2019年ユカ生誕祭小話:送り狼の本音②
続きです!! 外伝だからいいよねって思って、ちょっと踏み込んでみました。
ユカと政宗、付かず離れずな2人をお楽しみくださいませ!!
「――へ?」
一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。
理解した瞬間に感じたのは、彼の体温と鼓動、そして、呼吸。
「ま、政宗? ど、どげん、したと……?」
恐る恐る頭だけを動かして、彼を見上げる。
至近距離からユカを見下ろしている彼の目は……いつも以上に、ぼんやりしていた。
「……」
「政宗……?」
「……眠たい。」
「知らんよ!! 家に帰ればよかろうもん!!」
彼が半分寝ぼけていることを察したユカが大声をあげて玄関を指差したが、当の本人は首を横に振って拒絶した。
「ケッカがつーめーたーいー!! 政宗君にもーちょっと優しくしてくれてもよかっちゃなかとですかー!?」
至近距離から不満を訴えた政宗は露骨に顔をしかめて体を左右に揺らす。そして、眠たそうに大きなあくびをした。
この状況に、ユカは……強烈な既視感がある。
4月、ユカが仙台へ移動するための手続きに、政宗と共に福岡を訪れた時のこと。
『福岡支局』主催の飲み会で、欲望のままにアルコールをかっくらった政宗は……今のようにユカを抱きまくらにして、上機嫌になったことがある。
西鉄天神駅にほど近い場所にある、焼き鳥や手羽先が有名な飲食店にて。
10名ほどが集まり、それぞれに食事やお酒を楽しんでいる中……全体が見渡せる角に座っていた川上一誠は、対角線上で始まった不純異性交遊に、日本酒を持ったまま顔をしかめた。
「ま、政宗君は……普段から、そげなことばしとるとか?」
「えー? 一誠さん、何か言いましたー?」
店内の喧騒もあり、少し離れた場所にいる政宗へは彼の問いかけが届かなかった様子。一誠がこめかみをピクピクさせながら口を開こうとした次の瞬間、彼の隣に座っていた徳永瑠璃子が、芋焼酎を傾けながら楽しそうに問いかけた。
「政宗君とユカちゃんはー、仙台でいつもそげん仲良くくっついとるとー?」
明らかにからかっている瑠璃子に対して、政宗は身を乗り出して、自信満々に返答した。
「そうなんですよ。ケッカが来てくれたから、仙台の問題が解決したんです!!」
「会話が噛み合っとらんよー。やっぱり政宗君、お酒に飲まれすぎなんよねー」
予想通りの反応に、瑠璃子はニコニコしたまま芋焼酎を一口すする。
彼らの視線の先にいる佐藤政宗は、すっかり出来上がった表情で……あぐらをかいた自分の足の上にユカを座らせて、後ろから抱きついている状態を維持していた。しばらく耐えていたユカだったが、彼の話が中身のない無限ループを繰り返しているので、手近なグラスでぶん殴って逃げ出そうと試みたのだが、近くに座っていた橋本セレナが苦笑いで諌めて……今に至る。
「本当に、ユカは凄かったんですよ。俺たちの居場所を守ってくれて……これから一緒に働けるのが本当に嬉しいです!!」
コロコロと呼び名を変えて彼女を称賛する、この話も何回目だろうか。数えることを諦めたユカは、疲れもあって軽く目を閉じると……早く誰か彼を引き取ってくれないかと、心から願っていた。
ユカが距離を測って、意図的に離れていても、彼は平然とパーソナルスペースに入ってくる。
いつも、そうだ。
彼はいつだって……そうだ。
「あふ……」
政宗のあくびにつられたユカは、開きかけた口元に力を入れてそれを噛み殺す。そして、自分を抱きしめたまま寝落ちしそうになっている彼を見上げて、肩をすくめた。
時刻は間もなく、23時を過ぎようとしている。あと1時間で誕生日が終わり、また、新しい1年が始まろうとしていた。
