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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
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2018年倫子生誕祭小話・新人さんいらっしゃい!!

 2018年における倫子の誕生日小話は、先日の勝利(https://ncode.syosetu.com/n9925dq/46/)からの続きでございます。

 生徒会の新メンバーが増えないことに頭を悩ませる生徒会長の倫子。そんな時、願ってもないチャンスがやってきて……!?

 遂に中学生に新キャラが増えます!! 既存の4人と一緒に宜しくお願いしますー!!


主な登場人物:倫子、勝利、環、心愛

 夏休みが終わったものの、まだ残暑の厳しい9月上旬。

 秀麗中学生徒会長・阿部倫子(あべ・みちこ)は、放課後の廊下を職員室へ向けて歩いていた。すれ違う生徒は浮かれた足取りで昇降口へ急いだり、体操服に着替えて部活へ向かったり……各々の時間を過ごそうと移動している。倫子は歩きながらその手に持ったクリアファイルの中身を引き出し、内容をざっと確認した後……無言で、元の位置へ滑り込ませた。

 夏休み明けから、昼休みや放課後を利用した個人面談が始まっている。勿論、卒業後の進路を確定させるためである。

 彼女が通う中学校は私立なので、希望すれば系列高校の普通科コースへと、エスカーレーター式で入学出来るようになっている。しかし、少数だが外部の高校を受験する生徒もいるし、系列高校内の特別進学コースへの編入試験を受けて、更に上を目指す者もいる。

 倫子は、『更に上を目指す』生徒の中の1人だ。

 既に彼女が上を目指すことは担任も知っているので、今日は形式的な話をして、時間を潰すだけである。

「……本当に、あっという間だったわね」

 廊下を歩きながら独りごちると、思わず苦笑いが浮かんでしまう。


 小学生の時に体験した、未曾有の災害。

 失った、大切な人。

 その全てを消化出来ずに、見ないふりをして勉強をした。

 自分を知っている人があまりいないこの私立中学に入学して、生徒会に入って。


 そして――何の因果か、もう一度、大切な人の姿を目の当たりにして。

 自分の知らない世界を、素質を、知ることになった。


 目まぐるしい日々の中で、今の自分を保つことにも慣れてきたけれど……でも、どうしても心残りが一つ。それは――


「――っ!?」

「きゃぁっ!!」


 倫子が職員室の引き戸に手をかけた瞬間、内側から扉が開いたため、倫子は慌てて手を引いて身をすくめた。

 そして、恐る恐る目の前の彼女を見つめ……否、見上げる。

 内側から扉を開いたのは、身長が150センチ台中盤の倫子が見上げなければならないほど、背の高い女子生徒だった。ショートカットで精悍な顔つき、制服がスカートでなければ、一瞬、男子生徒と見間違っていたかもしれない。

 我に返った倫子は一歩後ろに下がると、まだ呆けている彼女へ慌てて頭を下げる。

「あ……ご、ごめんなさい。どこかぶつかったりしていないかしら?」

 そう言って顔を上げた倫子を、彼女は爽やかな笑顔と共に背中を丸めて見下ろした後、落ち着いた声でこう言った。

「大丈夫です。先輩こそ、お怪我はありませんか?」

「え、ええ。私は大丈夫よ」

 倫子が慌てて首肯すると、彼女はどこか安心したような表情で胸をなでおろす。

「会長さんに怪我がなくて良かったです。失礼しました」

 そう言って軽く会釈した彼女は、倫子の隣をすり抜けて職員室から出ていった。

 流れるように完璧な動作、思わずその後姿を目で追ってしまった倫子は……彼女の足元、学校指定の上履きのゴムの色を見て、愕然とする。

「今の彼女……1年生だったのね……」

 中学1年生とは思えないほど背が高く、落ち着きのある後輩と遭遇した倫子は……この学校も自分の知らないことばかりだと思いながら、職員室の扉をくぐった。


 そしてそこで、予想外の申し出を受けることになる。


「へ? 1年生を試験的に入れて欲しい?」

 その日の放課後、いつもの北棟3階、生徒会が集まる空き教室にて。

 その場に居合わせた島田勝利が、目を丸くして倫子を見つめた。

 倫子の隣にいた名杙心愛もまた、意外そうな表情で書類整理の手を止める。ちなみに助っ人の森環は、今日はパソコン部に顔を出すため不在である。

 二人分の視線を集めた倫子は、少し困った顔で頬に手を当てながら、「実はね……」と、昼休みに『頼まれたこと』のあらましを語った。


 倫子と勝利のクラス担任・白石紗希は、女子バレー部の顧問をしている。

 秀麗中学は、文武両道をモットーに、部活動にもすこぶる力を入れている私立中学だ。野球部やサッカー部、書道部に合唱部など、運動部や文化部問わず、多くの部活が県大会や全国大会に出場している。

