隙間語:彼が彼女に戻る理由
小説版の隙間エピソードを補完しておきます。蓮がどうして再び『仙台支局』で、『片倉華蓮』として、女装してアルバイトをすることになったのか、その理由を綴ってみました。
登場キャラクター:蓮(華蓮)・政宗・ユカ・統治・心愛・里穂・聖人・桂樹・華
全て、終わった。
何もかも、終わった。
こんな気分を、過去にも味わったことがある。
4年前――全てを破壊したあの災害、足元で崩れていく故郷を見つめることしか出来なかった絶望感。
そして……最愛の人を亡くした失望感。
絶望の中、何とか今まで生きてきた。
先の災害で姉のように慕ってきた華を含めた自分の身内を亡くし、当時小学生だった彼――名波蓮は、遠縁の親類の家に身を寄せることになった。
肩身の狭い思いをしたし、謂れのない誹謗中傷も受けたけれど……抜け殻だったから、特に傷つくこともなかった。
だって、蓮の心は……あの瞬間から、姉が亡くなった『らしい』という情報が入ってきてから、どこかへいってしまったのだから。
らしい、というのは、華の遺体が見つかっていないから。そのため厳密に言うと、華は『行方不明』扱いになるのだが……彼の遠縁である旧家・名杙家が華の捜索から手を引いたことで、彼女の生存は絶望的となってしまう。
そして、華の生前の行動が一時期問題視されたことから、家の中で華の話題を出すこともタブーになってしまっていた。
世界が華を否定し、そして……責任を転嫁したまま忘れていく。
誰も悪くないはずなのに、彼女を悪者に仕立て上げて。
心の中にぽっかり穴が空いた蓮は、中学生になり、そして……進路を決める中学3年生の秋、名杙桂樹と出会う。
そして……一世一代の大勝負に出た彼は、あと一歩というところで敗北した。
そんな敗北から3日後、月曜日の午後4時前。
名杙の別邸に軟禁状態の蓮は、1人、地元FM局のラジオ番組を聞いていた。
金曜日の夜に失敗し、桂樹と共に名杙家へ連れてこられてから……この別宅から出ることは許されていない。食事は決まった時間に部屋まで運ばれてくる。トイレや風呂等は許されているが、全て監視付きという状態だ。
和風の部屋の中には敷布団が1組、テレビとラジオ、地元情報誌がおいてあるが、携帯電話は電波が入らないように、インターネットにも接続出来ないようにしてある。
そして……自殺をしようとすると、必ず誰かが止めに来る。
最初は全てに絶望して、自ら命を絶とうとした。でも、次第に……自分で手をくださなくても、近い将来、きっと姉のもとへ行ける。
だって、自分はそれだけのことをしたのだから。
そう思うと……1人で過ごす空間も、どこか楽しい。食事が、風呂が、トイレが……人生最期かもしれないと思うと、妙な落ち着きが生まれた。敵地でここまで図太くなれる自分は、大した大物なのかもしれない、なんて思うほどに。
……目標を失い、心に何もない蓮には、全てどうでもいいだけなのだけど。
でも、一度だけ……全てが砕けた金曜日の夜、ここに連れてこられた初日、疲れ果てて眠った蓮は、華の夢を見た。
夢の中で再び出会えた彼女は……虚ろな眼差しで、自分をじぃっと見つめている。
何も喋ってくれない、笑顔すらむけてくれない。
ここ最近ずっと見てきた、自分が彼女の『因縁』を奪い取った後の……人形に成り下がった華の姿だった。
そんな華の口が、微かに動く。
でも、声は聞こえない。
「ね、え……さん……!!」
その声を聞きたくて手を伸ばした。足を踏み出した。
でも、それは全て幻。蓮はその場から一歩も動けない。
そして――華は、跡形もなく消滅した。
最期まで、無表情に蓮を見つめたまま。
「うわぁぁぁっ!!」
自分の悲鳴で目が冷めた。体にじっとり汗をかき、動機と息切れが耳の中で響く。
何事かと駆けつけてきた名杙の人間に簡単にボディチェックをされてから(自殺しようと思われたらしい)、再び1人になって……蓮は、自分が姉の笑顔を忘れていることに気付いてしまった。
