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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
61/121

2019年彩衣生誕祭小話:シンデレラ症候群

 彩衣を主人公にした物語は、初めてですね。2019年の誕生日には、そんな彩衣と第3幕におけるユカの交流を軸に、彼女の中にある歪んだ思いをちょいと引っ張り出してみました。

 第6幕が全部終わったら……また、ここに戻ってきてください。(笑)


■主な登場人物:彩衣、聖人、ユカ

 いつも隣にいる私は、今の貴方にどううつっているのだろう。

 もしも……こんなことを聞いたら、きっと、貴方をまた困らせてしまう。

 だから私は――全てを隠して演じきる。

 二度と、貴方にあんな顔をさせないように。


「彩衣さん、今日はそろそろ終わりにしようか」

 7月下旬、とある平日の18時前、パソコンの画面下に表示された時計を確認した伊達聖人が、少し離れた場所で作業をしていた富沢彩衣に声をかけた。

 聖人は珍しく白衣を羽織っておらず、襟のついたグレーのポロシャツと、黒くて細身のジーンズという組み合わせ。今日は午後から16時過ぎまで名杙からの呼び出しに駆り出されていたこともあり、動きやすく、年齢より若く見えるような格好で立ち回っている。

 一方の彩衣は長い髪の毛をアップにまとめ、太ももまである白いシャツワンピースとスキニージーンズという組み合わせ。こちらも今日は白衣を脱いでおり、座っている横の椅子の背もたれにかけてあった。

 聖人の言葉にコクリと頷いた彩衣は、必要なデータを保存して、ノートパソコンをシャットダウンする。その間にテーブルに散らばった紙の資料をまとめながら……その先頭にいる『彼女』の情報に、どうしても目がいってしまった。


 山本結果(やまもとゆか)

 福岡から仙台へやってきた、『生命縁』に爆弾を抱えて生き急ぐ少女。


 先月の――6月下旬に起こった『異変』により、彼女が『自分たちと同類である可能性が極めて高い』ことは認めるしかなかった。そもそも、彼女の『生命縁』を守る帽子を手がけているのは聖人である。彼が彼女に貢献出来ているのは、彼自身がユカのことを全て数値化して経過観察していることもあるけれど、色々なことが近いことも、大きな理由の1つとしてあげられるだろう。


 それは、境遇だったり、持ち合わせた特性だったり。

 『縁故』か否か、という違いはあるけれど……その違いを科学的に克服した彼にしてみれば、誤差程度の違いでしかないのだ。


 彩衣は書類をまとめ、近くにあるクリアファイルに入れた。

 そして、視線の先でいつも通りの聖人を見つめ……ふと、『あの時』のことを思い出す。

 ここ最近で、彼が最も焦っていたのは――ついこの間、6月下旬のこと。

 あの6月は、何度振り返ってみても夢だったのではないかと思うほど、現実味のない時間だった。



「――彩衣さん、ケッカちゃんの具合がとても悪いみたいなんだ。悪いけどこれから、自分の補助として同行してくれないかな」

 電話を切った後、いつもより厳しい聖人の声に、同じ空間で作業をしていた彩衣は手を止めて彼を見つめた。

 彼にあまり余裕がない姿は、久しぶりに見る。彩衣は思わず口元を引き締めて、確認するように問いかけた。

「山本さんに異常、ですか?」

「そうみたいだね。詳しいことは聞けなかったくらい、統治君の焦り方が尋常じゃなかったんだ。とりあえず現状を把握するために政宗くんの部屋に行くけど、多少の残業は覚悟してほしいな。宜しくね」

「承知しました」

 彼の言葉に頷いた彩衣は、手元のノートパソコンをシャットダウンしながら……風邪、食中毒、流行病、など、脳内であらゆる可能性を想定した。


 しかし、彩衣の目の前にやってきた現実は――予想を遥かに超えるほど、現実離れしていて。

 そして……いつまでたっても現実味がない、至極曖昧な時間が始まった。


「彩衣さん、本当にありがとう。自分一人では半分も対応出来なかったよ」

 出来る限りの初期対応を終え、政宗の部屋から利府の私室に引き上げてきたところで、聖人が彩衣に疲れ切った苦笑いを向ける。

 時刻は間もなく21時になろうとしている。キッチンで2人分のお茶を用意した彩衣が、それぞれのマグカップに入れて持ってきた。そして、ダイニングテーブルに座ってこめかみを抑えている聖人の前に置くと、自分の分を持って移動し、彼と対面になるよう腰を下ろす。

