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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
45/121

ハグの日に書いた外伝・きっと、『恋』は上手くいく

 これは、ボイスドラマ『エンコサイヨウ』でユカ役をお願いしているおがちゃぴんさんが、MMDでユカと政宗を踊らせてくれたことに端を発し、「ハグの日だから小説として公開してしまえ」と思って、ブログで公開していたものです。(https://twitter.com/ogachapin7/status/882534787008782336)


 時間軸としては、第3幕と第4幕の間になります。ユカと政宗が無理やり頑張らされた(笑)、地獄の一週間をお楽しみください。

挿絵(By みてみん)


 某月某日、火曜日。仙台市内の雑居ビル内にある貸しスタジオ……とは別室の、ダンススタジオ内にて。

 東日本良縁協会仙台支局・佐藤政宗は、壁一面に並んでいる大きな姿見の前で黒いスーツを整えながら、小道具として用意されている黒い革の手袋をつけた。

 鏡に映る表情に、いつものような余裕はない。

 脳内で、改めてステップを思い描く。大丈夫、振り付けは全て頭に叩き込んだ。ドラマのED映像を、この1週間で何回見たことか。

 隣でストレッチをしているユカは、長い耳がひょこひょこ動くウサミミパーカーの上からオーバーオールを着用しており、足元は黒いニーソックスとハーフブーツ。頭にいつもの帽子をっかぶり、首の横で2つに結った髪の毛が、彼女の動きにあわせてひょこひょこ揺れる。


 本番は、一度きり。

 ここで決めなければ――ユカは、福岡へ戻らなければならない。



 遡ること約1週間、先週の水曜日のこと。だれた空気が漂う昼下がりの事務所内で、何となーく電話を取った政宗は……その相手に気づいた瞬間、直立不動で立ち上がった。

 仕事をしていた統治とユカが、何事かと彼を見つめる。

「ま、麻里子様……お久しぶりです……」

 彼がその名を口にした瞬間、事務所内を共通の緊張が襲った。

 福岡支局の支局長にして九州の女傑・山本麻里子。

 ユカを一人前の『縁故』として育て上げ、こ10年前の3人の研修にも責任者として参加していた人物。以降、何かと理由をつけては3人をおちょくって……もとい、いじって……ではなく、遊んで……とにかく気にしてくれている、あの統治でさえ頭があがらない人物だ。


 そして、そんな彼女が直接電話をかけてくるということは……たいてい、3人にとってろくがことがない。

「え、ええ、元気ですよ。とつっ!? い、いえ、そんなこと言わないでくださいよ、秋にはいつも通り新米で作られた一ノ蔵送ります……はぁっ!?」

 次の瞬間、政宗の声が更に大きくなる。統治とユカがオロオロしながら見守っていると、政宗は受話器を持つ手をプルプル震わせながら、必死に抵抗を試みた。

「い、いや、それは……え、なんでダンス……はぁ、いやぁ、それ関係な……その通りです、ハイ、スイマセン……」

 ダンスって何だ政宗。2人の声は、今の彼には届かない。

「一週間後!? ちょっとまってくださいそんな急に……いや、それはっ……!!」

 一週間後って何だ政宗。2人の声は、やっぱり彼に届かないまま……政宗はがっくり肩を落として、「分かりました……また連絡します……」と承諾した後、力なく受話器をもとに戻した。