心には、何も残っていないはずなのに。
どうして……こんなに涙が流れるのだろう。
華のことを忘れたことなんが1日だってないのに。
どうして……一番大好きな表情を、思い出せないんだろう。
でも、そんな夢を見たのは1度きり。時間が嫌でも流れていくと、前述のように、蓮は妙に開き直って落ち着いてしまっていた。
さて、自分はいつまで軟禁されているのか……入学したばかりの高校は辞めるしかないのか、まぁ、死ぬだろうから高校なんかどうでもいいか、なんてことを考えていると、ふすまの向こう、廊下に人の足音と気配を感じた。しかも複数。
「……遂に年貢の納め時、か」
この生活もいつか終わる、分かっていたことだ。
さて……これで、自分はいつ死ぬのかが分かる。思ったより落ち着いた心で、来客を迎えられそうだと蓮が浅く息をついた瞬間――
「――蓮君、入るよ」
ふすまごしに『彼』の声を聞いた瞬間、全身の毛が逆立つような錯覚を抱く。
まさか、でも、どうして彼がここに来たのか。
先程までの余裕は一瞬で消えて、蓮の表情が強張る。そして……。
「――失礼します。思ったより元気そうだね、安心したよ」
ふすまを開いて入ってきた彼――佐藤政宗の姿を、蓮は座ったまま、睨みつけることしか出来なかった。
蓮の部屋を訪ねて来たのは、政宗と統治、そして、蓮の知らない男性の計3名。
6畳くらいの部屋は、少しだけ息苦しくなった。
政宗は持ってきたコンビニの袋を床に置くと、中から缶コーヒーを取り出して封を切る。
「先日はどうも。俺もまんまと騙されたよ。まさか……大人しい女の子だと思っていた君が、したたかな男子だったとはね。あ、好きな物飲んでいいからね」
「……どうして佐藤さんが一緒なんですか? 僕へ文句を言うためにわざわざ?」
「まぁ、それもあるけど……君の処遇を伝えに来た。責任者としてね」
にべもなく言い放つ政宗に、蓮の苛立ちが募る。
「責任者……まだそんなことを言っているんですか? 僕はもう、貴方の部下ではありません」
「それは、最後まで話を聞いてから判断してもらおうかな。時間もないから早速始めるけど……名波蓮君、君が今回、桂樹さんと一緒に実行しようとしたことはとんでもないことだ。つい先程、桂樹さんの処遇が決まったよ。名杙との『絶縁』だ」
『絶縁』、それは……二度と名杙の敷居をまたぐことができない、最も重たい処罰。
当然ながら桂樹も覚悟していただろう。でも、実際に処分が下ると、自分たちはそれだけのことをしたのだと実感出来る。
しかし、『絶縁』ということは……要するに名杙から出ていくだけだ。バックアップがなくなっただけで、命を奪われるわけではない。桂樹はカウンセラーとしても働いているので、生きていくには困らないだろう。
さて、名杙とはほとんど関係のない自分は……。
「……そうですか。それで、僕はいつ死ぬんですか?」
自嘲気味に尋ねた蓮に向けて、政宗はあざ笑うような表情で首を横に振った。
「死ぬ? 何を言っているんだ? 君は死なないよ、というか……死なせるわけないだろう。君にはちゃんと自分の罪を自覚して、償って欲しいからね」
「償い……?」
「そう。まず、蓮君のこれからだけど……名波の家は君から手を引くことになった。監督不行き届きってことだね」
監督不行き届き、まるで自分たちのせいにして責任を取ったような表現だが、実際は違う。
蓮はそれを瞬時に理解したからこそ、口元に嘲笑を浮かべた。
「……どうせ、名杙との利害関係を考えて、僕を切り捨てたんでしょう? ある程度分かってますから、気を使う必要はありませんよ」
「そう? じゃあ遠慮なく……そんな蓮君の今後だけど、ココにいる伊達先生と一緒に生活をしてもらうことになったんだ」
「は……?」
予想外の展開に、蓮の口から間の抜けた声がもれる。
政宗が右手を差した先には、蓮が知らない第三の男性。メガネをかけて穏やかな笑顔を自分に向けているが、何を考えているのか全く読み取れない、読み取らせない、そんな雰囲気を感じる。