 聖人は「ありがとう」と会釈してからお茶を一口すすると……カップをテーブルの上に置き、もう一度息を吐いた。

 そして……彩衣の方を見ると、苦笑いのまま口を開く。

「久しぶりに、ここまで強いのにあてられたね。彩衣さん、具合はどうかな?」

 2人は政宗の部屋にいた間、言いようのない倦怠感と頭痛、吐き気を堪えていた。「買い物に行く」と言ってこまめにその場から退避したりしていたけれど、部屋に戻れば再びそれらが戻ってくる上に、困惑したユカ達に毅然と対応しなければならない。ポーカーフェイスには慣れているけれど、流石に心身の疲労がピークに達しようとしていたから。

 聖人の言葉に、彩衣は淡々と返答する。

「……まだ少し違和感はありますが、大分、治まりました」

「そう。自分と同じだね。まさかケッカちゃんがあんなことになるなんて……彩衣さんから見て、彼女の成長は『正常』だったと思う?」

「……実年齢を考えると、正常の範囲内かと思います」

「そうなんだね、それは良かった。とはいえ……これからどうしようねぇ……」

 聖人はそう言ってもう一杯お茶を飲むと、テーブルの脇にあったルーズリーフとボールペンを手元に寄せた。並行して自身のスマートフォンを開いてスケジュールアプリを起動し、明日以降の勤務シフトを確認する。

 そして、ルーズリーフ上に日付と時間を書き込むと、改めて彩衣の方を見た

「出来る限り自分が対応したいとは思うけど、富谷分院の用意もあるし……彩衣さん、ココとココ、あと、出来ればココ……時間はこれで、どう?」

 彩衣は「お待ち下さい」と呟いてからスマートフォンを取り出し、スケジュールアプリを開いた。そして、自身の勤務形態を確認した後、首を縦に動かす。

「午前中であれば、問題ありません」

「ありがとう。じゃあ、ケッカちゃん……ユカちゃんの身の回りのことも頼んでいいかな。自分が率先すると、政宗君に睨まれそうだからね」

 彩衣が首を縦に動かしたことを確認した聖人は、どこか安心したような表情でもう一口お茶をすすった。彩衣はそんな彼を見つめて……手元のマグカップを両手で握りしめる。

 そして――気になっていたこと、危惧していること(・・・・・・・・)を口にした。

「伊達先生……佐藤さんは、その……兄と……」

「……そうだね」

 彩衣の口調と単語で内容を察した聖人は、しばし考えた後……首を横に振った。

「似た傾向ではあると思うけれど、まだ確証は持てないかな。とりあえず数日、観察してみることにするよ。彩衣さんも、何か気付いたことがあったら教えてね。あと、絶対に、無理はしないこと。自分たちは敵わないからね」

「承知しました」

「お願いね。あと、もしも――」

 更に言葉を続ける聖人に対して、いつも通り首肯する彩衣。彼は「よろしくね、彩衣さん」と、彼女に何かを託して……手元のお茶を最後まで飲み干した。


 そして彩衣は、聖人と協力して、ユカのサポートに入ることになった。

 政宗とも連絡を取り、とりあえず初回となる翌日水曜日は朝の9時過ぎに部屋に入り、午前中の経過観察と必要に応じた生活補助、そして、食事の用意などを担当することで話がまとまった。

 政宗自身も自宅勤務に切り替えたそうだが、午前中は『仙台支局』で諸用を済ませておきたいとのことだった。そのため、政宗の帰宅を待って部屋を出ることにしてある。今日のこともあるので、彩衣の体調を考慮すると3時間程度が限度だろうと聖人が判断したためである。

