2018年桂樹生誕祭小話:カウントダウン(2)
2018年の桂樹誕生日は、昨年、華の誕生日に書いた小話の続きです。(https://ncode.syosetu.com/n9925dq/32/)
名杙桂樹と名波華、この2人が出会ってしまった瞬間から、運命は動き出してしまうのです。今までの華とは違う一面を見せることが出来た、と、いいなぁ……問題提起の第2話です、お楽しみくださいませ!!
主な登場人物:桂樹、華
あの日――沿岸部にある慰霊碑を訪れた名杙桂樹が、偶然にも大学時代の同級生・支倉涼子と再会した、その直後のこと。
桂樹は1人車に乗り、沿岸部の道を南下していた。
左手が海沿いになっており、嵩上げの工事が続いている。重機が動き回り、土を運搬するダンプカーがせわしなく行き来する一方、この道路を挟んだ右側は……平原が広がっていた。
信じられるだろうか。
ここにはかつて、多くの人の家があったことが。
生活があり、人が生きていたことが。
今はその面影もなく、間に合わせのように整地された土地や、何とか作物を育てている畑、そして、『災害』から運良く逃れた家が、点結びのように点在していた。
「……」
桂樹の目的地は、名取にある大型ショッピングモール。そこで『彼』と待ち合わせをしているのである。
地元のFMラジオを流しっぱなしにしながら、彼は無心で目的地を目指した。
――運命なんて、大嫌い。いっそ、誰でもいいからこの『縁』を切って……私達を、他人にしてくれれば良かったのにね。
あの時、2人きりの空間で聞いた、涙混じりの彼女の声。
――じゃあまたね、桂ちゃん。
『またね』が二度と来なかった、そんな現実から、今は――目をそらす。
その現実を覆すため。
運命など嫌いと言った彼女を、この世界に呼び戻すため。
「……俺が貴女の全てになります、華さん」
桂樹は自分自身に言い聞かせるように呟いた後、前を見据えてアクセルを踏んだ。
名杙桂樹が生まれた時、名杙本家はそれはもう大騒ぎになったそうだ。
本家筋に生まれた待望の『男児』。近代的な世の中になったとはいえ、まだまだ世襲制が根強く残るこの名杙家は、女児よりも男児の方が全てにおいて優遇される傾向が強い。
ましてや、時期当主候補筆頭の長男・領司ではなく、次男である慶次と、その妻・月子との間に誕生したのだ。このまま長男夫妻が子宝に恵まれなければ、領司の次の当主は――この未来を背負うのは、桂樹だ。
そうやって勝手に期待していた大人達は、数年後、統治が生まれたことであっさりと手のひらを返す。
これまで自分だけに注がれていた周囲からの愛情が全て統治に向かったことは、少なからず、幼少期の桂樹にショックを与えた。
そして、そんな彼を真っ先にフォローすべき両親は……桂樹を利用することを諦めていなかった。
まずはイトコとして統治と桂樹を近づけ、その当時は一人ぼっちだった統治の心を解きほぐす。どうして自分がこんな役割をしなければならないのか、と、桂樹が慶次に問いかけると、彼は口元にニヤリと笑みを浮かべて、こんな言葉を繰り返した。
「……いずれ分かる。今は耐えろ、桂樹。『彼』はやがて……自滅するさ」
父親の言葉の意味が分からず、かといって逆らうことも出来ず……桂樹は次第に、自分の意志を表に出さなくなった。
顔の使い分けが上手くなった、と言う方が正しいかもしれない。人付き合いは問題なく出来る。勉強も運動も、『縁故』としての仕事も人並み以上に出来たため、学校で困ったことはなかった。
一方の統治もまた、勉強や運動、そして何よりも『縁故』としての才能はずば抜けていたけれど……人付き合いが圧倒的に下手くそだった。
世間の評価は、傲慢なお坊ちゃま。『名杙』という珍しい名字のため、学年の違う2人が親戚であることは誰しもが分かっていた。
「統治君はわがままで……本当、桂樹君とは正反対ね」
教職員からそう言われる度に、心の何処かで優越感を抱いていた。