 それを合図に、ユカと統治が彼の元へ駆け寄る。

「政宗、一体どげんしたと!?」

「佐藤、難しいかもしれないが落ちついて話をしてくれ。一体、何があったんだ?」

 代わる代わる話しかける2人に、政宗は乾いた笑いを向けながら……その視線をユカに定めると、半ばヤケクソで問いかけた。

「なぁケッカ、『恋ダンス』って知ってるか?」

「『恋ダンス』……ああ、今年のお花見の時、心愛ちゃん達が踊ってたあれ?」

「そうだ。あれだ」

「あんまり詳しくは知らんけど……それがどげんしたと?」

 要点がつかめず首を傾げるユカに、政宗はヤケクソテンションで、その理由を説明する。

「俺とケッカが、恋ダンスを踊ることになった」


「……は?」

 彼の言葉は、一切説明になっていなかった。


「要するに、ケッカと佐藤支局長に、恋ダンスを教えればいいんでしょう?」

 その日の夕方、学校終わりに緊急招集された心愛が、神妙な面持ちの統治に確認する。

 彼が無言で頷いたことを確認した心愛は、自分のスマホを取り出すと、保存しておいた動画の再生を始めた。

 画面の中では、星野源さんの楽曲『恋』にあわせて、とにかく可愛い新垣結衣さんと、最近超売れたねオモえもん(星野源さんが好きならNHKの「LIFE!」を見よう)でお馴染みの星野源さんを中心に、ドラマの共演者が楽しく可愛く踊っている。2016年の10月から年末にかけて日本中でブームになった、あれだ。

 しかし、心愛もいきなりこんなことを言われても意味が分からないので、確認するように統治に問いかける。

「お兄様……今回は、2人だけでいいのよね?」

「ああ。山本と佐藤が踊れればいいんだ」


 統治から返ってきた同じ答えに、心愛は顔をしかめて嫌味を呟く。

「ふーん……でも、随分楽しそうな試験ね。2人の信頼関係を確認するために躍らせる、なんて」


 電話の向こうにいる麻里子の言い分はこうだ。



 ユカを福岡から嫁がせて早数ヶ月。(嫁いでません)

 特に音沙汰もなければ、彼女の体に関しても進展がない、むしろ、あの健康優良児だったユカが、一度体調を崩しているではないか。

 佐藤支局長、君は一体、ユカを何だと思っているのか。君が彼女に好きだと言えないのは完全に自己責任なので好きなだけ反省してウジウジすればいいと思うが、彼女は便利な道具ではない、非常に優秀な人材だ。


 君がついていながら、これまでになんの成果も得られていないとは一体どういうことなんだ。そもそもちゃんと信頼関係は築けているのか?

 よし、2人で踊れ。


 正直、最初と最後は一切つじつまが合っていない。政宗が反論しようとすると、麻里子は受話器の向こうで雄弁に語る。

 2人で完璧に踊って、互いに信頼している証拠を見せて欲しい。それが確認出来なければ、ユカは福岡に戻ってもらう。言っておくが私は本気だ。こっちだって彼女を好きで嫁がせたわけじゃないんだからな。(嫁いでません)

 どうして恋ダンスなのか……今、ドラマのBD-BOXを瑠璃子から借りているからだ。

 期日は1週間後の午後、ネットを使って仙台とリアルタイムで繋ぎ、直接確認させてもらう。じゃーね。


 麻里子はそう言って、それはもう楽しそうに電話を切った。


 と、いうわけで心愛の出番である。なんせ、ドラマはきっちり録画して保護をして保存済み。お小遣いとお年玉で、ドラマのBD-BOXを買うつもりである。

 動画の再生を終えた心愛は、どこまでも神妙な面持ちの統治に、こんな提案をした。

「あ、りっぴーとジンにも協力してもらった方が良いんじゃない? それなら、男女で個別に教えられるし」

「そうだな。ちょっと連絡してみよう」

 統治がスマートフォンを操作している間、心愛は……「福岡のリーダー、関わりたくないなぁ」と、声には出せないことを考えてた。


 と、いうわけで特訓である。

 2人とも仕事が終わって、心愛達の学校も終わっている18時30分からの1時間、仙台支局の一角で、心愛教官によるレッスンが始まった。ちなみに仕事ではないのでサービス残業である。

 元々、ユカと政宗は運動神経が決して悪くない。ユカに歌う才能はないが、リズムを取ってお手本通りに体を動かすという芸当は出来るらしい。

 対する政宗は、これまでに数多の忘年会や新年会で、その年に流行したダンスや歌などを披露してきた、いわば歴戦の強者だ。この恋ダンスは若者――心愛達に譲ったが、彼にとっては実は難しい内容ではない。現に、3~4回通しで踊ってみると、大まかなステップなどは把握している様子。今は『仙台支局』内ということもあり、ユカも帽子を取り去って、体に動きを叩き込んでいるところだ。

