冬の日の外伝:スノーボールファイト!!
とても大人げない社会人の姿をお楽しみください。
「ココちゃん、ジン、今こそ東北人の本気を見せてやるっす!!」
白い息と共に息巻く里穂が、だだっ広い雪原でユカを含む3人に宣戦布告した。
話はざっと30分ほど前に遡る。宮城県の北部、山の近くにある名杙の私有地、そこは諸々の理由から『遺痕』が意図的に集まるようになっているらしく、年に数回、討伐隊が結成されている。
そして今回白羽の矢が立ったのが、仙台支局だった。
統治から木曜日にその話を聞かされた政宗は、仙台市局内の自席に座ったまま、スケジュール帳に予定を書き込んでいく。
「了解。もうそんな時期か……1年早いなー」
「毎年申し訳ないが、今年も頼む」
「年末の貴重な臨時収入だ、喜んで引き受けるに決まってるだろ」
そう言って統治へ笑顔を向ける政宗に、自席でスマホをいじっていたユカが訝しげな顔で問いかけた。
「政宗、統治、さっきから何の話なん?」
「あぁ、ケッカは知らないか。年に一度この時期に、名杙の私有地に集められた『遺痕』を一斉に切ってるんだよ。さしずめ年末の大掃除ってところだな」
「はぁ……」
「一応、休日出勤扱いで手当も出るぞ。ちょっと遠いけど、心愛ちゃんや里穂ちゃん、仁義君も来るし……折角だからケッカ、お前も一緒に来るか?」
と、いうわけで日曜日の午前中、統治の運転する車で心愛、里穂、仁義の学生組も合流して、二人一組になり、敷地内にいた『遺痕』の縁を問答無用で切っていく。
「おっとぉっ……!?」
全て雪に覆われているため、地面が全く見えない。突然雪深いところに足を取られそうになり、ユカは慌てて下半身に力を入れた。
そして改めて……眩しく広がる一面の銀世界を見つめる。
金曜日の夜から降り続いた雪は、仙台などの都市圏では積もることもなかったのだが、宮城県でも山間部に位置するこの場所は、どこまでも続く雪景色。初めて見る東北の本気に、車を降りたユカは思わず息を呑んだのは、数十分前のことだ。
しかし困った……左足が、抜けない。
「ふぬっ……!!」
「ケッカ、大丈夫か?」
流石に慣れている政宗が、ブーツだけ残して足が抜けそうになっているユカの足元の雪をかきわける。そして彼女の二の腕を握り、政宗が引っ張り上げることでこの状況を脱しようとしたのだが……。
「うわっ!?」
「こらケッカお前の身体まで俺の方に倒れてどうする!!」
案の定バランスを崩したユカと共に、二人して新雪に投げ出されたりした。
そんなこんなで『遺痕』対策を終えたところで、改めて集合した6人。流石にこれだけ手慣れた人材が揃っていると、予想以上に早く仕事が終わってしまった。
「と、いうわけで親睦を深めるために雪合戦をしたいっす!!」
という里穂の提案にユカが「おぉ、北国の遊び……!!」目を輝かせる一方、心愛は腕組みをして「寒いからもう帰りたいんだけど……」と白い息と共に愚痴をこぼす。
「ココちゃん、そんな冷たいこと言わないで欲しいっすよ。政さんとうち兄に勝ったら、きっと今日のお昼ごはんにデザートがついて、クリスマスにはプレゼントがもらえるっすよ!!」
「里穂、お前はまたそんなことを勝手に決めて……」
統治からもジト目を向けられた里穂が、その瞳に強い意志を宿して、こう言い切った。
「勿論、一方的なのはフェアじゃないっすね。私達が負けたら……負けたら……そうっすね、クリスマスに仙台支局でただ働きするっす!!」
刹那、社会人組の3人が目を見開いた。全員で「正気か?」と視線のみで里穂に問いかけると、彼女はポニーテールをなびかせて力強く頷くのみ。
クリスマスといえば良縁協会全体の稼ぎ時。アルバイトでも臨時の手当が出たり、経費で食事を食べられたり、と、少し過酷な業務ならではの見返りがあるのだ。それは当然、里穂や仁義も知っているだろう。
それを彼女は、この雪合戦で懸けるという。負ければ数万円の収入がゼロ円になるというのは、彼女にとっても相当のリスクのはずだ。今年から働き始めた心愛が1人でキョトンとする中、マフラーを少し緩めた政宗が、手足を動かして準備運動を始めたユカに問いかける。