当たり前だ。彼らは――名杙の外にいる彼らは、内側の実態を知らない。
統治がどれだけ内側で甘やかされ、傲慢を許されているのか……それに桂樹がどれだけ耐えてきたのかを、知らないのだから。
そんな現実を鼻で笑いながら、桂樹は人前で笑っていた。
中学・高校生になると、桂樹も自分自身のことが忙しく、また、『縁故』として前線に立つようになっていたこともあって、未だに傲慢な統治の現状を見てほくそ笑む機会も少なくなった。名杙家としても統治の妹である心愛という長女が生まれたり、彼女の身に危険が及んだりして……それなりにバタバタしていたのだ。
ただ、あの統治が当主からの命とはいえ、福岡の研修に行ったこと。そして、一時期ひどくふさぎ込んでいたかと思ったら急にストイックになったことが、少しだけ気になっていた。
実際に会って話をすると、憑き物が落ちたように冷静になっていた統治が、少しだけ気になっていたけれど。
しかし、それも少しだけ。桂樹は最低限度の親戚づきあいをこなしながら、己の能力を磨いていた。
そして――大学で、運命の出会いをすることになる。
スクールカウンセラーの資格を取得するようにと本家から仰せつかった桂樹は、余裕で入ることが出来た仙台市内の私立大学で、同じサークルの先輩として……名波華と出会った。
「いらっしゃい、興味を持ってくれて嬉しいな。私は名波華、福祉心理学科の3年生。ここでは部長の次に偉い人ってことになってるから、どうぞ宜しくね」
桂樹が所属したサークルは、仙台市内やその近隣にある児童福祉施設を訪問し、入所者の子どもとコミュニケーションをとったり、クリスマスなどのイベントでは出し物を企画したり、サークルの卒業生で立ち上げた子どもに関するNPO法人の活動を手伝ったりするという、学外で活動することが主なサークルだった。
「支倉涼子です。幼い頃からずっと『スズ』って呼ばれてますので……そう呼んでもらえると嬉しいです」
サークルメンバーは20人ほど、そのうち新入生は4人。サークル棟の中にある一室で、全員がパイプ椅子を持ってきて大きな円を作り、内側を向いて座る。そして、新入生が次々と自己紹介をしていく中、桂樹の順番が回ってきた。
自己紹介の際に呼ばれたい名称があれば教えて欲しいと言われている。子どもと接する機会が多いので、学外活動の際のみ、あだ名呼びが必須になっているそうだ。
彼はその場に立ち上がると、全体を見渡してから……一度、息を吐いた。
「初めまして、名杙桂樹といいます。あだ名、は……特にないので、何か考えてもらえると助かります」
そう言って周囲を見渡すと、彼の向かい側に座っていた華が、桂樹をマジマジと見つめて……何かを思いついたのか、口元に笑みを浮かべて軽く指を鳴らした。
「よし決めたっ!! 今日から君のことは、『桂ちゃん』って呼ぶわね。それでいい?」
それは、予想していたよりもずっと普通のあだ名だった。だからこそ、桂樹にとっても受け入れやすい。
「桂ちゃん……分かりました。宜しくお願いします」
こう言って桂樹がいつも通り、外向き用の笑顔を向けると……華もまた、柔らかな笑顔と共に、彼を歓迎した。
「宜しくね、桂ちゃん」
そう言ってくれた彼女の声に、笑顔に、初対面だけど安心したことを覚えている。
桂樹は元々、異性から好意をもたれやすかった。
端正な顔立ちと紳士的な立ち居振る舞い、そして名杙という旧家の出自であることも相まって、高校生以降は、年に数回ほど告白されていたのだ。
彼の父親が派手に遊び回る性質の持ち主のため、両親は女性関係には寛容だった。都合が悪くなったら『縁』を切ればいい――そう言われて育ってきたこともあり、何となく告白を受け入れて、相手に魅力がなくなったらその『関係縁』を切って疎遠になる……そんな人間関係を繰り返してきたように思う。
「おい名杙、お前別の学部の新入生から告白されたんだって?」
入学して1年が経過した春、桂樹が大学2年生、華が大学4年生の頃。