 ただ……今回は、2人の信頼関係を試すものである。マニュアル通りに踊ればいいわけではない。

「ぜんっぜんダメね!!」


 いつもにも増して迫力のある心愛の声が、夕暮れの『仙台支局』に響き渡る。

 8回目のダンスを終えて、さすがに疲れが濃くなってきた2人は、肩で呼吸を整えながら……うんざりした表情で心愛を見つめた。


挿絵(By みてみん)


「ケッカ!! ガッキーはもっとかわいく踊ってるわよ!!」

「えーそんなん無理に決まってr」

「あと支局長!! もっとケッカと近づかないとダメでしょ!! ダンスになってない!!」

「はあああ!? こ、これ以上は無理だからああ……!!」

 息も絶え絶えに抵抗する2人だが、鬼教官となった心愛に、そんなひ弱な声が届くはずもない。

「いい2人とも、夫婦を超えていくのよ!!」

「夫婦じゃなか!!」

「(まだ)夫婦じゃないから!!」

 厳しいダメ出しの嵐で、初日の練習は終了した。


 2日目(木)。時刻は18時45分。

 衝立の向こうで教官の指示がビシバシ飛ぶ中、事務所にいた片倉華蓮が、コピー機から吐き出した書類を統治に手渡した。

「……名杙さん、貸しスタジオおさえました。その明細です」

「ありがとう。助かった」

 それを受け取った統治は、場所と時間、料金を確認して……このお金、一体誰が払うんだろうかと考えて、意識が遠くなる。

 しかし、これを乗り越えなければ……ユカはいなくなってしまうのだ。

 統治はその内容をスマホのスケジュールアプリに打ち込むと、脳内でそっと、政宗にエールを送る。

 佐藤、やりくり頑張ってくれ。


 3日目(金)。時刻は19時過ぎ。

 今日は心愛はお休み。かわりに里穂と仁義がやってきて、男女で異なるパートの振り付けを、個別に確認していく。

「うーん、政さんもケッカさんも、動きは問題ないっすけど……なんか、雰囲気が硬いっすよね。もっとこう、笑顔というか、逃げ恥感というか、幸せ感というか、要するに笑顔が欲しいっす」

 里穂にこう言われた2人は、思わず互いに見つめ合い……真顔になる。

 笑顔? ただでさえ意味不明な状況下で、踊るので手一杯なのに……相手の顔を見て、笑えと?

 しばしの沈黙の後、ユカが静かに吹き出した。

「フッ……」

「そうじゃないっすよケッカさん!! もっとこう笑顔で、キープスマイリングっす!!」

「そげなこと言われても、政宗の顔見とったら……こげな笑いにしかならんよ……」

 そう言って苦笑いを浮かべるユカを、政宗は無言で見つめるだけ。

 そんな政宗に、仁義が右後ろからそっと声をかける。

「政宗さん、大丈夫ですか?」

「え? あ、ああ、大丈夫。流石にまだ踊れるよ?」

 慌てて仁義に笑顔を向ける政宗に、仁義が更に声を潜めて、里穂とユカには聞こえないように言葉を返した。

「そうじゃなくて……山本さんが福岡に戻るかもしれないってことが気になって表情が硬いんじゃないかな、と、思ったんですけど……」

「……かもしれないね」

 仁義の指摘は正しい。自分が失敗したら、ユカがここからいなくなってしまう……そんな不安がつきまとうと、どうしても表情が固くなってしまうから。

 現に昨日、名杙現当主のところに、「ユカをもしかしたら福岡に戻すかもしれない」という連絡があったそうだ。その話を当主から聞いた政宗は、ことのあらましを説明して……「何とかします」と言うのが精一杯だった。


