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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
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2019年勝利生誕祭小話:自分の役割、彼らの役割

 2019年の勝利誕生日は……おや、どこかで見たことがある話ですねぇ……?

 彼は主人公っぽいなーと思った結果です。気軽にお楽しみくださいませ!!


主な登場人物:『勝利、倫子、心愛

 生徒会の人数不足が何とか解消された9月中頃、とある平日の昼休み。

 職員室から出てきた島田勝利は、手元にある模擬試験の結果を握りしめて……口元に笑みを浮かべた。

 中学3年生の夏休みが終わり、次の進路へ向けて本格的に動き始めた今日この頃。勝利は同じ学校法人が運営している私立高校の特別進学コース合格を目指して、日々、勉強に励んでいた。

 勿論、生徒会としての活動も手抜きはしていない。最後の文化祭へ向けた準備も本格化し始めるので、これからは今の成績を維持したまま、更にいくつもタスクをこなさなければならないけれど。

「……僕もやれば出来るじゃないか」

 自分の教室に戻る道すがら、勝利は何度となく模擬試験の結果をチラ見して……こみ上げる笑いを隠しきれない。

 これまで頑張ってもC判定が関の山だったのだが、今回は色々と出来が良かったため、初めてA判定を取ることが出来たのだ。まるで夢のような結果に、最初に見た時は他の人の結果ではないかと疑ったくらいに。

 これは勿論、彼自身が頑張ったことも大きな理由だけど……一緒に勉強をしてくれた阿部倫子(みちこ)の存在も大きい。1人だとダレてしまいそうになるが、2人で学校にいる間、時間を決めて勉強に取り組むことで、時間の無駄をなくすことが出来たような気がしていた。

 分からない点を互いに教え合う……ということであればwin-winだったかもしれないが、実際は勝利が倫子に教わってばかり。彼女は「人に教えることで自分も理解が深まるからありがたい」と言ってくれたけれど、知識の下地が違うことを改めて感じることもあって。

 24時間という同じ時間の流れを過ごしているはずなのに、倫子はいつ、自分以上に勉強しているのだろう。

 誰かに言わせれば「倫子は地頭が良い」となるかもしれないけれど、地頭の良さを引き出しているのは彼女の努力だ。勝利の周囲には努力を積み重ねて自立している人も多く、勝利自身もまた、彼らに続きたいと強く思う。

「阿部会長、やっぱり凄いな……僕も頑張らないと!!」

 勝利が独り言ちって決意を新たにした、次の瞬間――廊下の突き当りに、倫子の横顔が見えた。

「あ――!!」

 お礼を言うために声をかけようとした勝利は……見慣れたはずの彼女の横顔に、明らかな曇りがあることに気付く。

 まるで今から、重大な何かに挑むような……そんな、切迫した雰囲気さえ感じた。

「阿部会長……?」

 今まで苦笑いをすることはあったけれど、彼女のあんな顔を見るのは初めてだ。彼女は勝利の視線に気付くこともなく、昼休みの人波を抜けて……どこかへ向かっていく。生徒会室でも教室でもない、どこかへ。

「会長、どうしたんだろう……」

 胸に感じた違和感と、心配する気持ち。勝利は手に持っていた模試の結果をズボンの後ろポケットに押し込むと、口元を引き締めて、彼女の後を追いかけた。


 倫子の後を追いかけてやってきたのは、校舎と体育館の隙間にある用具置き場だった。

 ハードルや野球の塁、コーンなど、部活用の道具が置いてあるので、昼休みの今、周囲に他の生徒の姿はない。倫子は更に数歩歩みを進めたところで立ち止まり……静かに、呼吸を整えていた。勝利はそんな彼女の姿を、数メートル後ろにある渡り廊下の柵に隠れて見守っている。

 生徒会の用事で、備品のチェックにでも来たのだろうか。

 こんな中途半端な時間に? 加えてチェックが必要なら、対象部活の部長や部員の立ち会いが必要だが……そういった様子もない。

 周囲の喧騒も届かない、静かな空間で……倫子は静かに息を吐くと、震えを隠した唇で、その言葉を呟いた。


「――(ほむら)