このまま「用が済んだなら出ていけ」と、タクシー代の千円札でも握らせて帰ってもらっても構わないのだが……タクシーの運転手に自宅までの道案内が出来るとも思えない。どうせ明日は休みなのだし、花火大会を主催してもらった恩義も多少ある。ユカはさり気なく腕を伸ばして彼と距離を取りつつ、目線で自分のベッドを示した。
「政宗、ベッドで少し寝ていく? それともタクシーで帰る?」
「んー?」
「あたしはどっちでもよかよ。どうせ明日は休みで……家に1人でおるしかないけんね」
明日の予定は、1週間分の家事や買い物を済ませたら、家で1人、次の仕事までの時間を過ごすだけだ。
変に1人で外出をして、出先で何かあったら困るから……単独での外出は最低限度、そう決めている。
ユカの言葉に、政宗はしばし沈黙した後、寝ぼけ眼で首を傾げた。
「俺が寝たらー……ケッカはどこで寝るんだ?」
「あたし? あたしは……どうしよう。政宗の部屋にでも行こうかな」
からかうような口調で冗談を言うと、政宗は急に目を輝かせて、突拍子もない妄想を口走る。
「じゃあケッカ、2人で住むしかないな!!」
満面の笑みでそう言い出した彼に対して、ユカは露骨に顔をしかめた。
「話が随分飛躍しとるね……とにかく、細かいことは気にせんでいいけんがはよ決めてくれんやか。お風呂にも入っとらんし、そろそろ、暑苦しいっちゃけど」
「ケッカぁ……」
「だからそげん情けない顔せんでって……支局長が聞いて呆れるっちゃけど」
ユカが呆れ顔でため息をつくと、政宗は「手厳しいな……」と口を動かして、苦笑いで言い訳を続ける。
「一緒にいたいって願いは、叶えてくれないのか?」
「はぁ……いつそげな願いことを聞いたのか、ケッカちゃんにはいっちょん覚えがないっちゃけど……今の状況でもう十分叶えたやろうもん。まだ足りんと?」
「ああ。こんなんじゃ――」
言葉を切った政宗は、もう一度ユカを抱きしめた。
「政宗?」
その呼びかけに応える代わりに、声を震わせながら……思いの丈を絞り出す。
年齢が大人になった彼女へ、どうしても、直接、伝えたいことがあるから。
「……助けられなくて、ごめん」
それが、彼の胸の奥にずっと残っている『しこり』だということは、ユカ自身も嫌になるほど分かっていた。
ユカに発生した問題を解決すること、そのために精一杯頑張っている彼を知っているし――彼の努力をあざ笑うように、具体的な打開策を見いだせていないことも、知っている。
今は誰よりも近くで見てきたから、尚更だ。
「助けたかったんだ……ユカが大人になる前に、俺だけの力じゃなくても、色んな可能性を手繰り寄せたかった。でも、実際はユカに助けられてばっかりで……挙句の果てに目まで見えなくして、俺、本当に……何してるんだろうって……」
酔いが回っていることで、感情の制御がきかずに肩を落とす政宗。そんな彼にユカは「みなまで言うな」と表情で訴えた後、首を横にふった。
もしかしたら彼は、この言葉を言うために送ってくれたのかもしれない……そう思うと、どこまでも真っ直ぐな姿に、申し訳無さも募る。
自分の存在が、彼の人生を縛っている。
自分の現状が、彼の可能性を殺している。
だから、早く元に戻って――彼を、自由にしてあげたい。
「政宗は、責任感が強いけんね。だからって、そげん1人で抱え込まんでよかとよ?」
「それだけじゃ――!!」
言いかけた言葉を飲み込み、彼は一度、長く息を吐いた。
そして、彼の言葉の続きを待っている彼女へと、こんな『提案』をする。
「あのさ、ユカ……さっき、自分に出来ることがないかって言ってたけど……もう一つ、頼んでいいかな」
「内容次第やね。とりあえず言ってみんね」
「やっぱり手厳しいな……その、実は俺、6月のユカと、いくつか約束をしたことがあるんだ」
「約束……」
いつのことだろうと思案したが、政宗が「6月のユカ」と言っていたことに気が付き、思わず目を見開いた。
