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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
48/121

2018年結果生誕祭小話:ホーム・スイート・ホーム(2)

 お待たせしました続きです!!

 ユカのモヤモヤがマックスに達したらこうなるんだという見本のような話……を、目指しました。最後までお楽しみくださいませ!!

「政宗……何?」

 ユカが改めて彼に問いかけると、ここで初めて己の失態に気がついた政宗が、目を泳がせながら必死に言葉を探し始めた。

「あ、いや、その……雨が本降りになる前に、車から店の中に移動しようと思ったんだ。ケッカはどうする? ここで待ってるか?」

「え? う、ううん、あたしも行くけど……」

 ユカは彼の言葉に対して首を横に振りながら、政宗が結局呼び方を戻したことに……言いようのないモヤモヤを抱き始めていた。


 確かに、あたしはケッカだけれど。

 ずっと……ずっと、そう呼ばれているけど。


 どうして『ユカ』と呼んでくれる時だけ、そんなに優しい表情になるのだろう。

 君が口にする『ユカ』という名前は、本当に――あたし(ケッカ)を呼ぶもの?


 確証が、持てない。


 もしもその理由を尋ねれば、教えてくれるだろうか。

 それとも……困った顔で、はぐらかされるだろうか。


挿絵(By みてみん)


 2人してコインランドリーの店内に移動して、洗濯物を入れた洗濯乾燥機の表示を確認する。現在は既に乾燥モードに入っており、表示には数字の『5』が記載されていた。

「あと5分……椅子にでも座って待ってるか」

 政宗はそう言って、店の端に設置されている長椅子へ移動した。店内にはテレビも設置されており、先程からドラマを流しているけれど……前回のあらすじも分からないので、BGM程度に聞き流す。

 ユカは政宗の隣に腰を下ろしてから、帽子のつば越しに彼を見上げて……膝の上で両手を握りしめた。


 先日、電車の中では自分から手をつないで。

 彼が握り返してくれた時は嬉しくて、帽子で顔を隠しながら笑っていた。

 こんな時間が続けばいいと、心の何処かで願いながら……彼の隣で眠ることが出来た。


 ――は、どこにも行かせないからね。

 ――なんか、今すぐ消えてしまえばいいのに。


 一時的な感情に振り回されて、迷って、迷って、何を信じればいいのか分からなくなって。

 自分の居場所なんてない、そう思っていた。

 でも、勇気を出して顔をあげたら――その先に待っていたのは、ここに居ていいという人たちだった。

 けれど時々、どうしても不安になる。


 あたしの居場所は、どこにあるんだろう。

 福岡なのか、それとも仙台なのか、はたまた違う場所なのか。

 この能力がなくても、自分を必要としてくれる人は、どこかにいるのだろうか。

 今はまだ確証を得られない。だから、あの時……。


「あたしの居場所は……あたしが決めます。それまで、この文字はいりません」


 だからあの時、『ユカ』と名付けたんじゃないか。

 自分の居場所を見つける、その時までの仮初めの名前を。


「あ、あの……政宗!!」

 思い切って彼の名前を呼んで顔を上げると、ぼんやりテレビを見ていた政宗が、何事かと目を見開いて彼女を見下ろした。

「け、ケッカ……?」

 動揺して、若干狼狽している彼を見据え……ユカが思い切って口を開こうとした次の瞬間――


 ――乾燥終了を告げる電子音が、室内に響き渡った。


「あ……」

 2人して洗濯乾燥機の方に視線を向けて……思わず、無言になってしまう。

 先に我に返った政宗が、言葉を探すユカへ改めて問いかけた。

「ケッカ悪い、どうかしたのか?」

「へっ!? あ、うーん……か、帰ってからでいいや!! 先に洗濯物取り出さんとね!!」

 そう言ってユカは率先的に立ち上がると、自分から洗濯機の方へ向かって小走りで移動する。政宗はその背中を目線で追いかけながら……言いかけた言葉を一旦飲み込んで、彼女の後ろに続くのだった。


