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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
53/121

2018年一誠生誕祭小話・馴れ初め③/告白はいきなり団子

 昨年から続いております、一誠と瑠璃子の馴れ初め編。物語がぎゅいんと動きます。

 今まで一緒だった人と、急に離れ離れになった時……一誠は、一体どうするのでしょうか。

 一度書いてみたかったシチュエーションでもあります。いきなり団子片手にお楽しみくださいませ!!


主な登場人物:一誠、瑠璃子、ユカ

『徳永瑠璃子に、11月1日より最長で3年間、西日本良縁協会熊本支局での勤務を命ずる』


 福岡支局の共通メールにこんな通達が届いたのは、一誠が24歳、瑠璃子が22歳の10月中旬のことだった。


「ほ、本当に3年も熊本に行くとか……?」

 メールを見た日の昼間、ようやく瑠璃子と話す時間を作ることが出来た一誠は、自席でお弁当を広げる瑠璃子の横に立って問いかけた。

 成人男性用の2段ランチボックスを開いた瑠璃子は、隣にいる一誠に視線を向けて、顔をしかめる。

「一誠、メール見とらんとー? あ、通りもん食べるー?」

「あのなぁ、見たけんが驚いて聞きに来たっちゃろうが……!!」

 彼の様子にこれ以上はぐらかせないことを悟った瑠璃子は、彼に掲げた『博多通りもん』を取り下げて……苦笑いと共に息をついた。

「メールに書いてあった通りやねー。熊本で事務の欠員が出たけんが、熊本支局の加藤支局長から福岡に要請があったと。それで、一番身軽な私に白羽の矢を立ててもらったってわけ」

「欠員……熊本でどげんもならんとか。しかも3年って長過ぎんか?」

「最長で、やけどね。短ければ1年くらいで戻ってくるやろうし。その人が戻ってくるまでのヘルプと、キャリアアップってことで、行ってみたらどうかって言われたと。熊本は福岡より規模が小さいけん、今以上に色々な経験が出来ると思っとる。いきなり団子食べながら頑張ってくるけんが……福岡とユカちゃんのこと、宜しくね」

「……」

 なおも言葉を続けようとした一誠は、座ったまま、自分をじっと見つめる瑠璃子に……これ以上、何も言えなくなってしまう。


 瑠璃子はすでに、覚悟を決めている。その覚悟を否定するのは、とても失礼なことだと思った。

 それに、コレは仕事上の決定事項。『ただの同僚』である自分は、どうすることも出来ない。


「……引っ越しとか大変やろうけんが、何か手伝えることがあったら、遠慮せんと言ってくれ」

 こう言って彼女を見下ろすと、瑠璃子はいつも通りの笑顔で「ありがとー」と、何の躊躇いもなく、頷くから。

 彼女にとって、これからの3年間は……特に苦痛ではないのだろうということを悟る。


 ――自分は、どうなのだろう。

 3年後、彼女は本当に――ここに、戻ってくるのだろうか。

 根拠のない不安、だからこそ、これ以上深く考えてしまうと……深みにはまる気がした。


 だから今は、見ないふりをした。


 そして半月後、秋風が冷たさを増す10月末日、瑠璃子は予定通りに熊本支局へ出向していった。

 彼女を送り出すための飲み会でも、結局、当たり障りのない会話しか出来ないままで……時間は、あっという間に過ぎ去ってしまった。気づけはもう、別れの時間だ。

「またね、一誠」

 博多駅の改札口で、そう言って手を振った彼女を見送った……翌日、11月1日。綺麗に片付けられた机を見て、本当に居なくなってしまったことを実感する。

 早ければ1年で戻ってくると言っていたし、何よりも瑠璃子は熊本にいる。福岡からであれば、高速道路を使って2時間弱で到着する場所だ。彼女自身も半年に1回、1週間ほど、報告と有給消化のために福岡へ戻ってくると聞いている。


 福岡と、熊本。

 決して、遠くはない。

 決して……近くもないけれど。


 瑠璃子がいなくなった数日後、11月5日は、一誠の誕生日だった。

 福岡支局では、誰かの誕生日になるとテーマを決めてコスプレをするという謎の縛りがある。特に一誠の誕生日はハロウィンの直後ということもあり、毎年「かぼちゃ」、「ドラキュラ」というテーマになりがちだった。

