2019年仁義生誕祭小話:笑顔の予感
今年の仁義誕生日は、第4幕後、1人で暮らすことになった彼が新たな一歩を踏み出す物語です。
彼が住んでいる部屋の詳細もわかる……かも。仁義の新生活をお楽しみくださいませ!!
■主な登場人物:仁義、里穂、伊達先生
去年の今頃は、自分が1人でここにいるなんて……彼女が隣にいないなんて、そんなこと、夢にも思わなかった。
8月の七夕まつりも終わったばかり、とある夏の日の午前中。中々終わらない引っ越しの荷解きに自分で区切りをつけた柳井仁義は、クーラーのきいた室内で息をついた。
グレーのTシャツに濃紺のジーンズというラフな格好。今は珍しくメガネを外しており、特徴的な銀髪が、窓から差し込む太陽の光に反射してキラキラと光る。
午後から外へ出る用事がある仁義は、整理途中になってしまった手元の箱を静かに閉じて……1人、室内を見渡した。
「……」
世界は、こんなに静かだっただろうか。
夏の日を照らす太陽のように明るい世界ばかりを見せてくれた彼女がいないので、様々なことが逐一静かに感じてしまう。
仙台市営地下鉄・連坊駅近くにある、学生や単身者が多く住んでいるワンルームのマンション。その一室が自分の住処としてあてがわれたのは……つい先日のことだった。
「私、名倉里穂は……柳井仁義との婚約を、解消します」
あの時、里穂が統治や政宗、名杙家の大人に向けて言い放った言葉は、確かな波紋となって静かに広がっていった。
仁義が名杙の決定に背いた罰は、『縁故』としての謹慎(4ヶ月)と、石巻の名倉家から出ていくこと。これまで住んでいた家から出なければならないということで、未成年には重たい処遇に思えるかもしれないが……当然、仁義の引受先に関しては、政宗と統治が事前に『打ち合わせ』をした上で、名杙の上層部に提案していたことでもあった。
そのため、これ以外に面倒な罰則が――『仙台支局』への出入り禁止や、里穂との接近禁止など――くっついてこなかったことは、実はとても喜ばしいことでもある。
これも全て、里穂が自分から率先して――実際は事前に統治と打ち合わせをした上で――『婚約解消』というカードを切り、仁義と縁を切ったように『見せている』から。
実際のところ、里穂と仁義の絆は弱くなることなどなく、むしろ更に強固なものになっていると彼自身も思っている。
強くなるしかない。
離れることで改めて気付けた、大切な人への思い。
それをしっかり守っていくためには、自分たちが今まで以上に力強く、自分たちの足で立たなければならないのだから。
とはいえ――これまでの時間は、2人で一緒にいることが当たり前で。
里穂とともに歩いてきたからこそ、右側に彼女の笑顔がいないことを改めて実感すると、言いようのない寂しさに襲われて、自分の行動を疑い始めてしまうけれど。
でも……いくらそんなことをしたって、過去を変えることは出来ない。自分は自分でしかいられないし、それこそ過去の自分の行動を後悔するなんて……里穂の決意に対する冒涜だ。
そう思うからこそ、今は歯を食いしばってでも耐えてみせる。
全ては、未来の可能性を広げるために。
「……頑張らないとね」
自分に向けて呟いた言葉は、何の反応もないまま部屋の空気に溶けて消えた。
ほぼ同時に立ち上がった仁義は、整理途中の箱を両腕で持ち上げた。部屋の隅にある未整理品の仮置場へ移動させるためである。
「よ、っと……」
よろめきそうになる足元に力を入れて、仁義は一歩前に踏み出した。そして、ベッドの脇に置いてあるダンボールの上にそれを重ねた後……一息ついて、腕時計に視線を落とした。
時間は12時を少し過ぎたところ。今日は13時より、9月から通う高校で担任との三者面談がある。仁義の実両親は彼が幼少期に事故で死別しているので、里穂の母親・名倉理英子と、10分前に学校の正門前で待ち合わせをしていた。
仁義の両親は、仁義を含めた宮城の家族旅行中、事故に巻き込まれて死別した。
生き残ったのは彼1人だけ。『縁故』の能力に目覚めたのも、その事故で受けた衝撃がきっかけだった。
最初は何もかも信じられなくて、世界の全てが自分の敵に思えて……ふさぎ込んでしまったけれど。
そんな時に彼を支えてくれたのが、里穂であり、名倉家だった。
「里穂ちゃんはいいよね!! 髪も目も黒くて、お父さんもお母さんもいて!! 友達も沢山いて!!」
自暴自棄になって八つ当たりをしても、彼女はいつも笑顔で受け止めてくれて。