「ケッカ、お前はどっちのチームに入ってもいいぞ」
「そげなこと分かっとるやろうもん、政宗。あげん忙しかクリスマスにタダ働きとか、冗談じゃないけんね!!」
と、いうわけで。
仙台支局常勤組VS学生組の雪合戦が開催されることになったのである。
ルールは30分一本勝負。相手チームを全滅させた方が負け。
雪玉は両手で持てる大きさならばOKだが、中に小石や氷を仕込むのはNGだ。また、顔面セーフのルールが適応される。
これらを確認してから、5分間の作戦タイムとなった。
「と、いうわけで、学生さんに現実の厳しさを教えるのも立派な社会人の務めだ」
もっともらしいことを言った司令塔・政宗が、横目で少し離れた場所にいる仁義を見やる。
「向こうの要は恐らく仁義君だ。彼さえ潰せば勝てる」
「でも、そげん簡単には勝たせてくれんやろ?」
「そりゃそうだろうな。そこでケッカ……お前の出番だ」
「へ? あたし? 雪合戦素人やけど……?」
いきなり指名されたユカが政宗にその真意を尋ねると、彼は別の方向をあごでしゃくった。
6人がいる場所から少し離れたところには、円柱状に圧縮された藁の塊がランダムにいくつも置いてあった。稲刈りの後、後に家畜の餌として使われるため、運び出しやすいように同じ大きさで置いてある。高さが約1.5メートルほどの円柱形になっており、それが雪をかぶってちょっとした壁のようになっているのだ。
「試合が始まったら、3人で向こうに走る。それで――」
端的に告げた彼の作戦に、ユカは半笑いで頷いたのだが、統治が少し真顔で考えた後、更に突っ込んだ内容をプレゼンする。
「統治……お前、それでいいのか?」
「確実に勝つには、こうすべきだと思う」
「確かになぁ……ケッカ、どう思う?」
政宗がユカに意見を求めると、彼女は少しズレた耳あてを調整しながら「良かっちゃなかと?」と首肯する。
「むしろ統治にここまでさせるっちゃけん、あたし達がヘマしたらいかんね。政宗、転ばんでよ?」
「ケッカに言われたくねぇよ」
政宗はこう言って、手袋をつけた右手を握り、2人の前につき出した。
「3人で勝つぞ」
その言葉に呼応するように、2人もまた、握った手を彼の手に軽くぶつけ合って。
そして……全員が10年前と同じ表情になっていることに気付き、互いに目を見合わせて口元に笑みを浮かべた。
作戦会議の後、統治がダウンのポケットからスマートフォンを取り出して、ストップウォッチを起動した。
「時間は2人同時に計測する。仁義も俺と同じ機種だから、このアプリを起動してもらえるだろうか」
「分かりました」
頷いた仁義もまた、ダウンのポケットからスマートフォンのプリインアプリである同じストップウォッチを起動した。
そして政宗が里穂と心愛を見つめ、口元に笑みを浮かべる。
「2人とも女の子だけど、ハンデはつけなくて大丈夫かな?」
わざとらしく挑発する彼に、里穂は「フフン」と鼻で笑い飛ばす。
「そんなもの不要っすよ、政さん。オジサン2人には負けないっす!!」
「オジサン!? 俺まだ20代前半なんだけど!?」
「JKの私からしてみれば十分オジサンっすよ。特に政さんは今年の春からヘタレていくばっかりじゃないっすか。退化してるっす」
「た、退化!?」
「そうっすよ。悔しかったら私と同じように許嫁を連れてくることっすね!!」
「ぐっ……この精神攻撃は辛い、地味に辛いっ……!!」
結局敗北してスゴスゴ戻ってきた政宗に、ユカが「一体お前は何をしに行ったんだ」と言わんばかりの冷たい視線を向けて。
「統治さん、同じ設定に出来ました」
「分かった。全員用意はいいか?」
統治の声が響き渡り、5人が表情を引き締める。
「ココちゃん、ジン、今こそ東北人の本気を見せてやるっす!!」
白い息と共に息巻く里穂が、だだっ広い雪原でユカを含む3人に宣戦布告して。
統治と仁義が同じタイミングで画面をタップして、いざ、雪合戦一本勝負が始まった。
「――走れ!!」
