はこう言って、一度通話を終了した。その後、自身のスケジュールアプリのスクリーンショットが万吏の元に届く。車内でそれを確認した彼は、予想以上の過密スケジュールに……思わず顔をしかめた。
「うっへー……これ、統治君引っ張り出せるのかねぇ……」
万吏に彼らの仕事の詳細は『理解出来ない』。彼らは一般人が関われない領域で、とても専門的なことを生業にしているからだ。
でも……改めて先程の画像を見ると、時間と打ち合わせ場所が書いてある内容が9割を占める。そしてその打ち合わせ場所は、仙台の地元企業や全国規模の会社の支店ばかりだった。
「要するにここは……営業だよな」
営業だけであれば、ぶっちゃけいくらでも対応出来る。「担当者が週明けまで不在だ」と言ってゴリ押しすればいいのだ。最悪、万吏自身が出向いて言付けを受けても構わない。商材と資料があれば口八丁で売り込むことも出来るだろう。
ただ――彼らの仕事の本質は、そこではないのだ。
「問題はココだよな……」
万吏が視線を向けた先には、火曜日――明日の夕方の予定。
そこには単語のみで、こう、記されていた。
『縁故対応 太白区向山 1件 名杙・名倉』
彼らにしか――『縁故』という能力者にしか出来ない仕事だ。だからこそ7月の瑞希の一件も、彼らに丸投げするしかなかったのだから。
「ここをどうするか、だよなぁ……」
万吏は改めて、瑞希から提供された写真を見る。政宗が出発する金曜日の午後は、『縁故』としての仕事は入っていないけれど……もしも急に、突発的に対応しなければならない事案が発生した場合、万吏1人ではどうすることも出来ない。
「とりあえず……明日にでも相談、だな」
万吏は一旦結論を出すと、スマートフォンを助手席に置いたカバンに片付ける。
そして、エンジンをかけると……夜の石巻を抜けて、少し遅い帰宅をしたのだった。
翌日、時刻は間もなく15時になろうかという頃。
万吏は三陸自動車道を使って、利府にいる伊達聖人の部屋へと向かった。
今日は珍しく、彼がここにいることを確認している。話をしたいのに不在だった、なんてことになったら、無駄足でしかないからだ。
時間は、限られている。
今の自分に出来ること、それは――
彼の部屋の呼び鈴を鳴らして数秒後、内側から解錠された音が聞こえて、万吏は普段どおりドアノブを回し、部屋の中に入る。
「よう伊達ちゃん、お疲れさん」
「万ちゃんこそ、わざわざいらっしゃい。どうぞどうぞ」
いつも通りの笑顔と白衣、その下はジャージという出で立ちで出迎える彼に促され、万吏は部屋の中に足を踏み入れた。そして、廊下を進んだ先にあるいつものリビングでダイニングテーブルの椅子を引き、家主に聞く前に腰を下ろす。
聖人が冷蔵庫から取り出してきた缶コーヒーを受け取って、プルタブを開ける。慣れ親しんだ味を喉に流し込んでいると……彼の正面に座った聖人が、穏やかな表情で話を切り出した。
「万ちゃんがわざわざ自分にアポをとって来るってことは、よほどの事態だね。どうかしたのかな?」
「あのさ伊達ちゃん、早速本題に入るけど……ケッカちゃんが福岡から帰って来てないことについて、何か知ってる?」
万吏の問いかけに、聖人は指をプルタブに引っ掛けたまま固まった。そして、目の前の彼を見据え、静かに頷く。
「そうだね。詳細は不明だけど、ケッカちゃんが予定を過ぎても戻ってくる気配がなくて、仙台支局がてんやわんやになってることは何となーく知ってるよ」
「だよね。じゃあ、政宗君が週末に福岡に行くこともご存知的な?」
「まぁ、断片的には。詳しくは聞いてないけどね」
どうやら聖人も詳細は把握していない様子で、万吏の話に相槌をうちながら缶コーヒーを飲んでいた。
そして、口から缶を離して万吏を見つめると、意味深な笑みを浮かべる。
「万ちゃん、何かよからぬこと考えてなーい?」
「お、流石伊達ちゃん。ご明察、作戦会議に来たんだよ」
「作戦会議……ってことは、何か作戦があるのかな?」
「ゴールは決まってるよ。そこに至るまでの道を整えたいんだ」
「ふむふむ。万ちゃんが考えるゴールはどこにあるのかな?」