不幸な出来事が重なり、仁義が母親のことを忘却する自分自身に苦しんでいる時も……彼女は笑顔で、力強くこう言ってくれた。
「あのね、里穂のお母さんが言ってたの。里穂があー君にお話してあげれば、あー君もその時は思い出せるかもしれないって。だから大丈夫!! これからもいっぱい、いーっぱい、お話してあげるからね!!」
里穂の笑顔に惹かれて、強さに救われて、隣に並び立ちたくて。
色々なことがあって、石巻からは離れることになったけれど……だからこそ、きちんとした大人になって彼女を迎えに行く、そう決めた。
「お昼ご飯……何かあったかな……」
仁義は脳内にあるレトルト食品のストックリストを呼び出すと、午後へ向けて力を蓄えるために、キッチンの方へと移動を始めた。
ストックしてあった冷凍パスタを解凍して、昼食を済ませた仁義は、食器の片付けを終えた後、着替えるために部屋へ備え付けてあるクローゼットを開いた。
学校の教師と会うというのに、Tシャツとジーンズではラフすぎる。襟付きのシャツを探すために、両開きのクローゼットを開いた仁義は……ハンガーにかけている自分の洋服を探しながら、右端にさり気なくかけられている『レディースのワンピース』と、その裾の下にある『蓋のついた真っ白の四角いスツール』を、なるだけ見ないように意識していた。
高さが2メートル、幅が1メートル、奥行きが80センチほどあるクローゼットは、仁義の目線の高さにハンガーをかけるためのポールが一本、床と平行に取り付けられており、上着などをかけておくことが出来る。
足元には半透明のプラスチックケースがあり、彼の下着や靴下、Tシャツの類が収納されている。
ここにある女性用の洋服は、里穂のものではない。当然だが仁義のものでもない。
この部屋の所有者は、仁義とも顔見知りの伊達聖人だ。彼がかつて、仙台市内の大学に通っていた際、将来的な資産の一つとして購入した部屋である……と、聞いている。
聖人が宮城県北の登米市にある病院に勤務するようになってからは、仙台市内の学校に通う大学生や高校生に貸したり、聖人自身が学会や出張で仙台へ行く用事があった時に寝泊まりしていたのだが……4月中旬から、とある人物の『着替え部屋』としても使われている。
名波蓮。
名杙桂樹と共に名杙本家へ反逆し――最終的には敗北して、人生の罰ゲームを課せられた、そんな高校1年生。
彼が女性としてアルバイトをする際、放課後にこの部屋で着替えをしてから、仙台駅近くのバイト先へ向かっているのである。
そのため、仁義がこの部屋で生活することになると、蓮の邪魔になってしまうのではないか……『仙台支局』で聖人から鍵を受け取る際に仁義がそう尋ねると、聖人は笑顔で首を横に振った。
「自分としては、ちゃんと家賃収入が欲しいからね。部屋もちゃんと使ってくれる人がいないと、どこか悪いかも気付け無いから。仁義君は何も気にしなくて大丈夫だよ」
「そうですか……じゃあ、名波君はどうするんですか?」
「その辺はいずれ考えるけれど……しばらくは、蓮君の私物も置いたままでいいかな? 彼も4月以降は特に目立つ動きがないから、もしかしたら名杙の態度次第で、今後の処遇が変わるかもしれないから」
「分かりました」
頷いた仁義が、聖人から部屋の鍵を受け取って……聖人や統治らの了解をとった後に、蓮とも連絡先を交換して連絡を取った。そして、彼自身も夏休みなので、8月はその部屋を使うことはないだろう、9月以降のことはいずれ改めて相談させて欲しい、という結論に至っている。
蓮との付き合いはまだ数ヶ月だが、出会った頃よりも少しずつ年相応の空気になっているように感じる。それこそ先月末、受験のために蓮が通う高校に出向き、校内でうっかり遭遇したときは、それはもう驚いていたから。
編入試験を通過したことで、仁義と蓮は同じ高校に通うことになる。これまで以上に接点が出来るだろうから、これまで以上に――彼のことを知る機会が増えるだろう。その予感に、頬が緩んだ。
「……っと、着替え着替え……」
自分がやろうとしていたことを思い出した仁義は、ハンガーにかかっている襟付きの白い半袖シャツをハンガーから外した。そして、クローゼットの隅にいるワンピースを一瞥して、肩をすくめ、心の中でエールを送る。
自分も頑張るから、一緒に頑張ろう、と。
着替えを済ませた仁義は、身だしなみを整えて部屋を出る。