 と、いうわけで。

 11月5日の17時前、地元球団のキャップの上から魔女のとんがり帽子を被った山本結果が、学校帰りに福岡支局へ顔を出した。

 そして、デスクワークをしている一誠を見つけると……パタパタと足早に近づいてくる。

「一誠さん、お疲れ様です」

 書面から顔を上げた一誠は、隣に立つ少女を見つめ、笑顔を向けた。ちなみに彼もまた、頭には魔女のとんがり帽子を被り、先程、同僚から魔女のマントを羽織らされたところである。

「おぉ山本ちゃん、学校帰りにお疲れ様。体の具合は大丈夫か?」

「大丈夫ですよ。もう割と頑丈になってきたんですから」

 こう言って笑ってくれるユカに、一誠は自然を目を細める。

 ユカはあの事件から回復して、応急処置が――特殊な帽子を被って『生命縁』を守ることが成功しているとはいえ、コレはあくまでも応急措置。根本的な解決には至らない。

 それでも、彼女が小学校に通えるほどまで回復したのは、瑠璃子が率先して、ユカを励まし続けたからだ。

 そして、瑠璃子がいない間は、その役割を……一誠自身が少しでも担いたいと思う。仙台の政宗や統治は高校生になり、『上級縁故』の試験を突破したと聞いた。

 あの事件を経験した、目の当たりにした誰もが、それぞれの環境で頑張っている。

 だからこそ、一誠もまた頑張ろうと思えているし、一番近くにいるユカのことは、しっかり支えてきたいと思う。

「一誠さん、あの……」

 すると、ユカはどこか緊張のにじむ表情で居住まいを正すと……後ろ手に持っていた紙バックを、彼に向けて突き出した。

 福岡の地元百貨店の紙バック、という心当たりの一切ない荷物に、一誠は思わず目を丸くした後、それを指さして問いかける。

「山本ちゃん、これは?」

「えっと……あたしと瑠璃子さんからの、誕生日プレゼントです。一誠さんにはお世話になってますから」

「え……!?」

 反射的に目を見開き、間の抜けた声を出すと……目の前のユカが思わず吹き出した。

「……本当、瑠璃子さんの言った通りですね」

「え? 山本ちゃん、それ、どういうこと……?」

「瑠璃子さんが、「ユカちゃんがコレを渡したら、一誠は絶対に目を見開いて変な声を出すよー」って言ってたんです。本当にそのとおりだったので……スイマセン」

 そう言いながらユカは一誠に紙バックを手渡すと、空席になった瑠璃子の席を見つめて……どこか寂しそうに目を細めた。

「瑠璃子さん、突然でしたね……」

「そうやな。でも、いずれ絶対に戻ってくるけんが……山本ちゃんも何かあったら、遠慮せんで教えてね」

 仕事上の決まりとはいえ、瑠璃子はユカにも今回の赴任のことはギリギリまで言えなかったらしい。姉のように慕っていた女性がいきなり居なくなってしまったことは、ユカ自身も色々と思うことがあるはずだが……麻里子に言ったところで、「それも仕事の1つやけん、割り切らんね。今は自分の役割を果たせばよかと」と、言われることも分かっていた。

「分かってます。熊本だったら天神から高速バスですぐに行けますし、あたしも、もっと成長した姿を見せたいので……宜しくお願いしますっ!!」

 だからこそ、ユカは素直に現実を受け入れ、成長へのステップにしようとしている。そこは素直に凄いと思う。

 こう言って頭を下げるユカに、一誠は「こちらこそ」と首肯しつつ、中身が気になってしょうがなかった。


 仕事を終えて、自室に戻った一誠が袋の中身を取り出すと……中にはマフラーと手袋、そして、グリーティングカードが入っていた。

 二つ折りになっていたカードを開くと、中には見慣れた文字で、メッセージが記載されている。


『一誠、誕生日おめでとう。福岡も寒いと思うので、ユカちゃんと一緒に選びました。風邪引かんようにねー』


 黒のボールペンのみで書かれた無駄のない、要件だけのメッセージに、思わず笑みが溢れる。

 これまでに書類の書き損じなどで、付箋に記載されていた彼女の文字。口頭のみならず、律儀に付箋を使っても知らせてくれていた。今まで何気なく見てきたものが、彼女と離れた今は……いつも以上に貴重なものに思える。