「初めまして、伊達聖人です」
「初めまして……って、どちら様ですか?」
「自分は名杙家のサポートを受けて、『縁』に関する研究をしているんだ。君が使っているメガネも、自分が主に開発をしたんだよ。使い心地はどうかな?」
「普通です……じゃなくて、どうして僕の身元引受人に?」
「それは、君が色々と可能性を秘めているから……かな」
そういう彼は、ビニール袋から紙パックのお茶を取り出し、ストローを刺した。
「君は……名杙でも名雲でもない、新たな可能性があるかもしれない。いくら遠縁とはいえ、名杙直系の『因縁』を自分につなげてその能力を使いこなした。潜在能力は非常に高いと思っているんだ。だから、自分の研究に協力して欲しい。その代わり、自分が所有しているアパートの一室を貸してあげるし、学校とアルバイトにも今まで通り行かせてあげる……っていう条件はどうかな」
「学校と……アルバイト!?」
蓮が声を荒らげると、隣の政宗が「その通り」と話を引き継ぐ。
「そうだよ蓮君、君には引き続き、『仙台支局』でアルバイトをしてもらう。ただし、名波蓮としてではなく、『片倉華蓮』としてね」
「は……!?」
政宗は今、「華蓮として働け」と言った。それはつまり、引き続き女装して働けということだ。
一体何を言っているんだ、この人は……蓮の中には政宗に対する戸惑いしかない。
目を白黒させる蓮に、政宗はいけしゃあしゃあと説明を続ける。
「いやだって、全部『片倉華蓮』で登録してるんだよ。今更手続きをするのが面倒だし、誰も気付かなかったんだから『片倉さん』のまんまでよくない? 俺、職場にこれ以上男性はいらないんだよね」
「さすが政宗君、人生を罰ゲームにするのが上手だねー」
「伊達先生……俺、褒められてます?」
「いっ、意味が分かりません。そんな理由で……!!」
「あと……もう一つ。『仙台支局』にいる間は、君が『名波蓮』として生きることを認めないからだよ。学校や私生活はさすがに無理だけど、俺たち『縁故』と関わる時間は、『片倉華蓮』として全てのプライドを捨てて生きてもらう。これが、俺なりの処分かな。ちなみに蓮君の意見は聞いてないよ、全て決定事項だからね」
「……」
「君は、俺と統治の大切な人達を危険に晒したんだ。これでも大分優しいと思うけど……もっと生き地獄を味わいたいなら、心を鬼にして相談にのるよ?」
穏やかな口調で、でも、目が笑っていない政宗に……蓮はこれ以上何も言えず、膝の上にのせた両手を固く握りしめる。
そんな蓮へ、今度は統治が口を開いた。
「移動は明日の午前中に行うので、それまでに荷物をまとめておいてほしい。また、今後は常に眼鏡をかけて、『縁』が見えない状況を維持すること。眼鏡を外す際は、ここにいる3人か、俺の父親……名杙家当主の許可をとりつけること。そして……名杙に対して不穏な動きがあれば、俺が容赦なく手を下す。これを覚えておいてほしい」
「……分かりました。どうせ拒否権はないんでしょう?」
「ああ。あと、桂樹さんの連絡先を、今、俺達の目の前で削除して欲しい。今後一切の連絡を禁止させてもらう」
統治の言葉に従って、蓮は、自分の携帯電話から桂樹の連絡先を削除した。
そして、次の項目になっている心愛の連絡先を表示して、どこか意地悪な表情で統治に問いかける。
「妹さんの情報も、削除しますか?」
「それは任せる。俺が関与することではない」
意外な反応に、蓮の内心は穏やかではない。
「……僕は、妹さんを騙したんですよ。分かってますか?」
「ああ。ただ俺は、妹の人間関係にまで口を出すような兄にはなりたくない。心愛も今回のことは自分なりに反省して、自分なりに昇華しようとしているんだ。君と連絡を取りたくなければ、着信拒否等をすると思う」
それは、つい先程のこと。
学校から帰ってきた心愛が統治の元へやって来て、桂樹に一言言いたいことがあるから会わせて欲しい、と、言い出したのだ。
