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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
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2019年一誠生誕祭小話:馴れ初め⑤/仕事終わりは2人でメロン

 互いの誕生日にやってくる、馴れ初めエピソードです。今回は遠距離(中距離?)恋愛中のエピソードを一つ。まぁ、仕事してます。一誠と瑠璃子だけでなく、色々なキャラが色々な場所で頑張っていたんだということが伝わりますように……!!


■主な登場人物:一誠、瑠璃子、孝高

 徳永瑠璃子が福岡にから熊本へ一時的に転勤となり、これまで同じ場所で仕事をしていたのが……離れ離れになって。

 その後、唐突にすったもんだがあって恋人としての1歩を踏み出し、付き合い始めた2人は……福岡と熊本という絶妙な距離を、およそ2週間に1回の割合で行き来していた。

 2人とも一人暮らしでカレンダー通りの勤務形態なので、週末の土曜日、どちらかの家に泊まってから日曜日の最終で帰る……というのが基本テンプレ。鹿児島や宮崎の方へ出かけたこともあるけれど、基本的には互いの生活圏の中で同じ時間を過ごして帰る、というのが主な流れになっていた。

 勿論、突発的な仕事で予定がダメになることもあったけれど、それは互いに理解・了承している。


 予測不能な生者も死者も相手にする仕事なのだ。

 臨機応変に動けなければ意味がないし、一つの躊躇いが、一つの判断ミスが、取り返しがつかない事態に陥ってしまう。

 過去の失敗をまだ取り戻せていないからこそ、一人の時間はこれまで以上に鍛錬を重ね、より強い意思で立ち続けていようと決めた。

 彼女が戻ってきた時に、情けない姿を見せることは出来ないから。


 とはいえ……。


「……巻き込んですまん、瑠璃子」

 2人が付き合い始めて初めての春――4月下旬。GW前最後の土曜日。

 一誠と瑠璃子は2人して、熊本県荒尾市にある『グリーンランド』の入場口前にいた。

 今日の一誠は襟のついたチェックの長袖シャツの上から無地のパーカーを羽織り、足元はジーパンにスニーカーという動きやすさを重視した出で立ち。大きな荷物は近くのコインロッカーに預けており、ワンショルダーのバッグを背中にかけている。

 九州地方はもう葉桜になり、日中は気温がグングン上がっていく。とはいえ、湿気もなくカラッとした気候の日が続くので、晴れていればどこかに出かけたくなるような……今日もまさに、そんな陽気の1日が始まっていた。

 2人がいる『グリーンランド』は福岡県と熊本県の県境付近にある、大型レジャー施設だ。遊園地を中心にゴルフ場、ホテル、温泉、ショッピングモールなどが併設されている。

 観覧車やメリーゴーランドなどの遊具だけではなく、大人向けの絶叫マシンが種類豊富にラインナップされており、今日のような週末ともなると、九州全域から多くのお客さんが押し寄せてくる。現に今は朝の9時30分なのだが、既に朝の9時からオープンしていることもあって……立ち止まっている2人の目の前を、何人もの人が通り過ぎていった。

 一誠も瑠璃子も、ここへ来るのは初めてではない。学生時代にも社会人になってからも、何度となく来たことがある。


 ただし、社会人になってからは……今日のように『仕事』で来ることの方が多いけれど。


 どこか申し訳無さそうな一誠に対して、瑠璃子は首を傾げつつ、腕時計で時間を確認して顔を上げる。

 今日の彼女は七分袖のざっくりしたトレーナーに、明るいベージュのガウチョパンツ、足元はコンバースのスニーカーで、右肩にトートバックをかけ、頭には日よけのためにストローハットを着用している。