 離れたくない。

 そのために、自分が出来ることを精一杯やっているつもりなのに……何かが噛み合わないのは、どうしてだろう。

 やはり、今の自分では……足りない。そんな不安が渦巻く。

 そして……誰かがとても意地悪に囁くのだ。



 だからあの時、『彼女』を助けられなかったじゃないか、と。



「政さーん、そろそろもう1回、2人で合わせるっすよー」

 里穂の声に我に返った政宗は、呼吸を整え、気持ちを切り替える。

 今はやるしかない。ドラマのタイトルは『逃げるは恥だが役に立つ』だけど、ここで逃げるわけにはいかないのだ。

 里穂とユカに合流する政宗の背中を見つめる仁義は、苦笑いでため息をつく。

 そこへ、様子を見に来た統治が合流し、苦笑いの仁義にその理由を尋ねた。

「どうかしたのか?」

「あ、いえ……なんというか、器用なんだか不器用なんだか分からない人だなぁ、と、思ったんです。こんなに危なっかしい人だったんですね、政宗さんって」

 こう言って肩をすくめる仁義に、統治もまた、苦笑いでこう告げる。

「佐藤は、器用の皮をかぶった不器用な人間だ。それでいて、物事に対して真剣だから……放っておけないんだろうな」


 4日目(土)、仕事は休みだが、2人してドラマ本編を見たことがなかったので、ネットレンタルが出来る政宗の部屋で鑑賞会を実施した。そして、EDが流れる度に、何となく踊ってみたりした。

