2019年ユカ生誕祭小話:送り狼の本音①
このエピソードは、第6幕エピソード1.5:夏の終わり㊦(https://ncode.syosetu.com/n5862fm/8/)の、続きです。
仙台支局での花火大会の後、食事を終えたユカを送っていった政宗が大変なことに!?
終わりが見えないので分割しました。後編は2019年8月29日、20時に自動更新の予定っす!!
■主な登場人物:ユカ、政宗、統治
誕生日は、嫌いだ。
何も変わらないから。
変わらなかったことしか――思い返せないから。
8月29日、山本結果の誕生日。
初めて仙台で過ごした20歳の誕生日は、彼女にとって、忘れられない出来事ばかりだった。
すっかり気心の知れた仲間と河川敷で花火大会をして、その後は政宗の部屋に集まり、統治と3人で食事を食べる。
特別と日常が入り混じった楽しい時間は、あっという間に終わってしまって……後片付けを終えた3人は、政宗の部屋からの最寄り駅・仙石線の小鶴新田駅までの道のりを歩いていた。
夏の終わりを感じさせる、少しだけ冷たい夜風。駅まで真っ直ぐ伸びている大通りの歩道を歩きながら、統治が隣を歩く政宗にジト目を向ける。
「佐藤……少し飲みすぎたんじゃないのか? 今日は誰の誕生日だと思っているんだ」
「えー……? え? マジで? え?」
統治の指摘に曖昧な返事をする政宗。部屋着のまま外へ出てきた彼の目は盛大に泳いでおり、統治の発言を己の身を持って証明しているようにしか見えない。
統治の隣を歩いているユカが、少し身を乗り出して同じくジト目を向けた。
「政宗、別についてこんで良かったとに……」
「なんでそんなに寂しいこと言うんだよー!! ケッカの誕生日、3人で一緒にいられるんだぞー!!」
「ハイハイそうですねそうですね……」
ムキになって理由を並べる政宗から視線をそらしたユカは、統治を見上げて……首を横に振った。
普段は『仙台支局』の支局長として、年齢以上にしっかり仕事をこなしている彼だけど。
仕事が終わり、アルコールが入ってしまうと……全てにおいて、まるでダメなお兄さんになってしまうのだ。
今日も自宅で缶ビールとチューハイ、日本酒の水割り等をちゃんぽんした彼は、血気も良い上機嫌。酔い覚ましも兼ねて2人を送ると言うから同行を許可したのだが……その足元は時に千鳥足で、声もリアクションもいつもより大きい。
自分たちを見送った後、果たして彼は1人で家まで帰れるのだろうか……そんなユカの心配など、終始楽しそうな彼には1ミリも伝わっていないだろう。
適度に話を受け流しながら歩いていると、政宗がユカを覗き込み……どこか残念そうに息をつく。呼気にアルコールの気配を感じたユカが顔をしかめて彼の評価を下げまくっていることに、当の本人はどこまで気付いているのやら。
「ケッカ、結局……酒、飲まなかったんだよなー」
「え? あ、うん。特に興味ないけんね」
本日、書類の上では目出度く20歳になり、飲酒とタバコが解禁されたユカだが、宴席で政宗からどれだけ勧められても、アルコール類は1滴も口にしなかった。
こんな近くに悪しき例が服を着て歩いているのだから、その気にならないのは当然と言えば当然なのだが……自分を悪しき例だなんて思っていない彼は、不服そうに口を曲げた。そして。
「なんでだよー!! ほら、あるぞ!!」
次の瞬間、政宗がズボンの後ろポケットから、缶ビールの135ml缶を1本取り出した。まさか本当に出てくると思っていなかったユカは、思わず目を見開いて激しく非難する。
「なして持参しとると!? バカじゃなかと!?」
「うへへへへー、ど~こ~で~も~アルコ~ル!!」
再びテンションを上げる彼の横顔に、ユカは本日何度目か分からないため息をついた。
彼がお酒好きになった理由、それが彼の育ての親にあることは……ユカも先日聞いたばかり。
――俺の育ての親が、酒好きの人だったんだ。
――なんというか……すっごく美味しそうに飲む人だったんだ。俺は、その人と晩酌をするのが夢『だった』
全てを過去形で語る彼の気持ちは、彼にしか分からない。
少なくとも今のユカは……そんな彼の思い出を差し引いても、今の政宗の態度はどうかと思うと顔をしかめているのだから。