「あたし……じゃないあたしと、ってこと?」
「ああ。ややこしいけどそういうことだ。その約束のいくつかを、今のユカともしておきたくてさ」
政宗が6月のことを自分からユカに言い出すのは、本当に珍しい。それこそ、ユカが聞いても政宗本人が言葉を濁すことの方が多かった。
だからこそ、彼から口を開いてくれたこの機会を――逃したくない。
ましてや、自分の知らない約束をしていたということであれば、尚更だ。
「別によかけど……一体何を約束したと?」
ユカはそんな自分の思惑を隠しながら彼を見上げ、詳細を尋ねる。
自分が知らない、自分の話。無意識のうちにつばを飲み込んでいた。
そんな彼女の気持ちに気付く気配のない政宗は、ユカを見下ろして……目を細める。
「まずは、仙台の街で買い物だ。あと、牛タンを食べる」
「割と日常的にやっとるやんね……え? まさかそれで終わり!?」
約束の意義を問い直そうとしたユカへ、政宗は慌てて「まだあるから」と言葉を続ける。
「仙台以外のところに行く、お祭りに一緒に行く……互いの仕事をもっと理解する」
「こないだ石巻に行ったし、七夕まつりも一緒に行ったよね。そこで互いの仕事を改めて理解したけんが、フルコンボやんね」
「まぁ最後まで聞いてくれよ。ずんだシェイク飲みたい」
「週明けに叶うやつやね」
「寿司を食べたい」
「明日叶えてくれてもよかとよ?」
「福岡の街を案内してもらう、統治や透名さんと一緒に遊ぶ、クリスマスも一緒に……仕事する」
その言葉を聞いたユカは、予想外のクリスマスに顔をしかめた。
「うぇー、最後のは約束っていうか確定事項やんねー!! クリスマスが休みげな思っとらんよー!!」
「それは有り難いな。後は――」
あと一つ残っている『約束』、それを口に出そうとした政宗は――口元に笑みを浮かべて、一度、静かに頭を振った。
――……いつか、いつか政宗のお嫁さんにして欲しい!!
これは、今のユカと出来る『約束』ではない。そんなこと、自分が誰よりも分かっている。
今はこうして抱きしめても、拒絶されないけれど……心の奥にある気持ちを伝えて、自分の『関係縁』を見せて、今のユカが受け入れてくれるとは思えない。
――……人を好きになるって、どげな感覚なんやろうね。あたしには分からんけん、今度、レナに聞いてみようかな。
8月の上旬、自分の前で少し自嘲気味に語った彼女。
誰よりも大切な彼女を、これ以上、困らせたくない。
「政宗?」
「あ、そうだな、後は……」
だから今はせめて、少し曖昧な言葉で未来を繋ぎ止めておきたい。
いつか、自分のなすべきことが全て終わったら――想いをちゃんと伝えよう、そう思っているから。
「……これからも、ずっと一緒にいてくれ」
彼の言葉に、ユカは一度だけ頷いた後……軽く目を閉じて、これまでと、これからを想う。
確かに、大人になる前に、この問題を解決することは出来なかった。
誕生日は嫌いだ。
自分の成長を実感出来ない、『変わらなかった』ことばかりが目について、ケーキや料理が美味しい以外の感想を持つことはなかったから。
でも、仙台に来て、政宗や統治、『仙台支局』のメンバーに会って、この街で仕事をして……何かが変わりそうな、そんな予感を感じることが増えたように思う。
ユカはそっと世界の視え方を切り替えて、政宗と繋がっている自分の『関係縁』に視線を落とした。
彼との絆を目にすることで、これからの1年も頑張っていこう――そんな決意をするためだったのだが。
「――うぇっ!?」
次の瞬間、彼女から素っ頓狂な声が漏れる。
「ユカ? どうし――うどわっ!?」
政宗が何事かと尋ねようとした次の瞬間、ユカに突き飛ばされてバランスを崩す。背中から転がった彼は、天井を見上げて「何事だ?」と思案しつつ……とりあえず起き上がった。
一方のユカはテーブルを挟んだ向かい側におり、自分を見つめる彼の挙動を伺っている状況。明らかに挙動不審である。