「まぁ、確かに聞いた時はちょっとびっくりしたけど……今回のことは、むしろ(こっち側)が感謝せんといかんことやんね。気にせんでよかよー」

「いや、それは……」

「熊本の加東支局長も感謝しとるけんが電話までしたとよ。昨日早速、麻里子さんに馬刺しば送りよったけんねー」

 こう言って楽しそうに笑う瑠璃子は、一誠を見上げて首を一度縦に動かす。

 気にしていない、彼にそう印象づけるために。


 観光地には、人が集まる。

 人が集まる場所には――『既に人ではない存在()』も、集まってくることが多い。


 九州でも有数の観光地として有名なこの場所は、年に数回――春の大型連休前と夏の盆前は必ず――『良縁協会』の手で守られてきた。

 この地を担当している熊本支局が中心となり、敷地内にいる『痕』を片っ端から『切って』いく。それと並行して要所ごとに特殊な『(まじな)い』を施し、外部からの侵入も防いでいくのだ。

 本来、『痕』の状態であれば放置が鉄則だ。重症化した『遺痕』であれば話は別だが、それでも勝手に『縁』を『切る』ことは出来ない。『生前調書』という書類を用意して対象者の生前を調べ上げ、その上で許可をもらわなければ仕事をすることが出来ないのだ。

 ただし――遊園地に集まる『痕』は、生者の姿を見て急速に状態を悪くすることがある。特にこれだけ人が多ければ楽しい雰囲気を受け入れることが出来ず、自分が生きていないことに絶望して、自暴自棄になり――こうなったら厄介だ。

 そのため、今日、この場に――この施設の敷地内に居合わせた『痕』に限り、『縁故』の権限で『切る』ことが許されている。最終的な数と時刻、『縁』を『切った』場所等を報告しなければならないが、そんな『特例』が許されるのは、この施設を運営する親会社が、熊本支局の『お得意様』だからだ。

 ただ、とても広大な施設のため、熊本支局総出で2日間かけて全ての施設を回るのが恒例となっており、九州各地の支局へも応援を要請していた。現に一誠と瑠璃子も毎年のように手伝ってきたため、やり方はしっかり把握している。それこそ、当日に一切説明を受けなくても良いくらいに。


 一誠が週末の熊本行きを命じられたのは、水曜日の13時のことだった。

「……一誠、土曜日にグリーンランドへ出張してくれないだろうか」

 昼休憩後、自身の机で事務仕事をしていた一誠に、福岡支局の副支局長・古賀孝高(こがよしたか)が、グリーンランドの園内マップと一緒に近づいてきて……それを彼の前に置くと、用件を端的に告げた。

 一誠は孝高が置いたそれを見下ろすと、用件の詳細を察して顔を上げて……顔をしかめる。

「孝高さん、確かに時期でしょうけど急すぎませんか? 俺、今週末は――」

「――どうせ熊本に行くから丁度いい、と、麻里子が笑っていたぞ。ついでに旬のメロンを買ってきて欲しいそうだ」

「っ……!! そうですけど!! そうだって分かってたら別の人に頼むもんじゃないんですかね!? っていうかなんでメロン!?」

 上司の采配に苦言を呈しながら疑問符を浮かべる忙しい一誠へ、孝高は淡々と、彼が抜擢された『理由』を説明し始めた。

「……本来、土曜日に向かうのは俺だったんだが、山本結果の件で少し動く必要が出てしまったんだ」

 刹那、今は学校でこの場に居ない人物の名前が出てきたことで、一誠の顔にさらなる疑問符が浮かぶ。

 山本結果―― 一誠が過去に守りきれず、生きづらさを抱えながら『縁故』を続けている少女だ。

「どういうことですか? 彼女は『縁故』として十分頑張ってくれていますよ?」

「仕事は申し分ない。ただ……私生活に少し支障が出る可能性が出てきたことで、麻里子が教育委員会に殴り込む可能性が生まれた。俺はそのストッパーだ」

「……」

 孝高の言葉に、一誠は何となく全体図を察して……今はまだ主がいない、ユカの机を見やる。

 麻里子が出ていく、ということは、保護者が呼び出されるような『何か』が起こったか……起ころうとしているのだろう。その理由を、一誠はすぐに察することが出来る。

「体の成長が非常に遅いから、ですか……?」

 一誠の問いかけに、孝高は静かに首肯した。

「概ねそういうことだ。彼女はまだ義務教育中ということもあって、こちらの裁量で学校に通わせないわけにもいかない。一誠がその役割を変わってくれるなら、俺が熊本へ行こう」