 そして水曜日の9時前、彩衣は政宗の部屋を尋ねた。そして、すぐに感じる軽微な頭痛に脳内でため息をつきながら、この程度であれば耐えられると判断を下す。

 自分のことは、自分が誰よりも正確に把握しているのだから。

「佐藤さん、あれから何か変わったこと、気付いたことはありましたか?」

「そ、そうですね……あ、ケッカが寝る前に頭と口の中を綺麗に出来ました。ありがとうございます」

 彩衣が昨日用意した衛生セット、それを早速活用したことを告げられると、自分の気遣いが役に立ったことを実感して……少し、嬉しくなる。

 どれだけこちらが先回りして用意をしても、活用してもらわなければ、ただのお荷物になってしまうのだから。

 その後、政宗と流れを再び打ち合わせて彼を送り出した後、彩衣はユカが眠っている客間の扉をノックした。特に返事がないことを確認してから中に入り、ベッドで眠っている彼女の様子を確認する。


 不思議な感覚だった。

 目の前で眠っている女性が、あの『山本結果』だと頭では分かっていても……やはり、にわかには信じがたい。

 これまで、『縁』に散々振り回されてきたけれど……その極みが、目の前にいる彼女のような気がした。

 

 とりあえず脈を確認するため、布団を少し持ち上げて彼女の腕を探す。そして、華奢な手首を軽く握って時間を計っていると……違和感に気付いたユカが、口元を歪めて身じろぎした。

 そして……ぼんやり開いたその目が、彩衣の姿を捉える。

「――おはようございます」

「あ……おは、よう……ございます……?」

 とりあえず挨拶は返しているけれど、目の前にいる彩衣が誰なのか曖昧な様子だった。脈拍に目立つ異常がないことを確認した彩衣は、ユカの手をそっと布団の中に戻してから、改めて軽く頭を下げる。

「看護師の富沢彩衣です。伊達先生や佐藤さんと協力して、山本さんの力になりたいと考えています。宜しくお願いします」

「あ……」

 ここで昨日のことを思い出したらしい。ユカの表情にどこか安心したような緩みが宿る。

 そして、オズオズと問いかけた。

「あ、あの……政宗は……?」

「佐藤さんは午前中、仕事で外へ出ています。午後からは在宅です」

「あ、そ、そうでしたね……」

 恐らく政宗から話を聞いていたのだろう。ユカが何かを思い出したように返事をして……少しだけ、表情を曇らせる。

 彩衣はそんな彼女の横目で確認しながら、机上に広げた道具セットの中から、体温計を取り出した。

 そして、横になっているユカの右脇に挟むと、測定が終わるまで静かに待つ。

 数分後、室内に響いた電子音に従って体温を確認する。37度9分、昨日より下がっているとはいえ、一般的な平熱よりも高い。彼女の額に冷却シートを貼ることに決めた彩衣は、自分の指示を待っているユカに問いかけた。

「トイレは大丈夫ですか? 食事の用意をしたいのですが……」

「あ……じゃあ、お願いします」

 今のユカは自力で歩くことが出来ない。彩衣の提案に首肯して起き上がったユカに寄り添いながら、彩衣は胃からこみ上げてきた不快感を、表情を変えずに飲み込んだ。


 そして、その日の午前中をユカと共に過ごし……今の彼女のことが何となく分かった。

「政宗も統治も、いつの間にか大人になっとって……正直、今でも信じられないんですけど、受け入れるしかないんですよね」

 彼女は彼女なりに、現実を理解しようと一生懸命なのだということ。

「でも……中身は変わってなくて安心しました。統治が料理しとるのは意外でしたけど……政宗は変わってなくて、でも、前よりカッコよくなっとって……会えて嬉しかったです」

 そして……政宗のことが、『やはり』好きなのだということも。


「……やっぱり、そうだったんだね」

 その日の夜、報告のために聖人の私室に立ち寄って、事のあらましを報告した。ダイニングテーブルに頬杖をついた彼は、手元のバインダーをボールペンでトントンと叩きながら……一度、長く息を吐く。