「ユカ……どうしたんだ?」
「へっ!? あ、あの、その……!!」
自分を見つめる彼を何とか誤魔化さなくては。ユカは自室をぐるりと見渡して……ふと、目の前にある缶に気付いた。
それは、政宗がポケットに忍ばせていた小さなビール。トイレへ行く前にポケットから取り出して、ここに置いておいたのだ。
ユカは素早くそれを手に取ると、まるで印籠のように、彼の眼前に翳す。
「ほ、ほらこれっ!! 政宗がそげん好きなら……あ、あたしも一口飲んでみようっかなーって!!」
とにかくこの状況を何とかしたい、苦し紛れに言い放ったその場しのぎに、政宗の目がキラリと輝いた。
「本当か!!」
「え? あ、はい、ひ、一口だけやけどねっ!! お、大人になったってことで!!」
「それで十分だよ。アルコールは好き嫌い以外にも体質があるからな」
「自分の体質をいっちょん理解しとらん政宗に言われると腹立たしかね……で、でも確かに、瑠璃子さんとか麻里子様とか、幸せそうな顔で飲んどったっちゃんね。ちょっと気になるし」
そう言いながらプルタブをあけたユカは、そこでチラリと政宗の顔色を伺った。
彼は自分に期待しかない眼差しを向けている。自分の口から言い出した手前……逃げるわけにはいかない。
それに、福岡の大人が、ビールや日本酒などを美味しそうに飲んでいたことは事実だ。大丈夫、ほとんどの日本人が日々飲んでいるものだ、炭酸飲料の延長線だ。大丈夫、大丈夫。
「い、いただき、ますっ……!!」
ユカは両手で缶を持つと、それを口元に運んだ。そして、口の中の唾を飲み込んだ後で……缶を傾け、中身を少しだけ口の中に注ぐ。
次の瞬間――頭の中に強烈な記憶が蘇る。
この味、この臭い……よく、知っているじゃないか。
そう、あの時、ずっと、空き缶を投げられて。
中に残っていたビールが、顔を伝い落ちてきた時――
――だんっ!!
次の瞬間、ユカはビールの缶をテーブルに叩きつけた。そして、驚いた表情の政宗へ背を向け、キッチンのシンクに向かって走る。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
――怖い。
「がはっ……」
感情が渦巻いて処理出来ないまま、胃を逆流してきた内容物をシンクに吐き出すことしか出来なかった。
誕生日に食べて美味しかったもの、統治が自分のために作ってくれたもの、明日からの血肉になるはずだったものが……ぐちゃぐちゃになって、気持ち悪い形で、シンクのゴミ受けの方へ流れていく。
「あ……」
涙目でそれを見下ろしつつ、口の中に残る不快感を払拭する気力もない。
自分の末路に思えて……仕方ない。
「ケッカ、大丈夫か?」
ユカの後ろにおいついた政宗は、彼女の背中をさすりながら現状を把握して、唇を噛み締めた。
「悪い、まさかそんなに苦手だと思ってなくて……」
「よかよ……あたしも、知らんかったもん……」
力なく笑いながら返答するユカは、蛇口に向けて手を伸ばした。
「こんなもの見せて、ごめん……片付けるけんが、政宗は向こうに……」
次の瞬間、政宗がユカの手の上から蛇口をひねった。そして、自分を見上げる彼女を真顔で見下ろした後……優しい笑みを向ける。
「俺がやっとく。ビニール袋あるか?」
「え? でも……」
「いいから。顔色もよくないし、ケッカは向こうで水でも飲んで待っててくれ。大丈夫、俺、こういうの得意だからな!!」
「威張らんでよかよ、そげなこと……」
気力を振り絞ってツッコミを入れると、彼は少年のように、屈託なく笑っていて。
ユカが指差した先にあるコンビニのビニール袋を見つけた政宗が、シンクの中央部にたまったゴミを片付けようと、腕まくりをする。
邪魔になるわけにもいかず、彼に場所を譲ったユカは……そういえば過去にも、自分の具合が悪い時に助けってもらったような気がする、と、過去の自分とおぼろげに対峙していた。
