表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
70/121

2019年里穂生誕祭小話:Charm up Girl!!

 2019年の里穂誕生日は、先日の蓮華蓮生誕祭小話(https://ncode.syosetu.com/n9925dq/69/)と、連動してます。よろしければ蓮華蓮を先に読んでから、こっちに戻ってきてもらえると嬉しいっす。

 可愛くなりたいと決意して立ち上がった里穂。さぁ、彼女の頑張りは仁義に届くのでしょうか……!?


■主な登場人物:里穂、仁義

 慣れている、そう思っていた。

 ――違う、そう、思い込んでいた。


 自分と彼は『釣り合わない』、そう言われることくらい……慣れっこだと。


 そう思っていた彼女の心境が少し変わったのは、高校が夏休みに突入した頃のこと。

 サッカー部の活動を終えて、里穂が他の部員らと用具を片付けている時に……ふと、視線を感じた。

 顔を上げて周囲をキョロキョロ見渡してみると、グランドの周囲に張り巡らされている高いフェンスの向こう側に、同じ高校の制服を着た女子生徒が数名固まって、里穂の方を見ている。そのうちの一人が彼女を指さして、口元に笑みを浮かべていた。

「……?」

 はっきりと顔が見えているわけではないが、恐らく知り合いではない。里穂が所属しているこの女子サッカー部は全国大会への常連校でもあり、時折日本代表を選出することもある県内屈指の強豪チームだ。近年の女子サッカーブームも追い風となって女性人気も高く、彼女らも上の学年の選手のファンかとも思ったが、あの雰囲気は……何か違う、直感的にそう思ったけれど。

「……ま、いっか」

 特に話しかけてくる気配もないので、里穂は自分の役割に戻ることにした。


 その後、ミーティングや着替えを終えて、里穂が同学年の部員らと更衣室から出てくると……昇降口のところで、先程の集団がたむろしていた。人数は4名、その全員の視線が里穂に向けられていることに気付かないほど鈍感ではいられない。

 近くで見ても顔見知りでもクラスメイトでもなかった。自分から関わっても良いことがないことも予測できるため、里穂は気にしない素振りでその場をやり過ごそうとしたのだが……。


「――名倉さんって、彼氏と本当に釣り合ってないよね」


 靴を履き替えて一歩踏み出そうとした次の瞬間、その中の一人がわざとらしく声を張り上げ、これみよがしに言い放つ。加えて残り3名が「やめなよー」「かわいそうだよ」と言いながら、口元にはニヤニヤとした笑みを浮かべて里穂を見ていたから。


 あぁ、そういうことか――里穂は自分に向けられた敵意の理由に気付き、心の中だけでため息をついた。


 こういうことを言われるのは、初めてではない。高校生になってわざわざここまでご足労いただいた挙げ句、こんなにレベルが低い言われ方をしたのは初めてだけれど。

「里穂……」

 友人が心配そうな表情で声をかけてくれる。里穂はそんな彼女に「大丈夫っすよ」と告げた後、カバンを持って前に踏み出す。

「早くマック行きたいっすよー。冷たいもの飲みたいっす」

「あ、う、うん……そうだね、行こう」

 戸惑う友人達に笑顔を向けた後、里穂は率先して先頭を歩く。

 そして、自分の方にニヤニヤした表情を向けている彼女たちの前を通り過ぎた。ここでわざわざ言い返して同じ土俵に立つ必要はない、そう判断して反論はしないのが自分の中のルール。

 何よりも……彼が、仁義が選んでくれたのは自分だと胸を張って言えるし、これ以上のことは名杙本家で何度となく見聞きしているので、多少の悪口も受け流せるだけのメンタルは培っているからだ。