「わ、分かりましたよ……どうせ瑠璃子も行くことになってるでしょうから、サクッと仕事を……」

 一誠はここまで口に出して、はた、と、我に返った。


 瑠璃子も恐らく、週末の一掃作業の動員をかけられているだろう。

 にも関わらず、自分と熊本で会う約束をしてくれたのは……どういうことなのか。


「孝高さん……今回の件、最初から動員は俺だったんじゃないですか? どうせ麻里子さんが孝高さんに伝え忘れて、孝高さんが泥をかぶろうとしたけど出来なくなったから渋々言いに来たんじゃ……」

 過去の経験からカマをかけると、孝高はしばし黙り込んだ後……一誠をじぃっと見つめる。そして。

「……一誠」

「な、何ですか?」

「……瑠璃子と付き合うようになって、頭がまわるようになったな」

「どういうことですか!?」


 と、いうわけで、一誠と瑠璃子は2人仲良く仕事をすることになったのである。

 この仕事は2人1組で動くのが鉄則であり、熊本支局の先発隊は既に開演前から中に入り、敷地内への『呪い』をかけはじめていた。午後から動くメンバーもいるが、この人混みの中で合流するのは難しいだろう。

 要するにこの2人は、対になって行動して『痕』を捜し、いたら切る。『痕』を見えるように視界をずっと切り替えていると視力に異常が発生する可能性もあるので、交代しながら一つの仕事をこなしていくのだ。

 とはいえ、『縁故』の『縁切り』は1日に1回が原則だ。あまりやりすぎると『縁故』自身に悪影響を及ぼす可能性があるため、基本的には1回切った時点で本日の仕事は終了。熊本支局の責任者で電話やメールで簡単に報告して、帰宅することになる。

 ただ……2日でそれなりの量に対応しなければならないので、関係者は隣接するホテルに1泊して、翌日の仕事に備えるというのが一般的な流れだ。現に2人も今日はこの地に一泊して、明日まで手伝いをすることになっている。

「とりあえず今日、しっかり頑張らんと……一誠、どっちから先にやるとー?」

 瑠璃子の問いかけに、一誠は迷いなく返答した。

「俺からやる。午前中は俺が60分、瑠璃子は30分交代だ。勿論、『縁切り』をしたらそこで交代やけどな」

「私が30分? 一誠と同じでよかよ?」

 瑠璃子に対して明らかに時間を短く設定してきた彼に対し、彼女は釈然としない表情を浮かべた。そして彼を見つめ、その結論に至った理由を語るよう無言で訴える。

 そんな彼女に対して、一誠は努めて冷静に切り替えした。

「瑠璃子、最近、実践に出とるか? 事務仕事が多くなって前線から退いとるやろうが。急に60分も張り切ると、目の血管切れるぞ」

「それは……」

「瑠璃子は『適材適所』を第一に考えるはずだ。この仕事は熊本にとって絶対に失敗出来んけんな。それを踏まえて……俺の意見、どげん思うとか?」

 一誠の言葉に、瑠璃子はしばし考えると……観念して両手を上げた。

 まさか、彼がこんなに理論立てて反論してくるとは、思っていなかったのだ。

 熊本へは事務要員として呼ばれた瑠璃子は、確かにこの半年程度で、実践に出たのは片手で足りる程度だということを思い返していた。

 そんな自分が、福岡でバリバリ現場に出ている一誠と同レベルの仕事が出来るかというと……少し、自信がなくなってしまったから。

「確かに、一誠の言う通りやねー。でも、慣れてきたら私の時間も長くしていくけんねー」

「分かったよ。その前に終わりそうな気もするけど……じゃあ、行くか」

 一誠の言葉を、瑠璃子が素直に首肯して。

 事前に受け取っていた入園券を持った2人は、ほぼ同時に足を前に踏み出した。


 人の流れに沿って園内に足を踏み入れると、既に多くの来園者がそれぞれの時間を過ごしていた。絶叫マシンには長蛇の列が出来ており、園内のイベントスペースで開催されるヒーローショーの場所取りをしている人の姿も目立つ。