 そしてそれはバレー部も例外ではない。外部講師を呼んで本格的な指導を行っており、県内外から集まった生徒が切磋琢磨しながら、上を目指して部活に励んでいる。

 そんなバレー部に、今年の4月、期待の新人が入部した。名前は千葉湊(ちば・みなと)。入学時点で身長が165センチあった、長身の美少女である。当然、バレーを含む運動部が放っておくはずがない。

 体育以外に運動の経験がないからと言って固辞した彼女を何とか説得して、バレー部に入部させたはいいけれども……結局、経験者ばかりの練習についていけず、夏休みの終わりと同時に退部したそうだ。

 秀麗中学は、部活動を必須にはしていない。しかし、内申点を考えると何かしらの実績があった方が良いことは事実だ。そして、白石教諭自身もまた、入学したての彼女を半ば強引に勧誘してしまった負い目もあり、このまま放り出すのは気が引けているらしい。

「と、いうわけで……生徒会に白羽の矢を立ててくださったの」

 説明を終えた倫子に、勝利が「なるほど」と何度も首を縦に動かした。

「確かに生徒会だったら、運動経験なんかなくても活動出来るからね!!」

 1人でウンウンと納得する勝利とは対象的に、心愛は1人、口元に手を添えて顔をしかめる。

「でも……その、千葉さん本人は、それでいいって言ってるんですか?」

 当然とも思える心愛の問いかけに、倫子は「そうなのよねぇ……」と、腕を組んで息を吐いた。

 倫子の考えが正しければ、職員室の入り口でぶつかりそうになったのが、千葉湊本人だろう。簡単なやり取りしかしていないけれど、印象が悪い生徒ではなかった。むしろその立ち居振る舞いは生徒の模範としても申し分ないと思う。

 ちなみに白石教諭が彼女へこの話をしたところ、「考えておきます」と返事を保留されたらしい。これは断る気持ちが強い時の常套句だ。彼女はむしろ、この話を断るつもりだと考えるのが懸命だろう。


 倫子も勝利も、秋の文化祭が終われば……生徒会活動からは否応なしに身を引くことになる。

 勿論、何かしら手伝うつもりではあるけれど、今までと同じというわけにもいかない。

 自分たちがいる間に、この場に残る後輩を増やしておきたい、というのが、勝利との間にある共通認識だった。

 そのためのチャンスが巡ってきたのならば、なんとしても逃すわけにはいかない。


「とりあえず明日の放課後、体験ってことで、千葉さんがここへ来てくれることになっているの。明日は名杙先生もいらっしゃる日だし、特に家のご用事がなければ……2人とも、協力してくれないかしら」

 秘めた意思を隠し、いつも通りにそう告げた倫子に、勝利と心愛はそれぞれ首肯した。

 特に心愛にしてみれば初めての後輩……に、なるかもしれない人物である。期待を不安が入り混じっている心愛の横顔に、倫子が目を細めた次の瞬間――


「――会長、ちょっといいっすか?」


 入り口の扉が開き、本日は顔を見せないと思っていた森環がひょっこり顔を出した。

 意外な人物の登場に、倫子を含む全員が目を丸くする。

「あら森くん、今日はパソコン部じゃなかったの?」

「そうなんすけど……ちょっと、頼みたいことがあって。今、いいっすか?」

「えぇ大丈夫よ。中へどうぞ」

 そう言って手招きする倫子に、環は軽く会釈してから室内に足を踏み入れた。環がこんなこと言うなんて珍しいと思いつつ、倫子はいつも通り、4人で話をするために椅子と机を整える。