統治は何事かと驚いたが、心愛の真剣な態度にこれ以上の追求をやめて、荷造りをしている桂樹の元を尋ねた。
「……何をしに来たんだ。用件があるなら、手短に頼む」
そこで心愛は……彼女に背中を向けて作業をする桂樹を真っ直ぐに見据えて、こんなことを言う。
「桂樹さん……心愛は、凄く怖い思いをしました。桂樹さんのことも、片倉さんのことも……今は信じられません」
「……」
「でも、今回のことは、心愛が……心愛がずっと、お兄様や家族、みんなに守られてきたから、それを良しとしてずっと甘えてしまっていたからだとも思っています。だから……心愛は、これから1人で立てるように、頑張っていくつもりです」
「……それで?」
「それ、で……心愛が独り立ちしたら、真っ先に桂樹さんを、桂樹さんを……ふっ、ぶっ飛ばしに行きますからっ!!」
「心愛!?」
と、驚いたのは、隣で警戒していた統治。ハラハラしながら改めて彼女の横顔を見ると……そこには、今まで見たことのない、凛とした強さがあった。
「だから……それまで、心愛が一人前になってぶっ飛ばしにいくまで、絶対に生きていてください。死んだりしたら……絶対に許しません」
最後まで、桂樹は振り向いてくれなかったけれど。
「……考えておくよ。今回は申し訳なかったね、心愛ちゃん」
ため息混じりにそう呟いた背中は、心愛がよく知っている、親戚のお兄さんのものだった。
桂樹の部屋を後にした2人は、長い廊下を母屋へ向けて歩いていた。
「心愛……ぶっ飛ばす、なんて、誰の入れ知恵だ?」
兄の問いかけに、心愛は体を小さくして情報源を口にする。
「……ごめんなさい。りっぴーが週末にそんなことを言っていたから……」
「やはり里穂か……」
それは金曜日の夜、久しぶりに名杙家で、心愛が里穂や仁義と食事を食べた時のこと。
統治は大人側の話し合いに顔を出していたため、全てのやり取りを見ていたわけではないが、里穂はずっと、釈然としない表情をしていた。
「……関係ないココちゃんを巻き込んで、本当に許せないっす!! あたしが今すぐぶっ飛ばしに行きたいっす!!」
なので、分かりきった情報源だった。でも……。
「桂樹さんに直接言うように進言したのも、里穂なのか?」
この問いかけに、心愛は首を横に振る。
「ううん、心愛が……自分で言いたいって思ったの。みんなに……お兄様達に甘えているのは事実だから。ちょっと怖かったけど、何だかスッキリした」
「……そうか」
思った以上に成長している妹の姿を見せられ、統治はどこか感慨深げに息をつく。
そんな彼へ、隣を歩く心愛が人差し指を立てて苦言を呈した。
「だからお兄様、今度から心愛を甘やかさないでよね。今日からは『縁故』として働き始めるし……心愛は1人で大丈夫なんだからっ!!」
……自分でそういう場合は、大抵大丈夫じゃないんだぞ。
統治は脳内に浮かんだ言葉を自分の中に押しとどめ、頑張って背伸びをする妹の姿を、引き続き、近くで見守っていこうと心に誓うのだった。
「とにかく、心愛の行動は本人に任せている。二度と同じことは起こらない」
「……そうですか」
蓮はそう呟き、静かに画面を消した。
そんな蓮に、統治は続けて言葉をかける。
「あと1つ、お姉さんの……華さんについてだが……」
その日の夜――名杙家で過ごす、最後の夜。
蓮はまた、『彼女』と出会った。
――蓮、れーんっ!! ちょっと、起きてってば!!
目の前にいるのは、蓮がよく知っている快活な女性……華。
反射的に手を伸ばした。そして、もっと近づきたくて足を踏み出そうとして――
――ダメだよ、蓮。それ以上はダーメっ。コッチ側に来るのは、まだ早いからね。
真顔で諌められ、反射的に従ってしまう。
昔から……初めて会った時から、ずっとこの調子だった。
――よしよし。とりあえず……今後も決まったみたいで安心した。もう、あんなことしちゃダメだよ。分かってる?