「ドラマとしては面白かったけど……やっぱ、ダンスが気になるね」

 全話見終えたユカが、ポテトチップスのゴミを片付けながら、隣に座る政宗を見上げる。

 政宗も苦笑いで首肯しつつ……自分もまずはユカに契約結婚を申し込んでみようかと思いを巡らせて、何となく、虚しい気分になるのだった。


 5日目(日)、仕事は休み。

 午前中に時間を作って、何度か合わせてみたものの……何が正解なのか分からない。

「ねぇ政宗、この帽子、やっぱりかぶって踊らんといかん?」

 ユカがズレた帽子の位置をなおしながら問いかけると、政宗は真顔で頷く。

「ああ。踊りにくいことは分かってるけど……踊る場所が『仙台支局』ならまだしも、何の対策もない場所だからな」

「……分かった」

 釈然としない気分のまま練習を終え、2人は焼肉バイキングで現実逃避をした。


 6日目(月)。時刻は19時過ぎ。統治は明日のネット中継のために、パソコンや機材の調整をしていた。

 そして、2人のダンスを見た心愛は、里穂と仁義と顔を見合わせて「悪くないんだけど……」と、怪訝な顔で首をかしげる。

「なんか、こう……物足りないのよ。アイコンタクトが足りないっていうか、本当に1人で機械的に踊ってるっていうか……」

 心愛の指摘に政宗は重い溜息をつき、ユカは座り込んだまま天井を仰いだ。

 そして。

「あーもう休憩っ!! 政宗、下にジュース買いに行こう!! 心愛ちゃん、何か飲む?」

「え? あ、じゃあ、いちごオレで……」

「分かった。里穂ちゃんと仁義君は?」

「あ、じゃあ私は冷たいミルクティーがいいっす」

「僕はリンゴジュースでもいいですか?」

「了解。政宗財布持ってー、行くよー」

「ちょっ……ケッカ!! 待てって!!」

 慌てて財布をもった政宗が、ユカの後に続く。

 そんな2人の背中を見送る心愛は、腕を組んでもう一度ため息をついた。

「こういう時のアイコンタクトは、バッチリなんだけどなぁ……」


 普段はエレベーターで1階まで降りるところだが……先を歩くユカが向かったのは、非常階段だった。

「ケッカ? そっちは……」

「分かっとる。いいけんちょっと来て」

 振り向かずに扉を抜ける彼女を追いかけると、階段の踊り場で待っていたユカが、追いついた政宗を見上げる。

「ケッカ……?」

 政宗が真意を尋ねようとした次の瞬間――意を決したユカが政宗に抱きついた。

「ケッカ!?」

 政宗の素っ頓狂な声が、誰もいない非常階段に反響する。


 ユカ自身も、自分自身が柄にもないことをしていることは十分するぎるほど理解していた。普段ならば絶対にこんなことは出来ないし、自分からやろうとも思わない。


 けれど……ユカにも、そして政宗にも、2人して余裕がないことが、ずっと気になっていたから。

 似たようなことが、少し前にもあった。


「……ユカ、少し……弱くなっていいか?」

 久しぶりに落ち込んでいる彼がいた。そして、そんな彼に、何か出来ればと思った。

「その……今だけ……抱きしめても、いいか?」

 そんな彼の申し出を、あのときの自分は、すんなりと受け入れることが出来た。

 困惑して余裕がなくなっていた政宗が、自分から助けを求めてくれた、そんな、2人だけの思い出。


 あの時があったから、2人はまた、今の関係に、今の日常に戻ることが出来た。

 今は互いに余裕がない。だから、日常に戻るために……少し、2人だけで休憩しよう。


 ……なんて心の中の声を、ユカが政宗へ実際に言えるわけもなく。

 状況を一切理解出来ない政宗に、ユカが彼の腹部に頭をおしつけながら、こんな言い訳を呟いた。

「ドラマで……やっとったけんが……」

「は? 何をだ?」

 混乱が続く政宗に、ユカが背中にある彼のワイシャツを強く引っ張りながら返答する。

「……だから!! 『ハグの日』ってやっとったやん!!」

「あ、ああ……ああ!?」

 うっかり同意しかけて撤回した。確かにドラマ内では、曜日を決めて抱き合う、いわゆる「ハグの日」という設定があった。それはあった確かにあったいいなーって思った、けれど……。

 自分の手をどうしたらいいか分からない政宗を、ユカは真っ赤な顔で見上げながら……どこか泣きそうな、それはもう切羽詰った顔で訴える。

「だって、どげんしたらいいか分からんかったっちゃもん!! あたしガッキーじゃないし!! 政宗は星野源じゃないし!! プロの役者さんみたいにあげん楽しそうに踊れって言われても……もう、訳分からんし!! 頑張って踊ってもなんか足りんって言われるし!! でも何が足りんのかいっちょん分からんし!!」