挿絵(By みてみん)


 それから、雨をかいくぐって2人で車に戻り、あまり会話も弾まないまま、政宗の部屋に戻ってきた。

 洗濯物の入ったカゴを持って一旦自室に入ろうとした政宗だったが、この中にはユカの洗濯物もあることを思い出し、扉の前で立ち止まる。

 そして後ろを気にしながら振り返り、足元にカゴを置いてから……少し離れた床の上、ビーズクッションを背もたれにして腰を下ろし、スマートフォンを操作していたユカを、オズオズと見つめた。

「け、ケッカ……悪いけど、自分の分を取ってくれないか?」

「え? あ、うん、分かった」

 顔をあげたユカはスマートフォンをクッションの上に置いた後、四つん這いで彼の方へ近づいてくる。そしてカゴの中を覗き込んだ後、まだ乾燥機の熱が残る服の中から、自分の洋服や下着を無造作に引っ張り出した。途中で間違って政宗の下着を引っ張り出すこともあったが、間違えたと思う程度でさほど気にならない。そんな選別を続けること数分、手元に静電気を宿したユカが、顔をしかめながら彼を呼んだ。

「政宗、終わっ……政宗?」

 ここでユカは初めて、自分に対して完全に背を向けている政宗に気が付き……首を傾げるしかない。

「政宗、まーさーむーねっ!!」

「へっ!?」

 ユカの呼びかけに肩をビクリとすくませた彼は、首だけを動かして恐る恐る振り返った。

「け、ケッカ、終わったか……?」

「だから終わったって言いよるやんね。もしも残っとったら持ってきてね」

「あ、ああ。分かった」

 何度もコクコクと頷いた政宗は、ユカがぐちゃぐちゃにして盛り上がってしまった洗濯物を何となくカゴの奥に押し込めながら、それを持って立ち上がる。

 ユカはその様子をじっと眺めた後、おもむろに立ち上がると……右手の人差指で、政宗の右手をつついた。

 次の瞬間――2人の体に帯電していた電気が、バチッという音を立てて放電される。

「いたぁっ!!」

「いぃっでっ!!」

 予想以上の衝撃に、ユカは盛大に腕を引っ込めた。一方の政宗は洗濯かごを落とさないように何とか踏みとどまると、不意打ちを仕掛けてきたユカに全力で抗議する。

「け、ケッカ!! いきなり何をするんだお前は!! やるならやるって言ってからにしろ!!」

「そっ、そげなこと言えるわけないやんね電気バカ宗!! もっと優しくバチッとしてくれんと困るっちゃけど!?」

「訳分かんないイチャモンつけるなよ!! ったく……」

 ここまで言った政宗は苦笑いでため息をつくと、カゴを持ち直して、一度、自分の部屋へと消えていく。

 その後ろ姿を見送ったユカはその場にしゃがみこみ、まだ若干ピリピリする右手をべったり床につけて放電していた。このままでは、彼に近づく度に静電気が走ることになるから。

「……そもそも、もう、近づくことげな……」

 今日はもうコレ以上、彼に触れることもないだろうに。

 自分の行動に何となくため息をついた次の瞬間、政宗の部屋とリビングを繋ぐ引き戸が開き、空っぽのカゴを持った政宗が戻ってきた。そして、床にべったり手を付けているユカを見下ろし、口の中でほくそ笑む。