 雑談をしながら高校の敷地内を抜けて、駅へ向かう大通り沿いの歩道を歩きながら……友人の一人が周囲を確認した後、里穂を心配そうに覗き込む。

「里穂、大変だね……でも、彼氏カッコいいもんねぇ……」

「分かるー。里穂も可愛いけど、彼のレベルの高さはヤバイもん」

 ウンウンと頷く友人に、里穂が照れながら相槌をうっていると、斜め後ろから別の友人が尋ねる。

「そういえば里穂の彼氏、夏休み明けから仙台じゃなかったっけ? 高校はどこなの?」

「えっとっすねぇ、確か一高の編入試験を――」

「一高!? 頭もいいの!?」

 食い気味に尋ねる友人に、里穂が「私より頭がいいっすねぇ……」と首肯すると……友人達が目を輝かせて囃し立て始めた。

「うわーマジで羨ましい……石巻にそんなハイスペックイケメンがいるって知ってたら、私も石巻に住みたかったー!!」

「大丈夫、アンタは相手にされないから」

「ひっどー!! 願望を口にしただけなのにーっ!!」

 背後で盛大に抗議する友人に笑顔を向けながら、里穂は改めて仁義のスペックの高さを実感して……そんな人に選んでもらえたことを、素直に喜んでいた。


 でも、時が経つにつれて、心の中のモヤモヤが濃くなっていく。

 それは単純に、部活中に彼女たちの姿を何度となく目にすることがあったり――友人らからの情報によると、彼女たちは女子陸上部らしい――仁義と歩いていて、周囲の視線が余計に気になるようになったこともあるとは思う。


 けれど、それだけじゃない。


 釣り合っていない、そんなこと分かっているけれど。

 それを自分で認めるわけにはいかない、そんな気がする。

 そんなことをしてしまったら、自分を選んでくれた仁義に対して申し訳ないじゃないか。


 彼は先日、石巻で自分の意志を強く主張して――結果として、里穂とは一緒に暮らせなくなった。婚約も解消した。

 けれど、仁義はこれまで以上に逞しく成長し、里穂をしっかりリードしてくれようとしている。以前は里穂が手を引いていたけれど、今はもうすっかり逆転してしまった――そう思うことも決して少なくないし、彼が、彼自身の意思で、自分の隣にいることを選んでくれたことは、言葉に言い表せないほど嬉しかった。


 だから――変わりたい、ここままじゃダメだ。

 仁義の成長に置いていかれないように、時に追い越して彼を引っ張るくらいの……常に隣を歩く、そんな自分でありたい。

 今すぐに釣り合うことは出来なくても、未来に繋がる一歩を踏み出したい。そのためだったら自分のプライドなんてお構いなし、それが名倉里穂である。


 とはいえ。


「うー……数が多すぎてわかんないっすよー」

 『仙台支局』内にある、応接用のソファにして。里穂は手元にある女性向けのフリーペーパーを閉じて、盛大にため息を付いた。

 とりあえず、手っ取り早く顔を変える方法から調べてみるけれど、情報が多すぎて1分で頓挫した。同じ高校の友人に聞いてみてもいいけれど、それが陸上部の彼女たちに知られたら、表や裏で何を言われるか分からない。

 石巻の友人達はそれぞれに部活やバイト、勉強で忙しく、何よりも里穂自身が忙しいのでなかなかまとまった時間を取ることが出来ない。それならばやっぱり仙台で接点がある人にご教授いただくべきだろう。

 『仙台支局』に出入りしている女性といえばユカだが、彼女に化粧を聞いたところで「よりによって、なしてあたしに聞いたと……?」と、苦笑いを浮かべられる様子が目に見えていた。櫻子や彩衣はほとんど仙台に来ないし、瑞希の転職もお盆明けなので、そこまで待つ時間が勿体無い。

 スマートフォンで「女子高生 メイク」と検索して、表示された結果に顔をしかめること25回目。はてさて、どうしたものかと思案していると……そんな里穂の前を、仕事を終えた片倉華蓮が静かに通り過ぎていった。

「お疲れ様でした、失礼します」

「あ、片倉さん、お疲れ様っすー」

 里穂は軽く右手を上げて、彼女の背中を見送りつつ……同じ学年でも自分とはタイプの違う、相変わらずクールな女性(・・)だなぁとシミジミ思いながら……。

「……ん?」

 不意に、あることに気がついた。


「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 刹那、里穂の大声に驚いた誰かが部屋の奥でスマートフォンを床に落とした音が聞こえた。そして、程なくして……呆れ顔の統治が衝立の向こうから出てくると、ワナワナと両手を震わせている里穂に近づき、低い声で苦言を呈する。