サークルの部室にて新入生を歓迎するため、長机の上に紙コップや軽食を用意していた桂樹は、1つ年上の男性の先輩からの言葉に、「えぇまぁ……」と、言葉を濁した。
確かに先日、桂樹の高校の後輩……らしい女性から告白をされて、何となく付き合いを続けているが、開始1週間にして早くも面倒くさくなってきている。そろそろ右手の『関係縁』を切ってしまおうかと思ってたところだ。
桂樹の返答に、彼は紙皿を並べながら……心底羨ましそうにひとりごちった。
「名杙って本当に勝ち組だよなー……俺も金持ちの家に生まれたかったぜ」
勝ち組。
自分に対してこの言葉に、強烈な違和感を感じた。
「勝ち組だなんて……そんなの、まだ分かりませんよ」
この彼は度々同じことを言うのだ。桂樹は心の中に浮かんだどす黒い感情を必死に押さえつけながら、彼へ向けて笑顔を作る。
何が勝ち組だ。
何も知らないくせに。
自分が名杙家の中で、見向きもされていないことなど――何も、知らないくせに。
「――ちょっと、そんな決めつけ、良くないんじゃないのー?」
刹那、2人の間に割って入る女声。2人で同時に声がした方を向くと、そこにはペットボトルの炭酸飲料を持っていた華が仁王立ちしていた。
華は桂樹に『勝ち組』だと言った男性に持っていた炭酸飲料を押し付けると、口角をあげて、笑っていない目元で言葉を続ける。
「桂ちゃんには桂ちゃんの事情があるのに、私達の色眼鏡で見るのはよくないと思うな。そういうの、子どもの前でもうっかりやっちゃったら……信頼してもらえなくなるわよ?」
その言葉に、彼は「やだなー」と慌てて言葉を取り繕った。
「華先輩は厳しいですよ。ちょっとモテ男を羨んだだけじゃないですかー」
「その僻みが初めてじゃないから、ちょっと一言物申したくなったのよ。そもそも、そういう僻みの気持ちがダメなんだって気付かないからダメなんじゃないの? ほらコレ、予備だから冷蔵庫に入れてきてね」
「だから厳しいですって……行ってきまーす」
ガクリとうなだれてその場を離れる彼の背中を見送っていると、「全く……」と隣に立った華が、桂樹をチラリと見上げて申し訳なさそうに顔の前で手を合わせた。
「ゴメンね、桂ちゃん。相田君っていっつもこうなんだから……」
「いえ、気にしていません。相田先輩のあれはいつものことなので慣れたものですよ」
「え?」
「あ……」
思わずサラッと本音を足して呟いてしまった。珍しい失態に桂樹が苦笑いでその場を取り繕うと、華もまた、彼に合わせるように笑顔を作って。
「告白されたんだ、しかも新入生から」
「そうですね、それは事実です」
すんなり事実を認める桂樹に、華は更にニヤリと口元に笑みを浮かべて問いかける。
「付き合ってるのー?」
「一応。どんな人か分からずに断るのも悪いかと思って」
「桂ちゃんって実は肉食系男子よね。でも……」
一度言葉を区切ってから、大きなその目を少し細めて――彼を見据えた。
空気が変わった、それを察した桂樹が、何事かと彼女を見下ろした、次の瞬間。
「でも……桂ちゃんは本気じゃないんだから、女の子で遊ぶのは程々にしておきなさいよ。いつか、しっぺ返しをくらうかもしれないんだからね」
「え……?」
「っ……!!」
華からの意外な物言いに、桂樹は軽く目を見開いた。そして、華自身もこんなことを言うつもりはなかったのだろう。珍しく驚いたように目を見開き、「あ、えっと……」と、慌てて言葉を取り繕おうとしたのだ。
しかし、一度口から出た言葉は取り消せない。しかも、その言葉に確かな確信を感じてしまったら――尚のこと。
どうして彼女は、自分に対してそんなことを言うのだろうか。
まるで――桂樹の気持ちを見透かすかのように、はっきりと。
「そういう華さんこそ……俺のこと、決めつけてるじゃないですか」
桂樹は彼女から視線をそらすと、手元にある紙コップを1つずつ取り外しながら……何とかいつもの声音で言い返した。