「真顔のユカが床に手をつけてるなんてな」

「……」

 彼にしてみれば、単なるダジャレを言ったつもりだったのだろう。

 しかし、日頃から『ユカ』と呼ばれることのない彼女に対して、先程の車内でのモヤモヤを呼び起こすには……十分すぎるトリガーになった。

 ユカは右手を床の上から離すと、座り込んだまま彼を見上げて……一度、口元を引き締める。

 そんな彼女の表情に何かを察した政宗は、ユカの前にあぐらをかいて座り込んだ。

「そういえば、まだ話を聞いてなかった。何かあったのか?」

「うん、まぁ、大したことじゃないっちゃけど……」


 今、この手を彼に向けて伸ばしたら……どうなるか分からない。

 先程よりも、もっと痛い思いをするかもしれない。

 そんな恐怖心が……まだ、残っているけれど。


 でも……彼の前で、嘘はつきたくなかった。

 だって、政宗はいつも実直だから。


「だから、ユカの現状を変えられるかもしれないって分かった時は……凄く嬉しかった。もしかしたら、俺が楽になりたいから、ユカの現状を変えることを望んでいるのかもしれないけど……でも、俺は、19歳のユカに会ってみたい。そして、これから一緒に大人になりたいんだ」

 あの時、自分の身を呈してまでも、3人の居場所を守ってくれて。


「ケッカのことは、必ず何とかする。だから、一緒に頑張っていこうな」

 あの時、満身創痍になったユカを背負って、ゆっくり歩いてくれて。


「昨日は、情けなくて……本当にゴメンな。今日はちゃんと、俺から言わせて欲しい」

 あの時、真っ直ぐに向かい合って、それで――


 ――最後の内容だけ、頭にモヤがかかっていて上手く思い出せないけれど、でも、この先の言葉を聞いた自分がとても嬉しかったことは、何となく、覚えている。


 だから……ここで、嘘をついて誤魔化したくない。

 政宗と――ちゃんと、向き合いたい。


「政宗、最近あたしのこと……『ユカ』って呼ぶ頻度が増えたなー、って」

「え……?」

 その言葉に心当たりがあったのか、政宗の表情から少しだけ余裕が消えた。

 ユカはそんな彼に少し呆れ顔で肩をすくめると……彼と視線を合わせて、改めてこう言った。

「6月に何があったのか……もう一度、ちゃんと教えて」

「っ……!!」

 彼女の声音に強い意志を感じた政宗は、無意識のうちに声を発しそうになって……慌てて口元を引き締めた。

 『まだ』ダメだ、心の中にいる自分が激しく警鐘を鳴らしている。


 今は、まだ……『彼女(ケッカ)』に『彼女(ユカ)』のことを告げるわけにはいかない、と。


 表情では彼女を誤魔化しきれないことを悟った政宗は、ため息をついて俯いた。そして、恐る恐る顔を上げてから彼女を見やり、何とか釈明を成立させようと頭を働かせた。

「ケッカ、それは前にも話をしたけどな――」

「――前に聞いた話は十分分かっとると。あたしの『生命縁』に異常があって死にかけたっちゃろ? 現にあたしの記憶が抜け落ちとるのも、それだけ状態が悪かったんやと思う。けど――本当にそれだけなん?」

 何か確信を得たように告げるユカから、目をそらすことが許されない。

 だから、今の政宗には、話を引き伸ばすことしか出来ないのだ。

「どうして……そう、思うんだ?」

 この質問に、ユカは冷静に答えようとして……はた、と、我に返った。


 彼に向き合いたい、そう思っていたはずなのに。

 ……本当に、それだけ? 意地悪な自分が鎌首をもたげる。


 どうして。


 どうして自分は、政宗をこんなに疑っているのだろう。


「どうして、って……政宗の態度が、なんか、その……」


 どうして、彼のことを信じられないんだろう。


「政宗が……」


 どうして――



「政宗が……あたし以外の『ユカ』を見てる気がして、モヤモヤするっちゃもん!!」



 どうして――どこの誰かも分からない『ユカ』に、嫉妬しているのだろう。



 はっきり分かった。

 今の自分が――彼が優しく『ユカ』と呼ぶ女性に、嫉妬していることが。

 ここが自分の居場所だと思えない、そんな不安感。 


 あの時と、同じだ。(・・・・・・・)