 長机を2本縦に並べて、2人ずつが横並びで座る配置。倫子の隣に勝利が座り、今日は彼女の正面に環、その隣に心愛という配置である。

「それで、森くん……一体何があったの?」

「実は、パソコン部で1人……辞めることになった1年生がいるんすけど」

「あら、一体どうして?」

「何でも親に反対されてるらしいっすね。まぁ、運動部と比べると地味で根暗っすから」

 にべもない言い方に、隣の心愛が「もうちょっとオブラートに包みなさいよ……」と、ジト目を向ける。当然ながら環は心愛の視線を気にすることなく、淡々と話を進めた。

「まぁ、それぞれの家の事情は分からないっすけど……でも、本人は放課後に家にいたくないらしくて」

「あら、そうなのね。でも……私達に頼みたいことって何かしら? 流石に保護者の方を説得するのは……」

 そう言って首をかしげる倫子に、環は真顔でこんなことを提案する。

「その1年生、生徒会に入れて欲しいんすけど」


 果報は寝て待て、と、言うけれど……朗報は続くものだ。

 かくして翌日、秀麗中学生徒会は、2人の1年生を体験入会させる運びとなったのである。


 翌日の昼休み、昼食を終えた倫子は1人、生徒会が使っている飽き教室にいた。

 そして、これまでの資料と今度の文化祭の資料を机上に並べて……口元に手を添える。

 心愛が入ってくれた時は、彼女自身が生徒会へ入ることを了承した上での説明会だったため、話もそこそこに実務にうつったけれど……今回は、2人とも自分から来てくれるわけではない。

 湊は教師の推薦で、パソコン部の1年生は環の紹介だ。心愛に比べて受動的であると考えるべきだろう。


 どうすればいい。

 どう伝えれば――この活動の良さを、分かってもらえる?


「……どうすれば、魅力的に思ってもらえるかしら……」

 倫子がレジュメとにらめっこしていると、不意に前側の引き戸が開き、勝利が顔を出した。

「阿部会長、やっぱりここにいた」

「あら島田君、どうかしたの?」

 特に彼を呼び出した覚えはない。倫子が首をかしげると、彼は両手に紙パックのフルーツオレを持って、彼女の方へ笑顔で近づいてくる。

「阿部会長のことだから、放課後のことを1人で考えてるだろうなって思ったんだ。水くさいよ、僕にも声をかけてくれて良かったのに」

 そう言ってジュースを一つ差し出すから、倫子は苦笑いでそれを受け取った。

「そうね、ごめんなさい。どうしても色々考えてしまって……」

 そう言いながらストローを挿すと、勝利もまた同じ動作でパックにストローをさしながら、彼女の隣に並ぶ。そして、彼女の不安を言い当てた。

「1年生が入ってくれるかどうか?」

 その問いかけに、倫子は真顔で首肯する。

「ええ。やっぱり……この機会を、逃したくないんだもの」

 上手く行けば2人、1年生を入れることが出来る。人数としてはまだまだ最低限度だけれど、でも、自分たちの卒業前に次へ繋げる、というノルマは達成することが出来るから。

 無言でジュースをすする倫子の横顔を、勝利はじっと見つめた後……持っていたジュースを机上に置いた。そして、同じ机にある、倫子が見つめていた資料一式を手元にまとめると――


 ――それを、豪快に宙へ放り投げる。

 白い紙がバサバサと音を立てて舞い上がる様子に、倫子は思わず目を見開いた。


「し、島田君……!?」

 彼の行動の意味が分からずに呆気にとられていると、勝利は落ちてきた紙を1枚キャッチして、屈託なく笑う。

「阿部会長、ちょっと考え過ぎだよ。あの時、政宗さんと一緒に話し合ったこと、忘れちゃったの?」

「あの時……?」

 勝利の言葉に、倫子は慌てて過去の記憶を引っ張り出した。


 それは先月、同じように、後輩がいないことを憂いた結果……この学校のOBでもある佐藤政宗に、現状を打破するためのアドバイスをもらう機会を設けたことがある。


「ここにいる4人それぞれに、得手不得手はあると思うから、それぞれが得意な分野でもう少し頑張ってみればいいと思うよ。きっとその姿を見てくれている人はいるはずだから」

「勝利君もみんなも、今がとても楽しそうだから。その雰囲気をもっと外に広げていくと、その空気に惹かれる人は絶対にいるよ」

 そう言ってくれた彼に、勝利と倫子は、こんな結論を出していた。


「……みんなで、頑張ってみよう!! きっと僕たちの頑張りは誰かに届くよ!!」

「そうね。新しいことを始めることも悪くはないけれど……まずは、一つ一つの精度を上げていきましょう。その上で変えるべきところは変えていけばいいと思うわ」


 そう、あの時、確かにそう言った。

 一つ一つの精度を上げていく。真面目な自分がすぐ出来るのはそれくらいだけど……でも、それを続けていけば、きっと……。

 倫子は無意識のうちにこわばっていた肩の力を抜いた。そして、姿勢を正して3回深呼吸をしてから……手元のジュースを一口すする。


 落ち着くための通過儀礼は、姿勢を正して3回、深呼吸をすること。

 これを教えてくれた人は――彼女の父親は、もう、いなくなってしまったけれど……でも、思い出して実践することで、父親の意思を継いでいるような、そんな気分になれるから。