「ケッカ……」

 これもまた、ユカの中にある本音。

 いきなり踊れと言われて、ダメ出しばかりで上手く行かなくて。

 政宗とは息があっているつもりだった。彼とならなんでも上手く出来ると思っていた。

 けれど……実際は、思っていたよりもずっと上手くできず、ずっと、難しくて。


 悔しかった。

 自分が仙台で変わっていないこと、それを麻里子から見透かされ、遠回しに指摘されたようで。


「あたし、まだ福岡には戻されたくないよ……何も変わってない、何も出来とらん、こげな中途半端な状態で……戻れるわけないやん……!!」

 そう言って、ユカは再び顔を背けた。

 彼のワイシャツを握る手から、苛立ち、戸惑い、不安……そんな彼女の気持ちが伝わってきたような気がして。

 政宗はそんな彼女の頭に、帽子の上からそっと両手を添えると……久しぶりに、肩の力を抜く。

「本当に……麻里子様はめちゃくちゃだよな」

「本当だよ、いきなりこげなこと言い出すげなわけわからんし……!!」

 再びヒートアップしそうになるユカを「まぁ落ち着け」となだめる政宗は、「ケッカ」と彼女を呼んだ。そして自分を見上げる彼女と視線を合わせる。

「これくらいの試験、どうってことない。俺達2人なら出来るってこと……しっかり見てもらわないとな」

 そう言って、握った右手を、彼女の前に突き出した。

「……うん、そうやね。絶対成功させよう」

 対するユカも、握った右手を上に突き上げて……意思が、重なる。


 そして、運命の7日目(火)。時間的に、学校がある心愛達は間に合わない。

 30分の練習タイムを設けられた2人は、貸しスタジオのセッティングを統治に任せて、別室のダンススタジオで、本番用の小道具を身につけて、軽く調整していた。

 鏡で見ても動きは問題ない。あとは……。

「とりあえず、形にはなったね」

 手首を足首を改めてほぐしつつ。ユカが政宗にニヤリとほくそ笑む。

 そんな彼女を見ていた政宗は……おもむろに膝立ちになると、キョトンとしているユカを、頑張って手招きした。

「政宗……?」

 そして、立ち上がって近づいてきた彼女を、半ば強引に抱きしめる。

「げふっ!? げほっ……」

 残念ながら力加減を間違えたらしい。ユカが2,3回咳き込んだ。

「政宗……痛かです……」

「わ、悪い、その……」

 慌てて力を緩めると、ユカが腕の中でため息をつく。

「というか……ハグの日は昨日終わったやんね」

「それはケッカの設定だろ? ドラマでは火曜日だっただろうが」

「そうだっけ。まぁいいや、今は……ドラマの2人にあやかりましょう」

 そう言って政宗の背中に手を回したユカは、顔を見ないまま彼の肩にあごをのせて、こんな頼みごとをした。

「ねぇ、政宗……やっぱり、本番ではあたしの帽子外したい」

「ケッカ……!?」

「勿論、踊ってる間だけでいいけん。やっぱり気になるし、なんか……帽子被ってると、政宗の顔がよう見えんとよ」

 こう言われた政宗は一度意識を集中して、周囲の気配を探る。今のところ、『痕』や『遺痕』の気配はないが……果たして、本当に大丈夫だろうか。

 不安が消えない彼の耳元で、ユカは力強くこう言った。

「それに、あたしが外で帽子を外すなんて、よっぽど相手を信頼してないと出来ないことだよ。これで、あたし達の本気度が、より明確に伝わると思う」

「ケッカ……」

「大丈夫。きっと上手くいく。信じとるよ」

 こう言われたら腹をくくるしかない。何かあったら、自分が必ず何とかしてみせる。


 大丈夫、きっと上手くいく。こう言って自分を信じてくれている彼女を裏切ることは出来ない。

 政宗は改めて、小柄な彼女を抱きしめたまま……決意を、固めた。


 そして、本番の時間がおとずれる。

 パソコンとカメラを操作している統治が、立ち位置に立った2人に目配せをした。

 既に福岡とは繋がっている。それを確認したユカは脱帽し、それを統治に預けに行く。

「山本……!?」

 思わず驚く統治に、ユカは笑顔を向けてこう言った。

「大丈夫だとは思うけど……何かあったら宜しくね」

「相変わらず無茶をするな、山本」

「ハハハ……いつもありがとね、統治」

 そう言って2人で握った右手を軽くぶつけ合い、ユカは再び、所定の位置に戻る。

 そして、隣に立つ彼を見上げ……一度、大きく頷いた。


「――さて、こげなことチャチャッと終わらせて、打ち上げでは牛タンでも食べようかね」


 貸しスタジオのスピーカーから、特にこの1週間で聴き込んだメロディが流れ始める。


「いい、2人とも。イントロの最初はゆっくりだけど、だんだんキレがよくなっていくから、メリハリをつけなきゃダメなのよ」

 心愛に言われた言葉がユカの頭をよぎった。ここは始まりということもあり、何度も何度も練習してきたから、何の問題もなくクリア出来る。 


『営みの街が暮れたら 色めき 風たちは運ぶわ カラスと人々の群れ』

 歌が始まると、動きは少し簡単になるが、横移動が入ってくる。最初はここの歩幅が合わず、2人の距離が離れすぎたり、逆にぶつかったりしていたが、今はもうそんなこともない。


