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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
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2019年伊達先生生誕祭小話:BMW(3)

 伊達先生の誕生日といえば、BMWシリーズでございます。

 今回は、11月の万吏誕生日との前後編になるような、そんな流れになっておりますよ。加えて小説第6幕3-③(https://ncode.syosetu.com/n5862fm/15/)の続きも少し補足しております。政宗、遂に8割男になる!?

 伊達ちゃんと万ちゃんの裏表のないトークをお楽しみくださいませ!!


■主な登場人物:聖人、万吏

 伊達聖人が、利府にあるこの部屋で『縁由』に関する研究を本格的に始めたのは、大学を卒業した後のこと。

 研究に利府という場所を選んだのは、研修医として勤務する登米市の病院まで、三陸自動車道で通勤するためでもあった。病院の近くに住めばいいのにという意見を無視して、自宅は宮城県中央部にある大和町(たいわちょう)に決めた。家賃も安く、高速道路を使えばすぐに各方面へと移動出来るからだ。

 移動時間が長いことは、特に苦痛ではない。むしろ車内で1人になる時間が長ければ長いほど、自分の考えをまとめる時間を作ることも出来るから、悪いことばかりでもない。

 そんな生活を始めて、約6年。不規則な勤務なので移動が大変なことも多いけれど、でも……大変なことばかりでもない。そう、例えば――


「ハロー伊達ちゃん、ちょっと涼ませてもらうよ」


 仙台での仕事を終えた友人が、石巻へ帰る途中に立ち寄ってくれる。

 9月中旬の平日、時刻は14時を過ぎた頃。アポ無しで呼び鈴を押した茂庭万吏を、伊達聖人は今日も笑顔で受け入れる。

 今日は9月としては珍しく、最高気温が30度を越えそうになっていた。部屋に入ってきた万吏は手に持っていたスーツの上着をダイニングテーブルの椅子にかけると、それを引いて腰を下ろす。

 そして、ズボンのポケットから取り出したハンカチで額を拭いながら……冷蔵庫から缶コーヒーを出して持ってきた部屋の主は、彼の前にそれを置いてから、机を挟んだ向かい側に腰を下ろす。

 そして、既に開封しておいた自分用の缶コーヒーを一口すすってから……万吏をみやり、足を組み替えた。

「万ちゃん、涼子ちゃんの様子はどう? 何か変わったことはないかな」

 この問いかけに万吏は顔を上げると、缶のプルタブを開けながら、どこか訝しげに口を開く。

「いや、特には……そっち、(なん)かあったの?」

「ちょっとね。名波華さんの関係者に会ったことで、思春期の少年がセンシティブになっちゃって。涼子ちゃんはそんなことなかったのかなってね」

 聖人は言葉を濁すと、缶コーヒーを更にすすった。


 万吏の妻・茂庭涼子は、名波華と大学時代に親交があった。

 しかし、華は4年前の災害で、悲劇的とも言えるような亡くなり方をして……涼子自身も気持ちがどこか吹っ切れないままで、これまでの日々を過ごしてきた。

 そんな中で、偶然……華と親交があった名波蓮という少年の存在を知り、万吏を通じて会いたいと打診していたのだ。

 その話は当然、蓮を監督下においている聖人のところにも届いていた。政宗から連絡を受けた聖人は、蓮の意思を尊重するという返事をして、事態を静観することにしたのだ。

 蓮が何を選び、何を感じるのか、個人的な興味もあったから。


 結果としては彼の弱い部分がこれでもかと刺激されてしまい、大爆発をすることになったけれど……それはそれで、無駄ではなかったと思っている。むしろ、彼があそこまで感情を出してくれたのは、収穫と言って良いかもしれない。