「……ふぅ。ありがとう島田君、ちょっと堅く考えすぎていたわね」

 そう、彼らがいる時だけ見栄を張っても、良く見せても、何の意味もない。

 この場所が楽しいこと、やりがいがあることを伝えたいならば……自分の行動で示すのが、手っ取り早いし確実だ。

 ……そういえば、環が入ってきたときも、こんな感じだったじゃないか。

「今日は予定通り、文化祭の打ち合わせと……ううん、久しぶりに清掃活動をやりましょうか」

 窓の外は、カラッと晴れた良い天気。気温がまだ高そうだけど、部屋の中で閉じこもっているだけが生徒会ではないのだ。

 倫子の提案に、勝利が笑顔で敬礼を示す。

「分かった!! じゃあ、ゴミ袋と軍手、用意しておくね」

「えぇ、お願いね。あと……」

 勝利の申し出に首肯した倫子は……苦笑いで、勝利の足元を指さした。

「散らかしたものは、片付けましょうね」

「あ……」

 その後、2人して、彼の足元に散らばった資料をかき集めたのは言うまでもない。


 そして、午後の授業が終わった放課後、時刻は16時を過ぎた頃。

 いつもは4人、多くても5人しかいなかった部屋の中には、1年生を含む7人が集まっていた。黒板の前に立った倫子は、横並びで椅子に座っている生徒5人と、部屋の脇に立っている統治を見やり、呼吸を整える。

 正面には、どこか緊張した面持ちの2人が座っていた。1人はやはり、先日、職員室で出会った長身の少女、もう1人は、膝の上で両手を握りしめている、小柄な少年だった。前かがみになっていることもあり、少し長めの前髪が目を隠すように揺れている。環に連れてこられた彼は、先程軽く挨拶をしただけで……萎縮して、無言になってしまったのだ。少女――千葉湊もまた、形式的な挨拶はしたけれど、特にそれ以上の会話へは発展していない。

 そう、全てはこれから始まる。今日の己の行動で、後輩が増えるか増えないかが決まるのだ。

 けれど……不思議と、緊張はない。

 大丈夫、いつも通りの放課後を、いつも通り……でも、少しだけ先輩風を吹かせながら終えればいいのだから。

 倫子は目の前にいる2人を見つめ、いつも通り話し始める。

「では、改めて……生徒会長の阿部倫子です。今日は、生徒会がどういう活動をしているのか、実際の活動を通して知ってもらおうと思っているの。千葉さん、前田君、2人とも宜しくね」

 こう言って反応を伺うと、2人はそれぞれに軽く会釈を返した。倫子の話を聞こうとしている姿勢が伺えるので、彼女はそのまま言葉を続ける。

「私達生徒会は、会長の私と、副会長の島田君、書紀の森君に、総務の名杙さん……今は4人で活動をしているの。そして今日は、外部講師の名杙先生が、前田君のことを気にかけて顔を出してくださってます。前田君はパソコン部だったから、名杙先生とも面識があるわよね」

 倫子の問いかけに、『前田君』と呼ばれた少年が無言で首を縦に動かす。それを確認した倫子は、右端に座っていた勝利に目配せをした。その合図で立ち上がった勝利が、半透明のゴミ袋や軍手の束を持って、倫子の隣に立つ。

 彼の行動で今日の活動内容を悟った心愛が、意外そうな表情で軽く目を見開いた。倫子は勝利からゴミ袋の束を受け取ると、勝利と2人で1年生の方へ近づく。そして、まずは目の前に居た湊に、ゴミ袋を手渡した。

「千葉さん、コレをどうぞ」

「あ、ありがとうございます……会長さん、これ、何ですか?」

「ゴミ袋よ。今日は学校周辺の清掃活動をやろうと思うの」

 倫子からゴミ袋を受け取った湊が、「そうなんですか?」と驚きの表情を見せる。

「今日は文化祭に向けての話し合いだろうって、先生に聞いていたんですけど……」

「それも必要だけど、知らない話ばかり聞いても面白くないでしょう? 折角今日は人数も多いから、いつもより綺麗に出来ると思ったの。外はまだ少し暑いから、辛くなる前に教えてね」

