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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
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前日譚短編:レプリカ

名波蓮と名杙桂樹は、どうして『仙台支局』に喧嘩を売ったのか。小説本編だけではフォロー出来なかったので、彼らにもう少し迫ってみました。


登場キャラクター:蓮(華蓮)・桂樹

 これまでの人生で、あんなに緊張した1時間は……他に思い出せない。


 2014年4月上旬、宮城県仙台市。

 平日の昼下がり、今日は春休み最終日のため、仙台市の駅周辺は多くの若者で賑わっていた。

 そんな雑踏に紛れて、彼――名波蓮は1人、片手に駅ビルの紙袋を抱え、自宅のある名取(仙台市の南にあるベットタウン)ではなく、仙台市郊外の長町を目指す。

 春から仙台の高校に通うことになり、その高校は私服通学のため、洋服を購入したいと言ってお金をもらい、仙台まで買い物にやって来たのだ。

 名取にも大きなショッピングセンターがあるが、そこだと地元の知人に見つかってしまうかもしれない。

 ……自分が女性ものの服を買っている、なんて、絶対に知られたくなかった。

 本来ならばネットショッピングで済ませるつもりだった。今はコンビニ受け取りも可能なので、自宅で家族に訝しげな目で見られることもない。

 でも……自分が女性ものの服を着る時、どのサイズを選べば良いのか、蓮には皆目見当がつかなかった。意を決して姉のクローゼットを覗き、いくつか引っ張り出してみたけれど……身長や体格が全く違うため、ちっとも参考にならない。

 そのため、蓮は恥を忍んで、仙台へ買い物に来たのだ。

 仙台ならば男女兼用ユニセックスの服も多いし、「双子の妹にサプライズでプレゼントをしたい」と言えば、店員さんが喜んで協力してくれた。

 買い物にかかった時間は約1時間。人生最狂のミッションを終えてホッと一息つきたいけれど、そんなことも言っていられない。


 全ては……明日のため。

 名杙という家をひっくり返し、姉を取り戻す……そのためだ。


 姉を通じて知り合った桂樹は、同じ志を持っていた。

 そして、名杙を揺さぶる第一段階として……『東日本良縁協会仙台支局』という組織が選ばれた。

 ここは最近出来た組織で、名杙家現当主の長男である名杙統治が絡んでいる。

 そして、その組織のトップは……名杙とは一切関係がない、佐藤政宗という男性。統治の友人であり、最近、名杙家に取り入ろうとしている外部因子だ。

 本来ならば桂樹が任されてもおかしくなかった、東北の大都市・仙台市。

 先の災害で対応が必要と判断され、遂に、支局が出されることになった。

 最終的な人事権は当然、名杙当主にある。統治はまだ経験が足りないため、誰もが桂樹の登用を期待していたのだが……当主が選んだのは政宗だった。

 政宗をトップにした理由として、彼の才能とも言える営業スキルと将来性、そして、名杙に頼らずに新しいことを始めたいという当主の意向があった。これまでさんざんしがらみで物事を判断し、切り捨ててきたくせに……自分の息子の友人をそんなに優遇するのか、と、当初は批判も多かったらしい。

 しかし、最初は半年もたないと言われていた仙台支局は、確実に実績を積み上げている。

 桂樹もアドバイサーとして関わっているが、今はもはや肩書だけ。政宗と統治は確実に新しい勢力として力をつけている。


 ……全て、自分のものになるはずだった。

 姉を追い出した名杙家は、今度は自分を……桂樹を、名杙から排除しようとしている。

 彼はそう考え、歪んでいった。

 何とか政宗や統治を引きずり下ろしたい、そう思っていた時に……蓮と出会い、運命の歯車が音を立てて回り始めたのだ。


 そして、計画の中で……蓮が『女性』として潜り込む、これを提案したのは桂樹だった。

 最初は当然反抗したのだが、名杙当主の長女である心愛と接点を持つには、女性の方が警戒心を持たれないこと、そして、名波蓮として潜入した場合はすぐに調べられてしまうので、時間を稼ぐという意味でも性別から偽ったほうがいいこと、相手もまさか性別が違うとは思わないことなど、利点を理詰めで説明され……「名杙家ってそんなもんなのか」と納得してしまった蓮は、一生に一度の大勝負に出ることになったのだ。


 正直、今でも後悔している。桂樹の計らいで仙台市近くの長町に拠点が出来て、そこに必要な道具を置いたり、着替えなどが出来るようになっているとはいえ……女装だ。自分は確かに中性的な顔立ちだと思うけれど、女装……声も少し高くしなければならない。果たして大の大人を欺けるだろうか?


 不安しかない。

 地下鉄に乗り、窓際に立った。窓に映る自分の顔は、よく見慣れた当たり前の顔で……多少練習してきたとはいえ、本当に上手くいくのか、不安が残る。

「……」

 もう一度、窓に映る自分の顔を見た。

 一瞬、髪の長い儚げな女性が……ニヒルな笑みを浮かべたような気がしたから。


 思い出せ。

 政宗とは電話で話をしたが、特に疑っている様子は感じられなかった。履歴書に写真も添付しているけれど、それに関してもツッコミがない。


 出来るかどうかじゃない、やるんだ。

 これは、自分にしか出来ない。

 これを成功させなければ――姉は、帰ってこない。


 片倉華蓮。これが、明日から使う彼の偽名。

 女性としての偽名を考えた時、真っ先に浮かんだのはこの名前だった。苗字は適当だ。

 姉の無念を背負い、覆す……桂樹からは「露骨だ」と苦言を呈されたが、蓮はこの名前だけは譲ることが出来なかった。

 無理やり繋いだ姉の『因縁』は、まだ体になじまない。たまに息苦しくて、目の前がクラっとしてしまうこともあるけど……でも、大分マシになってきた。


 出来る。

 片倉華蓮は、仙台支局を壊してみせる。


「……やり遂げてみせるよ、華蓮」


 窓に映る『彼女』に決意を告げた瞬間、電車は目的地に到着した。

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