5分後、ゴミを片付けて戻ってきた政宗は、机上に残っていた水を飲んでぼんやり座っているユカの隣に腰を下ろした。
「ケッカ、大丈夫か? 誤魔化しはなしだ、正直に教えてくれ」
少し語気を強める政宗へ、ユカはしばらく言い訳を探していたが……観念して口を開いた。
「……実はとても、気分がよろしく……ないです」
「そっか……もう少し何か飲んだほうがいいだろうな。水、飲めるか?」
「うぃ……」
力なく頷くユカを確認した政宗は、空のコップを持って立ち上がった。そして、冷蔵庫の中にあったミネラルウォーターのボトルを取り出して、その中身を注いで戻ってくる。
「ほら、飲めるか?」
「飲みます……」
彼からカップを受け取ったユカは、反転しそうな意識を何とか保ちつつ、冷たい水を口内にそそいだ。
残っていたアルコールや胃酸の味を、早く消してしまいたかったから。
そんな彼女の様子を見ていた政宗は、スマートフォンで時間を確認した後、ユカを真っ直ぐに見据える。
「ケッカ、念の為に『縁』の状態を見せて欲しい――」
「――だ、ダメッ!!」
政宗の言葉を遮る大声で、ユカは彼の提案を拒絶した。
これまでは不承不承でも頷いていた彼女の、明確な拒絶。珍しい大声で政宗は面食らいつつ、子供に言い聞かせるように説得を試みる。
「ケッカ、どうしたんだ? 異常が発生していないかどうかを確認するためだって、分かってるだろ?」
「わっ、分かっとるけど……い、今はダメ!! 絶対にやめて!!」
駄々っ子のように拒絶するユカは、現状を理解しているのだろうか。
アルコールは、彼女の体が明確に拒んだ物質だ。身体に悪影響を及ぼしかねない。対処は早いほうが良いに決まっているのに。
「あのなぁ、気持ち悪くて何もかも嫌になってるのかもしれないけど、ケッカの命に関わることだぞ」
「分かっとるよ!! でも、今はイヤって言いよるやろ!!」
「ケッカ……」
感情をむき出しにして首を振るユカに、政宗は少し苛立った表情を隠すようにうつむいて口をつぐみ……すぐに、何かを決意したように顔を上げた。
「悪いけど立場は俺が上だし、今回は説明十分な理由もある。ケッカの同意が得られなくても、俺は自分の判断と責任で動くからな」
「っ――!!」
こう言い切った彼の瞳には、確固たる決意がある。
彼の言っていることは正しい。そんなこと分かっている。
分かっているけれど……今は、ダメだ。
何も、誤魔化せない。
『縁』は、人間関係を――想いを、可視化するのだから。
知られたくない、見られたくない。
本音は――まだ、誰にも。
「ケッカがそんなに嫌がるなんて、何か理由があるなら教えて――」
政宗の言葉が途切れた。
正確に言えば、言葉が口から出てこなかった。
彼女から唇で塞がれて、邪魔をされたからだ。
数秒の沈黙の後、彼から離れたユカは、火照った顔の熱を飛ばすように、首を何度も横に振った。
そして、自分を凝視している政宗を焦点のあってない眼差しで捉えると……もう一度、拒否を伝える。
「ごめん、今は、その……本当に、やめて、欲しくて……理由も、聞かんで欲しい……ごめん」
「あ、ああ……分かった」
政宗は目を見開いたままとりあえず頷いた後、改めてユカを見つめて……その顔に、強烈な既視感を抱く。
「……ありがとう、政宗」
そういって笑った彼女の顔が、あの時の彼女に重なったから。
「ケッカ、君は、やっぱり……」
政宗が言葉を続けようとした次の瞬間、力が抜けたユカの体が自分に向けて降ってくる。慌てて抱きとめた彼は、小柄な彼女を抱きしめたまま……ゆっくりと、意識を失った。
翌日、先に目を覚ましたのはユカだった。
「う……うぇぇ? あ、あれ……?」
意識は戻った、けれど、無視できない頭の鈍痛と言いようのない気持ち悪さに、思わず顔をしかめる。何よりもフローリングの上で寝てしまったので、体が痛い。