聖人の問いかけに、万吏は右手の人差指を立てて……口元に笑みを浮かべた。
「ズバリ、統治君も一緒に福岡に行ってもらうんだよ」
「統治君も?」
「そ。色々と分からないことだらけだけど、福岡は統治君にも縁深い場所なんでしょ? んで、ケッカちゃんの大ピンチなんだから、政宗君1人じゃ心細いと思ってね」
恐らく、聖人にしてみれば予想外の提案だったのだろう。珍しく眼鏡の奥の瞳を丸くした彼は、冷静に現実をつきつける。
聖人自身も、『名杙統治』という男性の性格を良く知っているから、こう思うのは当然だ。
「万ちゃんの言いたいことは分かるけど、統治君、誰が何を言っても絶対残ると思うよ」
「んなこと分かってるよ。だから、外堀を全部埋めて押し出すんだ」
「へぇー。万ちゃん、そんなにお人好しだったっけ?」
「心外だなー伊達ちゃん、俺は善意の塊だぜ?」
そう言いながら笑ってみせるが、聖人は特に表情を変えることなく万吏を見つめ……「何か他に裏があるんだろ?」という圧をかける。
はぐらかす時間も勿体ないため、万吏は正直にネタバラシをすることにした。
「実はさ、ミズから頼まれたんだよ。統治君を福岡に行かせるために協力して欲しいって」
「ミズちゃん……あぁ、要するに義理の妹さんだね。そんなに積極的な女性だったっけ?」
「いや、ミズはもっとオドオドしてるっつーか……自己主張するなんて珍しすぎるんだよ。そんな子が頑張って義理のお兄様にお願いしてくれたんだぜ。叶えてあげるが世の情けだろ?」
そう言って万吏はコーヒーを飲み干すと、空っぽの缶を机上に置いて……肩をすくめた。
それだけじゃないだろう、と、聖人が目線で訴えたから。
「なぁ伊達ちゃん、俺さ、統治君って空き缶みたいな子だなって思ってたんだよね」
「空っぽってこと?」
「そういうこと。彼さ、中身ないなって思ってたんだよ。外側は綺麗にラベルが貼ってあって味は決まってるけど、中身が空っぽに思えてさ」
「過去形だね。今は違うのかな」
「やっぱ、政宗君のとこで働き始めて変わってきたなって思ってる。だからこそ今、もう一歩踏み出すことで、自分で自分の味を決められると思うんだ」
統治は、自分が「こうあるべきだ」という価値観に囚われすぎている、そんな気がしていた。
それは勿論、彼自身の境遇や環境が大きな要因だけれど……そうであっても、自分自身をガッチリラベリングするのは勿体ないと思う。
政宗やユカという、彼を変えてくれる因子がすぐ近くにいるのだから……尚の事。
缶コーヒーは、生まれた時から缶コーヒーだけど。
名杙に生まれた統治が、名杙に一生を捧げる必要があるかどうか――現時点で決めてしまうのは早計だし、非常に勿体ない。
その事実を自覚して、もっと、変わる自信を持ってほしいと思ってしまうから。
「空き缶統治君にどんな中身が入るのか、万ちゃんはニヤニヤしながら見守りたいからさ。彼の味をガラッと変えてくれそうな政宗君とケッカちゃんには、まだまだ仙台に居て欲しいんだよね。あと……今年は特にミズが世話になってるから。何かしらの恩返しをしたいってのもあるかな」
「嘘くさいけどとりあえず信じるよ」
聖人の言葉に万吏は肩をすくめ、「ありがとさん」と口にした後、空き缶を指で弾いて笑みを浮かべる。
口に残る慣れ親しんだ味が、今はとても――心強く思えた。
「俺、伊達ちゃんのそういうところ、好きだよ」
「それはどうもありがとう。自分は特にそうでもないよ」
「ひっど……片思いは政宗君だけで十分だってーの。さて……」
軽口で応酬した後、万吏は椅子に座り直してスマートフォンのロックを解除した。そんな彼へ、聖人がコーヒーを飲みながら、彼の中にあるであろう今後の展望を確認する。
「それで……外堀を埋めるっていうのは、どうするのかな?」
「んー、やっぱ、手っ取り早いのはこっちっで勝手にホテルと飛行機を予約して、その事実を振りかざして押し出すことだよね。早く切符を押さえないとヤバいけど、飛行機もホテルも休日料金で滅茶苦茶高いんだよ」
万吏も昨日から今日に至るまで、福岡までの航空券やビジネスホテルの予約状況を見ていた。