夏の強い日差しの下、高校の正門前で理英子と合流した仁義は、彼女を連れて事務室へと向かった。入り口で事情を説明して入館証を受け取り、それを首からぶら下げて職員室へ向かう。
その後、担任になる40代の男性教諭と廊下で軽く挨拶を交わした後、教諭の案内で、仁義が編入するクラスへと向かった。
校舎の階段を登りながら……見慣れぬ景色に、思わず周囲を見渡してしまう。そして、部活などで校内にいた生徒とすれ違う度に、視線を感じた。
それは全て、自身の頭髪と目の色が原因だと自覚している。けれど、生まれつきそうなのだという証明書も提出しており、高校からも了承を得ているので、仁義は髪の色を黒くしたり、カラーコンタクトをして周囲に溶け込むつもりはなかった。
どうやったって、自分は自分。誰かにはなれない。
だからこそ――
仁義が1人で決意を新たにしたところで、前を歩いていた教諭が、とあるクラスの前で立ち止まった。
「柳井君、ここが君のクラスだ」
「ここが……」
見上げたプレートも、クラスの中も、先へ続く廊下も……まだ全てが新しいけれど。
でも、これらがいずれ『当たり前』になり、『思い出』になっていく。
そんな1日を積み重ねていく、今日がその第一歩だ。
仁義は自然と背筋を正すと、前を見据えて――足を踏み出し、引き戸の敷居をまたいだ。
「今日はわざわざ……ありがとうございました」
小一時間3人で話をした後、教室を後にした仁義と理英子は、彼女が車を駐めている校舎裏の来客用の駐車場にいた。
これから車で帰る理英子に、仁義が改めて頭を下げると……理英子はそんな彼の頭に手をのせて、少し乱暴にワシワシと撫で回す。
「うわっ!? り、理英子さん……?」
「そんな他人行儀なことは言わなくていいの。当たり前のことをしてるだけなんだから」
「そ、そうですか……?」
「そうよ。頭も顔もいい自慢の息子が、仙台の高校に進学するなんてめでたいじゃない」
悪びれることもなくそう言った理英子は、彼の頭から手を離すと……目を細めて、彼を見つめる。
出会った頃は、しゃがんで丁度よい大きさだったのに。
いつの間にか並び立つようになっていたから、きっと……このままぐんぐん縦に伸びて、彼女を追い抜いていくのだろう。
その成長を間近で見ることが出来なくなることに、寂しさはあるけれど……でも、それ以上の期待もある。
「試験合格おめでとう。高校生活、存分に楽しみなさいね」
こう言って仁義を見つめると、彼はどこか気恥ずかしそうに視線をそらした後……気持ちを整えてから理英子を見つめ、力強く頷いた。
「……はい、分かってます。ありがとうございます」
「結局どこか他人行儀なのよねぇ……まぁ、仁義らしいか」
理英子はそう言って肩をすくめると、運転席の扉を開いて車内に乗り込んだ。そして、エンジンをかけてシートベルトを締めながら、窓を開けて声をかける。
「じゃあ、また連絡してね。あ、里穂が晩ごはんいらないなら、早めに連絡するよう言っといてくれる?」
「分かりました。お気をつけて」
そう言って手を振る仁義に、理英子は「じゃあね」と言いながら窓を閉める。そして、ゆっくりと車を動かして出発し、裏門から大通りへ向けて出ていった。
1人残された仁義は……腕時計で時間を確認する。時刻は14時10分を過ぎた頃。校舎の影になっているので直射日光はあたらないが、立っているとジワリと汗が滲むような、そんな、夏の昼間特有の熱気が彼を包んでいた。
「移動しておこうかな……」
里穂との約束は15時。彼女の部活が暑さの厳しくなる14時前で終わりということで、片付けや着替えなどを終わらせた15時に仙台駅で待ち合わせをするのが、ここ最近の流れになっていた。
この場所から仙台駅までは、最寄りの地下鉄駅まで2分、電車で5分、全て歩いたとしても20分程度で到着する。正直、この気候の中であるきたくはないので……地下鉄を使って早めに移動し、駅のどこかで時間を潰そう。
目的地を決めた仁義は、まず、地下鉄の駅へ向けて歩き出した。
地下鉄で仙台駅まで移動した仁義は、仙台駅の2階、待ち合わせの定番スポットでもある、ステンドグラス前にやってきた。
時刻は14時20分過ぎ。待ち合わせまであと40分近くあるが、夏休み期間中ということもあってどの飲食店も混み合っており、席に着く順番を待っていると、あっという間に15時近くになってしまいそうだった。
1人で待つ時間は特に苦痛でもないため、仁義は待ち合わせをする人の中に紛れると、スマートフォンを操作して画面に視線を落とす。