先に動いたのは当然ながら政宗達3人だった。政宗の声を合図に一斉に走り出し、少し離れた場所にある雪柱の群生地を目指す。その距離はおよそ50メートルほど。真っ白な雪原に3人分の足跡がつき、表面にあるパウダースノーが陽の光を反射してキラキラと舞い上がる。
ユカは統治に手を引かれ、それぞれの持場を目指して走り続けた。この場で最も雪に慣れておらず、小柄な体格から不利だと思われているユカのサポートを政宗ではなく統治が担当したことで、仁義は雪をかきわけて3人を追いかけながら、脳内に思い描いていた作戦を切り替える。
「里穂、統治さんを狙おう。政宗さんはきっと、山本さんをサポートするだけの精神的な余裕がないんだと思う」
「この期に及んで手も繋げないとは……ヘタレここに極まれりっすね!! 了解っす!!」
既に両手に雪玉を持っている里穂が、仁義を抜いて先行する。
仁義は心愛の隣を伴走すると、間もなく雪柱群に到達するユカと統治を見据えた。
「心愛さんは予定通り山本さんの動きを見張って、いけるならば退場させてください」
「わ、分かった!!」
「くれぐれも無理はしないで。僕は政宗さんを――」
「――危ないっ!!」
刹那、心愛が仁義の手を自分の方へ引っ張って、彼の身体を大きくそらした。次の瞬間、先程まで仁義の肩があった地点を、雪玉が通り抜けていく。
数メートル先では政宗と里穂が雪合戦をしていた。その背後には統治が控えており、このままだと里穂だけでは太刀打ち出来そうにない。
政宗がチラリと仁義達を見つめ、その口元にニヤリと笑みを浮かべる。
そして統治の隣にユカは――いない。
「ジン、ごめんなさい……心愛、ケッカのことちゃんと見てなくて……!!」
ここで仁義は、今の一撃は自分たちの視線を前方からそらすために、政宗がわざと投げたことを悟った。
政宗が手を抜くつもりがないことが伝わってくる。仁義はほどけかけたマフラーを結び直して、ズレた眼鏡の位置を整えて。
「ううん、先程助けてもらわなかったら僕が退場していたから、むしろありがとう。里穂が見ていた可能性もあるし、とりあえず合流しよう」
「分かった……!!」
コクリと首肯した心愛に笑顔を向けて、2人は里穂を助けるために雪原を疾走した。
「しつこいっすよ政さん!!」
政宗から飛んでくる雪玉をよけながら、里穂は腕で抱えるように持っている雪玉を投げ続ける。
正確なコントロールと確かなストロークで投げ放たれる一撃は、その丸く握り固められた雪玉とも相まって、直撃すると地味に痛そうだ。
「里穂ちゃん、随分コントロールがよくなったね」
目を丸くして賞賛する政宗に、里穂がドヤ顔で返答する。
「フッ……もう一度政さんと戦うためっすからね」
「やっぱり……去年俺に負けたこと、まだ根に持ってるの?」
「当たり前じゃないっすか!! 酔っ払ってる政さんに負けたままなんて悔しくて年を越せないので、今年はシラフの政さんにリベンジっす!!」
そう言って里穂が投げる雪玉を冷静に避けた政宗は、自分の後ろに控えている統治に目配せをした。阿吽の呼吸で統治が里穂めがけて雪玉を振りかぶり――
「――させない!!」
刹那、後方から里穂を抜いて飛び出した雪玉を避けるため、統治は数歩後ずさった。
そして、自分の邪魔をした心愛に目を細め、白い息をはく。
「りっぴー、お待たせ……!!」
追いついた心愛と仁義に、孤軍奮闘していた里穂が肩をなでおろした。
「ココちゃん、ジン!! 助かったっす!!」
3人揃ったところでとりあえず一箇所に集まり、眼の前にいる成人男性2人を見つめる。ここで仁義が里穂に顔を近づけ、低い声で耳打ちした。
「里穂、山本さんがどこにいるか分かる?」
「申し訳ないっす、恐らくあの3つのうちのどこかだとは思うっすけど……」
里穂が指差した先には、ほぼ等間隔で三角形を作るように立っている雪柱がある。この場にいる3人とは距離も近いが、ユカの運動神経を考えると、どうしても飛び出して投げないと届かない距離だ。
仁義が柱の方を見張っていると、雪玉を持った政宗がドヤ顔で一歩踏み出し、3人を挑発的な眼差しで見つめる。
「あれ、もう終わり?」
自分は丸腰ですよ、とアピールするかのように両手を広げる政宗に向けて、里穂が勝機とばかりに腕を振り上げる!!
