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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
39/121

2018年政宗生誕祭小話・行方知れずの水流ロック②

 前作(https://ncode.syosetu.com/n9925dq/38/)からの続きです。長いのでお時間ある時にどうぞ!!

 政宗が遭遇した、ユカと2人きりのひどく長い夜。第4幕以降に続く伏線も多いので、ああだこうだと妄想しながら本編をお待ちくださいませ。


 主な登場キャラクター:政宗、ユカ、統治

 政宗の話を聞いた領司は、一度……長く息を吐いた。

 そして、改めて――自分を真っ直ぐに見据える彼を見つめ、よく通る声で問いかける。

「改めて尋ねよう、政宗君。仙台支局の支局長は、君でいいんだね?」

「はい」

「今後、君が矢面に立つことで、内部からの風当たりが益々強くなると思う。それでも構わないんだね?」

「はい」

 端的に返答する彼の意志は、分かっていたが、変わりそうにない。

 そして領司もまた、政宗に……この2人に賭けてみたいと、そんな気持ちになってしまうのだ。

 きっと、彼らに賛同した大人は、こんな気分になってしまったのだろう。

 小細工のない、真っ直ぐな思い。それは時に、人の心を最短距離で射抜いてしまう。

 領司は政宗に、別室にいる統治を呼んで来るように告げた。そして、彼が退室してから自分の携帯電話を取り出すと、秘書を頼んでいる男性に電話をかける。

 領司が端的に用件を告げると、電話の向こうの彼が一瞬絶句した後「……当主、本気ですか?」と、どこか楽しそうに問いかけるから。

 領司も思わず口元に笑みを浮かべて、同じ言葉を繰り返した。

「――ああ、そうだ。『仙台支局』は政宗君をトップに据えて、具体的に話を進めていこうと思う」


 その後、2人を自分の目の前に座らせた領司が、『仙台支局』に関しては、基本的に2人が提出した書類に沿って進めていくこと、麻里子への相談役就任依頼文書も1週間以内に用意することを約束した。

「しかし……いつの間に、2人でこんな悪巧みを考えていたんだい?」

 からかうような領司の問いかけに、政宗と統治は互いの視線を交錯させて……口元に笑みを浮かべる。

 その答えは、相談するまでもないから。

 政宗が統治の肩に手を添えると、無邪気な表情で返答した。

「10年前に、ケッカと3人で考えました。なぁ統治?」

「ああ、そうだな」

 そう答えた統治の表情がとても穏やかだったことに気付いた領司は……息子の変わりように目を細めると、10年前のあの時、福岡の研修に参加させたことは間違いではなかったと、改めて実感するのだった。


「――と、いうわけで、飲むぜー!!」

 その日の夜、政宗の部屋にて。

 政宗がビールが並々と注がれているジョッキを笑顔で掲げると、同じ内容のジョッキを持っている統治が、ヤレヤレと言わんばかりの表情で肩をすくめる。

「そんなにはしゃいでいると……体がもたないぞ」

「えー? 今日くらいいいだろ? なんてたって特別な日だなんだからな!!」

 政宗は笑顔でそう断言すると、手元のビールを一口すすって……ジョッキをテーブルに置いて頬杖をついた。

「統治……ここまで、長かったと思うか?」

 ボソリと尋ねる彼に、統治はジョッキから口を離すと、首をゆっくりと横にふる。

「いや、俺達の実績を考えると……むしろ短かったくらいだ」

「だよな……俺たち、凄いよな」

「だからといって油断すると足元をすくわれる。ここはゴールではないし、そもそもお前はすぐそうやって調子に乗るんだ」

「分かってるよ……統治は相変わらず厳しいな」

 手厳しい親友の評価に苦笑いを浮かべる政宗へ、統治が、机上に置かれたスマートホンを見つめて問いかける。

 政宗は……真っ先に、彼女へ電話をかけると思っていたのに。

「佐藤、山本には……連絡、しないのか?」

 この問いかけに、政宗は一瞬言葉に詰まった後……首を横にふった。

「ああ、今はしない」

「佐藤……?」

「統治もさっき言っていたけど、ここはゴールじゃないんだよ。いくら当主の了解を得られたとは言え、本格的な検討はこれからだしな。ケッカには『仙台支局』が正式に開設されたら連絡すればいいよ」