「ケッカ……!?」

 ユカの言葉が意外すぎて、政宗が目を見開いて彼女を見つめた。我に返ったユカはそんな彼から盛大に視線をそらして立ち上がると、着替えを持って立ち上がり……彼に背を向ける。

 向かい合う、はっきりさせるつもりだったのに。

 何も分からなかった……そんな喪失感が胸の中をぐるぐると駆け巡っていた。

「ごめん、今日は……向こうで寝る。雨も降っとるし、エアコンなくてもそげん暑くならんよ」

 政宗が何か言おうとして立ち上がった次の瞬間、ユカのこの言葉が、今日の終わりを宣言する。


「――おやすみ、政宗」


 ユカは淡々と告げると、着替えを持ってリビングを後にした。

 扉の向こうは、湿気が多めの仄暗い廊下。重い足取りで進んで扉を開き、体を室内へねじ込んで乱暴に扉を閉める。そして……電気もつけないまま、ベッドに転がった。

「あたし……何してんだろ……」

 布団に顔を埋めて自問自答を繰り返しても、今のユカに答えが出せるはずもない。

 それに、さっきの自分は、どうしてあんなことを言ってしまったのか。

 まるで――

「……バカ政宗ぇぇぇっ……!!」

 八つ当たりをするために呼んだ名前なのに……反応がないことに寂しくなってしまうのだから、重症だ。

 ストレスを放電したつもりだったのに、こんな痛みが戻ってくるとは、思わなかった。


 その後、ふて寝するように無理やり意識を眠りの中へ沈めたユカだったが……眠りが浅かったようで、夜中に一度、目が覚めてしまった。

 外では雨が降り続いているようで、激しい水の音が聞こえる。仕事が休みで良かったと思いながら、ユカはスマートフォンで時間を確認した。

「……2時……」

 時刻は午前2時。政宗は当然、寝ている時間だろう。

 トイレにも行きたくなったユカは、暗い部屋の中でモゾモゾと起き上がり……暗闇に目を凝らした。


 暗闇は、怖くない。

 慣れてしまった。

 あの時――散々閉じ込められて、慣れるしかなかった。


「……」

 ユカは近づいてきた過去の呪縛を振りほどき、フローリングの床に足をつけて歩き始める。

 あの時とは違う、そう、何度も自分に言い聞かせて。


 トイレを終えて廊下に戻ってきたユカは、廊下の奥――真っ暗なリビングを見つめて、息を吐く。

 明日、彼に会ったら……どんな話をすればいいんだろう。そもそもまともに対峙出来るだろうか。やるしかないのだけど。

「……大丈夫、あたしはあたし。あたしは、山本結果」

 育ての親に教わった呪文を唱えて、客間に戻ろうとした次の瞬間――目の前が、眩しく光った。


「え……?」

 このフラッシュには、嫌な予感しかしない。

 背中に冷や汗が滲んだのが分かった。慌ててベッドに戻ろうと焦って一歩踏み出した時――


 もう一度、目の前が強引に瞬いた。すぐ近くで落雷したようで、間髪入れずにバリバリと空気が音を立てる。


「――っ!!」

 

 ユカは思わず身をすくめてその場に座り込むと、両手で自分の耳を覆った。

 心の中で数を数えて必死に自分を落ち着かせる。

 大丈夫、今はあの頃とは違う。あの頃とは――違う。


 ――怖い、怖いよ!!

 ――お願い開けて!! 中に入れて!!