 彼女がその言葉を口に出した、次の瞬間――その右手に、細身の日本刀が握られていた。


「うわぁぁぁっ!?」


 突然顕現した凶器に、勝利は思わず目を見開いて大声を上げる。


「島田君!?」


 その声に驚いた倫子が、剣を持ったまま振り向いて目を見開いた。

 それが――合図となることなど、知る由もなく。


 刹那、倫子の脇を風が重力を伴って通り抜ける。

 浮かんだハードルが勝利へ向けて飛んでいったことに気付いた時――凶器と化した備品は、勝利の息の根を止めようと加速しながら彼へ迫っていた。

「なっ、なんでなんでなんだこれ!?」

 悪夢が迫ってくる、逃げたいのに、体が硬直して言うことを聞いてくれない。

「島田君!! 避けて!!」

「避けてって無理だよ阿部会――」


 彼が言葉を言い終わる前に、加速したハードルが容赦なく彼に直撃した。


「――っ!!」


 肺の空気が一気に抜けて、視界が真っ暗になる。


 全身に痛みを感じたのは、自身の体が力なく倒れ込んでからだった。

「がはっ……は、はぁっ……!!」

 彼の脇では重力に逆らえなくなったハードルが、けたたましい音を立てて渡り廊下のアスファルトに叩きつけられている。その音ですら遠くに聞こえるほど、全ての感覚が麻痺していた。


 痛い。

 痛い。

 当然だ、あんな硬いものが減速せずに真正面から突っ込んできたのだから。


 どうしてだろう。

 どうして――こんなものが、自分を目指して?


 一体、何が起こっている?


 何が起こっているのかは分からないけれど……ただ、まだどこかから、これと似たような気配を感じる。

 瞬発力のない倫子に、襲いかかってしまったら――そう思っただけで、背筋が寒くなった。


「ダメ、だ……この、ままじゃ……!!」


  ――冗談じゃない。


 それは、嫌だ。


「ダメ、だ……僕は、阿部会長にお礼を言ってないんだから!!」



 心の底から叫んだ、次の瞬間。

「へっ……!?」

 ――風の渦が、彼の右腕に集まる。


 力強いのに、優しい。そんな渦の中で……何かを握った。

 初めてのはずなのに、手にしっくり馴染む。何年も苦楽を共にしたような、そんな錯覚。


「これ、は……」


 知ってる。

 彼は、これをよく知っている。


 呼び戻すための呪文だって――知っている!!


 風の渦が晴れる。

 右手に日本刀を握りしめて立ち上がった勝利は、それを力任せに下から上へ振り上げた。

 よく通る声に、魔法の呪文をのせて。


「――踊れ、(はやて)!!」


 刹那、日本刀――颯を軸に巻き起こった竜巻が、倫子の背後から彼女を狙っていた別のハードルに衝突し、木っ端微塵に打ち砕いた。

 振り返った倫子が見たのは……バラバラと落ちていく、みじん切りの破片だけ。

 硬いハードルを一瞬で木っ端微塵にする力、そして何よりも、彼が握っている日本刀が……倫子にとある結論を導かせる。

「島田君……その力は、私と……」

 倫子が呟いた言葉は、破片が地面に落ちて割れる音にかき消された。


「え? 僕……あれ……?」


 夢の中にいるような浮遊感。自分が今、何をしたのか、まったくもって分からないけれど。

 ただ、大切な友人を守ることが出来た――それだけ分かれば、満足だ。


「あ、べ、かい……ちょ……」


 強烈な倦怠感に襲われた勝利は、再び地面に崩れ落ちる。

 持っていた日本刀から手を離した瞬間、それは当たり前のように霧散して、彼の前からいなくなってしまった。

 自分へ駆け寄ってくる彼女の足音を聞きながら、勝利はゆっくりと意識を手放そうとした――次の瞬間。



「――邪魔ですよ、島田先輩」



 頭上から降ってきた第三者の声に、勝利は黒目だけを動かして、その声の主を探す。

 地に這うような体制で視線を斜め上にあげてみると、転がっているハードルを踏みつけている女子生徒が、いつもより切れ長の瞳で勝利を見下ろし、苦々しく息を吐いた。

 くせ毛の強い髪の毛をツインテールに結い上げており、整った顔立ちと華奢な体つき、そして――右手には倫子と同じように、日本刀を携えている。

 そして勝利は、彼女に見覚えがあった。

「なく、い、さ……?」

「話しかけないでください。心愛の気が散ります」

 傷ついた勝利を心配する様子もなく、きっぱりと言い放った少女は、勝利より1つ年下の2年生、生徒会で共に活躍している名杙心愛。普段、彼女から確かに自分の大声をたしなめられることはあれど、ここまで冷たく切り捨てられたのは初めてだ。