「あーもうケッカちゃん付き合いきれん……統治、この酒バカ宗をなしてこげん悪化するまで放置しとったとね」
「友人に躾まで求めるのは酷だと思うんだがな……」
統治もまさか、政宗が持ち歩いているとは思っていなかったため、心底呆れた顔でため息をついた。
友人2名から蔑まれても、当の本人は意に介さず……むしろ、楽しそうに笑っている。
「統治、ケッカ、楽しいな!!」
そんな彼を見ていると……自分たちが怒っていること、呆れていることが、全て、バカバカしく思えてくるのだ。
そして自然と、全員が同じ表情になっていく。
「……本当、こういうとこは10年前と変わっとらんよね」
ユカの言葉に、統治が静かに頷いた。
その後、電車で帰る統治を改札口の前まで送り届けたユカと政宗は、線路を越えた先にあるユカの部屋までっの道のりを、並んで歩いていた。
「政宗、ここまで来たら大丈夫やけんが、そのお酒持って帰ってよかよ」
「何言ってるんだよー。今日の主役を送るのが幹事の役目だぞ!!」
「あ、そう、幹事やったとね……知らんかった……」
1日の終わりに初めて知る事実をボソリと呟きつつ、ユカはいつもより慎重に、彼との距離を測って歩いていた。
数時間前、河川敷での花火が終わる直前に感じた『違和感』。
今までとは違う、そんな『違和感』が胸の中に残っており、事あるごとに思い返してしまうから。
線香花火の炎のように、火花を絶妙に変えながら……ゆっくり、しっかり。
――当たりだよ、ユカ。
あの時も、頭の中で……『彼女』がほくそ笑んだ。
知っているようで知らない、過去の自分……らしい、そんな彼女。
どうして? そう問いかけると、『彼女』はなんの迷いもなく返答するのだ。
だって、あたしは、彼のことが――
「っ!?」
そう、いつも――確信的な単語が出てくる前に、彼女は消えてしまう。
思い出せないけれど知っている、そんな自己矛盾が続いている。
暗闇の中で脳裏をかすめた『誰か』の言葉に、ユカは思わず目を見開いて手を動かした。
次の瞬間、彼女の持っていた線香花火の火が、ぽたりと地面に落ちる。ユカの変化を感じた政宗が、どこか心配そうな表情で彼女を覗き込んだ。
「ケッカ、どうかしたのか? 具合が悪いんじゃ……」
「えっ!? あ、いや……うわっ!!」
至近距離から政宗に顔を覗き込まれ、ユカは思わず後ろにのけぞってしまい……その場にペタリと尻餅をついた。
「おいおい、急にどうしたんだよ。本当に大丈夫か?」
「だっ、大丈夫……大丈夫やけんね!!」
「お、おう……?」
自分に言い聞かせるように大きな声を出したユカに、政宗は頷くことしか出来ず……自分の線香花火の火をわざと落とすと、あいている手を彼女に向けて差し出した。
「立てるか? 暗いから、足元気をつけろよ」
「ひっ……!?」
ユカは目を見開いて息を呑むと、彼の手を取らずに自力で立ち上がった。そして、服についた砂埃を払いながら……必死に、自分へ言い聞かせる。
何を、考えているんだ。
ありえない。
政宗が自分にかまってくれるのは、これまでの『腐れ縁』の延長線、そして、ユカが持っている素質が影響しているからだ。
それ以上の感情も、理由も――ない。
そもそも、彼に関しては『仲間以上の感情などない』、そう思って、接してきた。
そのはずだった。
そのはずだったのに。
火元が残っていないかどうか、周囲を確認する彼の横顔を見上げて……心が、疼いた。
気持ちが動いた、そんな『違和感』。
「――あぁもうっ!!」
脳裏をかすめた気恥ずかしい感情を吹き飛ばすように、ユカは何度となく頭を振った。そんな彼女を訝しげに見下ろす政宗は、右手で彼女の帽子を抑えて首をかしげる。
「何してるんだ、ケッカ。帽子、飛んでくぞ?」
「なっ……!!」
ユカが距離を測って、意図的に離れていても、彼は平然とパーソナルスペースに入ってくる。
いつもそうだ。過去にも似たようなことがあった。
ユカは彼の手を押し返して「虫がおったと」と適当な言い訳をした後……らしくない態度に少しだけ落ち込んだまま、家路を歩いた。
小鶴新田駅の南口を出て、川沿いに少し進んだところに、ユカが住んでいる単身者向けのアパートがある。
2階に続く外階段を登りながら……ユカは、当たり前についてくる政宗へと白い目を向けた。
「政宗……どげんしたと?」