「その油断が命取りっす!! 政さん――覚悟!!」
里穂が満面の笑みでぶん投げた雪玉は、政宗の右肩を狙って少し高めに繰り出された。
「うわっ!?」
唐突に飛んで来た雪玉に動揺した政宗が、反射的に隣にいた統治のマフラーを掴んで自分の方へ引き寄せる。唐突な引力に、統治の身体が斜めに傾き――
雪玉が、彼の顔面に直撃した。
「……佐藤。」
顔についた雪を冷静に払い落としながら、統治が真顔で斜め後ろの政宗を睨む。
「お前は、一体、何のつもりだ?」
一言ずつ区切って問いかける彼の声には、普段以上の凄みがあり……学生組は思わず手を止めて、狼狽する政宗がどうするのかを見守っていた。
鼻の頭を赤くした統治から睨まれている政宗は、引きつった笑顔で釈明する。
「いやぁ……ほら俺、支局長だし?」
「意味が分からない」
統治は抑揚なく吐き捨てると、足元の雪を手ですくい、慣れた手つきで雪玉を二つ作った。そしてそれを無言で政宗に投げつける。
「いでっ!! ちょっ……大の大人がゼロ距離からは卑怯だろうが……!!」
これ以上ゼロ距離から投げられたらたまったものではない。政宗は思わず後ずさりして、胸元で潰れた雪をかき集める。
そして――
「そ、そんな怖い顔するなよ統治、俺達の仲じゃない――かっ!!」
刹那、政宗と統治が『里穂に向けて』持っていた雪玉を投げた。さすがに二つは避けきれなかった彼女の右手に、統治が泣けた雪玉がクリーンヒットする。
「ぐはっ!?」
「りっぴー!!」
「里穂!!」
彼女がアウトになったことを悟った2人が持っていた雪玉を構えた瞬間――仁義の斜め後ろにある雪柱から、彼に向けて雪玉が飛んできた。しかし威力が弱いため仁義はそれを冷静に見切ると、心愛に向けて指示を出す。
「心愛さん、山本さんはあそこ、一番右側です!!」
「分かった!!」
ツインテールをはためかせてユカの方へ向かう心愛とすれ違うように、仁義は政宗と統治に向けて持っていた雪玉を投げつつ、自分も体制を整えるために、3本のうち真ん中にある雪柱に隠れようとした次の瞬間――
「――いらっしゃい、ようきたねー★」
「なっ――!?」
真ん中の雪柱から出てきたユカが、仁義の上半身に悠々と雪玉をぶつける。
「――きゃぁっ!!」
ユカがいると思って覗き込んだ雪柱の裏に誰もいないことを悟った心愛の背中に、統治が冷静に雪玉を命中させて――勝負は、決した。
「まさかうち兄が最初から自分を犠牲にするつもりだったとは思わなかったっす……」
里穂が雪の上に座り込み、手を伸ばしてくれた統治の手を取ってノロノロと起き上がる。
政宗の作戦では、最初は自分の顔に雪玉をあてて注意をそらし、特攻隊長である里穂から確実に仕留めていこうと提案したのだが、ここで統治が意義をとなえ、自分がその役割を担うと言い出したのだ。
「統治……お前、それでいいのか?」
「確実に勝つには、こうすべきだと思う」
彼がそんなことを言うものだから、ユカと2人して便乗して。
そして……最初は仁義達から見て右端の雪柱のかげに隠れていたユカは、雪玉を投げた瞬間、真ん中の雪柱に向けて移動していた。
「でも政宗、それだと心愛ちゃんか仁義君に気づかれるっちゃなかと?」
「心愛ちゃんも仁義君も、ケッカがその場所にいると思い込んでいるはずだ。ましてや直前に里穂ちゃんが倒されていれば動揺していてもおかしくない。仁義君は俺か統治で引きつけておくから、ケッカはとにかく移動してくれ。雪に足を取られて、さっきみたいなことにならないようにな」
要するに……政宗が立てた作戦が、びっくりするほど的中したわけである。
統治は立ち上がった里穂のジト目を受け流し、冷静に返答した。
「その思い込みが勝敗を決めたんだ」
その言葉を受けて、里穂が露骨に頬を膨らませる。
「それはそうっすけど……そこまで本気にならなくても……」
「……手を抜けば良かったのか?」
少し意地悪な問いかけに、里穂は首を横に振った。
「それは嫌っす!! 私も本気だったから悔しいっすけど……でも、うち兄と思いっきり遊べて、楽しかったっす!!」
そう言って笑顔を向ける里穂が、本当に嬉しそうで。
幼少期、里穂や仁義、心愛ともとこうして遊んだことがなかったことに思い至った統治は……ゆるくなった里穂のマフラーを結び直しながら、口元を緩めた。
そして……心の中に浮かんだ感想を、白い息とともに外へ押し出す。
「……たまにはこうして身体を動かすのも、悪くないな」
その後の話し合いにより、里穂仁義はクリスマスのタダ働きを回避する代わりに、石巻の名産品をお歳暮として持ってくることとなった。
「次こそ……次こそは政さんに勝つっす!!」
「何度でも相手になるよ、里穂ちゃん」
こう言って笑顔を交換する2人を、4人がそれぞれの表情で見つめた時――12時を告げる音楽が、陽の光を反射する雪原に鳴り響いた。
この話を書いたキッカケは、ボイスドラマでユカ役をお願いしているおがちゃぴんさんが、今回挿絵にしたイラストを描いてくれたことでした。そう、完全に絵の力で書いたものです。
キャラクターがこれだけ動き回っている話を『エンコサイヨウ』で書くことはほとんどなかったので、書いていて楽しかったですね。あと、里穂の政宗に対して勝ち誇った言動は脳内再生されていました。
しかし……なんて大人げないんだこの3人は!!(笑)