 そんな人の隙間をすり抜けながら、既に視界を切り替えている一誠は、周囲を警戒しながら園内を歩いていた。隣には瑠璃子が付き添い、彼の様子に変化がないかどうか気を配る。

 正面ゲートを入ってから約10分後、イベントスペースを過ぎたところで……一誠はふと立ち止まり、歩く人の邪魔にならないよう、通路脇に移動した。


 どこかかともなく感じた、微細な違和感。

 その人物は、今――どこにいるのだろう。

 絶対に捜して見せる。そのための能力の使い方を熟知しているのだから。


 一誠は改めて神経を集中させると――『それ』の居場所を探る。


 この世界で、少しだけ……ほんの少しだけ、ずれてしまっている場所。

 広大な敷地の中で、それがどこなのかを探る。人の声とバスやタクシーの音が常に混ざり合っている天神や博多のど真ん中で仕事をしている彼にとって、園内の喧騒など朝飯前だ。



 ――さぁ、今、どこにいる?



「――向こうだ。多分、観覧車の方だな」


 一誠がそう言って視線を向けた先には、ひときわ大きなランドマーク・観覧車があった。瑠璃子は「了解」と頷いた後、しげしげと彼を見上げる。

「一誠……こげん人がおるとに、少し遠くの『痕』も分かると?」

 今、2人がいる場所から観覧車までは、目の前にある大きなイベントスペースを迂回して行かなければならない。程なくして始まるヒーローショー目当てに、多くの来園者がこの場所を目指しているのだ。他の場所よりも人の流れが停滞しており、人口密度も高い。

 瑠璃子の言葉に、一誠は彼女を見下ろし……口元に笑みをうかべた。

「俺も、瑠璃子が帰ってくるまでに……レベルアップせんといかんけんな」

「一誠……」

「瑠璃子が事務仕事を極めるなら、俺は実務を極める。そげん決めたったい。頑張ってる彼らの目標にもなりたいけんな」

 そう言って歩みを再開する一誠の隣に、瑠璃子は小走りで追いついた。そして、少し周囲を気にしながら……小声で問いかける。

 熊本に単身で赴任してから、どうしても気になっていたことがあるから。

「ユカちゃん、学校関係でちょっともめとるって聞いたっちゃけど……大丈夫なん?」

「流石、情報が早かな。やっぱり、中学校であの見た目だと……ちょっとな」


 数年前の夏合宿で『生命縁』が傷ついたユカは、一命をとりとめ、今は日常生活を送ることが出来ているが……あの時から、体の成長が著しく遅くなっていた。

 小学生の間は『個人差』で誤魔化せていたことも、周囲が成長期に入る中学生になると、そうも言っていられなくなる。

 周囲からの視線も厳しくなり、それが態度となって表に出てくることが増えた……孝高はこれ以上語らないし、ユカ自身も一誠の前で弱音を吐くことはないけれど、麻里子が動くということは、よほど腹に据えかねることがあったのだろう。まぁ、彼女の沸点は一般人の平均よりも大分低いけれど。


「山本ちゃんは山本ちゃんなりに頑張っとる。名杙君や政宗君も、今は『上級縁故』やけんな。俺も次の『特級縁故』の試験に受からんと面目が丸つぶれやけんが……負けてられんったい」