「……うん、分かってる」
俯いて頷いた。声が震えないよう、体に力を入れる。
ちゃんと……自分の声で、自分の言葉で、伝えたいから。
――うん。そうだ、あたしのことは統治君から聞いたでしょ? 彼なら最後までちゃんとしてくれるはずだから、お墓参りとかヨロシクね。
「……うん」
それは先程、統治から聞いた予想外の言葉。
「華の遺体は、俺が責任を持って発見し、弔いをさせてもらう」と。
彼が何を知っているのかは分からないけど、その表情には、確かな確信があったから。
だからこそ蓮は静かに、頭を下げることしか出来なかった。
――本当に頼んだよ? 蓮はあたしの……大切な、弟なんだからね。
「……うん、分かってるよ、姉さん」
そう言って袖で涙を拭い、顔をあげる。
最期は……いつもの自分で、お別れをしたいから。
――やだなー、蓮、泣かないでよ。
「泣いてなんか……」
否定しようと口を開いた瞬間、塩水が口内に飛び込んで来た。
流れてくる涙は、自分ではどうしようもない。
「……ううん、泣くよ、こんなの……こんなの……!!」
もう会えないと思っていた。
自分の行動で傷つけ、心配させて……最期を見送ることが出来なかった、大好きな人。
その人に夢とはいえ、再び会うことが出来て、それで……。
――蓮……あたしは、先に行って待ってる。不甲斐ない生き方したら、承知しないんだからね。
大好きな笑顔を、また、見ることが出来たから。
目が冷めた時、頬に涙の跡が残っていることに気付いた。
それでいて、心の中はスッキリしている。
「……やれるだけやってみるよ、姉さん」
朝日が差し込む室内で、蓮は布団の上に上半身を起こし、自分に言い聞かせるように独りごちる。
それが、大好きな人の望んだことだから。
「……ふーん。名杙家にしては、随分情けをかけたもんやね」
火曜日の朝9時、『東日本良縁協会仙台支局』にて。
福岡からとんぼ返りをしてきた翌日、何とか遅刻せずに出勤してきたユカは、政宗からこの話を聞き……正直、甘いと思っている。
未遂に終わったとはいえ、蓮が名杙に喧嘩をふっかけたことには変わりないのだから。
憮然とした表情でホットコーヒーをすするユカに、ハンディモップで机の上の掃除をしている政宗が、作業しながら言葉を続けた。
「名杙としても、自分たちが後手に回ったことに負い目があるんだろ。彼はまた、何か自分たちの知らない手段を使って追い込んでくるかもしれない、だったら……飼いならして近くに置いたほうが賢明だからな」
「ふーん……でも、やっぱ甘いと思うっちゃんねー。分町ママ、そげん思わん?」
同意を求めて、頭上を漂う分町ママに話しかけるユカ。
「ふぁぁ……ゴメンねケッカちゃん、ママは今眠たいから、後にしてくれないかしら。あー……久しぶりに飲みすぎたわー」
あくびを噛み殺すことなく、分町ママは天井裏へ消えていく。
そんな姿を見送りつつ……ユカは諦めた表情でため息をついた。
「分町ママ……名杙のシリアスな会合をただの飲み会だと思っとるのが凄かよね……あれ、統治は?」
キョロキョロと周囲を見渡すユカに、掃除を終えた政宗がモップを片付けつつ、壁の時計を見やる。
「そんな彼を、伊達先生の所へ送ってるよ。荷物を片付け次第、2人でココに来てもらうことになってる」
「……了解。当然ココへ来るのは『片倉さん』ってこと、だよね?」
念のため問いかけるユカに、政宗は満面の笑みで首を縦に動かしたのだった。
それから約2時間後、仙台支局の入っているビルの地下駐車場にて。
後部座席に座っている『彼女』は、どこか諦めた面持ちで……はぁ、と、重たいため息をついた。
「……大丈夫か?」
運転席にいる統治からの問いかけに、『彼女』は「はい」と、低い声で返答する。
「もう一度、改めて諦めました。僕は……」
そう言いかけて、『彼女』は一度咳払いをすると。
「……違いますね。私はもうしばらく、この罰ゲームのような人生を歩んでいきます。仕事はキッチリこなしますので、お給料はしっかり払ってくださいね」
急に声色を変えた『彼女』の変化に、統治は内心で舌を巻きつつ……隣に止まっている公用車を見やり、浅く息をつく。
「そういうことは、責任者に直接言ってくれ」
「分かりました」
そして、『彼女』は――華蓮は改めて、この『東日本良縁協会仙台支局』の一員となった。