 心愛は値踏みするように勝利を見下ろした後、静かに息を吐いて――声と共に、その力を解放する。


「――散れ・雫」


 静謐な声と共に、持っていた剣をハードルへと垂直に突き刺した。ハードルの強度を考えると剣が折れるか、弾かれてもおかしくない状況なのだが……彼女の剣はハードルのバーの部分を真っ二つに割って、コンクリートの地面へと突き刺さる。

 一瞬、周囲に冬のような冷気を感じたような気がするが……自分の汗が冷えて、風が吹いたのかもしれない。冷や汗をかくほど、状況は意味不明なのだから。

 心愛は倒れたまま困惑する勝利を見下ろした後、視線を上げて、どこか面倒くさそうに声をかける。

「阿部会長、また失敗したんですか? 今日は心愛の担当じゃなかったはずですけど」

「ご、ごめんなさい……私にはやっぱり、こんなことなんて――」

「――出来ない、じゃ、困るんです。お兄様と一緒にそう言いましたよね?」

「……ごめんなさい」

 倫子を断罪するように厳しく言い放つ心愛に、勝利はフォローの言葉を発したいのだが……いかんせん現状を理解出来ないし、先程の傷が痛むため、まともに声を出すことすら出来ない。かといって、このまま倫子と心愛を放置するわけにはいかない。誰か来てくれればいいのに。

 倒れたままの勝利がどうしたものかと思案していると……自分の背後に、もう1人、誰かの気配を感じた。


「……違和感の正体は、君か」

「お兄様……」


 心愛がトーンダウンしたこととその声色で、自分の背後にいるのが誰なのかを察することが出来る。

 勝利の口が彼の名を呼ぼうとしたところで、倫子が彼の隣にしゃがみ込み、起き上がろうとする勝利を横から支えようとしてくれた。

「島田君、大丈夫? 呼吸は出来るかしら、骨が折れていないといいけれど……」

「げほっ……う、うん、た、多分、大丈夫……」

 空元気を振り絞って自力だけで起き上がると、倫子へ苦笑いを返しつつ……隠しきれない狼狽と共に自分をそれぞれに見つめている2人を見やり、恐る恐る口を開いた。

「あ、あの……な、名杙さんに、名杙先生? これは――」

「――島田先輩、どうして自分がここにいるのか、心当たりはありますか?」

 勝利の言葉を遮り、心愛が威圧的に問いかける。

 普段の彼女とは違う、威厳と圧力。年下で小柄な彼女に圧倒された勝利は、思わず1歩後ずさりをして……チラリと、隣にいる倫子を見やる。

「ど、どうして、って……阿部会長を追いかけてたら、なんか、その……こんなことに」

「そうですか。はぁ……ここに入ってこれるってことは……そういうこと、なんだろうなぁ……」

「名杙さん?」

「こっちの話です。とにかく、島田先輩に素質があることは分かりました。だから――」


 次の瞬間、額に鋭利な切っ先を突きつけられる。

 それが、心愛の持っていた日本刀だということを五感で認識した時――背中を嫌な汗が滴り落ちていった。


「名杙さん!?」

 刹那、倫子が非難じみた声を上げるが、心愛は冷めた目で彼女を一瞥した後、改めて勝利を見据える。

 先程何も出来なかった倫子に発言権がないことは、本人が一番よく理解していた。だから、この現状を見守ることしか出来ず……日本刀を握りしめ、唇を噛みしめる。

 一方の勝利は、味方だと確信していた心愛から急に剣の切っ先を向けられて……とても分かりやすく狼狽した。

「な、ななななななな名杙さん!? ぼっ、ぼぼ、僕に何をするつもりなのかなぁっ!?」

 思わず両手をあげて狼狽する勝利に、心愛は表情を変えることなく言い放つ。

「島田先輩に『素質』があるのなら、心愛と戦うことで覚醒するはずです」

「そ、そし、つ……?」

「そうです。心愛や阿部会長には『縁故』という素質があって、その『素質』があれば、能力を具現化した、この日本刀を呼び出して戦うことが出来るんです。要するにこんな日本刀が出てきます」