動揺を悟られたくない、だから、今はこう言うのが精一杯。
「……それもそうね、ごめんなさい」
華は彼の隣で静かに謝罪した後、そっと……彼の側から離れていく。
「華さん……?」
残ったのは、空っぽの紙コップ。中身がない空虚な気持ちのまま放り出された桂樹は、彼女の態度に首を傾げることしか出来なかった。
華の態度が気になった桂樹は、その後、彼女の出自について調べてみることにした。
名波華、彼女は名杙の分家筋の人間らしい。こちらの事情に詳しい理由がよく分かった。
現在は母親と二人暮らし。父親に関する記述が一切ないけれど、母親が水商売をしている時点でお察しである。
『縁故』の名簿の中に、彼女の名前は記載されていなかった。とはいえ、どうしても血が薄まる分家筋の人間であれば、『縁故』として覚醒しなくてもおかしくはない。現に名波はあと一人、そんな少年がいるらしいという情報も追記されていた。まぁそんなこと、桂樹には一切関係ないけれど。
名波華、彼女は完璧な人間だと思っていた。
人に慕われ、人に優しくできる。わずか1年、サークルで一緒に活動をしているだけの桂樹にもそんな評価をさせるほど、彼女は人に対して完璧だった。現に桂樹に対してもあの言葉以降は普段と変わらず、頼りがいのある優しい先輩として歓迎会を取り仕切ってくれたのだから。
けれど、あの時の言葉が――初めて他人から指摘されたあの言葉が、どうしても胸の中で引っかかる。
自分は、彼女に――どう、思われていたんだろう。
この1年間、彼女はずっと――自分のことを、恨み続けていたのだろうか。
「……あまり深入りしない方がよさそうだな」
自宅内の私室で1人、ノートパソコンにダウンロードした報告書を見つめながら……桂樹は腕を組んで思考を切り替える。
そんなことを探って、何になるというのか。
それに、彼女にどう思われても……今更、自分の生き方を変えることは出来ない。
名杙直系という呪いを受けてから、自分の意志で生きる道を決めることなど、赦されるわけがないのだから。
桂樹はそっと、カップに入った紅茶をすすった。そして、もう一度息をついた後……パソコンの電源を落とす。
その数日後、世間が大型連休に突入した頃。
桂樹はサークルのメンバーと一緒に、仙台市にある遊園地・八木山ベニーランドを訪れていた。
山の上にあるこの遊園地は、仙台市民であれば一度は家族や遠足で訪れたことがあるような定番スポット。隣には動物園もあるので、休日ともなると多くのお客さんで賑わう、人気のスポットだ。
今年は休みが取りやすい日程のため、連休中日の平日である今日も、園内は多くの人で大いに賑わっている。大学の講義が休講になり、丁度優待券があったことで……別件で部室にいた桂樹が、半ば強引に駆り出されたのだ。
「華さん……俺、会計入力が終わったら帰るつもりだったんですけど」
彼を駆り出した張本人である華は、パーカーにTシャツ、7分丈のスキニーパンツという出で立ちで、完全に動き回ることを想定している。対する桂樹は襟付きのシャツに黒い綿のパンツだが、足元は革靴だった。こうなることを知っていれば、スニーカーなど、もっと動きやすい足元にしてきたのに。
今回集められたのは、2人を含めて6名ほど。他のメンバーもこうなることを想定していなかったのか、寝間着のようなジャージの先輩や、白いワンピースにパンプスの同級生など、皆がバラバラの状態で集合させられていた。
桂樹からの苦情を真正面から受け止めた華は、腕を組んで自信満々に言葉を返す。
「フッフッフ……部長命令には逆らえないのよ、桂ちゃん。入園料はタダなんだからいいじゃない」
「乗り物はタダじゃないんですね」
「そうね、その辺はお好きにどうぞってことで。あと、今度、別の施設の子どもと一緒にまた来るでしょう? それの下見も兼ねているの。当日は皆で今日と同じスタンプラリーをする予定だから、トイレの位置やスタンプ台の場所なんかも、事前に確認しておいてね」