少し離れた場所では、政宗が転がっていた。結局帰らなかったのかと内心で焦りつつ……どうしてこんなことになったのか、思い返してみる。
確か昨日は、政宗に送ってもらって、彼にトイレをかして、なんか色々あって……。
「そうやった……ビール……」
なぜかビールを一口飲むなんて自分で言い出して、そして……そこから先は、覚えていない。
「こ、これが二日酔いというやつなんやね……しかも飲んだ先を覚えとらんとか、政宗のこと、文句言えんやん……!!」
たった一口で体にここまでダメージが残るとなると、自分はとことんアルコールに向いていないことが分かる。お酒を飲んで顔色も体調も変えない瑠璃子の存在が、末恐ろしく感じた。
とりあえずユカは四つん這いで彼に近づくと、眠っている彼の体を少し乱暴にゆすった。
「政宗、まーさーむーねぇぇぇ……」
「……んが……?」
そっぽを向いていた政宗が、ぎこちなく顔を向ける。そして、ユカの顔をマジマジと見つめて……にへらっとした笑みを浮かべた。
「ケッカ……お前、結局自分の家に帰らなかったのかー? いくら誕生日で浮かれてたとはいえ――」
「――ここはあたしの部屋なんやけど!! 早く起きんねバカ政宗!!」
大声を出した瞬間、気持ち悪さと気だるさが全身を支配する。
起き上がって狼狽する政宗から背を向け、あぐらをかいたユカは……額に手を添えて、ため息をついた。
「……大人が、遠か……」
一方の政宗は、ここが彼女の部屋であることを強制的に理解させられて……顔色が、なくなる。
「な、なぁ、ケッカ……俺、なんで、ここで……?」
どうやら彼もいつもどおり、酔っていた時のことは覚えていないらしい。ユカはチラリとテーブルの上を確認した後、座ったまま彼に向き直って……ジト目を向ける。
「覚えとらんと? 人前で酔っ払ってセクハラまがいのことしまくった挙げ句、ビール飲めビール飲めってしつこいけんが……観念してあたしも一口飲んだけど、体質的にダメみたい。。気持ち悪かー……」
「ま、マジか……悪かったな。確かに顔色も良くないし……縁に異常がないか、ちょっと確認してもいいか?」
「……」
彼の提案に、ユカは無言でまばたきをして、視える世界を切り替えた。そして、自分の両手を確認した後……もう一度まばたきをして、世界をもとに戻す。
やはり昨日は、見間違いだったようだ。先日のこともあって、まだ本調子ではなかったのだろう。
「ケッカ?」
政宗が見たいのは、彼女の『生命縁』だ。ユカが視界を切り替えたのは分かったが、いまのユカの位置で彼女が『縁』を見ても、上に伸びている『生命縁』を目視することは出来ない。
首をかしげる政宗を残して立ち上がったユカは、背伸びをして……彼を見下ろした。
「朝ごはん食べてからね。ケッカちゃんおなかすいたー」
ちょっと霧原なに書いてんの!?
……なんて野暮なことは言わないでください。初めてじゃないんですから。(ゲス顔)
と、いうわけで色々なフラグが乱立した、ユカ誕生日でした。彼女の過去に関しては、2019年冬に連載開始予定の第7幕で掘り下げますので、更新直後に読んでくださった方は、しばしお待ちください。
喧嘩しながらその流れで……っていうのをやってみたかったので、ニタニタしながら書きましたよ!! そして、段々ユカさん(第3幕)と近づいてきたことを示すために、挿絵としてイラストを使わせていただきました。おがちゃん、ありがとうございますー!!
第3幕で交わした約束を、政宗がユカに伝えたわけですが……政宗さんは忘却してます。これは本編でいつか仕切り直すためですので、次はシラフの状態で約束して欲しいものですな!! ねぇ政宗!!
ユカ、誕生日おめでとう。これからの1年は正念場だから、一緒に頑張っていきましょー!!




