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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
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2019年桂樹生誕祭小話:勝利のココロエ

 2019年の桂樹誕生日は、第1幕後、改名した彼のその後をちょろっと書いてみました。

 主な時間軸としては、第2幕後日談(https://ncode.syosetu.com/n2377dz/25/)です。

 また、過去に公開したボイスドラマ(https://mqube.net/play/20171018664343)とも繋がっておりますので、お時間ある時にどうぞ。

 挫折した青年と純粋な少年のやり取りをお楽しみくださいませ!!


■主な登場人物:桂樹、勝利

 4月の最終日曜日、段々と日中も暖かくなってきた昼の12時前。

 仙台市泉区にある免許センターの出入り口から外へ出てきた彼は、アスファルトの照り返しに思わず目を細めた。

 長袖のロングTシャツに細身の黒いジーンズ、足元は濃い青のスニーカー。外の日差しに顔をしかめつつ、駐車場を歩く。

 平日に働いている社会人が免許証を更新するのは日曜日だ。知ってはいたけれど予想以上の人に、思ったよりずっと時間がかかってしまった。仕方がないとはいえ、もうちょっと効率よく分散出来ないものかと思ってしまう。

 とはいえ、無事に全て更新が出来たことに内心で安堵しつつ……彼は自分の車の前で立ち止まると、ロックを解除して運転席に乗り込む。

 そして――先ほど交付された、新しい免許証を取り出した。


 最上桂樹(もがみけいじゅ)

 これが――新しい、自分の名前。


 4月の一件で彼が名杙と『絶縁』をされてから、何もかもが劇的に変わった。

 何と言っても『名前』だ。『名杙』という姓を名乗ることは許されず、母親の旧姓でもある『最上』を名乗ることに決めた。それに伴って各所で改名の手続きを進めているのだが……どうしても、馴染めない。

 生まれた時からこの名前だったし、自分が改名することになるなんて予想すらしていなかった。だからこそ、書類に書く時、名乗る時に……言いようのない違和感と、嫌悪感に似たモヤモヤが残ってしまう。

 『名杙桂樹』だった自分を否定して、消えていくような、そんな感覚。

 多くの人が深くを追求せずに受け入れてくれたが、やはり中には興味本位で理由を尋ねられることもある。そんな人には「家庭の事情です」と言って、多くを語らないようにしているが……しばらくはこの好奇の目に耐えることも贖罪の1つとして受け入れるしかないだろう。


 それだけのことをしたのだ。

 失敗するつもりは……当然、なかったけれど。

 彼は勝てずに、全てを失った――それが全ての結果。


「……帰るか」

 免許証を財布に片付けた桂樹は、頭を振って思考を切り替えた。


 そんな諸々の手続きを終え、周囲が何となく『最上』という名前に慣れてくれた5月最後の日曜日。

 彼は仙台市中心部にあるホールのロビーにいた。

 俗に『電力ホール』と呼ばれているこの場所は、有名アーティストのコンサートや各種イベント、演劇などが開催されており、仙台の文化や芸術の拠点となっていた。

 そんな場所に、今日は……制服姿の学生や教職員と思しき大人が多く行き交っている。制服も統一性があるわけではなく、色々な学校の生徒が集まっていることが分かった。

 桂樹は1人、ロビーの隅の方で壁にもたれかかりつつ……手元のスマートフォンを操作して、適当に時間を潰している。

 今日は宮城県の中学生を対象とした弁論大会が開催されており、ここには各中学校から代表に選ばれた中学生が集まっていた。それぞれが担当の教員と戦略を話し合ったり、原稿の確認をしたりしている。

 桂樹は仕事の動員として呼ばれただけなので、特に顔見知りがいるわけではない。名杙との縁を切られたことで『縁故』としての収入を得られなくなったため、桂樹は小学校のみならず、中学校へもスクールカウンセラーとして出向し、関わるようになっていた。

 以前は『縁故』として素質がありそうな学生を見つけることが目的だったが、今はもうそれもない。単純に生徒と話をして、彼らのがどこで躓いているのか、どうすれば光明が見えるのかを考えていく。

 殊更、宮城県は先の災害で多くの学生が被災したこともあり、災害から年数が経過したことで噴出する心の問題への向き合い方も、大きな課題になっていた。だからこそ、桂樹のような立場の職員を各学校が改めて重要視し始めており、設置すれば県からの補助金も出ることがあって、彼は職を失うことなく1人で生きることが出来ている。