華がそう言って、入場券とスタンプラリーの台紙を配っていった。そして、気持ち良い晴天の下で改めて全員を見つめた後、いつも通りの笑顔で開始を宣言する。
「折角のゴールデンウィークだもの、みんなで楽しく遊びましょうね!!」
その後、全員で園内を散策しながら次のイベントの打ち合わせをしていると……グループの最後尾にいた桂樹の肩を、後ろに下がってきた華がトントンと軽く叩く。
桂樹は足を止めることなく、目線だけを彼女に向けた。
「華さん、どうかしたんですか?」
彼女は前を歩くメンバーを気にしつつ、彼にだけ聞こえるように小声で続ける。
「桂ちゃん、ちょっと付き合って欲しいんだけど」
「俺が?」
「そう。少し……確認をしたいことがあって」
その声音に以前と同じ違和感を抱いた桂樹は、「いいですよ」と小さく同意した後、隣を歩く華の手を握った。
刹那、驚いたように彼女が桂樹を凝視するが、桂樹自身は涼しい顔で前を見つめたまま、自分より一歩前を歩く同級生の涼子に声をかける。
「支倉さん、俺と華さんは今度お世話になる担当の職員さんに挨拶をしてくるから、スタンプ台の確認が終わったら売店前のベンチで休憩していてもらえるかな」
「え? あ、うん、分かった。そう伝えておくね」
唐突に声をかけられた涼子が、首だけを彼に向けて首肯したことを確認して。
2人は人並みに紛れ、一時的に離脱した。
華が桂樹を連れてきたのは、園の奥にある大観覧車だった。仙台市を一望できる抜群のロケーションを誇るこの大観覧車は、ゴンドラの数が多いこともあり、特に並ばずともすんなり乗ることが出来る。
彼女が二人分のチケットを職員に手渡して、職員の誘導に従ってさっさとゴンドラ内に乗り込んだ。桂樹がとりあえず華の正面に腰を下ろすと、職員が扉に施錠をして……ゆっくりと、上昇していく。
「わざわざこんな場所にしなくても……話があるなら、俺を呼び出してくれて構わないですよ」
「誰にも聞かれたくない話なのよ。学校内はどうしても不安だし、ファミリーレストランやカラオケも不特定多数の人の目が気になるわ」
「随分と用心深いんですね」
「当然でしょう、だって……桂ちゃんの家業に関する話だもの」
そう言って足を組み、華は値踏みをするように桂樹を睨む。
「桂ちゃんは……私を、名波華を『監視』するために、このサークルに入ったの?」
「監視……?」
わざわざ改めて名前を告げた後に続いた随分と穏やかではない言葉に、桂樹は顔をしかめた。そして、心から自分を警戒している彼女の姿に……思わず、笑ってしまう。
彼の口元に浮かんだ笑みに気付いた華が、顔をしかめて問いかけた。
「何がおかしいの?」
「いえ、すいません。どうして本家の俺が分家の華先輩を監視しなきゃいけないのかと……『縁故』でもないのに、随分傲慢なんですね」
隠す必要がないと判断した桂樹が本音を返すと、華はそんな彼に目を見開いた後……彼と同様に、笑みを浮かべる。
「そう、桂ちゃんは私の『能力』のこと……何も知らないんだね。当然か、ご本家様だものね」
「華さんの、能力……?」
「百聞は一見にしかず、って言うわね。桂ちゃん、貴方も『縁故』なら……私の周囲にどんな『縁』があるのか、見えるんでしょう? ちょっと切り替えてみて」
「……?」
ゴンドラは、間もなく頂上に達しようとしている。
2人は外の景色を楽しむこともなく、お互いの行動を注視していた。
分からない。
彼女が何を考えているのか、分からない。
しかし明らかに何か確信を得ている彼女の物言いに、桂樹は違和感を抱きつつも……『縁』が視える状態であっても見た目には何も変化がないため、いつも通りまばたきをして、『縁』を確認しようとしたのだが……。
「――っ!?」
世界には、何の変化もない。
しかし、これまで当たり前に見えていた『縁』が―― 一切、視えない。