 どれだけ叫んでも届かなくて、いつしか声を出すことも諦めていた。

 帰る『家』はなく、続く落雷の中、軒下で1人、膝を抱えて耳をふさぎ……耐えるしかなかった。

 今もまだ、雷の音が少し遠くで続いている。もしかしたら停電しているかもしれない。


 足が、震えた。

 目尻がじわりと、熱くなっていく。


 こんな時、どうすればいいんだろう。


「たす、け……」


 無意識の内に呟きかけた言葉に気付き、ユカは一度、唇を噛み締めた。

 助けを求めても、誰も助けに来てくれない。

 そんなことよく分かっているから、今まで自分の力で歩いてきたはずなのに。


 もしかしたら、胸の中にそんな期待が生まれる。

 あの時呟いてかき消された言葉は、今、誰かに届くだろうか。

 今――自分の声を聞いてくれる、そんな人はいるのだろうか。


「助けて……誰か、だれ、か――!!」


 ユカが雨の音にかき消されそうな声で呟いた、次の瞬間……リビングの扉が静かに開き、廊下にパッと明かりがついた。そして――


「――けっ、ケッ、カ……だ、大丈夫……か……?」

「……」


 恐る恐る彼女に声をかけた政宗は……頭からすっぽりタオルケットを被っており、心なしか声が震えている。

 ユカは自分の目ににじみかけた涙を引っ込めて、ぺたりと座り込んだまま……彼を凝視した。

「……政宗、なんばしよっと?」

「なっ、何って……別になんでもないぞ!!」

「いやそれ絶対雷怖がっとるよね」

「……」

 容赦なく図星をつかれた政宗は、タオルケットを体に巻き付けて逆ギレをした。

「お、俺だってな!! 色々あって怖いものくらいあるんだよ!! わ、悪いか!?」

 政宗はこう言って毛布を引きずりながらゆっくりユカに近づいてきた。その様子がちょっと異様だったので思わず後ずさりすると、政宗が「何だよ!!」と半泣きで更に近づいてきた。

「けっ、ケッカだって雷怖いんだろうが!! 俺達は同じ穴のムジナだ!!」

「ちょっ!? 政宗と一緒にせんでよね!! あたっ……あたしはもう怖くないし!!」


 ユカが座り込んだまま自己主張した次の瞬間、目の前が唐突に眩しくなる。


「うわぁっ!!」

「うぉっ!!」

 次の瞬間、当然のように、2人同時に耳をふさいで背中を丸めた。

 そして……互いにジト目で数秒間見つめ合った後、政宗が苦笑いで、ユカをちょいちょいと手招きした。

「情けないけど……雷はちょっと苦手なんだ。ケッカがよければ、少しだけ、話し相手になってくれないか?」

 その言葉に、ユカは肩をすくめて頷いて……ざわついていた心が落ち着いていくのを感じていた。


 幸いにも停電はしていなかったので、リビングの電気をつけた2人は、部屋の中央に二人分の布団をセッティングした。そしてそれぞれに布団を被ってうつ伏せに寝転がる。遠目に見ると大小の芋虫である。

 外ではまだ雨が降り続き、雷がパワーをためている音が響いていた。少し遠ざかっている気がするけれど、杞憂かもしれないので気が抜けないのだ。

「政宗……なしてそげん雷が怖いのか、聞いてよか?」

 自分を覗き込むユカに、政宗は苦笑いで過去を語った。

「俺の育ての親のおんちゃんが……あ、俺の父方の叔父さんなんだけどな。建築系の現場仕事をしてたんだ。だから、天気が悪くなると現場を見に行くって出ていって、よく1人で留守番してたんだよ」

「そうなんや……」

「豪快な人だったし、『男は雷なんか怖がるもんじゃない』って言われてたけどな……一度、夜に近所に落ちた挙げ句、停電したことがあって。昼間はまだ明るいし、人目もあるから耐えられるけど……夜はまだ苦手だな。情けないから……誰にも言わないでくれよ?」