「分かりました」

 頷いた湊は、倫子と入れ違いになった勝利から軍手を受け取った。

「千葉さん、だよね。副会長の島田勝利です!! 今日は宜しく!!」

「宜しくお願いします」

 勝利のテンションに圧されることなく、笑顔で会釈をした湊を横目で確認しつつ……倫子はもう1人、彼の前に立った。

「はい、前田君。いきなりこんなことに付き合わせてしまってごめんなさい。でも、これも大事な活動の一環なの。今日は宜しくね」

 こう言いながらゴミ袋を差し出すと、彼は膝の上で握っていた手をそっと開いて、オズオズと袋を受け取る。

「……分かり、ました」

「辛くなったら、森君でも、他の誰でもいいから教えてね」

「……はい」

 ボソリと呟くように返事をした彼の言葉を確認し、倫子はその隣にいる環へもゴミ袋を手渡した。

「森君も、今日は宜しくね」

「うっす」

 いつも通りの返答をした環の脇を通り抜け、倫子は、部屋の隅に立っていた統治の元へ近づいた。

「名杙先生、今日は郊外活動をするつもりなんですけど……どうなさいますか?」

 暗に、学校の外で活動してもいいかと問いかける倫子に、統治は少し思案しつつ……周囲の気配を伺い、異常がないことを確認して、結論を出す。

「……じゃあ、俺はパソコン部に顔を出してくる。何かあれば心愛を通じて連絡をして欲しい」

「分かりました」

 倫子は差し出そうとしたゴミ袋を引っ込めて、踵を返した。

 そして、心愛にもゴミ袋を手渡した後、勝利から軍手を受け取ると、再び全員の前に立ち、自分の手に持ったゴミ袋を少し高く掲げる。

「私が持っている袋には、空き缶やペットボトルだけを入れてね。不燃物は島田君の袋へ。みんなが持っているのは可燃ごみ用なの。終わった後に分別をしなおさなくていいよう、協力してね」

 この言葉に全員が頷いたことを確認した倫子は、壁の時計で時間を確認した後、全員を促してこの部屋を後にした。


 残暑の昼下がり、まだ強い日差しが照りつける中……6人は校門から外に出て、学校の外周をぐるりと回ることにした。

 普段、通学路として使っている道は、下を向いて歩くことなどほとんどない。そのため……小さなゴミが所々に落ちていることにも、案外、気付けないものだ。そもそも気づいたところでゴミ箱もないので、拾うこともないのだけど。

 7メートル程度の幅の道は、片側に学校、もう片側が住宅地になっている。何となく左右に分かれてゴミを探していると、額に汗がじわりと浮かんだ。

 倫子はとりあえず、道の脇に落ちていた菓子パンのビニール袋を拾うと、湊の袋へ入れるために彼女へ近づいた。

「千葉さん、入れてもいいかしら」

「あ、はい。コチラへどうぞ」

 彼女は爽やかに首肯した後、持っていた袋の口を開く。その中にゴミを入れた倫子は、「ありがとう」と言葉を返した後、ゴミを探すために猫背になっている湊に苦笑いを向けた。

「ごめんなさいね。背が高いと、ゴミを探すのも大変かしら?」

「えっ!? あ、いえ、大丈夫です、慣れてますから。お気遣いありがとうございます」

「慣れている……?」

「クラスメイトと話をする時は、下を向かないと駄目ですからね」

 そう言って苦笑いを浮かべる湊は、目についたところにあるゴミを拾って袋に入れる。

 その様子を見ながら、倫子はおもむろに口を開いた。

「千葉さんは、バレー部を退部したと聞いたのだけど……練習、大変だったの?」

 倫子の質問に、湊は軽く息を呑んだあと……苦笑いで肩をすくめる。

「……まぁ、そうですね。みんなこの中学でバレーをやりたくて入ってましたから」

「そうね。うちの中学は、部活動にも力を入れているから」

「その中で、ただ背が高いだけの私がいても……邪魔になるだけでした。私、八方美人で流されやすいから……迷惑だけかけて、逃げたんです」

 湊はそう言って、額に滲む汗をハンカチで拭った。そして、別の場所に落ちていたゴミを見つけて袋に入れていく。

「生徒会も皆さん、凄い人ばかりだから。名杙先輩は可愛くて頭がいいし、森先輩は足が速くて部活を掛け持ちしても活躍出来るし、島田先輩は誰からも好かれているし……会長さんも、凄く素敵な人で。そこに私が入っても、バランスを崩して、邪魔になってしまうんじゃないかって……」