桂樹は自分の切り替えが失敗したのかと思い、慌てて呼吸を整えて一度まばたきをした。そしてもう一度呼吸を整えてから、精神を集中させて、再び、視える世界を切り替える。
しかし――世界には、何の変化もない。
桂樹は一瞬、彼女が何か仕込んでいるのかと疑ったが……特にそんな素振りも気配もないし、勿論、桂樹自身にも特別な違和感はない。
こんなことが初めてで理解できない現象に言葉を失う桂樹を、目の前にいる女性は――名波華は、全てを悟ったような眼差しで彼を見つめ、狼狽する彼をあざ笑うように口元に笑みを浮かべた。
「そっか……桂ちゃんにも有効なんだね」
「華さん、これは……何が……!?」
「んー、私にも詳しいことは分からないんだけど……私にはこういう能力があるんだって。私自身には特に何の影響もないんだけど、私の持っている『縁』を、名前を認識した第三者に対して隠すことが出来る。桂ちゃんの反応を見るに、それは正しかったってことか」
淡々と語る華の話を聞きながら、桂樹ははっきりと己の背筋が冷えるような感覚を抱いていた。
彼女の話が本当ならば、名杙直系という最大のアドバンテージさえ、彼女に対しては通じないということになるのだ。
名杙の特性は、相手より上に立つこと。名前を認識させて、相手の反抗を許さない。しかしこれは、相手の『縁』が見えていれば、という当たり前の条件が必要になる。
一瞬、西の名雲の特性が――名前を伝えた相手に対して『縁』の見え方を変化させられる――が浮かんだが、名雲の場合も、『縁』そのものを見えなくするわけではない。名雲の能力が『縁』にモザイクをかることだとすれば、今の彼女は手品で消しているような状態だ。最も、今の桂樹には……華がどんなタネや仕掛けを使ったのか、さっぱり分からないのだけど。
「そんな……分家にそんな能力を持った『縁故』がいたなんて話は……!!」
「聞いたことがない、よね。私はそもそも『縁故』として数えられとらんやろうし……うん、桂ちゃんの反応で安心した。変に疑ってごめんね」
華はそう言って、彼に苦笑いを浮かべる。
2人を乗せて下降してきたゴンドラは、間もなく規定の1周を終えようとしていた。
「私のことは名杙も放っておきたいみたいだから、桂ちゃんも黙っててよね。ただ、世の中には君の知らないことも沢山あるってことだけ……覚えておくこと。私が伝えたいのはそれだけよ」
「っ……!!」
桂樹が言い返そうとした次の瞬間、華が自分の口元に人差し指を添えて……首を横に降った。
「この観覧車を降りたら、この話はオシマイ。私は華さんに、桂ちゃんはいつもの桂ちゃんに戻る、いいわね?」
「そんな、勝手なことを――!!」
桂樹が不満を伝えるよりも早く、ゴンドラの鍵が外から外される。
華が外へ足を踏み出したことで、この密会はあっさりと終了した。
名波華と、名杙桂樹。
後に名杙という家を根幹から揺るがせる原因になった2人の関係は、こうして始まったのだった。
本当はね、桂樹と華の心が通じ合って、華がちょっと自暴自棄になって桂樹が闇落ちする――ってところまで書きたかったんですけど、そこにすら至りませんでしたね。(知ってた)
これまでの華は、とても強くて聡明な、憧れの女性という立ち位置でした。勿論それはこれからも変わりません。しかし、そんな彼女が唯一敵愾心を見せたのが桂樹だと面白いなって思ったんです。
桂樹も桂樹で、第1幕とか読み返してみると、割と普通に喋ってるんですよ。(笑)あと、仁義のことさり気なくディスったりしていたので、「あぁ、彼はそうやって自然と他人を下に見る考え方なのかもしれないな」と、思ったんですって。
さぁ、こんな2人がどうやって距離を近づけていくのか、霧原が一番知りたいな!!(ヲイ)
次はどうしても蓮視点の話になるので、2人の恋愛要素は薄めかもしれませんが、何かしら書いていけるといいなぁと思ってます。
桂樹、誕生日おめでとう。本編における君の出番は秋頃だから、もうちょこっと待っててね。