 こう言って両手を顔の前で合わせる政宗に、ユカは苦笑いを浮かべる。

「言うわけないやんね。そっか……政宗の育ての親は、叔父さんなんやね」

「そうだな。まぁ、『佐藤政宗』を育ててくれたのは、名杙当主と麻里子様だけど」

 こう言ってユカを見つめる政宗は、ユカにも同じように理由を聞こうとして……思いとどまる。

「ケッカが怖がってた理由は……聞かないほうがいいか?」


 5月、体調不良の彼女を泊めて、一晩様子を見た時に……政宗は、彼女の中にある『本質』と出会っていた。


「お父さんは閉じ込める(・・・・・)けど、お母さんは出て行けって言う(・・・・・・・・)けんが、お姉さん(・・・・)がお出かけしてこんねって言っとったよ」


 あの時、意識が混濁した彼女が語った言葉の意味は分からない。

 そして……自分がこの領域に踏み込む時は、彼女との関係に一定の精算をしなければならない時だろう、と、何となく思っているから。


 彼の言葉にユカが迷っていると、政宗はそんな彼女の頭に手を伸ばし、首を横に振った。

「無理に話すことじゃないから、今は聞かない。ただ……何かあったら、さっきみたいに口に出してくれていいからな」

「さっき?」

 何を言っているのか分からなくてユカが首をかしげると、政宗があの時のような(・・・・・・・)笑顔を向ける。

「ケッカが――ユカが助けを必要としてるなら、俺は絶対に助けに行くから。辛い時はちゃんと言ってくれないと、もっと心配するからな」

「……っ!!」


 ――辛い時はちゃんと言ってくれないと、もっと心配するよ。


 あの時……研修の時に辛くて、部屋に1人で引きこもって。

 その時に声をかけてくれたのも、彼だった。

 後ろから支えてくれて、アイスを食べながらドキドキしたことをぼんやりと思い出す。


 ――どうして今まで、忘れていたんだろう。

 モヤがかかっていたモノクロの思い出に、少しだけ色がついた、そんな気がした。


挿絵(By みてみん)


「政宗、あの――!!」


 ユカが口を開いた瞬間、目の前が眩しくなったので、2人同時にタオルケットを頭から被った。

「……」

 十数秒経過して、音が遠くで聞こえたことを確認してから……モゾモゾと這い出してきて目を合わせ、引きつった笑顔を交換する。

「なんか今日の雷……しつこかね……」

「そうだな……ケッカ、酒でも飲んで現実逃避するか?」

「はぁっ!? するわけなかろうもんバカ政宗!! どうせ政宗は寝る前に買ったやつば飲んどるっちゃろ!?」

「きょ、今日は結局飲んでねぇよ!! ケッカが――!!」

 反論しかけた政宗は、言いそびれていた言葉を思い出して……口をつぐむ。

 そして、言い忘れたことを告げるために、何度となく深呼吸を繰り返してから……ジト目を向けるユカを見つめた。


「政宗が……あたし以外の『ユカ』を見てる気がして、モヤモヤするっちゃもん!!」

 彼女の『本音』に、ちゃんと、答えるために。


「その……俺が『ユカ』って呼ぶ時は、全部、山本結果のことだからな」

「政宗……」

 これだけは、これだけは早いうちに、絶対に伝えておかなくちゃいけないと思った。

 とても恥ずかしいし、ちゃんと伝わるかどうか分からない。

 けれど……ユカに6月のことを正直に伝えられない今、せめて、心の中にある正直な気持ちだけ、彼女に届きますように。

「他に誰もいないこと、それだけ……それだけは、ちゃんと知っててくれ」

 そう言って俯いた彼に、ユカはしばし、あっけにとられてから……布団を被って顔を隠した。

「け、ケッカ!? どうしたんだよ、か、雷はなってないぞ!? なってないよな!?」

 狼狽える政宗にユカは布団の中で何度も首を横にふって、一度、息を吐いた。

 密閉空間の中、自分の呼吸が戻ってくる。

 元はと言えば自分で蒔いた種。あの時の言葉に政宗が答えをくれただけだ。

 それだけなのに……これは、まるで――

「バカ政宗ぇぇぇっ!!」

「なんでだよ!?」

 心当たりのない中傷に、政宗がユカの方を見るが……彼女は布団を被ったまま出てこないので、どんな顔をしているのか分からない。ふとんの形状から政宗へ背を向けているのだとは思うが、それを指摘したところで出てくることはないだろう。

