ユカ政外伝:君に届くその日まで
Twitterで実施した投票で、この組み合わせがトップになったので……ちょっとした外伝を書いてみたそうです。
登場キャラクター:ユカ・政宗・統治
年に1度か2度、疲れが抜けきれずに……体調を崩してしまうことがある。
「……」
平日の14時過ぎ、青白い顔の政宗は、無言で支局が入っているビルの関係者用通用口をくぐり抜けた。
そのまま誰もいないエレベーターに乗り、ボタンを押す。
壁に背中を預け、必死で吐き気をこらえた。何とか得意先で倒れることはなかったけれど……今日はあと1件約束がある。あと2時間……何とか落ち着かせないと。
首元のネクタイを緩めながら、上昇する表示を見つめる。
「……早く……早く着いてくれ……」
エレベーター独特の浮遊感に耐え、開いたドアから逃げるように飛び出す。刹那、足元がよろめいた。熱はないのに吐き気と倦怠感がヒドい。他人の『縁』に干渉を続けた反動だとは理解しているけれど……でも、これが自分の生業なのだから、この症状とは一生付き合っていかなくてはいけない。
政宗が『縁故』を続ける限り、ずっと。
自分がやめるわけには……もとい、この状況から逃げるわけにはいかない。
だって、まだ、目標に片手さえ届いていないのだから。
「俺は……俺は、まだっ……!!」
歯を食いしばる。こんなところで倒れる暇はない。
朦朧とする意識をつなぎとめ、仙台支局の扉をくぐり……。
「おかえ――って政宗!?」
「佐藤!?」
心から安心できる2人の声を聞きながら、彼の意識は深く沈んでいった。
――夢を、見た。
疲労がピークを超えると見てしまう、そんな過去の記憶。
手が、どうしても届かない。
伸ばしても、伸ばしても……彼女の手を掴むことが出来ない。
何も出来ずに立ち尽くし、彼女が地面に倒れる音を聞くだけ。
動けない、届かない、何も出来ない。
生まれて初めて、自分と同じ境遇の『人間』と出会った。
両親を知らず、家族を知らず、普通とは違う世界を見てしまう……そんな人間は、自分だけだと思っていたのに。
「あたしより年上なのに、妙に子どもっぽいところありますよね、佐藤さんって」
初めて2人きりで話した合宿での数十分、星空を見上げながら、彼女は屈託のない笑顔を向けてくれた。
「だから、精神年齢はあたしと同じってことで……今から敬語とかやめます!! 同期なので、大目に見てくれますか?」
そして彼女は笑顔のまま、右手を差し出す。
「じゃあ……改めてよろしくね、政宗」
その時は、ちゃんと掴むことが出来たのに。
どうして、どうしてあの時……。
「……助け、られ……」
乾いた口の中で、言葉が消えていく。
そして、夢の世界も消えて……目の前に、ぼんやりと天井が見えた。
のんびり覚醒していく意識の中、自分の現状を思い返す。
確か、午後一番の外回りを終えた後、あまりにも具合が悪くなったので、一度支局に戻って休もうと思って、それで――!!