「里穂……何があったのかは知らないが、いきなり大声を出すのは――」

「うち兄!! 片倉さんって男性っすよね!?」

 統治を凌駕する勢いで尋ねてくる里穂に、圧倒された彼は真顔で頷くことしか出来ない。

「あ、ああ、生物学的にはそうなるが……何を今さら――」

「そうっすよ!! 片倉さんしかいないっす!! 片倉さんならきっと騙せるはずっす!!」

「里穂、さっきから何を言っているんだ?」

「何でもないっす!! 強いて言うならJKの女子力的悩みっすね!!」

 こう断言して何度も頷く、そんな里穂に統治は何も言えず……釈然としない表情のまま、自分の席へと戻っていくのだった。


 そして――怒涛の仙台七夕まつりも終わった、ある日の午後。里穂は遂に、作戦を決行することに決めた。

 やるなら今しかない。仁義との仙台デートが直前に迫ったこのタイミングで師事を仰ぎ、ワンランク上の自分を目指していくために。

 要するに自分の女子力を底上げするために……『彼女』の力を借りるのである。


「片倉さん……折り入って頼みがあるっすよ」

 部活終わりに『仙台支局』へ顔を出した里穂が、神妙な面持ちで華蓮に近づいた。

 名前を呼ばれた華蓮は書類から顔を上げると、何事かと無言で訴えながら次の言葉を待つ。

 里穂は一度、深呼吸をすると――彼女へ向けて至極端的に用件を叫んだ。

「私を女の子にして欲しいっす!!」

「……はい?」

 自分に向けて、稲穂よりも低く頭を垂れる里穂に、華蓮は真顔で首を傾げることしか出来なかった。


 その後、何とかして華蓮の協力を取り付けて、ついでに心愛にも連絡をして。

 翌日の午前中、2人から基礎的な裏技を教えてもらった里穂は、アクセサリー等も借りて、本当に久しぶりに自分自身を着飾ってみた。

 特に高校に入学してからは、部活第一で頑張ってきたこともあり、アクセサリーも煩わしく感じていたし……何よりも今の自分に似合うとも思えなくて、積極的につける機会と意欲を失っていたのだ。

 でも、今日は……普段より少し可愛くなれた今日は、きっと、いつもよりも胸を張って街を歩くことが出来るから。


「――あ、ジン!!」


 地下鉄の改札を抜けてきた彼を見つけた里穂は、いつもの調子で駆け寄った。

 仁義もまた、里穂の声に顔を上げて彼女を見つめて……普段の彼女と違う点にいくつも気付き、思わず立ち止まって目を白黒させている。

 里穂の服装はTシャツにスキニージーンズ、ハイカットのスニーカーにポニーテール……と、特段、いつもと変わらないけれど。

 ただ、顔の日焼けがメイクで隠されており、リップの発色もいつも以上に色鮮やかで、艶があるように見えた。まつ毛にはマスカラが塗られているので、普段よりも目が更に大きく感じられる。首元のペンダントやイヤリングも、里穂が持っているものではなさそうだ。

 仁義が理由を探して周囲を見渡すと……里穂の後ろ、少し離れたところで、心愛と華蓮がこちらを見ていることに気がつく。それで今回の黒幕を察した仁義は、パスケースをバッグに片付けながら肩をすくめた。

「里穂、おはよう。待たせちゃったかな?」

「そんなことないっすよ。私が待ちきれなかっただけで、ジンは予定通りっす」

 こう言って笑う彼女に、仁義は「そっか」と返しつつ……視界に入る彼女たちをどう扱ったものかと思案して、とりあえず里穂に尋ねてみることにした。

「あのさ、里穂……今日、心愛さんや片倉さんも一緒なの?」

「違うっすよ。2人には先生になってもらっただけっす」

 そう言って華蓮と心愛に里穂が視線を向けるから、仁義もつられてそちらを見やり……確認するように問いかける。

「先生……メイクの、ってことだよね。心愛さんだけじゃなくて、片倉さんにも教えてもらったの?」

「そうっすよ。まだ彼女……彼女? とにかく片倉さんみたいには上手に出来ないっすけど……でも、少しは私も変われたような気がするので、やってみて良かったっす!!」

「そうなんだね……」

 どこか歯切れ悪く答えた仁義は、折角なので一言挨拶しておきたいと里穂に提案した後、2人へ近づくために足を進めた。

 里穂は彼の隣を歩きながら……予想以上に喜んでもらえなかったことに少しだけショックを受けつつ、初回で自分のレベルが及ばなかったのだろうという結論に達して、思考を切り替える。

 最初から上手く出来るなんて思っていない。これからも折を見つけて練習していかなくては――と。


 その後、心愛や華蓮と別れた2人は、仙台市中心部にある人気のパンケーキ店にやってきた。

 今日は仁義の編入試験&七夕まつりお疲れ様会、ということで、甘いものを食べて英気を養うのが主な目的である。

 2人がいるのは連日行列が出来るような人気店だが、開店直後を狙ったため、すんなり中へ入ることが出来た。二人がけの席に向かい合って座り、注文したメニューが出てくるまでの間……里穂は意を決して、恐る恐る問いかける。