 実際、彼の元にも、当時に感じた心の痛みを抑えたまま日々を過ごし、我慢の限界に達した生徒が助けを求めに来たことがある。そういった場合は、精神科医や児童相談所など、然るべき関係機関に繋ぐことも多く……自分では解決出来なかった、そんな気持ちになることもないわけではない。


 そんなことを考えてもしょうがない。

 名杙に頼らず生きていくためには、こうしなければならないと……分かっているけれど。

 それでも、『彼女』のように強く、誰かのために生きていきたいと思ってしまうのは……きっと、ここ数ヶ月間、彼女と長く居すぎたせいだ。


 ――笑顔が、ちらつく。

 再びあの笑顔に会えなかったくせに。

 勝ち取れなかったくせに。


 負けたくせに。


 残像が目障りになった桂樹が、スマートフォンをズボンのポケットに片付けてこめかみをおさえていると……そんな彼の方へ近づいてくる足音に気付いた。

「……?」

 反射的に顔をあげると、桂樹を恐る恐る見つめている少年と目が合う。

 秀麗中学校の制服を着ている彼は、顔を上げた桂樹を凝視して……すぐに、その顔に満面の笑みを浮かべた。


「――やっぱり、名杙(・・)先生ですね!!」


 よく通る声で迷いなく言い放つ彼に、桂樹は思わず顔をしかめる。

 自分を『名杙』姓で呼ぶということは、今現在関わっている生徒ではない。過去に関わった生徒だとしても、人数がそれなりにいるので思い出すのに時間がかかりそうだ。

 桂樹は瞬時に仕事用の笑みを浮かべると、近づいてくる彼からとりあえず情報を聞き出すことにする。

「こんにちは、えっと、ごめんね、すぐに思い出せないんだけど……君は……」

「あ、そうですよね。僕がお世話になったのは小学生の時ですから。多賀城小学校でお世話になった、島田勝利です!!」

「島田……勝利君……!?」

 自己紹介をした彼に、桂樹は思わず素で目を見開いた。

 島田勝利、彼が担当して政宗に引き継いた、『中途覚醒』の少年。

 スクールカウンセラーとして巡回していた桂樹の元へやって来たのも、既に中途覚醒者として『縁』が見えるようになっており、自分の変化に戸惑っていたから。

 桂樹は彼と話をして、その対応を政宗へ一任した。勝利の能力は一時的なものだろうという桂樹の見立てと、政宗自身が実績を欲しかっていたこともある。そして何よりも、勝利自身が『縁』が見えることに対してどこか及び腰だったから。

 要するに――勝利には『縁故』としての未来はない、そう、判断したのだ。

 そんな彼がどうしてここにいるんだろうと驚いている桂樹とは対照的に、彼は目を輝かせなから再会を喜んでいる。

「そうか、島田君……秀麗中学に通っているんだね」

「そうなんです。いやーまさか名杙先生と会えるなんて思わなかったですよ。そういえばココに来る途中にも名杙先生と会って……あ、この名杙先生っていうのは、名杙さんのお兄さんの名杙先生なんですけどね」