「……ったく……」

 政宗は苦笑いでため息をつくと、手元のリモコンを使って部屋の明かりを消した。

「……お疲れ様、ユカ。おやすみ」

 声をかけた背中に反応はない。けれど……震えている様子も、特にないから。

 政宗は自分もそっと布団の中に滑り込んで……少し笑いながら、静かに目を閉じた。


挿絵(By みてみん)


 そして翌朝、昨晩の雨が嘘のように晴れ渡った青空の眩しさと、差し込む日差しが室内を急激に温めていることによる寝苦しさで、2人は同時に布団から這い出した。

「ま、政宗……暑い……あつかーーー!!」

「朝から叫ぶな暑苦しい!! ったく……ちょっと待ってろ」

 布団の上で大の字になっているユカを尻目に、政宗はノタノタと立ち上がると、クーラーの電源を押して送風を開始する。前のふたが開き、程なくしてやってきた冷たい風が、ボサボサの髪の毛を同じ方向へ吹流していった。

 起き上がったユカも彼の隣に並び立ち、排出される風を一身に受け止めて目を細める。

「涼しかねぇ……」

「そうだな……ん?」

 政宗はここで、枕元に置いていたスマートフォンが激しく振動していることに気がついた。それが着信であることに気付いた彼は喉の調子を整えながら近づくと、一呼吸おいてから電話を取る。

「はい、もしもし……あぁはい、お世話になっております……え? あ、そうなんですね、はい、ちょっと待ってください」

 ここで政宗は一度スマートフォンから顔を離すと、ユカに向けて問いかけた。

「ケッカ、今日の午前中なら業者の都合がつくから、修理出来るそうだ。どうする?」

「え? えぇっと……」

 唐突に尋ねられたユカは、その場で少し考えてから……ゆっくりと、首を横に振った。

 そして、意外そうな表情で自分を見つめる政宗に、いつもどおりの笑顔を向ける。

「月曜日でよかよ。だって土曜の午前中は……家でゆっくり休みたいけんね」


 今はまだ、自分の居場所に確信は持てないけれど。

 きっといつか、心から安心出来る……そんな『家』を見つけられる。

 今は、そんな気分だから。


 彼女の返事に政宗が首肯して、電話で断る様子を見つめながら……今日と明日、この家でどんな時間を過ごそうかと、ユカは1人でほくそ笑むのだった。

 ユカの誕生日小話なんだから、ユカを掘り下げたい。そう思ったら政宗と隔離するしかなかった……と、供述しております。クーラーがないと流石に蒸し暑いですからね。

 彼女のちょいと複雑な過去に関しては、2019年の第7幕で掘り下げる予定なのですけど……まぁ、不穏です。家庭が機能不全なのはエンコのお約束なのかもしれません。(やだな)

 そして、ここでこれだけ絆を深めておきながら、第4幕ラストであんなことになるので……まぁやるせない。政宗も嘘なんかつかなきゃいいのにね。個人的には一緒に雷を怖がっているところが地味に好きです。

 ……え? 政宗にユカを守れるわけないじゃないですか。(ひどい)


 さて、前編から使ってきたのは、ボイスドラマでユカ役をお願いしているおがちゃぴんさんのイラストです。今回は挿絵、というよりも、シーンチェンジのアイキャッチのような位置づけで使いました。こういう関連性があるイラストは見ていて楽しいですね!! ありがとうございます!!

 そして後編に出てきた100%さんは、エンコのレジェンドこと時也さんが描いてくださったものです。爽やか過ぎる彼が眩しくて使うしかなかったんです。ありがてぇ……!!


 ユカ、誕生日おめでとう。君の周囲には力強く君を支えてくれる人が沢山いるんだよ。

 今後も今までどおり、一緒に頑張っていきましょう!!

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