 昨日、聖人は彩衣にもう一つ、頼み事をしていたのだ。

「あと、もしも――ユカちゃんに政宗君への恋愛感情を感じたら、自分に教えてくれないかな」

「恋愛感情、ですか?」

 一体なんのために、そもそも自分にそんなものが分かるだろうか。彼の言葉に首を傾げる彩衣に向けて、聖人は冷静に理由を告げる。

「今のユカちゃんが、自分の仮説通りだとすれば……政宗君のことが好きだと思うんだ。彩衣さんも知っているように、ケッカちゃんから彼に対する思いは『ない』、けれど、自分が麻里子さんから聞き取った内容を整理すると、福岡での彼女はとてもそうとは思えなかったみたいなんだよね。かといって、仙台のケッカちゃんが照れ隠しをしているようにも思えない……この矛盾点を解消する鍵が、ユカちゃんにあると思っているんだ」

「矛盾……」

「今は自分の中の仮説を強くする状況証拠を積み重ねていきたいんだ。彩衣さん……よろしくね」

 こう言われること、断ることが出来ない。

 自分はいつだって、誰からか――彼から、頼りにされたいのだから。

 そして、限られた時間の中でユカを見ていると……政宗に対して特別な思いを抱いていることを、何となく察することが出来た。

 その根拠は、彩衣が知っている『山本結果』は、佐藤政宗という人間をあまりべた褒めしないし、あんなに嬉しそうな表情で語っているのを、見たことがなかったから。

 同じ女性の自分から見ても、思わず見つめてしまうほど……とても、可愛らしい表情で。


 自分とは『縁遠い』と、改めて気付かされる。


「彩衣さんから見てそうなら、間違いないだろうね。直近で会ったケッカちゃんは、政宗君との関係縁の色に変化は感じられなかったから……やっぱり、全て反転したと思うべきなのか……」

 彼はこう言って、バインダーに何かを書き込んでいく。彼が考え事をまとめたい時は、自分の見解を口に出して紙に殴り書きをして、それらを組み立て直して整理していくのだ。これは彼が学生の頃から変わらない。


 ――『聖人』、またゾーンに入って考えごとしてんだな。

 『兄』は、そんな彼を見ると……そう言って笑っていたものだ。


 聖人は手を止めると、彩衣がいれてくれたコーヒーを一口すすって……一度、こめかみを指で抑えた。そして、彼の説明を待っている彼女を見つめて、情報を共有する。

「とりあえず、現状だけで判断すると……今のユカちゃんは、これまでのケッカちゃんが『反転』した存在なんだろうね」

「反転……」

「全てがひっくり返ったから、彼女は成長して、記憶を亡くして……『忘れていた』恋愛感情を完璧に思い出した。ただ、ひっくり返ったままで……全てに逆らって生きていくことは出来ないから、いずれ、必ず元に戻る」

「元に……戻る」

「そう、『元に戻る』んだ。彼女はきっと戻ることが出来るし、戻さなきゃいけない」

 聖人は自分に言い聞かせるように呟いた。彩衣はそんな彼を見つめ、今後の対応を確認する。

「私は、どう動けばいいですか?」

「そうだね……とりあえずは現状維持で。あと、ユカちゃんからの願いは、なるだけ叶えてあげて欲しいかな。ストレスを残したまま元に戻ってしまうと、悪い影響が出るかもしれないからね」

「承知しました」

「大変だと思うけど……宜しくね、彩衣さん」

 こう言って、聖人は静かにバインダーを裏返した。


 聖人の部屋を後にした彩衣は……車を運転しながら、1人、思いを巡らせていた。

 ユカの願いを、なるだけ叶えて欲しいと言われたけれど。

 自分に何が出来るだろう。

 出来ることはしてあげたいけれど……でも、恋を何一つ成就することが出来ていない、こんな自分に、何が出来るというのか。

 彼は――何を期待しているのか。


 そして、あっという間に週末がやってきて。

 土曜日は名杙の総会があるため、彩衣が一日中、ユカと一緒にいることになった。

 そこで……彼女が抱えている思いを知る。


 彼女(ユカ)が好きな政宗が好きなのは、過去の彼女(ケッカ)だと思っているということ。

 ユカを見つめる政宗の瞳が、彼女の中にいるであろう『ケッカ』を――10年間を共に過ごした女性を探していることに。


 (政宗)は、自分を見ていない。

 それに気づけた理由は……彼のことが好きだから。


 過去の彼女は、こんなに愛されている。

 目の前にいるユカは、それを感じれば感じるほど……彼の気を引きたくなった。

 でも、全て徒労に終わった。その答えが、自分がやってきたことのケッカが……昨日、彼女の言葉(告白)を否定しなかった、彼女に対して「好きだ」と言ってはくれなかった、『今の』政宗なのだから。