 笑顔で饒舌に語る彼の右手には、原稿用紙が4枚ほど握られている。桂樹がそれを指差して、彼がここにいる理由を確認した。

「島田くんも、今日の弁論大会に出るのかい?」

「はい!! 学校の代表として来ました!! いやー、政宗さんのことを書いた作文で代表に選ばれて、その会場で名杙先生に会えるなんて、すっごい『ご縁』ですね!!」

「そうなんだね……」

 桂樹は曖昧に返事をしながら、彼が握っている原稿用紙を見つめる。

 今年の弁論大会の題目は、『尊敬している人について』だ。

 勝利が政宗について書くことに、何の問題もない。


 勝利を救ったのは政宗だ。

 自分は彼の可能性を見限って、手を離したのだから。

 こんなところで、政宗のことなんて……思い出したくないのに。


 桂樹がどこか苦い表情をしていることに気付いた勝利は、意識して口角を上げると、自分から話題を切り替えた。

「名杙先生は、どうしてここにいるんですか?」

「教育委員会からの動員でね。あと、今は中学校も回っているから、どんな生徒がいるのか見ておこうと思って」

「そうだったんですね!! ってことは、秀麗中学にも来ることはありますか?」

「秀麗中学は独自の人員配置をしているから、難しいと思うけれど……行けることがあれば挨拶をさせてもらうよ」

 口ではそう語りつつ、秀麗中学は名杙からの寄付金が多く、影響力が強い学校だから、自分が行くことはないということは、桂樹が誰よりも分かっていた。

 だからきっと、勝利と会うのも……これが最後になる可能性が高い。

 とはいえ……桂樹は無言で彼を見つめると、以前との違いに驚きを隠せなかった。

 久しぶりに再会してハキハキと受け答えをする彼に、桂樹が知っている少年の面影はない。

 教師に付き添われて彼の元へ相談に来た時は、元気な彼を脅かすような戸惑いや恐怖が居座っていたから。

 この姿が本来の彼なのだと桂樹が内心で驚いていると……勝利は桂樹を真っ直ぐに見上げた後、予想外の言葉を口にする。

「名杙先生には、ずっと……お礼を言いたかったんです」

「お礼?」

「はい。あの時……僕の話を聞いて、政宗さんを紹介してくださって、本当にありがとうございました!!」

「……は?」

 思わず素で声が漏れる。それくらいの不意打ちで、奇をてらった……言葉を選ばずに言えば、的外れとも思える謝意だったから。

 桂樹が話を聞いたのは、それが仕事だったから。

 政宗に紹介したのも、彼に『縁故』としての素質を感じられなかったから。


 お礼を言われるようなことは、何もしていない。


 面食らって黙り込む桂樹に、勝利は右手の原稿用紙を握りしめて、どこか自嘲気味に目を伏せる。

「あの時の僕は……『縁』っていうものが見えるようになって、それが何なのかが分かった時に、友達がとっても怖くなりました。みんな笑っているのに、それが信じられなくて……とても辛かったけど、誰にも言えなかったんです」


 『縁』――『関係縁』は、人間関係を嘘偽りなく可視化する。

 普段は赤く見える『関係縁』も、相手への興味がなければ色が薄れ、恋心を抱けば紫色に近づいていくのだ。


 それは、幼い彼にとって恐怖でしかなかった。

 目の前の友達は、自分に対して笑ってくれるけれど……繋がっている『関係縁』を見ると色が薄く、自分への興味関心が薄いことが、一目瞭然だったから。


 誰とでも仲良くなりたい、そう思っていたけれど……相手が同じ気持ちではないことを嫌になるほど実感してしまった、そんな日々。

 人と会うのが苦痛になり、笑顔が少なくなった彼を心配した両親と担任のはからいで、桂樹との面談が実現したのだ。

「名杙先生は僕の話をしっかり聞いてくれて、政宗さんを紹介してくれました。お二人のおかけで僕は立ち直ることが出来たんです」

「それは……俺は自分の仕事をしただけだよ。島田君を救ったのは政宗君だ」

 口に出した後、こんなことを生徒の前で言うべきではないと思った。けれど、事実はそれなのだからしょうがない。


 勝利を救ったのは政宗だ。

 自分ではない。


 次の言葉を探す桂樹に向けて、勝利が「あ、それっ!!」と明るく手を打つ。

「それ、政宗さんも言ってましたよ」

「え……?」

「『俺は自分の仕事をしただけだよ』って。そうやってカッコつけないところが本当に素敵だと思うんです!! それに、名杙先生がいなければ、僕は政宗さんと知り合うこともなかったわけですから……やっぱり、名杙先生にもお礼を言わないとダメですよね!!」

「……」

 

 敵わない、そう思った。

 これが――『彼』の真価なのかもしれない。

 彼自身が目立つこともあって、どうしてもそっちにばかり目を向けてしまうけれど……いつの間にか人を育てており、気付けば周囲を囲まれている。

 あの名杙統治を矯正し、『仙台支局』を作り、そして――『福岡の切り札』を呼び寄せた。その実力を過小評価していたことが、自分の敗北に繋がったことを、嫌というほど思い知らされる。

 山本結果という少女のことを、桂樹はこの4月まで知らなかったのだが……西を統括する名雲家の隠し子・山本麻里子が育てた人材。彼女の生存には、あの伊達聖人も関係していると言う。