 そう言ってビールを飲む政宗が、統治には信じられなかった。

 3人の居場所として作りたかったはずの『仙台支局』、そのための重要な一歩を踏み出したのに……どうして、ユカに連絡しないのだろう。

 どうして真っ先に、この喜びを共有しないのだろう。

「佐藤、本当にそれでいいのか? せめて一言くらい――」


「――やめてくれ」


 次の瞬間、政宗は統治の言葉を明確に拒絶した。酔いが回っているせいもあるとは思うが、普段はユカの話になると気恥ずかしそうに口をつぐむ政宗が、統治の言葉をシャットアウトしたのだ。

 政宗は決まりが悪いのを誤魔化すように、ビールを更に一口煽った。そしてジョッキを置くと、テーブルに肘をついて額に手を添えて……赤くなった頬を隠すように俯き、ため息をつく。

「……今は、まだ……」

「佐藤……?」

「悪い、統治……正直、今はまだ、ケッカのことを考える余裕がないんだ」

「……」

 それは、統治も聞いたことが無い彼の気持ち。正直、政宗はずっとユカのことが好きなんだと思っていた統治にしてみれば、とても、とても意外な一言だった。

「大切なんだ、それは変わらない。ケッカを仙台に呼びたいし、3人で一緒にいたいと思ってる。けど……ケッカのことを考えると、どうしても彼女の存在が大きくなって、周囲が見えなくなるんだ。だから考えないようにして、仕事や勉強に打ち込んできた。そうすると……彼女の存在がなくても、こうやって上手くいきそうになって……俺は本当に、ケッカのことが好きなんだろうかって……」

 それは、政宗としても意外な感情だった。

 『仙台支局』の可能性を伝えて、約束を果たせるかもしれないと伝えたい。

 そう、思っていたのに。

 実際にここまで到達すると、まだ、色々と足りないことがよく分かる。

「なんか、今はまだ、そんな気分になれないんだよ。何も始まってないからだと思うけど……期待させてダメになった時は可哀想だし、俺もやることが多すぎて、最近はケッカのことを考える余裕がないんだ……こんな状態で彼女が好きなんて、どの口が言うんだよ……」

 ユカのことを思う時間が、日数が、意識しなくても増えていく。それだけ忙しなく、がむしゃらに突き進んできた。元々頻繁に連絡を取り合っていたわけではないけれど、最近は殊更頻度が下がり……声はもう、1年近く聞いていない気がする。

 そして今、目指していた目標が叶いそうになって……ふと立ち止まったことで、急に、怖くなる。


 本当にこの先に、自分が望む未来はあるんだろうか?


 中学受験の時もそうだった。受験に成功して、みんな喜んでくれて……でも、彰彦はいなくなった。

 合宿の時もそうだった。ユカや統治とかけがえのない時間を過ごして……でも、ユカを守れなかった。


 『仙台支局』の話が上手くいきそうになっている今――次は、どんな困難が待っているのだろう。

 もしもそこに、『また』、ユカを巻き込んでしまったら? いや、今度は統治かもしれない。自分の手が届かないところでトラブルが発生して、守りきれなかったら……慶次の言った通り、縁を『切って』ばかりじゃないか。