「あ、あの、ジン……正直に教えて欲しいっすけど……」

「里穂?」

 改まった彼女の態度に、仁義もつられて居住まいを正した。

 里穂は仁義を真っ直ぐ見つめた後、思い切って口を開いた。

「いや、あの……私、ちゃんとメイク出来てないっすか? どこか変だったら教えて欲しいっすよ」

「どこも変じゃないよ。どうしたの?」

「それは……」

 首をかしげる仁義に、里穂は言葉につまり……笑って誤魔化そうとしたけれど、それはやめて、口元を引き締める。

 他人へのモヤモヤは自分で努力して何とかしようと思えるけれど……仁義に対して頂いたモヤモヤは、やはり彼にその理由を聞いて、修正していきたい。


 ――仁義のことを、何も分かっていなかった。

 そんな思いをするのは、もう――嫌だから。


 嘘はつかない。

 偽らない。

 彼には正直な自分を見てほしいから。


「私、ジンに可愛いって思って欲しくて、その……新しいことに挑戦してみたっす!! どうっすか!?」


 こう言って彼を真顔で見つめると、仁義は目を丸くして彼女を見つめた後……おもむろにスマートフォンを取り出すと、カメラを彼女に向けてシャッターを切った。

「へ?」

 里穂が面食らったところをすかさずもう1枚。そして、画面を確認して一人で頷いているけれど……彼がこんなことをするのは初めてだったので、里穂は戸惑いながら理由を尋ねる。

「じ、ジン!! いきなり何するっすか!? まだパンケーキはきてないっすよ!?」

「そうだね。楽しみだね」

「そうっすねー……じゃなくて!!」

 里穂が首を横に振って彼に改めて理由を求めると、仁義は「突然ごめんね」と苦笑いで謝罪した後、手元のスマートフォンに視線を落とし……画面を見つめて目を細めた。

「里穂が新しいことに挑戦して、可愛くなった記念に1枚と思ったんだけど……流石に唐突だったよね、消した方がいい?」

「き、記念っすか? 記念ならしょうがないっすね……しょうがないっすかね……?」

 自問自答しながら首を傾げる里穂は、もう一度、彼の感想を噛み砕いて……恐る恐る顔を上げた。

 仁義の言葉の中に、今の自分が欲しい単語が……ちゃんと、含まれていたから。

「ジン、私……ちゃんと可愛くなれてるっすか?」

「うん、大丈夫。可愛いよ」

「そ、そうっすか……」

 欲しい答えはもらった。普通の女の子であれば仁義に面と向かってこんなことを言われたら、赤面して何も言えなくなってしまうだろうけど。

 しかし、仁義が「今日の天気は晴れだね」と同じテンションでサラリと言い放つから……里穂はまだ何かあるはずだと当たりをつけて、仁義を真っ直ぐに見つめた。

「もっとこうした方がいいとかあれば、教えてほしいっす!!」

「もっとこうした方がいい……じゃあ一つ、お願いしてもいいかな」

「どんと来いっす!! ジンはどんな女の子が好きなのか、もっと具体的に教えてほしいっすよ!!」

 こう言ってスマートフォンのメモ機能を立ち上げる里穂に、仁義は内心で苦笑いを浮かべつつ……彼女を指さして、肩をすくめた。

「僕が好きな女の子は、里穂だけだよ」

「へ?」

 ど直球で飛んできた告白に、里穂は間の抜けた声を出して……「付き合ってるんだからそりゃそうだよな」という結論に至る。

 これもまた、普通の女の子であれば顔から火が出るほど赤くなって最早言葉を発することさえ困難になってしまうだろうけど……里穂が今の彼に聞きたいのは、そういうことではない。