「――っ!!」
意識が大急ぎで覚醒していく。寝ているのは応接用のソファーの上、ここで自分はどれだけの時間を過ごしてしまったのか……ジャケットのポケットに入れたはずのスマートフォンを探しながら、慌てて上半身を起こした。
次の瞬間、目眩で大きくバランスを崩す。
――どんっ
「政宗!?」
衝立の向こうで音を聞きつけたユカが、椅子を蹴って立ち上がる音が聞こえた。
尻もちをついたまま、ふらつく頭をおさえる政宗に大急ぎで近づき、そのまましゃがみこんだ。そして、焦点のあっていない彼の目を真っ直ぐに見つめる。
「バカ!! 何しよっとね!! 怪我でもしたらどげんするつもり!?」
そんなユカの両肩を掴み、政宗は今にも泣きそうな顔で問いかけた。
「ケッカ……今何時だ!? 俺は、俺は一体……」
その質問に、ユカはため息混じりで返答した。
「心配せんでよか。今は16時半過ぎやけど、統治も知っとる得意先やったけん、連絡して既に行ってもらっとる。第一、こげな病人が来たって先方を困らせるだけやろうもん。『縁故』の反動には特効薬がないっちゃけんが、休むしかないって分かっとるやろ?」
子どもを諌めるように優しく告げるユカに、ようやく、頭が冷静さを取り戻してきた。
「……そう、か……悪い」
「悪いと思っとるなら、とりあえずソファに戻ってくれんね。それとも、座ってる方が楽?」
「……寝る」
「よし、じゃあ戻れっ」
ユカの言葉に従って、彼はノロノロと立ち上がると……再び、ソファに寝転がった。
天井を見上げてぼんやりしていると、視界のはしにユカが見える。
「何か飲みたいものとか、欲しいものとか、ある?」
「いや……特に……」
「分かった。じゃあ、あたしは向こうで仕事しよるけんが、何かあったら――」
――行かないで欲しい。
無意識の内に、彼女の右腕を掴んでいた。
「政宗……?」
「ダメ……だ、俺は、まだ……!!」
彼の虚ろな眼差しに、ユカは苦笑いで再度ため息をつく。
これは、『縁故』がストレスマックスの時によく現れる、典型的な症状だから。
「これは……ちょーっと記憶が混濁しとるね……どれだけストレス溜め込んどったとやか……」
それだけのことを彼に強いている現状も何とかしなければならないなぁ……と、内心でもため息をつき、ユカは諦めて、彼の頭の横に腰を下ろした。
目線をあわせ、自分の腕を掴んでいる彼の手に、そっと、左手を重ねる。
「どげんしたと? まだ……何?」
刹那、ユカの腕を握る力が強くなった。政宗は目を見開き、何かを追い払うように……必死で頭を振る。
「俺、は……俺はまだ、まだ……!!」
「うーん、掴まれている腕が地味に痛いっちゃけど……よし政宗、まずは話を整理しよう。あたしが誰か分かる? 答えられる?」
目をしっかり合わせて尋ねるユカに、政宗は少し考え、答えを呟く。
「……ユカ……」
「そ、そっちですか……まぁよか。よし次、ここはどこ?」
「……こ、こは……百道浜の、合宿所で……」
「はいダウトー。違うよ政宗、ここは宮城県仙台市、『東日本良縁協会仙台支局』。政宗がトップを務めとる組織だよ。分かる?」
「ひが……?」
本人は全くピンときていない様子。ユカは三度ため息を付き、かいつまんで説明をすることにした。
「政宗は今、この組織のトップとして、統治やあたしと一緒に頑張っとると。でも、ちょーっと頑張りすぎたみたいやけん、今は休んでもらっとると。OK?」
「頑張ってる……のか?」
「おうよ。政宗はすっごく頑張ってる。それこそ……こうやってぶっ倒れるくらいにね。仕事が出来るのは立派だと思うけど、体調も気にかけてもらわんと周囲に迷惑かけるし、こうして部下が心配することになるけんね」
何気なく告げた言葉に、政宗は再び目を見開く。
「心配……して、くれたのか……?」
「当たり前やん。心配くらいする……って、涙!?」
狼狽したユカは、彼の目尻に溢れた涙をどうやって処理しようか、そんなことを考えて……ポケットティッシュを持っていない自分の女子力の低さを呪った。
「ど、どげんしよう……そうだ、統治の机の上に箱ティッシュがあったはずっ……!!」
統治の机に行くために掴まれた腕を振りほどこうとするが、彼の手は硬直したかのようにユカを掴んで離さない。
これらは全て、ストレスマックスの『縁故』によくある症状だった。記憶が混濁し、過去の辛いことばかりを思い出して、情緒不安定になってしまう。