『意味なんかないさ 暮らしがあるだけ ただ腹を空かせて 君のもとへ帰るんだ』

「ケッカさん、ここは男女別の動きになるっすよ。女性側はあまり動きがないので、政さんの動きを見て、タイミングを合わせて欲しいっす」

「政宗さんはダイナミックな動きになりますので、上半身を大きく使ってください」

 里穂と仁義のアドバイスと、2人によるタイミングバッチリのお手本を見た時は、こんなの出来ないと思ったけど。

 動きを見て、呼吸を合わせる。いつも仕事中にやっていることだ。それを思い出したら何の問題もなくクリア出来た。でも、実際にうまくいくと嬉しくなって、思わず笑顔がこぼれる。


『物心ついたらずっと見上げて思うことが この世にいる誰も 2人から』


「……あ」

 カメラの方へ全身してきた2人にあわせて、統治もカメラを引きにしようと思っていたのだが、忘れていた。

 ま、いいか。

 そして統治は、最初は前に出てくるタイミングも歩幅もズレまくっていた2人が1週間でここまで仕上げてきたことに驚きつつ、これ以上自分がヘマをするわけにはいかないと気持ちを切り替える。


『胸の中にあるもの いつか見えなくなるもの それはそばにあること いつも思い出して』

 サビに入ると、とりあえず半分は終わったかなと安心出来る。ここも2人で何度となく動きを見て、タイミングを合わせてきた。最後に足りなかったものが揃った今、問題なくこなすことが出来る。


『君の中にあるもの 距離の中にあることを』

 ここの横移動も問題なく終了。政宗は最初にユカの足を踏んでしまったことなんかを思い出しつつ、歌詞の内容を噛みしめる。


『恋をしたの あなたの 指の交ざり 頬の香り』

 どうしてもまだ、『彼女』のことを思い出してしまうことがある。

 でも、その時間は以前より短くなったし……今は、悲しみよりも嬉しさが強くなることの方が多かった。

 会えて嬉しかった。

 通じ合えて嬉しかった。

 君に恋をして、本当に良かった……今は、心からそう思えるから。


「驚いた……さっきと全然違うんだけど、何かあったの?」

 昨日の夕方、下のコンビニで飲み物を買って戻り、もう一度、3人の前で踊って見せた後。

 2人の動きをみた心愛が、驚いた表情で問いかける。そんな心愛の質問に2人して苦笑いを浮かべたのは、そう遠くない過去のこと。

「流石ケッカさんと政さんっす!! これならきっと、大丈夫っすよ!!」

「完璧だと思います。明日、頑張ってくださいね」

 里穂が嬉しそうに笑って、隣に立つ仁義も強く頷いてくれたこと。

「やれば出来るんだから、最初からやってほしいわよね」


 そう言いながら腰に手をあてて、2人に合格判定をくれた心愛の笑顔を思い出す。



『夫婦を越えてゆけ』

 いつか、あのときの約束を果たす。



『2人を越えてゆけ』

 まずは、ユカの現状を何とかしてみせる。



『1人を越えてゆけ』

 例え、隣にいるユカが……何も覚えていなくても。





 この『縁』が繋がっていれば、きっと、『恋』は上手くいく。





「――はぁっ……!! で、出来た……!!」


 最後まで踊り終えたユカは、呼吸を整えつつ……視線を動かして政宗を見上げ、自然と笑顔にになっていて。

 政宗もそんなユカを見下ろし、2人して笑い合う。


 そこまで撮影していた統治は、机上のインカムをとり、麻里子に向けて声をかけた。

「……これでもまだ、2人に信頼関係がないと思いますか?」

 統治の言葉に、画面の向こうにいる麻里子はゆっくりと首を横にふってから……どこか満足そうに微笑むと、今回の試験の合格を告げた。



「やっぱり今日のケッカ、可愛かったよなー」

「……」

 政宗の言葉に、ユカは枝豆を食べながら無言になる。

 机を挟んで彼の正面に座っている統治も、呆れ顔で彼を諌めた。

「佐藤、そろそろやめておけと言っているだろう。生き恥だぞ」

「違うぞー統治、俺達が踊ったのは『逃げ恥』だ」

 そうドヤ顔で言う政宗は、手元にある焼酎(水割り)を最後まで飲みきった。


 全て終わった夜、政宗の部屋でお疲れ様会と称して夕食を食べることにした3人。

 統治が作ってくれたパエリアやサラダなどを囲み、それぞれのペースで食事や会話を楽しんでいたのだが……すっかり気の抜けた政宗が、2人のすきをついて深酒をしてしまったようだ。