「なるほど……みんな頑張っとるねー。私も頑張らんと」

 ひとしきり話を聞いた瑠璃子は頷いて、視線を上に向けた。

 青空に映える観覧車が近づいてくる。その近くに『誰が』いるのか、分からないけれど……ただ、以前よりもずっと頼もしくなった彼の横顔には、何の不安もない。

 いや、唯一……あるとすれば。

「そういう一誠は……『特級縁故』の学科試験、大丈夫なん?」

「今はそれを言わんでくれ……」

 痛いところをつかれた一誠が、苦虫を噛み潰したような表情で瑠璃子から視線をそらした時……観覧車の乗り場が、2人の目前に迫っていた。


 一誠の合図で、瑠璃子もまた、視える世界を切り替える。突発的に襲われた時、的確に対応するためだ。

 2人が立っているのは、観覧車と大型ジェットコースターの間にある歩道。それぞれのアトラクションを目指す人の流れが出来ており、特に飲食スペースもないので立ち止まる人はいない。むしろ多くの人が、間もなく始まるヒーローショーを目指して、2人の進行方向とは逆の方向へと向かっていた。

 色々な人の流れがあるこの場所で、一誠は改めて神経を研ぎ澄ませて――異質な存在を探す。


 考えること、覚えることは少し苦手だから――まずはとにかく、物事に集中出来る自分になろう。

 そう思った一誠は、麻里子や孝高の協力も得て、集中力を高める訓練を続けてきた。

 あらゆる可能性を考えることは大事だけど、それだけだと立ち止まってしまうこともある。

 だから、その瞬間瞬間で、最善の選択が出来るようになりたい。そう思ったから。


 ――川上さんは筆記試験が苦手みたいですけど……でも、苦手なことから逃げないで、むしろ自分から食らいついているのは凄いなーって思いますよ。


 ぼんやりしていると、彼女はどんどん先へ行ってしまう。

 前は置いていかれる焦燥感の方が強かったけれど、でも、今は――


「――おったぞ。あそこだ」


 一誠が指差した先、観覧車を支える支柱の根本に……見た目は中学生くらいの少年が、制服姿で佇んでいた。

 瑠璃子と目配せをした一誠は、肩にかけていたショルダーバックの外ポケットから鋏を取り出すと、右手にセットした。

 持ち手まで黒い、ステンレス製の鋏。特に理由なく使い続けているが、刃こぼれもなく鋏としても優秀なので、いつもむき身で持ち歩いている。

 刹那、瑠璃子がハサミを持つてを周囲から隠すように彼へ一歩近づくと、呼吸を合わせ、同じ歩幅で足を進めた。


 皆は観覧車やジェットコースターを見ているので、上を向いているけれど。

 彼は地面を見下ろし、何やらブツブツ呟いている様子だった。

 この世に残っているのは、彼の右手から伸びている『関係縁』が1本。色も薄いのでこのまま放置しておいてもいずれ消えてしまうとは思うけれど……この遊園地の敷地内にいる『痕』の『縁』を切る、それが今日の仕事だ。

 

「――行ってくる」


 対象の彼まであと10メートルほど。瑠璃子にその場での待機を指示した一誠は、彼女から離れて一人、静かに彼の方へと近づいていった。

 彼は一誠の存在に気付いていない様子で、地面を見下ろしてブツブツと何かを呟いている。

 この場にいるということは、何か強い思い出があるのか、この場にいる誰かにくっついてきてしまったのか……見ているだけでは分からないが、今回は詳細を知らずに仕事をしなければならない。

 だから、彼が何を考え、何を恨み、何を成し遂げられなかったのか……どんな名前で、どんな人生を送って、こんな結果に至ってしまったのか、パーソナルなことは何も分からないけれど。


 けれど。

 死を受け入れない存在が、生者の生きる権利を犯すのは――間違っている、そう強く思う。


 それで不利益を被り、どんな目にも見えない不条理と戦いながら立ち続けている少女と……そんな彼女との再会を信じて、遠い場所で頑張っている少年たちを知っているから、尚更だ。