挿絵(By みてみん)


「変な話ですよね、自分に嫉妬して……あたしだって、山本結果なのに……」


 朝食後、話し終えたユカが俯いてため息をつく様子を見ていた彩衣は……一度立ち上がると彼女の前から食器をひいて、カウンター越しにキッチンのシンクに置いた。そして、空っぽになったお椀の中にある程度の水をためてから、再び、ユカの前に戻る。

 そして……缶コーヒーの残りを飲みきると、ユカに向けてこんなことを尋ねた。

 

 何もせずに見過ごすことは、出来なかった。

 あの時の自分は、1人で全てを受け入れて、諦めるしかなかったから。

 過去は変えられない、けれど――今は、行動次第でいくらでも変えることが出来るのだから。


「山本さん、体の具合は……昨日より良くなっていますか?」

「え、あ、はい……」

 言われるがままに頷くユカに、彩衣が珍しく、いたずらっぽい笑みを浮かべて再び立ち上がる。

 そして、困惑するユカの隣に立つと、こんなことを言ってのけるのだ。

「ちょっと後ほど買い物に出かけてきますので、少しだけ1人にすることを許してくだい。佐藤さんに……お灸をすえる必要がありそうですからね」

「お灸をすえる……?」

 意味の分からないユカが顔をしかめると、「山本さんにも、あとで協力していただきます」と、彩衣が意味深な言葉を残して立ち上がる。

 そして、キッチンに移動して、食器を洗い始めた。

 ユカは少し考えた後……水道を止めて食器を拭き始めた彩衣へ、こんなお願い事をする。

「あ、あの……一緒に買ってきて欲しいものがあるんですけど……」

 ユカからの言葉を受け取った彩衣は、食器を片付けながら……優しい表情で、一度だけ頷いた。


 食器の片付けを終えた彩衣は、スマートフォンを操作して、透名櫻子にメッセージを送った。

 櫻子とも、もう……10年近い間柄になる。だからこそ、こんなことを唐突に聞くことが出来るのだ。


 ――仙台支局の佐藤支局長が好きそうな洋服に、心当たりはありませんか?


 今のユカは体調不良が続いていることもあり、ほぼ同じ部屋着を着回している。今はもう、体調も回復しているから……もっと年相応の、可愛らしい格好をして欲しいと思った。

 理由はよく分からない。ただ、政宗の気を惹くには、まず分かりやすいところから変えていないと駄目だと思ったから。

 櫻子に助言を求めた理由は、彼女が一番ファッションに詳しく、人を良く見ているし、政宗とも知り合いだからだ。

 数分後、彼女から「突然どうしたんですか?」という返信が届いた。無理もない。自分がこんなメッセージを受け取っても、同じ内容を返すだろう。

 想定内の質問に、彩衣は用意しておいた答えを返す。


 ――仕事でお疲れの佐藤支局長にドッキリをしかけたい、と、伊達先生が。


 こういう時に聖人の名前を出すと、一度で理解してもらえるからとても便利だった。案の定「そういうことですか」と、すんなり理解した櫻子から、とても有益な情報を得る。

 政宗が以前、肩を出したドレスを着ていた女性を、いつもより頻繁に目で追っていたことを。


 櫻子からの情報に謝辞を返した彩衣は、ユカの隣の椅子に座ると、机上に自分のスマートフォンを置いた。そして、それを目で追う彼女に、画像検索をしたいくつかの写真を見せる。