「……」

 湊の言葉を聞いていた倫子は、彼女の評価を素直に嬉しいと思いながら……自分たちとの認識のズレを、はっきりと感じていた。


 彼女はいつも下を向いて、周囲に合わせようとしてくれているけれど。

 でも、それは本当に……彼女が見たい景色なのだろうか。

 背筋を伸ばせば、しっかり前を見れば……もっと、広い世界が広がっているのに。


 倫子は先を歩く湊に追いついて、彼女の背中を軽く叩いた。

 何事かと振り向こうとする彼女の隣に並び、倫子は前を見て声をかける。


「――背筋を一度、伸ばしてみて。千葉さん、折角背が高くて周囲をよく見ている、素敵な女の子なんだもの、猫背なのは勿体無いわ」

「えっ……!?」

「一度姿勢を正して、3回、深呼吸をするの。私も自分を落ち着けたい時によくやることなのよ」

 こう言って前を見た倫子に、湊が意外そうな口調で問いかける。

「会長さんも……落ち着かないことがあるんですか?」

 その言葉に倫子は彼女を見上げ、何の躊躇いもなく首肯した。

「勿論あるわ。だって……生きているんだから」


 生きているから迷って、悩んで、それでも進まなくちゃいけなくて。

 そんな時にどうするか――それを決めるのもまた、今を生きる自分なのだから。


「私も色々あって、自信を無くしたり、どうしていいか分からなくなったりしたことがあるの。それこそ、沢山迷惑もかけたわ。でも……生徒会のみんなや、先生達、周囲の人の支えがあって、ここまでやってこれた。だから私は、この活動を通じて自分を磨いて、誰かを支えることが出来る人になりたいの」


 こう言った倫子は、自分を見つめている湊を見上げて、苦笑いを浮かべる。

「そんなことを言っておきながら、結局、千葉さんには屈んでもらわないといけないのだけど……ごめんなさい。少し長い火ばさみを用意しておかないといけないわね」

「ありがとうございます……って、私が続けること、決まってるんですか?」

 少しからかうように湊が尋ねると、倫子は彼女の一歩先を歩いて振り返り、立てた人差し指を口元に添える。

「今のは、私の希望。これからも一緒に活動出来ると、本当に嬉しいわ。今は一緒に清掃活動を頑張りましょう」

「……分かりました。宜しくお願いします」

 こう言って前を向いた湊に、倫子は目を細める。

 そして……少し後ろからついてくる環と『前田君』、そしてその周囲をウロウロする勝利と彼にジト目を向ける心愛に視線を向けた。

「千葉さんは、前田君と違うクラスよね。面識はなかったのかしら」

「え? あぁ、ちゃんと話をしたことはないんですけど、バレー部で一緒だった友達が彼と同じクラスで、同じクラスに戦国武将がいるって言ってました。彼のことだと思いますよ」

「せ、戦国武将……?」

 勇猛果敢な武将と、引っ込み思案を擬人化したような彼のイメージが結びつかない。倫子は首をかしげつつ……後ろのメンバーと合流するために、湊と2人で足を止めるのだった。