 一誠は静かに呼吸を整えると、前を見据えて――左手を伸ばし、口を開く。


「――君、そげなところでなんばしよっとか?」


 あからさまに自分へと向けられた声。少年が静かに顔を上げた瞬間―― 一誠は左手で彼に残った『関係縁』を掴むと、右手に持っていた鋏でそれを切った。

 迷いのない手元で『関係縁』を切った瞬間、先程までそこにいたはずの彼の姿はどこにもなく……土曜日の遊園地を楽しむ人々の楽しそうな声で溢れている。


 一誠は持っていた鋏を鞄へ片付けると軽く目を閉じた後、彼が居た場所へ向けて……静かに両手を合わせた。

 こんな時は、気の利いた言葉が浮かばない。どれだけ取り繕っても、自分は彼を終わらせる存在なのだ。だからせめて、彼が少しでも安らかに眠れますように……その思いが伝わるよう、静かに祈りを捧げるようにしている。

 数秒の後、顔を上げた一誠の隣に瑠璃子が立つと、彼と同じように軽く目を閉じて黙祷を捧げる。そして、手元のトートバックから園内マップを取り出すと、たった今『縁切り』をした場所に、ボールペンで『①/9:48』と記載した。

「もう1件か……今日、午前中で終わるかもしれんねー」

 苦笑いの瑠璃子が園内マップを片付けながら、一誠を見上げ、彼の状態をチェックする。

「一誠、前よりずっと手際が良くなっとるね。正直驚いた……どこか具合の悪いところはなか?」

「ああ、問題ない。なんだったらもう1件やってもいいぞ」

 こう言って笑う彼に、瑠璃子もまた、笑顔で首を横に振った。

「ダメですー。とりあえず交代やね。勝手な行動したら、麻里子さんにあることないこと言いつけるよー」

「ないことを捏造するなよ!!」

 思わずツッコミを入れた一誠は、瑠璃子と目を合わせて……思わず、口元を緩めた。

 こんなやり取りをずっと積み重ねて、今に至るのだから。

「2人で仕事したの……久しぶりやな」

「そりゃあ、私が今は熊本におるけんねー」

「いやまぁ、そうなんだけどな……瑠璃子がもっと偉くなったら、もう、こげなことも……」

 過去と今を比べ、未来を予想して、言葉を濁す一誠。

 一方、瑠璃子は「そうやろうか……」と、未来を予測して首をかしげる。

「んー、それはどうやろうねぇ……麻里子さん、生涯現役やろうし」

「……」

 自分たちのトップが彼女である限り、各々の立場を考慮した仕事が割り振られるばかりとは限らない。

 福岡支局は、そういう場所だ。

 無言で納得した一誠は、毎年この仕事へ参加を表明して丁重に断られている麻里子のことを思い出して……どうか、どうか福岡市の教育委員会が解体されませんように、と、そんなことを考えてしまった。


 その後、1時間半後に瑠璃子が『痕』の『縁切り』を終えたところで、本日分のノルマを達成。熊本の本部へ報告し、明日の午前中までフリータイムとなった。

 園内のレストランで昼食を食べ終え、食後のコーヒーを飲みながら、一誠が瑠璃子に問いかける。

「瑠璃子、ホテルのチェックインは14時でよかとか?」

「よかよー。やけんが早くてもあと1時間半くらいやねー」

 腕時計で時間を確認した瑠璃子は、時計をつけた手でコーヒーを混ぜながら返答した。

 まさか、こんなに早く終わるとは思っていなかったので……時間を持て余してしまう。このレストランであと1時間半潰すのは、流石にしんどい。

「折角やけん、少し遊んでいくか? フリーパスも配布されとるやろ?」

「んー……」

 瑠璃子は少し思案した後、唐突にこんなことを口にした。


「メロン食べたか」

「は? メロン?」


 突然の言葉に、一誠は軽く目を見開いた。そして……。

「メロン、熊本……瑠璃子、七城(しちじょう)のメロンドームに行きたいとか?」

 熊本の北部・七城町には、特産物のメロンを生かした道の駅がある。

 屋根がメロンを模した形状になっていることから『メロンドーム』と呼ばれており、県内外から多くの人で賑わっている場所だ。

 一誠も、そういった施設があることは知っているけれど……瑠璃子が住んでいる熊本市からも遠く、電車の駅や高速道路のインターからも距離がある、のどかな田園の中にあるので、実際に行ったことはなかった。