 一誠はそれらを一度袋の中に片付けた後、こたつ机の上に置いた携帯電話を手繰り寄せた。

 二つ折りのそれを開き、画面を表示させて……着信履歴を呼び出す。

 仕事関連の連絡先に混じって、少し下の方に『徳永瑠璃子』の名前を見つけた。

 これまでに何度となく、瑠璃子とは電話をしてきた。それは単純に仕事関係で必要な連絡がほとんどだったため……このように私用でかけることなど、ほぼ初めてに等しい。

 何を話せばいいのだろう。一度変に意識してしまうと、答えの出ていない疑問が頭をぐるぐる回りだす。

「お、お礼は……伝えんといかんけんな」

 そうだお礼だ。プレゼントをくれたのは彼女なのだから、そのお礼を伝えるのは人として当然のこと。直接会えないし、手紙では時間がかかるから、電話で一言伝えなければ。

 それだけだ。

「相手は瑠璃子やろうが……いつものことたい……!!」

 最早誰に対する言い訳なのか分からないが、電話を見つめて躊躇うこと十数分、一誠は呼吸を整えた後、履歴から瑠璃子へと発信する。

 呼び出し音が、1回、2回、3回と聞こえてきて、4回目――ブツリと音が聞こえて、電話の向こうで音が聞こえた。


「――はい、もしもしー」

「あ、えっと……川上です、けど……」

「なんでいきなり改まっとるとね。一誠だって分かっとるよー」


 そう言って電話の向こうで笑う彼女の声に、思わず、頬が緩んだ。

 電話越しなので少しくぐもった声の瑠璃子が、楽しそうに笑った後、改めて言葉を続ける。

「一誠、誕生日おめでとう。ユカちゃんからちゃんと届いたー?」

「ああ、ちゃんと受け取っとる。ありが――」


 ありがとう。

 そう、告げようとした次の瞬間――瑠璃子の電話の向こうで、『彼女を呼ぶ男性の声』が聞こえてきた。



 ――瑠璃ちゃん、飯にするけん、電話終わったらこっち()んね。



 それは、一誠が知らない、『落ち着いた』『男性の声』だった。

 『瑠璃ちゃん』と親しげに呼んでいることから、それなりに付き合いがある相手なのだということを察してしまう。瑠璃子も既に仕事は終わっているはずだし、どこかの店内のような雑多な物音は聞こえてこないので、恐らくどちらかの部屋にいるのだろう。


 ――声が聞こえるほど近い距離で、2人きりで。


 そう思った瞬間……電話を握っている指先の体温が下がった。


 よく考えなくても、年度末でも年末でもない中途半端な時期に発行された、おかしな辞令じゃないか。

 『後任が決まるまで』ではなく、『最長3年』という期間は……彼女が熊本に慣れるための試用期間? 早ければ戻ると言っていた1年後の彼女は、どうなっているのだろう。

 想像すると、喉が閉まった。

 言葉が、何も出てこない。

「……」

 現状から考えると……瑠璃子には、熊本で『縁』を結んだ『彼』がいる。2人で食事をするほど、親密な関係の人物が。

 未来の瑠璃子は、まさか、熊本で――


「……い……一誠?」

 電話の向こうから聞こえてきた、名前を呼んでくれる彼女の声。

 我に返った一誠は、早る動機を抑えながら、乾いた口で言葉を吐き出す。

「あ、あぁ、悪い。ちょっと電波の入りが悪いみたいやな」


 そんなことない。

 彼女の背後からの声が聞こえるくらい、電話はちゃんと繋がっているのに。


「プレゼント、受け取っとるぞ。わざわざ……」

 彼女はわざわざ、自分の誕生日にプレゼントをくれた。

 大切な人が他にいるのに――まるで彼女の事務作業のように、福岡で一緒だった自分に対して、とても、とても『律儀』に。

 

「わざわざ……ありがとう、な」

 動揺を悟られたくなくて、頑張って声を作ったつもりだけど……最後、少しぎこちなくなってしまったのは、電波の状態が悪かったから、聞き取りにくかったことにしよう。


 それで、いい。


 必要最低限度の要件だけを絞り出して、電話を切った一誠は……携帯電話(ガラケー)を閉じた後、それを机の脇に追いやって……その場でゴロリと横になった。

 そのまま天井を見上げて……一度、大きく息を吐く。

 目線の先に、自分の近くに、彼女はいない。

 それでいい、それが正しい、分かっているはずなのに……胸が、少しだけ痛む。


 ……嘘だ。

 胸が、とても、痛い。


「瑠璃子は、ほんなこつ……律儀な女やな」


 彼女への賛辞を口にした時、唇が、少しだけ震えていた。


 その後、何となく彼女に連絡をするのが億劫になってしまって。

 メールが届いても、返信に2~3日かかってしまうと、次第に届く頻度が減っていった。

 しかし、それは当たり前だとも思う。彼女はただの同僚で、恋人でも夫婦でもない……言ってしまえばただの知人だ。互いに仕事も忙しいし、家に帰れば一人暮らしの家事が待っている。