 もっとも……そんな蓮の若さにあてられて、聖人自身も少しだけ熱くなってしまったけれど。


 思春期の少年がどうなったのかを具体的に語る気配のない聖人に、万吏はこれ以上深入りすることはない。

「スズはむしろ、喜んでたよ。今のところ変わったところもないけど、なんか気付いたら知らせるわ」

 万吏は聖人にこう返答すると、缶コーヒーの缶を傾けて息をつく。

 これが、2人の適正な距離感なのだから。


 ただし……相手から話を始めた場合は、最後まで茶化さずにしっかり聞くこと。

 これもまた、2人の間にある暗黙の了解。


「そういえば、万ちゃん……自分、政宗君とケッカちゃんに、(わたる)のことを話したんだ」

 刹那、コーヒーの缶で遊んでいた万吏が手を止めて、聖人を見やる。

 渉とは、2人の大学時代の友人であり、富沢彩衣の実兄。

 そして――聖人が今の生活を続ける原因を作った人物でもある。


 万吏はかつて、名杙本家に悪い意味で目をつけられ、公認会計士としての仕事を続けられなくなりそうになった。

 ギリギリのところで踏ん張って、仕事の良縁にも恵まれ、何とか今の状態までこぎつけることが出来たけれど……裏では既に名杙と協力関係にあった聖人が、何らかの口添えをしてくれたという話を漏れ聞いたことがある。

 それを直接当人に聞いても、「なんのこと?」と言ってはぐらかされるけれど。

 でも……彼はそういう、誰よりも自分を誇示しない、それでいで義理堅い人物だということは、万吏自身もよく分かっているから。


 だからこそ、聖人が政宗とユカという『部外者』に対してこちら側の事情を話すということは、その必要性を確信したということだ。こちらを見つめる万吏の視線に促されるように、聖人は努めていつもどおりに言葉を続ける。

「政宗君とケッカちゃんには、自分たちみたいになってほしくなかったからね。こういった過去の事案があることは、知っておいていいと思ったんだ」

「そっか……あの2人、何か言ってた?」

「こちらの話を聞いてもらうだけだったから、積極的な意見交換はしていないけれど……ただ、自分が思う2人の現状と起こりうる未来は、話せたと思っているよ」

 刹那、万吏が「おいおい伊達ちゃん……」と呟いて肩をすくめた。そして、どこか彼を諌めるように言葉を続ける。

「要するに、政宗君に引導を渡しちゃったわけでしょ? しょうがないとはいえ……伊達先生は随分荒療治だねぇ」


 あの時――聖人の話を聞き終えたところで、ユカが静かに問いかける。

「あたしが持っている『縁由』が……渉さんみたいに、政宗に悪い影響を及ぼす可能性はどれくらいあると?」

「ケッカ……!?」


 彼女の問いかけに、政宗が目に見えて狼狽した。

 聖人の話を聞いて……政宗自身も危惧していたことがある。


 ユカが彩衣と同じ素質を持っているのであれば、自分は――渉の立場になるのだろう。

 これを聞いてしまったら、一緒にいられなくなる……そんな予感を感じたから。


 聖人はしばし閉口した後……嘘をついてもしょうがないので、現時点での情報と予測を渡す。

「ケッカちゃんや政宗君も薄々気付いているかもしれないけれど、『縁由』は個人差がとても大きいんだ。渉みたいに過干渉を内に秘めてこじらせてしまうこともあるし、倫子ちゃんに反応する蓮君みたいに、理性を失ってしまうこともある」


 ユカと政宗はかつて、『縁由』持ちだと言われた中学生の阿部倫子が、同じ素質を持っている名波蓮から執拗に迫られる姿を目撃していた。

 あの時の彼は、人格が豹変しており――何が起こったのか、今でも信じられないほど。


「政宗君は恐らく、渉と蓮君の中間だと思うんだ。ケッカちゃんと物理的に離れていれば、彼女に対する興味が薄れることもあるけれど……一度再会すると他の人より速い速度で一気に燃えがってしまう、って言えばわかりやすいかな」

 聖人の推測に、政宗は苦笑いを浮かべる。

 旧知の仲である――ましてや片思いの相手でもあるユカは、今年の4月まで10年間福岡に住んでいた。会わなければ気持ちは薄れるし、会えば嬉しくなる……そんな『当たり前』の心の動きにまでいちいち理由をつけられるのは、どこか納得出来ないから。