「へぇー!! 前田君の名前、古風でカッコいいんだねー!!」

 勝利はそう言って、彼の顔を覗き込む。当然ながら萎縮して視線をそらす彼に、勝利は首をかしげて環に問いかけた。

「ねぇねぇ森君、僕、前田君に何かした?」

「その騒がしいのが生理的に駄目なんじゃないっすかね」

「えぇっ!? それって僕のこと全否定だよね!?」

 1人で盛り上がって落ち込む勝利のゴミ袋に、心愛が無言で落ちていた金属片を入れた。そして倫子に目線で訴える。

 彼を何とかしてくれ、と。

「島田君、前田君の名前がどうかしたの?」

「あっ、聞いてよ阿部会長!! 前田くんの名前、利家(としいえ)君って言うんだって!! 政宗さんみたいで羨ましいよねー!!」

「前田、利家……?」

 倫子が彼――利家を見つめると、彼は盛大にうつむいてしまう。倫子は先程湊から聞いた言葉の意味を悟り、なるほどと1人で納得していた。


 前田利家、大河ドラマの題材にもなり、ゲームなどにもよく登場する、加賀藩の有名な戦国武将だ。

 現代を生きるにしても古風な名前だし、親世代であれば確実に由来を知っている。

 そんな大仰な名前をつけられた彼が、他の子どもよりも少しだけ、確実に生きづらかったことを悟った倫子は……息をついて彼を見つめた。


「有名な武将と同じ名前なのね。ご両親が石川県の方なのかしら?」

 倫子の問いかけに、利家はフルフルと首を横に振る。

「……ち、違い、ます……特に関係ない、です……」

「そ、そうだったのね……」

 蚊の鳴くような声で否定した利家に、倫子は慌てて思考を切り替える。「前田利家と同じ名前なんて、石川県に縁があるんですか?」なんて、これまでに何度も聞かれて否定し続けた質問だったのだろう。

 前田利家といえば、派手好き、いわゆる「かぶき者」としてのイメージも強い。それは目の前の彼とは真逆だ。結びつけるべきはそこじゃない。

 だとすれば――

「前田利家といえば、人望が厚かった人物ね。宮城にも縁がある人なのよ」

 倫子の言葉に、利家の目線がピクリと反応する。それを見逃さなかった勝利が、いつもどおりのテンションで話を広げていく。

「へぇー、そうなんだ!! 何があったの?」

「前田利家は常にそろばんをもっていて、前田家の決済を全て自分で行っていたそうよ。伊達政宗公に融資をしたこともあるらしいわね」

「そっか、頭がいい人でもあったんだね」

「当時、政宗公は奥州で頭角を現していたにも関わらず、どの勢力につくのか明らかにしていなかったらしいから……利家公も気にかけていたらしいわね。戦国武将と聞くと、どうしても勇猛果敢で派手なところばかり注目されてしまうけれど……歴史に名を残している人は、頭脳明晰で先見の明がある人物ばかりだと思っているわ。だから……とても素敵な名前ね」

 こう言って利家を見ると……彼があっけにとられたような顔で倫子を見ていることに気づき、倫子が思わず不安になってしまった。

「ごめんなさい、知ったように喋りすぎたかしら」

「えっ!? ち、違っ……!!」

 慌てて首を振る利家に、環がいつもの口調で補足する。

「前田、自分の名前にコンプレックスあるみたいなんで、そう言ってもらえたのが新鮮だったんじゃないっすかね」

「も、森先輩……!!」

 ワタワタする利家を気にしない環は、彼を指さして言葉を続けた。

「俺は最初から、武将マジかっけーって言ってたんすけどね」

 そんな彼に心愛がジト目を向ける。

「森君が言っても、説得力がないわよ」

「いや、島田先輩よりマシだと思うけど……」

「ちょっと森君それどういうこと!?」

 思わずツッコミをいれた勝利の姿に、倫子の後ろに立っていた湊が思わず吹き出した。

 全員の視線が注がれたことに気づいた湊が、慌てて「スイマセン……」と頭を下げつつ……。

「生徒会って、もっと堅苦しいところだと思ってました。皆さん……とても楽しそうですね」

 その言葉に、気を取り直した勝利が胸を張って言葉を続ける。

 これだけは自信を持って言えるし、誰にも否定させない、そんな強い決意と共に。

「そうだよ、秀麗中学生徒会は……1人1人が自分らしくいられる、とっても楽しいところなんだ!!」

 太陽の下で何の疑いもなく断言した勝利の姿に、倫子は1人で静かに頷いて……ここにいる1年生の2人が、生徒会への参加に関わらず、何かを感じ取ってくれればいいな……と、そんなことを思っていた。


 ――それから2日後の金曜日、時刻は放課後。

 秀麗中学生徒会が活動している北棟3階の空き教室に、これまでとは少し違う声が響く。


「今日から正式にお世話になります、千葉湊です。宜しくお願いします」

 そう言って頭を下げた彼女に、倫子、勝利、心愛の3人は笑顔で拍手を送った。

 清掃活動の翌日……要するに昨日、白石教諭を通じて正式に参加したいという申し出があったことを聞いた倫子は、胸をなでおろすと同時に……自分が卒業しなければならないことが、少しだけ悔しくなった。

 これから、更に面白くなりそうなのに。

 彼らの軌跡から途中離脱しなければならないことを思うと、残念な気持ちもあるけれど……今は素直に、新しいメンバーの誕生を喜びたい。

 椅子に座った湊に、机を挟んで向かい側に座っていた倫子が、穏やかな笑みと共に代表で挨拶を返す。

「改めて……生徒会長の阿部倫子です。千葉さん、改めて宜しくね」

「はい、宜しくお願いします。島田先輩も、名杙先輩も、宜しくお願いします」

「なっ、名杙先輩……!!」

 隣に座り、初めて「先輩」と呼ばれた心愛が、赤面しながら気合を入れ直して湊を見つめるものの……その爽やかで真っ直ぐな笑顔に気恥ずかしくなり、ぎこちなく視線を逸らす始末。