「それにしても、今日のケッカは可愛かったよなー」

「……」

 上機嫌で語る斜め前の政宗に、ユカはもう何も言いたくない。

 最初に言われた時は流石にちょっと動揺したが……この言葉が5分に一回になり、3分に一回になり、そして……今や30秒に一回ともなれば、もう信じる根拠など何もないのだ。

 彼がそう言う度に、枝豆を1つ食べているのだが……その殻も大分積み上がってきた。そして、ユカもそろそろ枝豆に飽きてきたところだ。

「……ねぇ統治、この酔っぱらい黙らせてくれん?」

「山本が何とかしてくれ。さっきから山本の話しかしていないじゃないか」

 ジト目を向けて缶酎ハイを飲む統治は、笑顔の政宗をチラリと見やり……。

「……録画して後から見せたほうが、本人のためになるのだろうか」

 彼の生き恥をデータ的に保存することを、頭の片隅で検討する。

 そして、枝豆に飽きたユカがフライドポテトをもさもさ食べる様子に視線を移し、こんなことを呟いた。

「佐藤が珍しく、あんなことを言っているぞ。何かコメントして、機嫌でも取っておいてくれ」

 刹那、ユカの顔に心からの嫌悪感がログインする。

「えー!? やだよせからしかー!! 酔った人間の戯言なんか、まともに相手せんでよかろうもん」

 そう言って政宗にジト目を向けると、彼女の言葉なんか特に聞いていない政宗が、相手をしてもらえるのかと目を輝かせた。

「お、どうしたんだケッカ。飲むか?」

「飲まん!! あーもーほんなこつせからしか!! さっさと水に切り替えろ酒バカ宗!!」

「えー? だってまだ9時だぞ。そういえば、今日のケッカは本当に可愛かったよなー」

「もうよか!! あーもー逃げたい!! この状況から逃げたいーっ!!」

 頭を抱えたユカと、意味がわからず幸せな顔の政宗。そんな2人のやり取りを聞きながら……統治は食器の片付けをするという大義名分とともに、空になった皿を重ねて持って、席を立った。

「あ!! 統治が逃げる!!」

 裏切り者扱いするユカの言葉に、統治はしたり顔で返答した。

「逃げるは恥だが役に立つ。その言葉の通り……撤退して、自分の役割を果すことにしただけだ」

 この小話は、2017年の8月9日に、ブログで公開したものです。「なろう」にも移そう移そうと思って、気がつけば1年経過しておりました。(笑)←笑い事じゃない。

 これを書いた時は第3幕が終わった後だったので、なんかもう2人が笑って踊ってるだけで「あぁ……(仲良しって素敵)」という何とも言えない感慨に襲われていたんですけど、第4幕を書き終わった今となっては「あぁ……(この頃に戻れるかなぁ)」という不安の方が強いんですよね。なんてこった。

 早く恋ダンスでもUSAでも一緒に踊れるようになるといいね!!


 また、冒頭のイラストは、今年の誕生日に、Twitterで仲良くさせてもらっているレジェンドこと時也さんが描いてくださったものです。統治と櫻子も踊ってる……!! やだもうカップルが可愛いなあどっちも現時点では付き合ってないけどさぁ!!(笑)

 小説内の挿絵は、MMDを作ってくれたおがちゃんの鬼教官です。心愛さんキレッキレに踊りそうですけど、息ぴったりなのは里穂と仁義だろうなって思いました。(笑)

 実は仁義も踊らせてもらっているので(https://twitter.com/ogachapin7/status/891521347481817089)、イケメンのダンスもお楽しみくださいませ。

 ここまで読んでくださって、ありがとうございましたー!!

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