「日本刀……」

 それは先程、勝利も無意識のうちに呼び出すことが出来たものだろう。

 しかし、いかんせんそれは『火事場のクソ力(まぐれ)』であって、自分の意思で出し入れ出来るものではない。そもそも日本刀なんて持ったことはない。

 そして何よりも……最悪の事態を想定した勝利は、表情を変えない心愛を見上げ、恐る恐る問いかけた。

「も、もしもだけどさ、僕に、その……『縁故』って素質が、なかったら?」

 救済措置を期待した勝利の問いかけを……。

「死にます」

 心愛は真顔でバッサリと切り捨てた。

「えぇぇぇぇっ!? ちょっ、ちょっと名杙さん!? そんなひどいことってあるの!?」

「しょうがないじゃないですか。名杙家で必要としているのは、『素質』がある人間だけなんです。『素質』がない島田先輩にここまで見られて、そのまま帰すわけにはいきません」

「僕だって好きで見ちゃったわけじゃないんだけど!? な、名杙先生も何か言って下さいよ!! 生徒の命が危ないんですよ!! 妹さんが道を踏み外そうとしているんですよ!?」

「……」

 涙目で懇願する勝利に、統治は淡々と結論を告げた。

「……頑張って生き残って欲しい」

「頑張るだけじゃ無理ですよね!?」

「ちなみに、佐藤にも同じ『素質』がある」

「えっ!? 政宗さんにもですか!?」

「そうだ。だからきっと、君も何とか出来るんじゃないかと思う」

「そ、そんなこと言われても……そもそも僕、どう頑張ればいいのかサッパリで――」

「――縁が切れないように頑張ってくださいっ!!」

「うどわっ!?」

 刹那、勝利が立っていた場所を一刀両断するように、心愛が日本刀を頭上から振り下ろした。直感だけで体をひねって回避したが、あと半身でもその場に残っていたら、利き腕が負傷していたかもしれない。改めて盛大に肝が冷えて、口元が引きつる。

「こ、こっわっ……ってちょっと、名杙さん!? お、おおおおお落ち着こうよ!! ね!!」

「心愛は落ち着いてます。島田先輩、必死に頑張ってください」

「ちょっ、まっ……!!」

 極限まで目を見開いた勝利は、心愛がブンブン振り回す日本刀を……それこそ死ぬ気で回避しながら必死に勝機を探していた。


 こんな時、例えば、漫画の主人公だったら……同じ『素質』がある政宗だったら、どうするだろう。

 夢よりもたちが悪い現状、追い詰められて、四面楚歌で、自分以外に誰も頼れないで。

 そんな中で、生き残らなければならないとすれば――


「――な、名杙さん、僕にも集中する時間とかくれないかな!? なんかこう、目を見開いて、カッと、こう、バーンってさ!!」

「島田先輩に集中なんか出来るわけないじゃないですか」

「さっきから僕の評価が酷くない!? そして楽しそうにリーチの長い剣を振り回すのやめようよ!! って……!!」


 心愛が斜め下から対角線上に振り上げた刃の軌跡から逃れた勝利は……背後にもう、壁しか残っていないことに気付いた。

 そう、いつの間にか心愛に追い詰められており……前方にしか、逃げ場がない。


「な、ななな名杙さーん!! タイム!! タイム!! バリア!!」

「島田先輩、何言ってるか分かりません」

「なんで分かってくれないの!? はっ!!」

 ここで勝利は、視線の先、心愛から少し離れた場所に……倫子と、同じ生徒会の森環が佇んでいることに気付いた。

「森君!! 森くーーん!! ちょっと名杙さんを説得してくれないかな!!」

「……?」

 勝利の呼びかけに視線を向けた環は、しばし視線を合わせた後……ゆっくりと、首を横に動かす。

「なんで!?」

 理解できないと絶叫で訴える勝利に対して、環は静かに……自身の左手を眼前に掲げる。

 その手には、心愛や倫子と同じような日本刀が、しれっと握られていた。

「森君もなの!?」

「うっす。俺も似たような目にあったんで、頑張ってください」

「なんでそこで助けようって発想に至ってくれないのさ!! 僕、先輩だよ!?」

「関係ないっすね」

「ですよねー!!」

 しれっと出てきた環が自分を一切助ける気がないことをしっかり悟った勝利が、改めて心愛に視線を向けると……彼女は真顔で勝利を見据え、持っていた日本刀をゆっくりと振り上げる。