とはいえ……政宗のこんな姿を見たのは、ユカも初めてなのだけれど。
これは思ったより重症だなーと思いながら、涙をためて自分を見つめる政宗に、努めて優しく話しかけてみることにした。
「あ、あのー政宗、ちょっと離してもらえると、ケッカちゃんは非常に助かるっちゃけど……」
その言葉を、政宗は全力で拒絶する。
「ダメだ、俺はまだ……まだ……!!」
『まだ』、うわ言を繰り返す政宗に、ユカはもうお手上げ状態である。
「またソレか……『まだ』、どげんしたと? あたしに言えること?」
半分投げやりで尋ねてみたユカに、政宗は軽く目を閉じ、小さく呟いた。
「俺は……まだ、助けられていないんだ。ユカに、手が……手が、届かなくて、まだ、まだ足りなくて……だから……!!」
「手が、届かない……」
こんなに近くにいるのに、っていうか実際に今掴んでいるのに……と、思い当たって、すぐに思考を切り替えた。
政宗が言っているのは、『今』のことじゃない。
『過去』の……2人の人生において決して忘れることが出来ない、あの瞬間のことだ。
「なるほど……あたしにも何となく話が見えてきたよ、政宗。でも、あの時のことか……うーん、どれだけ不幸な事故だった、政宗は悪くないって言っても……納得出来んとやろうね」
責任感と自己犠牲が時に強い彼だから、どんな慰めの言葉をかけても、心のフィルターを通り抜けてしまうような気がする。
でも、それでも伝えなくちゃいけない。だって、それは変えようのない事実なのだから。
「あの時のことは……政宗1人が悪いわけじゃないやん。あたしも、統治も、麻里子様も……全員に油断があった。だから――」
「――どうしてそれをユカ1人が背負わなくちゃいけないんだよ!!」
「ふへうぉわっ!?」
突然激高した政宗が勢い良く起き上がり、戸惑いしかないユカを自分の方へ引き寄せた。
成人男性が無意識に全力を出した結果、華奢なユカの体はそのまま政宗の体に激突し……。
「……ゲホっ……」
みぞおちを打ったユカが静かに咳き込む。
そして、自分が予想以上に凄まじい体勢で――起き上がった政宗の太腿の上に座るような体勢で――いることに気付き、とりあえず手持ち無沙汰の左手でソファの背もたれを掴み、バランスをとった。
初めて間近で感じる政宗の体温を意識しないよう、ユカは何とか気持ちを切り替えつつ、恐る恐る上を見上げてみる。
「政宗……」
「俺は……俺は、ユカを……守れなかったんだ。何も出来なかった、助けられなかった!! 今だって何も変わってないじゃないか!! 俺だけ成長して、お前にだけ負債を押し付けて、それで……!!」
そこには……10年前からよく知っている彼がいて、自分に助けを求めているのがはっきりと分かった。
だから。
「……佐藤さん、って、呼んどったね、最初」
「え……?」
「ほら、合宿の最初の頃……覚えとらん? 距離なしの政宗は最初から『ケッカ』って呼んどったけど、あたしはやっぱり年上やけんって思って、一応、2人のことは苗字で呼んどったやろ?」
「……ああ」
「本当、あの時から政宗の営業スキルは高かったとよねー……だけど……」
だけど。
「統治が麻里子様に呼ばれて個人面談してる間、合宿所の屋上で、初めて2人で話をしたこと。覚えとる?」
「……ああ」
「その時、政宗があたしに言ってくれた言葉、覚えとる?」
「言葉……?」
「そう。お互いの身の上話を簡単にして、地味に共通点が多いって分かって……政宗、あたしにこう言ったんだよ」
次の瞬間、ユカは掴まれていた右手を少しだけ強引に振りほどき……呆気にとられていた政宗を両腕で抱きしめた。
そして……。
「『俺達はきっと、これからもずっと一緒なんだろうな』」
あの時。
政宗がなんの疑いもなく、年下の自分に対してそんなことを言い出すから。
ユカはどう答えればいいのか分からなくなって……苦し紛れにこう言ったんだ。
「あたしより年上なのに、妙に子どもっぽいところありますよね、佐藤さんって」
それが、今の2人の始まり。
「何も出来なかったなんてことは絶対にない。政宗も、統治も……あたしも、みんな、今出来ることを精一杯やってる。ただ……政宗はちょっと頑張りすぎたみたいやけどね」
「俺、は……」
「自分の言葉には責任をもってもらわんとね。あたしと運命共同体でいるつもりなら……まずは今、ゆっくり休もっか」