 彼女自身も『縁故』として驚異的な実績を残しており、福岡の実情を考えても、そう簡単に手放したくなったはずだ。

 一時的だと思われていた来仙。しかし……蓋を開けてみれば、彼女は今、転籍して仙台で働いている。


 敵わない。

 やはり自分は、政宗には勝てないのだろうか。


 ――世の中には君の知らないことも沢山あるってことだけ……覚えておくこと。私が伝えたいのはそれだけよ。


 不意に。

 あの時、観覧車の中で華に言われた言葉を思い出して……思わず失笑してしまった。

 心の中に渦巻いている思いが、あの時と同じように感じたから。


 あの時も、華から予想外の能力を誇示されて……思わず否定してしまった。

 そんなことあるわけない、と、否定するための証拠を探して、彼女とぶつかったこともあるけれど。

 ただ、衝突して、相手のことを知って、そして――


「……そうか」


 自分は相変わらず視野が狭くて、思いがけないことに戸惑うこともあるけれど。

 ただ、それを煩わしいと思わず、自分には出来ないと僻むのではなく。

 負け続けている自分自身を勝利へ続く心得、それは――


「……ありがとう、島田君」


 戸惑っても、納得出来なくても……一度、素直に受け入れること。

 この感情をどう取り扱うのかは、未来の自分と相談して決めればいい。

 そこで否定しても構わない。違うことではなく、頭ごなしに否定することが悪いのだと、『彼ら』の態度を見ていて改めて感じる。


 桂樹の言葉に、勝利は嬉しそうな笑顔で「いやぁ、それほどでも!!」と頭をかく。

 そんな彼に、桂樹は1つだけ、伝えておきたいことがあった。

「島田くん、唐突で申し訳ないんだが――」


 勝利が桂樹と立ち話をしている頃、同級生の阿部倫子(みちこ)は、彼を探して会場内を走り回っていた。

 2人でここまで来て、現地で担当教諭と合流し、順番などの段取りを進めたところで、何かを見つけた勝利が「ちょっと待ってて!!」と言い残して離脱。残された2人で出来る話は進めていたのだが……やはり、勝利がいないと進まない話も多い。そのため、彼女が探しに出てきたのである。

「島田君、一体どこに行ったのかしら……?」

 県内の中学校から代表が集まっていることもあり、ロビーやホール内で多くの生徒と教師が打ち合わせをしている。そんな人波をかいくぐり、彼女なりに頑張って目を凝らしていると……ロビーの奥の方から、彼らしき声が聞こえてきた。

 自分の聴力に望みを託して近づいてみると……勝利とあと1人、背の高い男性が、楽しそうに談笑しているところを発見する。

「島田君、こ、こんなところにいたのね……!!」

 息を切らせながら、倫子が最後の力を振り絞って駆け寄ると……彼女に気付いた勝利が「あっ!?」ときまりが悪そうに目をそらした。

「か、会長……わざわざゴメンね」

「ちっとも戻ってこないから、探しに来たのだけど……お知り合いの方なの?」

 倫子が桂樹に視線を移すと、勝利が胸を張って彼を紹介する。

「この人は、最上先生。小学生の時に悩んでいた僕を助けてくれた、スクールカウンセラーの先生なんだ」


 倫子がここに来る直前、桂樹は勝利へ、自分の苗字が変わったことを伝えていた。

 事実を知った勝利は「そうなんですか!?」と驚きで目を見開いた後、すぐに力強い笑顔で首肯する。

「分かりました、最上先生!!」

 こう言ってくれた彼の笑顔に、どこか救われた気がした。

 

 そして、勝利からの紹介を受けた倫子は、軽く目を見開いた。彼女自身もまた、勝利がどうして政宗と関わりを持つようになったのかは聞いている。そして、その時のスクールカウンセラーは『名杙先生』だと聞いていたから。

 ただ、異なる名前の理由を探る前に……彼が勝利を見つめる眼差しが、とても優しく思えたから。

 倫子は居住まいを正すと、桂樹へ向けて綺麗にお辞儀をした。

「初めまして、阿部倫子です」

 桂樹はそんな彼女を見つめて、軽く会釈をした後――


「――こんにちは、最上桂樹です」


 己の名前を名乗り、背筋を正す。

 ここから踏み出す心の一歩が、次の自分に繋がると信じて。

 桂樹をスクールカウンセラーという職業にしたのは、第1幕を書いている時の思いつきでした。それがまさか、こんなところでエピソードを紡いでくれるなんて。

 桂樹の新しい名字『最上』は、東北地方に多いこと(最上川とかありますからね)、そして、彼には彼らしく、改めて最も上を目指して欲しいと思ってつけました。


 ……という理由は後付で、本当は名字を悩んでいる時に、ボイスドラマで蓮役をお願いしている狛原ひのさんの呟きを見たからです。(https://twitter.com/koma_hino/status/1124311990615175168)

 脳内で早速「もがみん」と呼んでます!!(下の名前で呼んであげて)

 桂樹も新しい一歩を踏み出して、6幕に絡みついてきますので宜しくお願いします!!


 桂樹、誕生日おめでとう。これから新しい君になって、更に素敵なオトナになってくれー!!

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