「伊達先生、それは……その、ある意味では人として当たり前の感情の流れじゃないんですか? ケッカとは10年間ずっと離れていたので、言い方は悪いですが関心が薄れるのはしょうがないと思います。でも、こうして今は約束を守れたことで――」

「――自分が言っているのは、今のことじゃないよ。約2年前、政宗君が江合さんとお付き合いしていた時のことだけど」

「あれは……」

 思いがけないエピソードを掘り起こされ、政宗は困惑した表情で聖人を見やる。

 政宗がかつて付き合っていた女性・江合(えあい)なるみ。

 トータルで考えると3~4ヶ月付き合っていたことになるが、最終的には政宗の気持ちが薄れたことを悟ったなるみが身を引いたような形で終わっていた。

「でも俺はあの時、ケッカには……」

「『福岡からのヘルプで、ケッカちゃんと一緒に熊本でお仕事をしたことがあるはずだよね。政宗君にしてみれば、十分すぎる刺激になったんじゃないかな。だからその後、なるみさんとは連絡を取りたくなくなった……ってことが言えたりするんだ」

「……」

 聖人の言葉は事実なので、これ以上何も言えない。言ったところで墓穴を掘るのが目に見えているからだ。

 政宗の沈黙を肯定だと捉えたユカは、改めて聖人を見つめ……ため息をつく。

「政宗の恋愛遍歴はさておき、伊達先生は……人の行動に何でも理由をつけるっちゃんね」

「そうだよ。理由があると思っているからね」

 にべもなく言い放った聖人は、正面に座っている2人を見据え……言葉を続けた。

「ケッカちゃんの体は『生きること』に全てのエネルギーを使っているから、政宗くんに分けてあげるものは何もない、これで平穏が保たれていた(・・)けれど……6月に一度成長したことで、そのバランスが崩れてしまっている可能性ある。このまま2人が一緒にいることで、政宗君に悪い影響を及ぼす可能性は……8割ってところだろうね」

 8割――予想以上に高い見立てに、政宗は無言で俯くことしか出来ない。

 もしも、自分が――彼女の意思を無視した行動をしてしまったら?


 ……いや、既にしているじゃないか。

 6月、心が通じ合ったユカと関係を持ったこと。その時は本人の同意を得たつもりだったけれど、結果的には何も覚えていない今のユカに対して、不信感を植え付けることになってしまった。

 そのことに関して、今の彼女がどう思っているのかは分からない。怖くて深く聞けないというのが正直なところだ。


 ――つまり……政宗君が『今後もしもケッカちゃんを好きになったとしても、それは彼女が持っている素質に起因する可能性が極めて高い』、って、ことかな。


 ――『縁由』は『縁故』能力と違って、制御することが出来ない。脳に直接作用する麻薬みたいなものかもしれないね。そして……行き着く先はおおよそ、『過度な独占欲』か、『行き過ぎた拒絶』なんだ。


 ――自分はかつて、『縁由』の『相性が良すぎた』ことで……『縁由』持ちだった実の妹を拉致監禁した人物も知っているよ。人間の理性と関係ないところで暴走することがあるのが『縁由』なんだ。政宗君……心当たりはないかな?


 8月に聖人から聞いた言葉が、順番に脳裏をよぎる。

 そして、先の話から導き出された見立てを信じるならば……自分は8割の確率で、ユカに対して悪い影響を及ぼす可能性があるらしい。


 じゃあ、自分はもう……ユカと一緒にいない方が、良いのではないか。

 彼女を守るために、身を引くべきなのでは?