案に「さっさと帰れ」と言われていることに気付いているのかいないのか、彼女の隣を歩く彼はヘラヘラしながら、付き添っている理由を告げた。
「悪い、ケッカ、トイレかしてくれないか?」
「……どうぞどうぞ。ただし、吐いて汚さんでよね」
「俺がビールを吐くなんて、そんな勿体ないことするわけないだろ!!」
「そうじゃないっちゃんね……あぁもういいや、行こ」
ユカはドヤ顔の彼から視線をそらしつつ、カバンの内ポケットから家の鍵を取り出す。
そして、久しぶりに誰かと一緒に、家への扉をくぐった。
数分後、用を足して帰ろうとする政宗を、ユカはとりあえず引き止めた。
「政宗も、歩いて少し疲れたやろ? クーラーの様子も問題ないかどうか見て欲しいけんが、ちょっと休んでいかんね」
今の彼は、一体どこまで歩いて帰るのか不安が残る。もう少し酔いが覚めたと確信出来るまでは、この部屋で休ませるべきだと思ったから。
時刻は間もなく23時になろうとしている。今日は金曜日で明日は仕事が休みのため、もう少し遅くなっても問題ないだろう……というか、彼の不摂生などユカの知ったことではない。
ユカがそういうなら、と、納得した彼は、机に用意されたマグカップを持ち、中に入っている麦茶をすすった。
単身者用のワンルームは、家具が備え付けられている。ベッドにテーブル、冷蔵庫に電子レンジ、クローゼット……など、必要なものは揃っているが、ユカの部屋にはそれ以上のものが特に見当たらない。年相応の女性にしては、随分シンプルだと思う。
必要以上のものは、所持しない。
自分に万が一のことがあった際、残された人の手をわずらわせることになってしまうから。
ただし……仙台に来てからは、ストックや日用品を収納している三段ボックスの上に、写真立てが2つ増えた。
そこに飾られているのは、10年前に3人で撮影した写真と……そして、今年の4月、花見の際に撮影した写真。
シンプルなフレームの中に納まった2枚は、ユカの大切な思い出だ。
福岡の部屋と、仙台の部屋。図らずもその2つを見ることになった政宗は、仙台の部屋にある『変化』に気付いた時、口元の緩みを抑えきれなかった。
現に今も、自分がそちらばかり見ている自覚はある。彼の隣に座るユカが、政宗の使ったマグカップを自分の方へと引き寄せつつ、彼の肩を叩いた。
「政宗、どげんかしたと? 何か変なとこでもあった?」
「へっ!? あ、いや……クーラーも問題なさそうで何よりだな、と。あの時は焦ったな」
「そうやったね。本当、レナが来る前で良かったよ」
それは、約1ヶ月前のこと。
この部屋のクーラーが故障してしまい、一時的に政宗の部屋で過ごすことになった。
その後、福岡から友人の橋本セレナが泊まりに来て、仙台の七夕まつりを楽しんで……ユカの失明騒動を乗り越えて、日常に戻っている。
ユカはマグカップの麦茶をすすった後、カップをテーブルに置いて息を吐く。
カップの隣には、政宗がトイレを使う前にポケットから取り出したビール缶が置いてあった。
これの何が好きなんだと本気で呆れつつも……ユカは改めて、彼に向き直る。
2人きりの時間に、伝えておきたいことがあるから。
「この間は……また、仕事で迷惑かけてごめん。ありがとね」
ユカが何を言っているのかを悟った政宗は、足を崩して彼女を見つめた。そして、静かに首を横に振る。
「気にしないでくれ、って言っても無理だとは思うけどな……色々あったけど、ケッカが無事に20歳になって良かったよ」
「政宗……」
「いや、その……無事に、っていうのは違うかもしれないな。結局、俺……ケッカのこと、本当の意味では助けられてないんだから」
どこか自嘲気味に呟いた彼に、今度はユカが首を横に動かした。
彼はこうして、過去の行動から彼自身を責めてしまうから。
だから……心に浮かんだ言葉を、ちゃんと伝えて、否定しておこう。
君は何も悪くない、と。
「政宗と統治が、あたしに生きる意味をくれたんよ。政宗が統治と一緒に頑張ってくれたけんが、あたしは、ちゃんと大人になれて……」
ここまで言ったユカは、自分が言った言葉に既視感を抱いて……言葉を止めた。
似たような言葉を、そう遠くない過去に、誰かから言われたような気がしたから。
誰だっただろう。
どうして、そんなことを?