「佐藤支局長は、こんな格好をしている女性がお好みだそうです」

「えぇっ、そ、そうなんですか……?」

 困惑するユカに確証を持って頷くと、彼女もまた「そ、そうだったんや……」と、食い入るように画面を見つめる。

 そして……苦笑いで肩をすくめた。

 そこに並んでいたのは、今どきのファッションに身を包み、自分の足で立ってポーズを決めている、そんな女性ばかりだったから。

 今の自分は、どうだろう。

 自分の足で立つことも出来ず、彼にすがって、迷惑をかけているだけなのに。

「……今のあたしと、正反対ですね。こげな格好、あたしには――」


「――出来ますよ」


 彩衣が更に肯定する。ユカは驚きで目を見開いた。

「富沢さん……」

「1人では、出来ないかもしれません。ただ……私はきっと、貴女のちからになれます」

 口調はいつも通り、けれど確固たる意思を持って強く言葉を紡ぐ彼女に、ユカは困惑しながら問いかける。

「どうして……そこまで?」

 彩衣はどうして、自分のためにここまで頑張ってくれるのだろうか。

 その理由を、彼女は端的にこう語った。

 今の彼女には、少しくらい話をしてもいいと思える。

 だって――

「過去の私は……1人で、何も出来ませんでした。現実に流されて、大切な人を失って……そんな後悔を、残してほしくないんです」


 だって、彼女は――全て、忘れてしまう(・・・・・・)のだから。

 自分が語った理想論も、過去の後悔も……その、全てを。


 そして――


「富沢さん、只今戻りました――」


 リビングの扉を開く政宗に、ダイニングテーブルに向かい合わせで座っている2人が、ほぼ同時に視線を向けた。

「あ、政宗、お帰りー」

「ケッ……カ……?」

 ユカの明るい声に出迎えを受けた政宗だが、今の彼はそれどころではなかった。


挿絵(By みてみん)


 椅子に座っているユカは、いつものパジャマやスウェット素材の、ゆったりして体を休めるような服装ではない。ごく普通の、年相応の女の子が着ているような、そんな服装と出で立ちだったから。

 長い髪は2つにわけてゆるく結い、毛先が少しくるりと巻いてある。ざっくりした白いサマーニットは、少し大胆なオフショルダー。七分丈の袖の先には、マグカップを両手で持っている。

 彼女の女性らしい体つきをより引き立てるトップスは太もものあたりまでをカバーしており、その下からチラリと見えるジーンズ素材のホットパンツと、絶対領域を挟んだ先にある黒いニーソックスまで、政宗はその場で棒立ちのまま、マジマジと見つめてしまった。

「政宗……?」

 ユカが訝しげに首を傾げ、政宗を見つめる。慌てて我に返った彼は、彼女の対面にいる彩衣へ視線を向けた。彩衣はスマートフォンを操作しており、特に、政宗を気にする気配はない。

「と、富沢さん!? これは一体……」

 声をかけたれた彼女は、ここでようやく顔をあげて、ペコリと軽く会釈。

「お疲れ様です。今日の記録や今後の注意事項は、ここに記載しておきましたので」

 彼女は涼しい顔でそう言って、机上に置いたバインダーを指差した。政宗もつられて頭を下げる。

「ありがとうございますってそうじゃないんですよ!! ケッカが、あの……この格好は……!?」

「山本さんも年相応の格好などをしてみたいかと思いましたので、ご提案させていただきました。ありがとうございました」

「あ、いや、こちらこそありがとうござい……えっと……!?」

 困惑する政宗を無視して立ち上がった彩衣は、ユカの方を見て「では、私はこれで失礼します」と頭を下げる。

「頑張ってくださいね、山本さん」

「はい、本当にありがとうございます」

 女性陣が笑みを交換する中、置いてきぼりの政宗。

 そんな彼の前に立って、軽く頭を下げた彩衣は……条件反射で「どうも」というのが精一杯の彼に、大分意地悪な目を向けて、こんなことを言った。

「頑張ってくださいね、佐藤さん」

 こう言って扉を閉めて、玄関まで続く廊下を進む。ここまでお膳立てをすれば完璧だろう。後は2人がどんな決断を下しても――2人の問題だ。

 玄関で自分のパンプスを履きながら、ふと、ある童話を思い出した。


 シンデレラ。

 不幸な少女が魔法使いの力で変身して、王子様と恋に落ちる――そんな、おとぎ話。

 今の自分はさながら、シンデレラに登場する魔女のようだ。

 ユカの身なりを整えて、政宗に引き合わせて――静かに身を引く。

 そんな、脇役(・・)


 そう。

 綺麗なガラスの靴を履けるのは、いつだって……自分ではない。



 ――どうして分かってくれないんだ!! 俺はお前をこんなに大切に思っているのに!!