 黙り込んでしまった政宗の代わりに、ユカは「ありがとうございます」と、返事を返してから……残っていたコーヒーを、静かに全て飲み干した。



「伊達ちゃん、8割って言ったの? マジか……」

 万吏は当然のように、政宗が今のユカに思いを寄せていることは知っている。

 だからこそ、「好きな女性と一緒にいるだけで、8割の確率でお前は彼女を壊すぞ」なんて言われたら……本命への恋愛に対して奥手な彼は、萎縮して身を引いてしまいかねない言葉だ。

 乾いた笑いを浮かべる万吏へ、聖人は静かに口を開く。

「全て憶測の域を出ないけれど、過小評価するよりも2人のためになると思ってね。もしも間違っていたら、ゴメンねって言えばいいから」

「まぁ、言いたいことは分かるけどさ……政宗君、大丈夫なの? 今、福岡にケッカちゃんを帰すのは、伊達ちゃんとしても本意じゃないでしょ?」

「それもそうなんだけどね……ただ、政宗君がここで脱落するなら、そこまでだったってことで。この現状を彼がどう切り開いていくのか、伊達先生はとても興味があるから生暖かく見守らせてもらうつもりだよ」

 こう言って缶コーヒーをすする聖人に、万吏は「怖い怖い」と茶化すように笑いながら……少し間をおいて、静かに息を吐く。そして。

「なぁ、伊達ちゃん、例えばの話だけどさ」

「ん? 何かな?」」

「例えば……政宗君が今後もしも、ケッカちゃんに危害を加えたら、どう動くつもりなの?」

 それは今の所、彼の見立てでは8割の可能性で起こりうる可能性。

 理性をあっさりと凌駕する何かに取り憑かれた人間は、あっさりと常識を見失うから。

 万吏の問いかけに、聖人は間髪入れずに返答した。

「その時は……名杙が全て決めるんじゃないかな。その決定には逆らえないよ。今の政宗君とケッカちゃんは、向こう側の人間だからね」

「……それもそうだな。外野は何事もないことを祈るよ」

 万吏はこう言って残りのコーヒーを飲み干すと、空っぽになった空き缶を指先で突きながら息を吐いた。

 聖人もまた、缶の中を空っぽにして……積み重ねてきたデータが導いた仮説が外れることを、心のどこかで願っていた。

 彼らにはまだ、もう少し、今のままでいてもらいたい。

 ユカを元の姿に戻すことが、『縁由』を制御出来る『何か』に繋がりそうな……そんな、予感がしているから。


 しかし、世界はいつでも彼に試練を与える。

 そして……その試練は時に、彼の予測の斜め上を行くのだ。


「……蓮君、今の話は、本当かな?」

 10月に入って最初の金曜日、時刻は間もなく19時30分。

 仙台支局でアルバイトをしている片倉華蓮――から着替えた名波蓮の報告を受けた聖人は、蓮の口が発した信じがたい内容に思わず眉をひそめる。

 蓮はそんな聖人を静かに見据え、先程と同じ言葉を繰り返した。

「本当ですよ。山本さんが福岡から帰してもらえないそうで、しばらくは山本さん抜きで仕事にあたることになりました。佐藤支局長と名杙さんは、今後の対応に追われることになりそうです」

「そうなんだね……なるほど、それはそれは……」

 聖人は接続詞を繋げながら、頭の中で状況を整理し始めた。


 政宗がユカから離れる前に、ユカが政宗から――仙台から、離れてしまった。

 しかもそれが、彼女の本意かどうかも分からない。福岡でトラブルが発生していると考えるのが妥当だ。

 とはいえ、聖人のところに麻里子からの連絡はない。こちらから連絡したところで、麻里子は何も教えてくれないだろう。


 彼らには、今のままでいて欲しい……そう思っていたところに、予想外の干渉だ。

 さあ、どうする?


挿絵(By みてみん)

 前書きでも記載しましたが、ここからどうなって第6幕ラストに繋がったのかを書くのが、11月の万吏誕生日です。リアルタイムで読んでくださっている方は、しばしお待ちくださいませ……!!

 今回の話は、最後にもってきた常磐さんのイラストを見て「万吏誕との前後編にしたい!!」と思いました。見てくださいこのカッコいい大人の横顔を!! 伊達先生があんまり胡散臭くない!!(ように見える)

 いつの間にか伊達先生も、色々な人に知ってもらえたキャラになりました。小説のみならず、絵や声など、色々な方法で個性を強化してもらっているからですね。ありがたいことだ……!!


 伊達先生、お誕生日おめでとう!! 新時代も胡散臭く参りましょう!!

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