 それに、きっと瑠璃子は……熊本で楽しく過ごしているのだろう。そう思うと、自分から連絡を取るのは気が引けた。

 そもそも……こんなに卑屈な思いを抱えたまま、連絡なんか出来るはずもない。

 福岡における一誠の上司・古賀孝高(こがよしたか)が、晴れない表情が続く一誠を気にかけて、声をかけてくれたこともある。

 しかし一誠は「年末に向けて忙しいんで……スイマセン、ミスだけはしないように気をつけますから」と、はぐらかしてしまった。孝高もそんな彼の言葉を尊重して、それ以上何も言わないでいてくれる。

 こうして、淡々と日々を過ごすこと……一ヶ月半。紅葉の季節も終わり、吐く息も白くなる12月、街はクリスマス一色になっていた。

 福岡は九州なので、冬もそこまで冷え込まないのではないか、と、思われるかもしれないが……実際は雪も降るし、気温も氷点下まで冷え込む。一誠も結局、誕生日にもらった帽子とマフラーを活用していた。

 これらを使うと、瑠璃子のことを思い出してしまうけど……このプレゼントにはユカも絡んでいるので、彼女に対して「使っているよ」とアピールして安心させるためには、日常的に使うしかない。

 実際、物は良いので使用感は良いし、つけていると暖かい。そして……ユカも嬉しそうに自分を見てくれるから、それでいいと思えた。

「一誠さん、写真を撮ってもよかですか?」

 一度ユカに頼まれて、一誠が帽子とマフラーを装着している様子を写真に収めた事がある。ユカはそれを瑠璃子に送ると言って笑っていたが……今のところ、瑠璃子側から特に、一誠に対するアクションはないのが現状だ。

 クリスマスは……12月25日は、瑠璃子の誕生日。自分にもらったのだからお返しをしなきゃと思うけれど、そもそも何をあげればいいのか分からないし、それに、きっと……彼女にプレゼントをする男は、他にもいるだろう。

 週末の金曜日、仕事終わりの夜。支局から地下鉄の最寄り駅に向かう道は、店頭が電飾で飾り付けられたり、軒先にツリーやリースがあったりして、すっかりクリスマス仕様になっていた。冷たい北風が吹きすさぶ中、すれ違うカップルを見たくなくて……ニット帽を少しだけ、深く被り直す。


 彼女がお祝いされるのは嬉しい。福岡からも何か贈るだろうし、熊本でもお祝いしてもらえるだろう。

 ただ……彼女に贈り物をする男は、自分『だけ』が良かった、それだけだ。

 自分はいつから、こんなに独りよがりの考え方をするようになってしまったんだろうか。


「……俺は、なんばしよっとか」


 答えの出ない自問自答は、吐き出した白い息と共に消える。

 程なくして地下鉄の入り口に到着した一誠は、階段の脇で足を止め……コートのポケットから、折りたたみ式の携帯電話を取り出した。

 表示窓には時刻だけが表示されており、特に何の着信もない。


 期待したって無駄だと、分かっている。

 律儀な彼女は、誰に対しても律儀で、丁寧で……空気を読んで距離感を測るのが上手すぎるのだから。

 初めて会った時から、彼女は特に変わらない。むしろ自分より優秀だ。

 だからこそ、あの夏……名杙という東の巨大な家柄の跡取りが参加する合宿に、指導員として参加することが出来たのだから。

 そういえば、あの合宿に自分が参加することになったのは、瑠璃子の口添えがあったからだ。

 中学生の男子が2人ということで、男手が欲しかったこともあるとは思うけれど、先にメンバー入りしていた瑠璃子に対して、麻里子が参考として意見を求めた時……瑠璃子はすぐに、一誠の名をあげたという。

 合宿のスタッフ会議でその話を聞いた一誠は、瑠璃子にその理由を尋ねた。すると彼女は、特に躊躇うこともなく……こう、答えてくれたのだ。

「んー……直感やねー。一誠だと上手くやっていけるやろうなって思ったとー」

 普段、根拠のないことをあまり言わない彼女にしては……珍しく、とても曖昧な答え。

 でも、だからこそ……彼女が直感で自分を選んでくれたことが嬉しくて、頑張ろうと思えた。

 その後、ユカのことがあって、瑠璃子が一時的に落ち込んでいることはあったけれど……そんな時も2人で飲みに行ったりして、同じ時間を重ねてきた。アルコールに対して圧倒的に強い瑠璃子は、一誠の前で酔っ払ってキャラが崩壊することはなかったけれど、でも……カウンターに並んで座って、頬をいつもより赤くして、嬉しそうに手酌をしている横顔が、いつもより綺麗に見えたことを覚えている。