 そんな様子を対面で見ていた勝利が、心愛へどこか意地悪な笑みを向けた。

「名杙さん、どうしたのー? そんなに恥ずかしがっちゃってさー」

「し、島田先輩よりカッコいいから緊張しただけですっ!!」

「えぇっ!? 後輩の女子に負けるのー!?」

 勝利が頭を抱える様子にため息をつきつつ……心愛は咳払いをして仕切り直し、湊に向けて肩をすくめた。

「……騒がしくてごめんなさい。こんな感じで、遠慮する必要はないんだからね」

「分かりました。宜しくお願いします」

 首肯した湊は、もう一度軽く頭を下げてから……周囲をキョロキョロと見回す。

 そして、オズオズと問いかける。

「あの……前田君は、駄目だったんですか?」

「そうねぇ……今の所、何の話も聞いてないのだけど……」

 倫子がそう言って頬に手を当てた次の瞬間――


「――会長、ちょっといいっすか?」


 入り口の扉が開き、森環がひょっこり顔を出した。そして――


「なんか、入り口でまごついてたんで、連れてきたっす」

 そう言って『もう1人』の腕を引っ張ると、スタスタと中に入ってきた。

「わわっ……!!」

 バランスを崩しそうになっている『もう1人』――利家が、足を絡ませながら部屋の中に引きずり込まれる。

 そして、彼を4人の前に立たせると、視線で決意を促した。当然だが、彼は反射的に俯いてしまう。

「っ……!!」

 萎縮してしまった彼に環は浅く息を吐くと、その背中を軽く叩いた。

「……別に取って食うわけじゃないし。あと、誰も笑ったりしないから。変わりたいなら……前を向いてみるしかないと思うけど」

 環の言葉に利家は静かに頷くと……3回、ゆっくり深呼吸をした。その様子に倫子が驚いていると、利家を見ている湊が、どこか満足そうに頷いていることに気がつく。

 もしかして、彼がここに来てくれたのは……湊の口添えもあったのだろうか。今すぐ確認することは出来ないけれど、でも、もしそうだとすれば……こんなに嬉しいことはない。


 繋がった。

 自分たちの姿を見てくれた後輩に、未来を繋げることが出来た。

 倫子は姿勢を正して利家を見つめた。そして、彼の言葉を待つ。


 前から4人の視線、横から1人の視線に晒されている利家は、制服のズボンを両手で握りしめて――


「ま……前田利家です、生徒会、に、入りたいと思って、いるので……これ、から……これから、宜しくお願いします……!!」


 こう言って深々とお辞儀をする彼に、環が苦笑いで「頭下げすぎ」と肩をすくめる。

 精一杯の勇気を感じ取った倫子は、満面の笑みで歓迎の意を示した。

「ようこそ、秀麗中学生徒会へ。これから宜しくね、前田君」

 と、いうわけで1年生2名様いらっしゃーい!! 増えましたー遂に心愛が先輩です!!

 この両名(湊と利家)に関しては、本編よりも外伝に出番が多くなると思うのですが……いずれ本編にも出したいですね。この外伝が既に本編の時間軸を追い越してしまっているので、本編が9月を超えるまでもう少しお待ちくださいませ。


 倫子に関しても、全体をしっかり引っ張っていくリーダーらしさが出てきたなぁと思いつつ、それをさり気なく(?)引き立てる勝利とは良いコンビになってきたなぁ、と、書いていてシミジミしておりました。来年の外伝では、文化祭とか書けるといいですね。どうなるんでしょうね。頑張ります。

 倫子、誕生日おめでとう!! これからもみんなの中心で笑いながら手綱を締めてねー!!


■参考資料

・wikipedia 前田利家(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%8D%E7%94%B0%E5%88%A9%E5%AE%B6)

・コトバンク 前田利家(https://kotobank.jp/word/%E5%89%8D%E7%94%B0%E5%88%A9%E5%AE%B6-16541)

・利家とまつ夫婦道 - 北國新聞社(https://www.hokkoku.co.jp/kagakikou/meoto/meoto_28.html)

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