10月の三連休ということもあり、飛行機の早割は予約で満杯。仙台と福岡間の正規料金は片道約4万円だ。政宗は恐らく経費で落とすと思うが、統治までそこにねじ込めるかどうかは不透明だ。加えて後から彼は確実に払おうとするだろうから、出来れば安く押さえたいけれど……あまり猶予がないのも変えようがない事実でもある。
「なるほど。ちょっと待っててね……」
聖人はこう言うと立ち上がり、少し離れた場所にあるタブレット端末を持って戻ってきた。そして、そのロックを解除すると、ブックマークから情報を引っ張り出す。
正面からだと見えづらかったので、万吏は立ち上がって移動すると、聖人の斜め後ろに立った。そして、彼の頭越しにタブレットの画面を見つめ……首をかしげる。
「伊達ちゃん、それ何? 楽天ト◯ベルじゃないの?」
「自分が学会とかで出張する時に使ってる、医療人の福利厚生も兼ねた専用のサイトだよ。ここなら、宿と飛行機を一括で取れるんだけど……あ、あった。確かここだったはずだね」
聖人の操作で表示されたのは、博多駅の近くにあるビジネスホテルだった。料金としては、一般的なビジネスホテルの平均値より少し高めで、その分、設備が充実しているタイプである。
「実はココ、透名総合病院の福利厚生を使って優遇や割引になるホテルだよ。お医者さんはやれ学会だって色んなところにぶっ飛ばされるから……と、いうわけで、金曜日チェックインの月曜日チェックアウトで、飛行機と一緒にチケットの仮押さえまで終わっちゃってるんだよねー」
「は!? マジで!? やるじゃん伊達ちゃん!!」
「そ。ただ……本人確認があってね。この施設を利用しますって旨を書いた書類を病院に出して、ハンコをもらって、文書番号をサイト側に報告することで予約が確定するんだ。その処理には1週間かかるから……間に合うか微妙なんだよね」
「何だよそれ……期待させただけってこと?」
脱力した万吏を聖人は振り返り、口元に人差し指を添えて言葉を続ける。
「実は……書類を通さなくてもいい『例外』があるんだよ」
「例外?」
「そう。病院を経営している法人の代表者、その親族には更に優遇措置があって、本人名義のクレジットカード決済であれば、即時予約が取れるようになっているんだ。さて問題です、自分が働いている病院の経営者は……誰のお父様でしょうか?」
聖人の問いかけに、万吏は思わず「あ!?」と声を出して……口元に笑みを浮かべた。
「櫻子ちゃんか……!!」
「そういうこと。まぁ、一時的にお金を立て替えてもらうことになるし、櫻子ちゃんの決済で統治君が利用出来るのか、分からないこともあるけど……電話で聞いてみるだけの価値は、あるんじゃないかな?」
聖人はそう言って、彼に自分のスマートフォンを手渡した。電話帳アプリから彼女の連絡先を呼び出した万吏は、時間を確認した後――番号をタップして電話をかける。
「――突然の連絡、失礼します。私、『東日本良縁協会仙台支局』の監査役を勤めております、茂庭と申しますが……今、お時間はよろしいでしょうか?」
そして、15分後……電話を切った万吏は、荷物をまとめ始めた。
「おや万ちゃん、話はどうなったのかな?」
「あぁ、とりあえず協力してもらえそうだよ。ただ彼女、機械の操作がまるで駄目なんだって? だから――」
万吏は二人分の空き缶を持ってキッチンへ行くと、簡単に中をゆすいで脇に置いた。
そして、しれっと椅子に座っている聖人の隣に立つと……彼の肩をポンと叩き、口元に笑みを浮かべる。
「と、いうわけで伊達ちゃん、俺と登米までドライブしようぜ」
利府から三陸自動車道を北に移動すること、約1時間。
櫻子の仕事終わりが17時だということで、17時30分に近隣のイオンで待ち合わせることにした万吏は、一足先にショッピングモール内に入り、地元で有名なコーヒーショップの中で時間を潰していた。
「フルセイルコーヒー、いいよなー。仙台でも東北大学病院前に行けば飲めるけど、やっぱ、これ飲むと県北キターって気になるぜ」
香りを楽しみつつ、万吏が口元にカップを運ぶ。そんな彼を生暖かく見守る聖人は、カフェラテを飲んで足を組み替えた。