 この道だって、何度も一緒に歩いて、そして――


 ――またね、一誠。

 ――ああ、また明日な。


 こう言って別れて、翌日に顔を合わせていた。

 あの時の「またね」には、ちゃんと、続きがあったのに。


「俺は……」


 バックライトの消えた表示窓を見下ろしながら、携帯電話を握る。

 あの時……瑠璃子が熊本に行ってしまう時、自分はちゃんと、言葉をかけていただろうか。

 次に繋がる言葉を、ちゃんと贈って(・・・)いただろうか。

 瑠璃子はちゃんと、「またね」と言ってくれたのに。


 伝えていない。

 繋げていない。

 大切な彼女に対して―― 一誠からは、何も。


 ――そんな自分のまま、3年も福岡で過ごすなんて、冗談じゃない。


 どれだけ不器用でも、不格好でも……前を向いて歩き続ける。

 この名前をつけた時に、『縁故』として生きると決めた時に覚悟をしたじゃないか。

 『一』人一人に対して、自分自身に対して、どこまでも『誠』実であるために。

 そして――瑠璃子が信頼して、あの合宿で選んでくれたのは、そんな自分だと思うから。



「俺は……なんばしよっとか!!」



 次の瞬間、一誠は弾かれたように地下鉄の階段を駆け下りた。そしてそのまま改札口を抜けると、いつもとは反対の――天神方面へ向かう電車に乗る。

 混み合う車内で財布を開き、とりあえずの『路銀』があることを確認する。程なくして天神――福岡の中心に到着した電車を降りた一誠は、エスカレーターで地上を目指した。

 いつもであれば、天神の地下街や、私鉄の駅に隣接した商業施設で買い物をするけれど……今日は、違う。

 目指すのは、天神にあるバスセンターだ。九州中から、全国の主要都市からの高速バスが集まり、再び出ていく……そんな、巨大ターミナル。

 エスカレーターでバスセンターに到着した一誠は、案内表示を見て、熊本行きの高速バスを探した。

 この時代における熊本までの交通手段は、博多からの特急列車か、天神からの高速バスが一般的。電車を使うと時間は早いが、特急料金がかかるので、片道が5000円程度になってしまう。

 一方、バスであれば片道2000円ちょっと。その分時間はかかるし、交通状況に左右されてしまうけれど、若者の移動手段として圧倒的な支持を獲得している。

 一誠が、熊本行の高速バス・『ひのくに号』の乗り場を見つけた時、丁度、バスが発車しようとしているところだった。

 慌てて近づいて乗り込んでから、揺れる車内を移動して……とりあえず空いていた通路側の席に腰を下ろす。週末の夜ということもあって、車内は思っていたよりも人が多かった。隣に座っているサラリーマンの男性の気を使いつつ、一誠は防寒具を取り外して……もう一度、ポケットから携帯電話を取り出す。

 時刻は、18時50分。恐らく到着は21時を過ぎるだろう。食べ物も飲み物も買ってきていないし、何よりも瑠璃子に会えるかどうかも分からない。金曜日の夜だ、予定があってもおかしくない。


 ただ――ただ、彼女に会いたかった。

 例え今、彼女が他の誰かを大切に思っていても。

 この感情が、迷惑になるとしても。

 顔を見て、どうしても直接伝えたい言葉に、気付いてしまったから。


 一誠は思い切って折りたたみ式の携帯電話を開くと、封筒マークのボタンを押して、メールを起動した。

 そして、瑠璃子からのメールに返信する形で文章を作り、送信する。


 ――今日の夜、そっちで会えるか?


