前日譚:再結集へのプロローグ
統治が失踪してから、ユカが仙台にやってくるまで。
2人の間にどんなやりとりがあったのかを妄想したら楽しくなったので、文字にしてみました。
登場キャラクター:ユカ・政宗・分町ママ・セレナ
名杙統治が姿を消してから、1週間が経過していた。
その間、『東日本良縁協会仙台支局』局長の佐藤政宗は、寝る間を惜しんで情報収集と仕事に没頭していた。
事件に巻き込まれた可能性が高いが、仕事中のことでもあるし、うかつに警察へ届けるわけにはいかない。名杙の長男が失踪したとなれば、それを好機とばかりに難癖をつけてくる敵も、決して少なくはないのだから。
現に名杙家もまた、一族をほぼ総動員して行方を探していた。でも……1週間が経過しているのに、何の手がかりもない。
外に出れば必ず誰かの目に触れるし、店に入れば防犯カメラに捉えられる昨今、ここまで目撃情報がないとなると、どこかに軟禁されていると考えるのが普通だ。
統治との『関係縁』が繋がっているという確かな真実だけが、今の政宗を動かす原動力になっている。
それに加えて、通常業務もこなさなければならない。統治の顔利きで顧客になってくれた相手を尋ねたり、自分で開拓した顧客の要望を聞いたり……外回りを終えて自分の椅子に座ると、どっと疲れが出て意識をなくすことも珍しくなくなった。
更に今は、妹の心愛に関する調整も地味に必要になってきた。彼女の決意――兄の代わりに『縁故』として一人前になりたい――も分からなくはないが、どうして今なのかと愚痴を吐きたくもなる。
でも……身内が失踪して、一番不安なのは心愛だから。
政宗はあまり深く追求せずに、可能な限りは名杙の指示に従うと決めていた。
可能な限り、だけど。
寝落ちしていた政宗が、椅子の上で目を覚ます。
西日が差し込み、どこか薄暗い事務所に……相棒は、いない。
「政宗君、大丈夫……じゃ、ないわよね。統治君が心配なのは分かるけど、君が倒れたらもっと大変なことになるわよ?」
椅子から立って背伸びをする政宗は、心配する分町ママに愛想笑いを返しつつ……スマートフォンに入ってきたメールを見て、ため息をついた。
時刻は夕方6時過ぎ。いつもならば事務所をしめて、家路につく時間だ。
でも……今日もこれから、長くなるかもしれない。
「そうも言ってられないですよ。これからまた名杙に行ってきます」
「また呼び出しなの? 折角だから美味しいものでも食べさせてもらいなさいね」
「分かりました。じゃあ、統治が戻ってきたら教えてください」
「分かってるわ。しばらくは事務所で宅飲みするつもりだから、ここは任せて」
そう言ってビールジョッキを片手に持つ分町ママに肩をすくめつつ、政宗は椅子に引っ掛けたコートを持って、再び仙台支局を後にした。
そして……辿り着いた名杙家、当主を含めた幹部との会合で、政宗は驚くべき事態と遭遇することになる。
心愛の件を具体的に頼まれそうになった政宗が、「さすがに今は無理だ」と固辞すると……名杙家当主・名杙領司が、『ある人物』を呼べばいいと言ってのけたのだ。
『ある人物』、その名前は――
「……ケッカ……!!」
忘れもしない、忘れられるはずもない。
10年前の研修で、政宗が助けられなかった……大切な人の名前だったから。
その翌日、場所が変わって『西日本良縁協会福岡支局』。
時刻は15時過ぎ。何の前触れもなく麻里子に呼び出されたユカは、一連の話を聞いて……局長室から退室後、とある場所に向かって走り出していた。
「あれ、ユカ? ユーカっ!! そげん急いでどこ行くとー!?」
すれ違ったセレナの呼びかけにも応えず、建物を出て、地下鉄の駅へ向かう。
ホームへ滑りこんできた電車に飛び乗り、自宅へと大急ぎで帰宅した。
「――はぁっ……!!」
扉を締め、靴を脱ぎ捨て……ベッドの上に座り込んだユカは、自分のスマートフォンからある人物の電話番号を呼び出す。
込み入った話は、自宅でするのが最適だ。
そして、今から……片付けたはずの冬服を引っ張り出して、早急にダンボールへつめなければならないのだから。
「――はい、もしもし?」
「もしもし、じゃなかよ政宗!! どげんなっとると!?」
久しぶりの通話は、ユカの罵声から始まった。
「何だよケッカ、いきなりうるさいぞ」
「なっ、なんば悠長に言いよっとね!! さっき麻里子様から聞いたよ、統治がおらんくなったって!! それであたしも仙台に行けって!! 一体何がどげんなっとると!?」
「……あぁ、実はそうなんだよ。もう1週間以上行方不明でな――」
「だから――!!」
努めて冷静な政宗に苛立ちを感じるユカだったが……ここで初めて、彼の声に覇気がないことに気付いた。
普段はもっと余裕があるはずなのに。
いつもならば……もっと、聞いていて安心出来るのに。
「……ゴメン。政宗が何もしよらんわけがないよね。どうせ不眠不休で働きよるっちゃろ?」
「おう。そろそろ最長記録を更新しそうな勢いだぜ? ワイルドだろぉ?」
「いや、そういうネタは挟まんでよかよ。あたしの質問に答えてくれるやか。統治は……まだ、生きとる?」
そう言いながら、ユカは自分と繋がっている統治との『関係縁』を見つめていた。
物理的に距離が離れているので、仮に切れていても気づきにくいから。
ユカの質問に、政宗は一度息を吐くと、はっきりした声で答えを告げる。
「ああ。俺を含め、誰の『関係縁』とも切れていない。だから、統治は大丈夫だ」
その答えを聞くことが出来て、ユカは口元にニヤリと笑みを浮かべる。
「……分かった。とりあえず、ケッカちゃんが行ったら牛たんくらい食べさせてもらわんとね。」
「了解。牛たん持って出迎えてやるよ」
「あと、洋服とか荷物を送りたいけんが、送り先の住所が分かったらメールで教えて。こっちからも飛行機の時間とか送るけんが、迎えくらい来てよね」
「分かってる」
「仙台かぁ……牛タンも含めて、地味に色々楽しみやね。そっち、やっぱり寒い?」
「日中はそうでもないが、朝晩は冷え込むな。冬服も忘れずに送るんだぞ」
「ハイハイ、っと……あーあ、年度末に忙しくなりそうやね。統治にはしっかりお礼をしてもらわんと」
「そうだな」
どこか安心した声で語る政宗に、ユカは電話を握りしめて。
「……政宗」
「ん? どうした?」
「1人で頑張ってくれて、本当にありがとう。あたしもすぐ行くけんが、もうなんも心配せんでよかよ」
もう、1人にはしないから。
そんな決意を込めた言葉に、政宗は少し押し黙ってから……精一杯の言葉を絞り出す。
「……ああ、待ってるよ」
ユカからの電話を切った政宗は、目尻に浮かんだ涙を強引に手で拭った。
これから更にやることが増えてしまった。ユカの滞在先の確保と、一人分増える事務用品の用意、そして……。
「……牛タン、用意しておかないとな」
遠路はるばる助けに来てくれる旧友への、素敵なおもてなしプランを。
椅子にかけたコートを手に取り、政宗は扉の外へ向けて歩きだす。
その足取りに、確かな力を宿して。