「自分は……これを飲むと、仕事をしなきゃいけない気分になるよ」
「そっか、伊達ちゃんはよく飲めるのか……羨ましいぜ」
万吏はカップから口を離すと、表面に描かれたイカリのマークを見つめ、香りとともに息を吐いた。
2人が休憩しているフルセイルコーヒーは、気仙沼発の人気コーヒーショップだ。自家焙煎のコーヒー豆をバリスタが丁寧に仕上げたコーヒーや、カフェオレ、チョコレート系の飲料に高い人気がある。イオンの中にある店舗内では、イートインスペースで人気の焼きドーナツと一緒に味わうことが出来る。
持ち帰りのコーヒー豆も人気が高いが、宮城県の北部を中心に店舗を展開しているので、仙台圏や石巻で仕事をすることが多い万吏は、あまりお目にかかる機会がなかった。仕事で気仙沼や古川に行く時に立ち寄る程度だ。
「スズに後で買っていくか……って……」
万吏がメニューを見ながら家族へのお土産を見繕っていると……2人の方へ近づいてくる女性の姿に気付き、顔を上げる。
長袖で膝丈のワンピースにカーディガンを羽織り、手にはクラッチバッグを持っている。黒くて長い髪の毛を後ろで1つにまとめている彼女は、万吏達の前に立つと、静かに頭を下げて顔を上げた。
「お待たせしました、透名櫻子と申します」
万吏も立ち上がって櫻子を見つめ、頭を下げてから口元に笑みを浮かべる。
「今日はありがとうございます。茂庭です。とりあえず……飲み物代を出したいから注文を聞いてもいい? そこから詳しく話をさせてもらってもいいかな?」
「分かりました。では……カフェラテをお願い出来ますか?」
「カフェラテね、了解。じゃあ、座って待っててね」
櫻子が聖人の隣に座るのと入れ違いに、万吏は立ち上がってレジに向かう。そして、改めて目の当たりにした櫻子に……大きくなったなぁ、と、1人、感慨にふけるのだった。
その後、カフェラテと焼きドーナツを持って万吏が席に戻ると、櫻子は「ありがとうございます」と会釈して、中身を一口すすった。そして、万吏を見つめて……苦笑いを浮かべる。
「あの、兄の関係でお会いしたことがあるはずなんですけど……スイマセン、いつ頃でしたか?」
「えっと……多分、櫻子ちゃんが小学生か、中学生になってたか……多分それくらいだよ。しかも俺は医学部じゃなくて伊達ちゃんのオマケだったから、覚えてないのも無理ないって。実際、俺もうろ覚えだからね」
かつて、万吏と櫻子は、簡単に顔を合わせたことがある。櫻子の兄の透名健が彼らの大学の先輩でもあり、聖人と同じ医学部だったことから、聖人が透名総合病院で実習をする際に、興味本位でここまでついてきたことがあるのだ。
その時は、清楚な箱入り娘という印象だったように記憶しているけれど……今は清楚な印象はそのままに、凛とした意志の強さも感じる佇まいをしている。
万吏の言葉に櫻子は「お恥ずかしいです……」と苦笑いを浮かべた後、表情を緩めて、感慨深げに呟いた。
「そんな茂庭さんと、今、こうして再びお会い出来るなんて……ご縁ですね」
「……ああ、そうだね」
櫻子の言葉に同意した万吏は、腕時計を見て、用件を切り出すことにした。
「早速だけど……電話で話した通り、櫻子ちゃんのクレジットカードを使って、週末の福岡行きのチケットを確定させたいんだ。ただ、実際に泊まるのは統治君になるんだけど、それって出来るの?」
この問いかけに、櫻子は「恐らく大丈夫です」と、はっきりした口調で返答した。
彼女には既に、ユカが福岡から戻ってきていないこと、政宗が向かう予定だが、そこに統治もねじ込みたいという旨を話している。電話でそれを聞いた時は、驚いたように何度も無言になっていたが……そんな動揺を一切表に出さず、彼らの前では冷静に対応してみせるその姿に、万吏は内心で舌を巻いていた。
そこに、名杙が彼女を選んだ理由があるような気さえする。名杙に嫁ぐとなれば苦労は人並み以上だが、彼女であれば上手く立ち回れるかもしれない。
……自分は、それが出来ずに潰されてしまったけれど。
万吏は胸の奥に去来した過去を押し留め、櫻子の言葉に耳を傾けた。
「私もここに来る前、母に確認をしてみたんですけど……」