 数分後、驚いた瑠璃子からの着信には、当然ながら出られるはずもなく……一誠を乗せたバスは、九州自動車道を順調に南下していった。



 そして……バスは定刻通り、21時過ぎに、終点の熊本駅前に到着した。

 が……。

「えぇっ!! 一誠、駅まで行ったと!? ちょ、ちょっと待っとってね、今から移動するけんがっ……!!」

 何故か1つ手前の『熊本交通センター』で下車すると思っていた瑠璃子が、慌てて熊本駅に移動することに。移動手段は路面電車ということなので、電車を待って、20分程度で到着するという連絡を受けた。

 さて……電話を切った一誠は、見知らぬバス停前で途方に暮れる。

 初めて降り立った熊本駅は、福岡駅とは違うきらびやかさがあるような気がした。福岡はどちらかと言えば、対外的なきらびやかさが目立つけれど……熊本はそれとも少し違う、肩の力を抜けるような、アットホームさがあるように感じる。

 バスの停留所は、駅への入口の前。少し離れた場所にある巨大なツリーの下では、恋人が写真を撮影したりして……それぞれの時間を過ごしていた。

「……腹減ったな」

 福岡から仕事終わりに夢中で移動したため、ほぼ飲まず食わずだった。時計を確認した後、とりあえず食べ物を探すために駅構内に足を踏み入れた一誠は、目についたコンビニのドアをくぐる。

 棚には大した物が残っておらず、とりあえず目についた高菜おにぎりを手に取った一誠は……その脇に『いきなり団子』を見つけて、「あぁ、ここは確かに熊本だなー」と、1人で納得していた。

 いきなり団子とは、熊本の郷土菓子。見た目は大福のように見えるが、中にはカットされたさつまいもと小豆餡が入っており、割とボリューミーなお菓子だ。

 一誠は棚に残っていたそれを2つ取ると、かごに入れる。そしてペットボトルのお茶と、最初に取っておいいたおにぎりと一緒に会計を済ませ、バス停近くの待合室に戻った。

 丁度目の前で福岡行きのバスが発車したこともあり、待合室には一誠だけ。とりあえずベンチに腰を下ろして、ひとまずおにぎりのパッケージを破って無言で食べる。高菜と白米との愛称の良さに、胃が更に動く気配を感じた、次の瞬間――


「―― 一誠!!」


 待合室に飛び込んできた瑠璃子が、目を見開いて自分の名前を呼んだ。ここまで走って来たのだろう、肩を上下させて、髪の毛が少し乱れている。

「ほ、本当におった……!!」

 そのまま近づいてくる瑠璃子を確認した一誠は、とりあえずおにぎりの残りを口に入れて、お茶で流し込んだ。そして、自分の前に立って何か言いたそうな瑠璃子に、袋の中から『いきなり団子』を取り出して……笑顔で、彼女に向けて突き出す。

「ちゃんとコレ食べて、仕事しよるとか?」

「……それはもう、真面目に働いてますよー」

 瑠璃子は肩をすくめてそれを受け取ると、立ったままパッケージを開き、一口かじってみせる。一誠もまた、もう一つ買っておいたそれのパッケージを破いて、半分ほどを口に含んだ。

「一誠、そげん急いで食べんでも良かっちゃなかとー?」

「んぐ……腹減っとるったい。バスの中で何も食べとらんけんな」

「あ、そうなんやね。じゃあ、どこかでご飯か……っていうか今日はどこに泊まるとー?」

「知らん」

「知らっ……!?」

 一誠の計画が文字通り白紙であることを悟った瑠璃子は、二口目を諦めて大きく目を見開いた。

 そして、自分を見上げている彼に……顔をしかめる。

「え? じゃあ……一誠、何しに来たと?」

 瑠璃子のもっともな問いかけに対して、一誠は、残りのいきなり団子を食べ終えてから……お茶で口の中をスッキリさせて、座ったまま彼女を見上げた。

 そして――



「好きな女に会いたいと思ったけん、会いに来た。それだけじゃいかんとか?」



 次の瞬間、瑠璃子は持っていたいきなり団子を、座っていた彼の膝の上に取り落とした。

 いきなり団子、美味しいですよね。さつまいもの甘さとあんこの甘さがベストマッチでたまらんのですよ。

 ……そうじゃない? 続きですか? 続きは12月の瑠璃子誕生日小話でございます。一誠が頑張った後は、瑠璃子側の事情を説明しないといけませんからね。

 「2人を物理的に絶妙な距離感で引き離す」ことと、「一誠が瑠璃子に突然会いに行く」ことが決まっていたので、そんな話になるように肉付けしました。なんかトレンディドラマみたいな流れだなと思います。(笑)吹っ切れた一誠が強いなーと思いました。

 そして、ここで終わるってことは……結婚は来年の外伝だな。うん、こうなったら恋人になるまでとその後をしっかり書きたいと思います!!


 一誠、誕生日おめでとう!! これからも福岡でどっしり構えるお兄さん的なポジションを守ってね!!

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