 無理やり履かされたガラスの靴は、ひび割れ、破片が足に突き刺さって……血を流すだけ。



 ――彩衣ちゃん(・・・・・)、これからも宜しくね(・・・・)


 彼が自分のために選んでくれたのは、シンデレラのガラスの靴ではなくて……魔女の靴だったのだから。

 その顔は、とても……とても、申し訳なさそうで。

 そんな顔をさせた自分を呪いたくなるほど、見たくない顔だった。



 この物語に終わりはない。

 だって、彩衣はもう――王子様と『幸せになれない』のだから。

 自分はいつでも、誰かのために動く魔女。灰被りを探し、支え、導いていく。12時を過ぎてもガラスの靴だけは残るように魔法をかけ続けること、それが『彼』の望みなのだから。



 この道の先に、自分の幸せはない。


 

 彩衣は思考を振り切って靴を履くと、扉を開き、自分の足で歩き始める。

 『彼』に望まれた富沢彩衣を――助手としての、同じ素質を持つ同胞としての、親友の妹としての自分を演じきるために。

 彼女は振り返ることもなく、静かに、玄関扉を閉めた。


 そして――ユカが聖人の見立通りもとに戻り、世界が落ち着きを取り戻しても。


「――彩衣さん(・・)?」

 聖人の言葉に我に返った彩衣は、手元のファイルで一度机を叩き、冷静さを取り戻した。

 そして、自分をどこか心配そうな眼差しで見ている聖人に、いつもどおりの口調で返答する。

「……申し訳ありません。何か?」

「疲れが溜まってるんじゃないのかな。夏風邪も流行ってるから気をつけてね。小児病棟でも何人か……」

 ここまで言った聖人は、ふと、言葉を区切る。

 そして、こんなことを尋ねた。

「そういえば、恒例の小児病棟の夏の出し物会、今年は自分が演劇担当になってしまってね。折角だから蓮君やケッカちゃん達にも協力してもらおうと思っているんだけど……彩衣さん、何かアイデアはあるかな?」

「アイデア……演目の、ということですか?」

「そうだね。子どもにも分かりやすいのがいいけど……何かあれば教えて欲しいな」

 こう言って、彼がいつも通り、少し離れた場所から穏やかな表情で自分を見つめるから。


 世界が落ち着きを取り戻しても――この距離感は変わらない。

 自分の役割も、彼の決意も――何も、何も変わらないのだ。


 名波蓮。春に名杙へ反逆を起こし、今はその代償を支払っている――そんな、『不幸な』少年。

 聖人が次は彼を救いたいというならば……自分はその舞台をお膳立てするだけだ。

 そう、そんな彼にぴったりの物語があるじゃないか。


 さぁ、彼が輝ける場所を――『彼』のために、用意しよう。


 彩衣は少し考えた後、口元に少しだけ笑みを浮かべて……こんなアイデアを口にした。

「……シンデレラ、は、いかがでしょうか」

 彩衣は「シンデレラの魔女」なんだと書いていてはっきりしました。

 主人公ではなく、誰かを支えて助ける役割。それが今後、彼女自身の枷になっていくのでしょうけど……書いていてとても楽しかったです。

 彩衣のこんな一言から始まった「シンデ蓮」、小説版はコチラです。(https://ncode.syosetu.com/n9925dq/20/)

 演目にも理由をつけられて嬉しかったですね!! これも長期シリーズの強みだと思います。


 また、第3幕で使わせてもらったイラストも、該当シーンで再び使わせていただきました!! おがちゃん、ひのちゃん、ありがとうございますー!!

 彩衣、誕生日おめでとう。君はとても難儀なキャラだけど……うん、これからも一緒に頑張ろうね!!

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