櫻子はここで一度言葉を切ると、どこか気恥ずかしそうな表情で目を泳がせた。そして、2名から注目を集める中……オズオズと口を開く。
「そ、その……私の配偶者、もしくは、それに準ずる関係であれば、問題ないとのことで……」
「配偶者……」
万吏は櫻子の言葉を反すうして、満面の笑みを浮かべた。
「バッチリじゃん!! どうせ近々結婚するつもりでしょ?」
「そ、そんなことっ……!! ま、まだお付き合いも始めたばっかりでっ……!!」
「大丈夫大丈夫。周囲はみんな俺みたいに思ってるから」
「そ、そうなんですかっ……!?」
驚愕する櫻子に、隣の聖人が「万ちゃん、それくらいにしてね」と笑顔で釘を刺す。万吏は「ヘイヘイ」と引き下がった後、改めて彼女に問いかけた。
「統治君が櫻子ちゃんの配偶者になる人物だって証明は必要なの?」
「予約が確定した時点で、私のところへ電話がかかってくるそうです。そこで私が証言をすれば、問題ないとのことでした」
「なるほど……じゃあ、改めて」
万吏は居住まいを正すと、櫻子を見つめて……改めて問いかけた。
「統治君を福岡に行かせたいんだ。俺たちに協力してくれる?」
この問いかけに、櫻子は真っ直ぐに彼を見据えて返答する。
「承知しました。私に出来ることは喜んで協力させていただきます」
こうして万吏は、櫻子の協力を得て――福岡行きのチケットを手に入れた。
「ミズ、とりあえず……統治君の飛行機と宿は確保した。後はスケジュールだ。金曜日の午後、誰を配置しておけばいい?」
その日の夜、電話で瑞希に問いかけると、彼女は狼狽えながらも己の考えを口にする。
「えっっ、えっと……やっぱり、里穂ちゃんかな。佐藤支局達3人以外だと、里穂ちゃんの実績が突出しているから……仁義君は謹慎中だから、里穂ちゃんしかいないと思う」
「やっぱりそうなるよな。じゃあ、里穂への声掛けは頼んでいいか?」
「う、うんっ!! それは大丈夫。ちゃんと……伝えておきますっ!!」」
そしてその後、里穂や仁義達の協力も取り付けて、瑞希と共に裏でスケジュールを調整して――運命の日を迎える。
「――よぉ伊達ちゃん、今日は普通の格好してるね」
10月上旬、3連休直前の金曜日。
時刻は間もなく15時になろうとしている午後、仙台駅構内のステンドグラス前で聖人と待ち合わせをしていた万吏は、どこからともなく現れた彼に、いつもどおり声をかけた。
白衣ではなく普段着に近い格好の聖人は、スーツ姿の万吏に笑顔を向けると、いつもどおりの口調で返答する。
「万ちゃんは代わり映えしないね」
「おうよ。これが俺の戦闘服だからね」
淀みなく返答した彼は、気持ち少しだけネクタイを緩めた。そしてそのまま前を見据え――口元に笑みを浮かべた。
今からの『仕事』に、不安がないわけではないけれど。
彼がいてくれるから……まぁ、何とかなるだろう。
そんな、どことなくゆるい気持ちでいられるくらいの時間を、共に過ごしてきたのだから。
「さて……じゃあちょっくら、統治君をそそのかして来ますかね」
こうして、ほぼ同じタイミングで足を踏み出した2人は、櫻子との待ち合わせ場所にしたコンビニ前を目指す。
その足取りはどこまでも軽く、自信に満ち溢れていた。
終わった……の、かな? とりあえず裏側で伊達先生と万吏が何をしていたのかは、ざっくり書きました。残りの櫻子奮闘編は、4月の彼女の誕生日に書きます!!
さて、万吏が櫻子に会いに行った時のフルセイコーヒーは、宮城の北部に行くことがあれば立ち寄って欲しいお店っす。(http://anchor2fullsail.shop-pro.jp/)
統治と櫻子のデートでも書く機会があれば初出ししたかったんですけどね……櫻子が富谷(仙台の隣町)で働くことになったので、あまり県北にいかなくなってしまったかもしれません。テコ入れしなきゃ。
……という裏事情はさておき、万吏と伊達先生の会話は書いていて本当に楽しいですね。会話で成立する空気感は、政宗と統治の関係性とも違う余裕を感じて、毎回とても楽しんでおります!!
万吏、誕生日おめでとう。これからもみんなの頼れる兄貴でいてね!!