 まぁ、写真を見た時に……瑠璃子が好きそうな場所だなぁとは思ったけれど。

「そうなんよ。今はホームランメロンと肥後グリーンが食べごろやけんね」

「確かにまだ時間はあるけど……どげんやって行くとか? 電車とかあるとか?」

 熊本の郡部を繋ぐ在来線があったとしても、バスや電車の本数が多いとは思えない。明日の仕事もあるので、夕方には戻っておきたいのが本音だ。

 じゃあ、どうやって移動するのか――その理由を、瑠璃子がしれっとネタバラシする。

2日間(・・・)のレンタカーを経費で落としていいって言われとるよ」

「2日間!?」

「加東支局長が『熊本を楽しんで欲しい』ってオプションを用意してくれたと。例の件(・・・)でも散々冷やかされたっちゃけん、色んなとこ連れて行ってほしかねー」

 こう言って、瑠璃子が口元に笑みを浮かべる。思い当たることがある一誠は、今更のように気恥ずかしくなって、盛大に視線をそらした。


 水曜日、孝高から熊本行きを打診された時……一誠は、こんな条件をつけていた。

「熊本で施設内のホテルに泊まる時は……俺と瑠璃子を同じ部屋にしてください」


 孝高は無表情で「分かった」と言って引き下がったのだが、その夜、熊本支局の加東支局長から、仕事を受けたことに対する感謝の電話が入り……。

「2人の部屋は、最上階のスーペリアツインにしといたけんな!!」

 ……という連絡を受けて、改めて、自分がやったことが恥ずかしくなったのである。後の祭りだけど。


 一誠は観念したように長く息を吐くと、鞄の中に免許証が入っているかどうかを確認した。そして、瑠璃子を見つめ……静かに席を立つ。

「車、どこで借りればよかとか?」

「荒尾駅前やね。タクシーで移動することになるけど」

「分かった。じゃあ――行くか」

 会計の伝票を持った一誠は、レジへ向かう道すがら……彼女と2人で過ごす時間が増えたことを実感して、一人、ほくそ笑むのだった。


 


 こうして――時に仕事をこなしながら、瑠璃子は無事に、約1年半で福岡支局へ戻ってきた。

 彼女がいなくなった秋から、季節が1周以上した3月上旬。博多駅で顔を合わせた時は、妙に気恥ずかしくて思わず笑ってしまったけれど。


「ただいま、一誠」

「ああ、おかえり……これからまた宜しくな、瑠璃子」


 これで全てが元通り……そう思ったのもつかの間のこと。


 ――川上一誠と徳永瑠璃子の両名は、4月1日より、北九州支局立ち上げメンバーとして北九州市小倉北区での勤務を命ずる。


 福岡支局のホワイトボードに、こーんな張り紙が張り出されたのは……福岡がようやく暖かくなり始めた、そんな、3月中旬のことだった。

 九州の遊園地といえば、グリーンランドです。(http://www.greenland.co.jp/park/)

 前はスペースワールドもあったんですけどね……スペワが無くなってからは、もう、ここしかないかなって……。(個人の感想です)


 そして2人が目的地にしたメロンドームはコチラ。(http://www.melondome.co.jp/)

 道の駅が今のようなブームになる、それよりもずっと前からありました。メロンの試食が美味しかった思い出しかないですね。(ヲイ)


 2人とも、仕事と私生活をしっかり線引してから頑張るんだぞ!! まずは一誠、誕生日おめでとう!!

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