15分前に届いているメッセージを開いてみると、相手は里穂から。部活が終わったという内容だった。
里穂の通う高校から仙台駅までは、歩いて10分ほど。やはりここを動かずに待っていようという結論に達した仁義は、里穂へ手短にメッセージを返してから……改めて、周囲を見渡した。
東北地方でも特に人の流れが多い場所なので、観光で訪れてキャリーケースを引いている家族、スーツの上着を持って早足で移動するサラリーマン、イヤホンをつけて移動する学生など、それぞれが目的地を目指して通り過ぎていく。
時折、自分に対してチラチラと視線を向けられることが気にならないわけではないが、仁義は気付かないフリをして、里穂から届いた新しいメッセージに返信をするため、指を動かした。
「……今日は、どこにしようかな……」
2人は合流した後、ファーストフード店などで思う存分話をして、飽きたらゲームセンターで遊んだり、洋服を見たりして解散している。目下の悩みは長居出来る学生向けのファーストフード店がほぼ同じ店のローテーションになってしまうので、新鮮味がないことだ。
前回はハンバーガーチェーン店だったから、今回はカフェ的な場所だろうか……と、脳内で最近行っていない店を探しながら彼女を待っていると……行き交う人に紛れて、里穂のトレードマークでもあるポニーテールが揺れている、ように見える。
「里穂……?」
彼女の前をツアーと思われる団体がゾロゾロと途切れることなく通り過ぎているので、彼女は仁義の十数メートル手前でまごついていた。少し視点を変えると人の流れが途切れている場所があるのだが、里穂のいる場所からはそこが見えないらしい。
待っていれば、いずれ、彼女が笑顔でここに来てくれるけれど。
ただ、待っているだけの自分ではいたくない、そう思った。
楽しい予感のする方へ――自分から、歩き出してみよう。
仁義は持っていたカバンのポケットにスマートフォンを片付けると、早足で一歩踏み出した。そして団体用の改札をゾロゾロと抜けてくる人々の隙間をぬって、反対側に抜け出すことに成功する。
そして、人の流れが落ち着くのを待っていた里穂の肩をたたき、振り向いた彼女の名前を先に呼んだ。
「――里穂、お疲れ様」
「ジン!?」
予想外の方向からやってきた仁義に、制服姿の里穂は驚いた表情を向けて……目を丸くする。そして、「あれ? あれ……?」と、何度も彼を見つめた。
「ジン、私より先に来てたっすか?」
その問いかけに、仁義はコクリと首肯する。
「うん、ちょっと前の用事が早く終わったから」
「そうだったっすか……じゃあ、どこかお店に入ってても良かったっすよ?」
そう言ってどこか申し訳なさそうに自分を見つめる里穂に、仁義は首を横に振った。
そして、里穂が右手に持っていた部活道具の入った荷物をさり気なく持つと、フリーになった彼女の右手を自分の左手でキープして、呆気にとられている里穂に……笑顔を向けた。
「2人で行く場所は、2人で決めたかったから。里穂、今日はどこがいいと思う?」
そう言って里穂を少し下から見上げてみると、仁義の一連の行動に押されていた里穂が……一度軽く目を閉じた後、息を吐きながら目を開いた。
そして、仁義をはにかんだ笑顔で見つめた後、彼がつないでくれた手を握り返す。
「んー、小腹がすいているので、何か食べれるところがいいっすねー」
「食べれるところ……でも、マクドナルドはこの間行ったよね」
「そうっすねぇ……とりあえず、ひょうたん揚げでも食べながら考えるっす!!」
そう言って彼の手を引いて歩こうとした次の瞬間、仁義の方が里穂より早く、目的の店がある方へ歩き出した。
結果的にエスコートされるような形になってしまった里穂は、予想外の彼の行動に目を瞬く。
その理由を問いかけたくて、自分より頭一つ高い彼の横顔を見上げるけれど……前を見つめる視線が頼もしくて、その口元からこぼれる笑みが、とても嬉しそうだったから。
何か楽しいことが始まりそうな、そんな予感がする。
里穂はこれ以上何も言わず、今日は黙って彼についていくことにした。
春からは新生活を始める人が多いだろうなと、書き終わった後に思いました。
仁義はこれから里穂と一緒に生きていくために、色々な困難に立ち向かうと思うんですけど、そんなときにもしっかり一歩踏み出して、自分の道を歩いていってくれるといいなぁと思います。
仁義、誕生日おめでとう!! これからも里穂を守ってあげてくれー!!