次の瞬間、ユカは政宗の背中に回した左手で、彼から伸びる1本の『関係縁』を手繰り寄せた。
そして……その『縁』に出来た枝毛部分をパチンと切り、彼から手を離す。
刹那、政宗の全身がビクリと反応して……そのまま再び、ソファの上に寝転がった。
そのまま彼が深く眠ったことを確認しつつ、ゆっくり政宗の上から降りる。
「……原因が見つかって、とりあえず良かった……」
どうやら仕事上で繋がった相手との『関係縁』がささくれてしまい、余計にストレスを受けやすくなっていたらしい。
政宗がユカを引き寄せたことで違和感に気付いたのはいいけれど……肝心な部分が政宗の裏側にあり、こうでもしないと手が届かなかったのだ。
とりあえず正常に戻した……はずだが、イマイチ自信がないので、後で統治にも確認してもらおう。
とはいえ……。
「二度目はゴメンやねー……コレ、あたしも精神的疲労が半端なかよ……」
ため息混じりに呟くユカの独白は、空調の音にかき消された。
――約30分後。
「あ、起きた」
ぼんやりした表情で体を起こす政宗は、自分の正面、応接用のテーブルにノートパソコンを引っ張り出して仕事をしているユカに気付き、顔をしかめる。
「ケッカ……? お前なー……仕事は自分の席で……やるもんだぞ……」
「えぇー……? まぁ、それだけ言えるなら大丈夫そうやね」
ユカは苦笑いでノートパソコンを一旦閉じると、再び彼の前に回り込んだ。
ぬぼーっとした顔で自分を見つめる政宗と、その周辺を確認し……息をつく。
「うん……とりあえず『縁』は大丈夫そう。あたしが誰か分かる?」
「誰、って……ケッカはケッカだろう? 何を言っているんだ……?」
「よしよし、それでいいんよー。不本意やけどしっくりくるからこれ以上何も言わんことにしよう」
「……? 何かあったのか? 俺、統治が代役を引き受けたってあたりから、全く覚えていないんだが……」
寝たままで首を傾げる政宗に、ユカは「みなまで言うな」と首を横に振った。
「気にせんでよかよ。ちょっと働きすぎの支局長さんがストレス発散しただけやけんね」
この言葉で、政宗は自分の体調不良の原因を完全に悟る。
「そうか……悪い、迷惑かけたな」
「こればっかりはお互い様やけんね。でも、政宗にちょっと頼りすぎとったかなーって反省もしとる。あたしに出来ることがあれば、遠慮せんで言ってよかよ?」
それは、何気なく、本当に特に他意もなく口から出た一言だった。
政宗の力になりたい、ただ、それだけの感情で。
そのため……。
「……キス」
「は?」
会話のキャッチボールが続かない、政宗からの大暴投。
顔を引きつらせるユカに気付いているのかいかないのか、彼は真顔でいけしゃあしゃあと言葉を続ける。
「王子様はお姫様のキスで完全に目が覚めるんだぞ。俺のやる気を起こしてくれ」
「政宗、それ普通逆だから。っていうか自分を王子様とか片腹痛いから。冗談は顔だけにしといてくれんね」
立ち上がったユカが、冷たーい視線で政宗を見下す。
こんな冗談を言ったら、どんな反応をするのか……まだ正常な思考回路が戻ってきていない政宗の大胆不敵な思いつきに、彼女は……。
「じゃあ……あたしを『ケッカ』から『ユカ』にしてくれたら、前向きに考えてあげてもよかよ?」
「へ……?」
刹那、予想外の答えに政宗が目を見開いた。
ただし、次の瞬間……目が一切笑っていないユカに睨まれる。
「まぁ、その前に……回復直後とはいえ意味不明な冗談を言うその口を、伊達先生にふさいでもらわんといかんね……いや、むしろ今すぐケッカちゃんがこのパソコン突っ込んでふさいじゃるけんね!!」
「いや、あのそのケッカさん、さっきのは無意識というか無自覚というか本音というか悪ふざけというか、その……」
「言って良いことと悪いことば考えんね!! この……バカ政宗っ!!」
ユカがそう言ってノートパソコンを振り上げ……外回りから戻ってきた統治に全力で止められるのであった。
挿絵は、黒之栖時也さんが描いてくださった政宗を流用しました。
彼の泣き顔は第3幕で嫌になるほど書いたので、そっちでも良かったんですけど……イラストの顔を見て「あぁ、これは幼女の方を見て、ちょっと後悔混じりに泣いてるわ」って勝手に思ったので、使わせていただきました。あぁ眼福です……ありがとうございますー!!