 刃が光を反射して、鈍く輝いた。

「な、名杙、さ……」

「……がっかりです、島田先輩……心愛、一緒に戦えるって思ってたのに」

「いやいやいや、そんな信頼いらないんだけどさ!! も、もうちょっと考えなおしてくれても――!!」


 勝利の懇願に聞く耳を持たない心愛は、一度息を吐いた後……柄を握り直して、口元を引き締める。

 ――ダメだ、このままだと、自分はもう……。



 何も出来ずに、終わる。



 見たくないものから目をそらして、見ないふりをして……逃げてしまう。



「うわぁぁぁぁっ!! 政宗さぁぁぁぁん!!」



 自分の叫び声で覚醒した次の瞬間――頭部に鈍い衝撃が走った。



「……ひどいよ、阿部会長。起こしてくれれば良かったのに……」

 十数分後、生徒会で使っている空き教室に施錠をした勝利と倫子は、昇降口で外履きの靴に履き替えて、肛門の方へ向かって歩いていた。

 ため息と共に不満を吐き出すと、隣を歩いている倫子が苦笑いで謝罪する。

「ごめんなさい、疲れているように見えたから、起きるまで待っていようと思って……」

 倫子によると、心愛と環が『仙台支局』へ行ったこと、1年生の2名は郊外研修で校内にいないこともあり、今日の生徒会は倫子と勝利のみ。2人で文化祭へ向けた資料を作成していたところで、単純作業に耐えられなくなった勝利が、眠りこけてしまったそうだ。

 上下左右に船をこぐ勝利を、倫子がハラハラしながら見守っていたところ……彼は絶叫して、椅子から転げ落ちてしまった、とのこと。

「ぶつけた所は大丈夫なの?」

「うん、何とか……恥ずかしいところ見せちゃったなー」

「ふふっ、名杙さんや森君には内緒にしておくわね」

 楽しそうに笑う倫子に、勝利は「お願いします……」と体を縮めて頷いた後……歩きながら、自分が見ていた夢の内容を、ぼんやりと思い返していた。


 まるで、ライトノベルのような世界で……自分は、『素質』を見いだされていた。

 けれど……あの場では、覚醒には至らなかった。


 本当の自分は、覚醒した『素質』を、自分でなくすことを選んだ。

 『縁』が視える世界が煩わしくて、見たくない本音を知ってしまうことが、息苦しくて。

 悩んで、悩んで……政宗に相談をした結果、普通に戻ることに決めた。

 その決断に後悔はしていないけれど、もしも……そんな可能性を、どうしても考えてしまうことがある。


 もしも自分に『縁故』の素質が残ったまま、心愛や環のように研修を続けていたら……どんな未来だったのだろうか。

 政宗の役に立てたかもしれない、そう思うと……少しだけ、ほんの少しだけ、後悔したこともあるけれど。


 ――島田くんは本当に真っ直ぐなんだね。そんな君には、この能力は足かせにしかならないと思う。


 あの時……『縁故』の能力を消してほしいと政宗に頼んだ時、彼が言ってくれた言葉が忘れられない。

 それこそ、能力を消す代償を払う必要がある……なんて言われてもおかしくなかったかもしれないけれど、政宗は勝利を責めることはなく、自分の決断を認めて、尊重してくれた。

 彼が信じてくれた決心を、自分が信じ続けないわけにはいかないじゃないか。


 特別な力を持った主人公にはなれないかもしれないけれど。

 でも……何らかの『素質』があることを信じて、自分の役割を果たしていきたい。

 隣を歩いている彼女もまた、自分とは違う役割がある。心愛も、環も……新しく入った1年生も。

 それぞれが自分の道を歩きながら、集まった時にはしっかり協力しあえるように。


「しっかり頑張らないと……マジで名杙さんに説教されそうだからなぁ……」

 既に蔑まれていることもある、そんな現状からは目を背けて。

 勝利は歩みを進めながら……夢の中で困惑していた自分に、満面の笑みで檄を飛ばす。


 1人じゃないから、何とか出来るよ。

 ……多分。

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