――側に居られなくて、本当に辛かった。俺が……君の将来を全て奪った、俺が、俺がユカを殺したんだって……何度も、そう、思って……!!
――ユカと統治が、俺に生きる意味をくれたんだ。ユカが生きていてくれたから、俺は、ちゃんと大人になれた。
――ユカ、ありがとう。俺は、君に出会えて……。
「っ……!!」
目の奥に鈍い痛みを感じて、ユカは少しだけ顔をしかめた。
思い出せそうで、思い出せない――そんな気持ち悪さと、最近は事あるごとに戦っている。
いつのことを忘れているのかは、8月の上旬に聞いていた。6月、体調を崩して……一時的に成長し、政宗達に介抱されていた時のことだ。
あの時のことははっきり思い出せないし、政宗や統治も、特に詳しく語ろうとはしない。ただ……ユカの脳に刻まれている思い出の印象は、どれも、幸せなものばかりで……。
そんな思いをしている『彼女』が、自分は時に、とても羨ましく感じることがある。
「ケッカ……?」
気付けば政宗が、ユカを心配そうに覗き込んでいた。
我に返ったユカは、言葉を続きを探そうとしたが……諦めて、肩をすくめる。
ユカを心配しているはずの彼の両目に、隠しきれない輝きを見つけてしまったから。
「なして政宗が泣きそうな顔しとると?」
「わ、悪かったな!! その……俺もケッカに、似たようなことを言ったことがあって……」
こう言って目元を拭う彼に、ユカは「おぉ」と目を軽く見開いた。
「やっぱり。言ってて聞いたことある気がしたっちゃんね」
少し大げさに、ふざけて言ってみたけれど、彼の表情は晴れない。
普段ならば「何だよそれ」なんて言いながら、苦笑いで自分を見下ろしてくれるのに……今の彼は、感情を上手く隠すことが出来ない様子だ。
「ケッカはちゃんと覚えてないはずなんだ。だから、まさか、ケッカの口からそんな言葉が聞けるなんて、思って、なくて……」
気付いていた。
先程の言葉が、彼の中にある大切な思い出に触れて、刺激してしまったこと。
彼が必死に我慢している感情を……お酒の力もあってなのか、ほんの少しだけ、緩めてしまったこと。
両手で涙を拭いながら俯く彼に、今の自分は、何が出来るだろうか。
「政宗、その……あたし、気の利いたこととか何も出来んで……何か出来ること、ある?」
「ケッカ……」
「って、いきなり言われてもパッと出てこんやろ? やけんが、あたしがプレゼントを決められんのもしょうがなかと!!」
「いきなり自分を正当化するなよ……ったく……」
ユカがはっきりとそう言って彼を見やると、泣き笑いの政宗が肩をすくめて両手をあげた。
いつもの彼が戻ってきた、そんな気がして……少し安心してしまう。
一方の政宗はあげていた右手でユカが被っていた帽子を外すと、目を丸くしている彼女を見つめ、口元を綻ばせた。
「じゃあ、その……髪の毛、解いてくれないか?」
「へ? あ、うん、別にいいけど……」
暑さ対策も兼ねて耳の後ろで2つに結っていた髪の毛、そのゴムを外す。そして、彼がどうしてそんなことを望んだのかと尋ねる前に――抱きすくめられて、頭が真っ白になった。