 そのため、特に動じることはないらしい。

「ジン、それは有り難いことによく知ってるっすよ。ありがとうっす」

「どういたしまして。早くパンケーキ食べたいね」

「そうっすねぇ……って、あ、あれ? ジン、終わりっすか!? お願いごとが分かんないっすよ!?」

 困惑する里穂に仁義は「ごめんごめん」と笑って手元の水を飲みながら……喉を潤した後、改めて口を開いた。

「今度、片倉さんにメイクを教えてもらうときは、僕にも教えて欲しいかな」

「ジンにっすか? 別にいいっすけど……まさかジンも化粧したいっすか!?」

 驚いた表情で尋ねる里穂に、仁義は「違うよ」と首を横に振った後、少し躊躇った後で口を開く。

「片倉さんとはいえ……里穂が僕の知らないところで男性と会うのが、ほんのちょっと気に食わないってだけ」

「あ……」

 仁義の言いたいことを察した里穂は、呆けた表情でシミジミと呟いた。

「片倉さんって……男性だったっすね」

「そうだよ。里穂より女子力は高いと思うけど、忘れないでね」

「分かったっす……ってジン!? どういう意味っすか!?」

 里穂が身を乗り出して言葉の真意を問いただそうとした次の瞬間、可愛いエプロンをつけたウェイトレスが、二人分のパンケーキセットを持ってやってきた。

 そして、それぞれの前に5枚重ねのパンケーキ――頂上にはバニラアイスと生クリーム、別添はハチミツ――を置くと、伝票を裏返して置いた後、軽く会釈をして厨房の方へ戻っていく。

 2人の間に漂う、甘く優しい香り。身を乗り出していた里穂は自分の椅子に座り直して……。

「……今は女子力より食欲っす」

 脇にあるフォークとナイフを手に取ると、アイスの頂点に躊躇いなくナイフを入れた。熱いパンケーキの上で溶け始めたアイスと生クリームが滴り落ちていく様を注視しながら、どのタイミングでハチミツをかけるかと吟味していると……そんな自分を仁義が笑顔で見つめていることに気が付き、手を止める。

「ジン、食べないっすか?」

「食べるよ。あ、里穂……また写真撮ってもいいかな」

「いいっすよー」

 パンケーキを写真に残したいのだと判断した里穂は、わざと皿を彼の方へ出そうとしたが……仁義が「そのままで」と言うので手を止めた。そして、彼が写真を撮り終えるまで動かずにいると、シャッター音と共に風景を切り取ってデータ保存した仁義が、スマートフォンを机の端に置いて、彼自身もナイフとフォークを握る。

「ありがとう、里穂。早く食べよう」

「そうっすね。でもなんでわざわざ、私のパンケーキを撮影したっすか?」

 同じものを注文したのだがら、自分のでも良かったはずなのに……と、首をかしげる里穂へ、仁義は上からハチミツをかけながら、どこか楽しそうに返答した。

「んー……里穂が新しいことに挑戦して、可愛くなった記念ってことで」

「またっすか。でもまぁ……」

 ナイフをパンケーキにザクザクと入れながら、里穂は彼を見つめて……口元を綻ばせる。

 そして、一度手を止めると、脇に置いたカバンから自分のスマートフォンを取り出して……カメラを起動すると、自分の眼前にかざし、ピントを合わせる。


 画面の向こうにいるのは、嬉しそうに笑っている大好きな人の顔。

 里穂しか見ることが出来ない、そんな、素の表情だ。

 この瞬間をいつでも思い出せるように、写真を見て……いつでも勇気を貰えるように。

 どんな向かい風が吹いても負けない、そのためのお守りに。


 正面から聞こえてきたスマートフォンのシャッター音に気付いた仁義が、少し驚いた表情で顔を上げた。

 里穂はそんな仁義に向けて、いたずらっぽい表情で口を開く。

「仁義から可愛いって言ってもらった記念っすよ」

 先程、仁義が口にした言い訳を言い返されたため……彼は白旗を上げるように肩をすくめた。

「……記念なら、しょうがないね」

「そういうことっす」

 フォークを握って頷く里穂は、自分だけの思い出を切り取ったことに満足して……目の前のパンケーキを食べる作業を再開するのだった。

 よく考えたら、第4幕後に里穂の誕生日が来たのは、2019年が初めてで。

 と、いうことは……婚約を解消してから書くのは、初めてということになりますが。


 これまで以上に公認カップルしてました。ごちそうさまでした!!


 何なんでしょうね、この2人の安定感。「僕は里穂が好きだよ」と言えば「ありがとう、私もジンのことが好きっす」とサラッと返せる、そんな強すぎる阿吽の呼吸があります。これが政宗だと狼狽して1000文字稼げるのに。(笑)

 里穂は前向きに、卑屈にならずに頑張れる子だと思っているので、これからもきっと彼女らしく、グングン綺麗になっていくことでしょう。本当にこの2人の将来が楽しみだ!!

 里穂、誕生日おめでとう。これからも、これまで以上に君らしく駆け抜けていこうぜー!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