 繋げたつもりで、大切なものは何も繋がっていなかったら――そう考えると、急に、わからなくなる。

 (ユカ)を隣に呼んでいいのか不安になって、心が迷子になって……行方知れずになってしまった。


「兄貴が認めるくらいだから、『縁故』に向いてるんじゃないかな。『死神』の本領発揮、期待してるよ」


 あの言葉は――きっとまだ、終わっていない。

 影は振り払った、けれど――『縁』が切れたとは思えないから。


「気を遣ってくれたのに悪いな、統治。今は……目の前のことにだけ集中したいんだ。ケッカの声を聞くと、なんか……気が緩んで、ダメになる気がする」


 そう言って頬杖をつく親友が……今の統治には、至極面倒くさい生き物に思えてしまった。

 だって、彼はさっきから……ずっと、自分の願いを口に出しているようにしか思えない。


 統治は持っていたビールジョッキを置くと、ポケットから自分のスマートフォンを取り出した。そして操作を終えた後、それを自分の耳元へ近づける。

「統治……?」

 彼が自分の前で電話をするのは珍しい。普段は気を使ってベランダへ出ていくのに。

 統治の様子を訝しげな表情で見つめる政宗など意に介さず、彼は至極普段通りの口調で話し始めた。


「――ああ、山本、突然すまない。佐藤がどうしても話をしたいと言いだしてな」

「いうぇっ!?」


 目を極限まで見開く政宗に、統治は無言で携帯電話を手渡した。

「要するに山本と話をしたいんだろう? 佐藤の態度は回りくどいんだ」

「だ、だから俺は――!!」

「じゃあ、自分で切ってくれ」

 導火線に火の付いた爆弾を何の心構えもなく押し付けられた政宗は、電話の向こうで「もしもーし? 統治ー?」と言っている声にこたえるため、慌てて電話を耳に押し当てる。

「け、ケッカ、か……?」

「あぁ政宗、なんか久しぶりやね。元気しとった?」

 ぎこちない自分とは対照的に、ユカの声はいつも通りだ。彼女の声を聞いたのは……本当に久しぶりで。せき止めていた感情が決壊しそうな、そんな危機感を頑張って制御するのが精一杯。

 そんな政宗の危機的な状況など、突然電話口に呼び出されたユカは、特に察することも気にするわけないのである。

「それで政宗、あたしに何か話があると?」

「え!? あ、いや、まぁ……あるといえば、あるんだけどな……」

 前よりもずっと単刀直入に尋ねられ、思わず口をつぐんでしまった。

 そして、涼しい顔でビールを飲んでいる統治に助け舟を出してもらおうと視線を向けるが……当然、取り付く島もない。

 久しぶりに電話をして、声を聞いただけ。ただそれだけなのに……どうしてこんなに突然、心臓が早く脈打つのだろう。

 どうしてこんなに、感情を揺さぶられるのだろう。

「あのな、ケッカ……そのー……」

「歯切れ悪かねー。どげんしたと?」

 電話の向こうで、彼女が楽しそうに笑うから。

 政宗は肩の力を抜いて……恐る恐る、声をかける。

「実は今日、1つ、とても大きな仕事の目処が立ったんだ」

「大きな仕事……『縁故』の、ってこと?」

「ああ。俺の目標だったことが1つ、ようやく実現するかもしれなくて……」

「本当!? 凄いやん!!」

 刹那、電話の向こうにいるユカの声が一際高くなったのが分かる。具体的なことは、まだ何一つ伝えていないのに。

 政宗がどう伝えようかと電話口で言葉を探して狼狽していると、ユカが慌てて言葉を取り繕う。

「あ、いや、何があったのかは詳しく言えんこともあると思うけん、無理に言わんでよかよ。最近、瑠璃子さんや一誠さんにも特に連絡しとらんやろ? 忙しいんやろうなって思っとったんよ。そっか……やっぱり頑張っとったんやね」

「ケッカ……」

 政宗は一瞬、『仙台支局』のことを伝えようかと口を開きかけた。

 でも……言葉が続かない。

 そんな政宗をフォローするように、ユカが優しく声をかける。

「うん……おめでとう、政宗。あたしも頑張らんといかんねー」

「あ、ありがとう……」

「あたしも早く、仙台に遊びに行かんといかんね。あの時の約束、忘れんでよ?」

 そう言って、電話の向こうの彼女が屈託なく笑うから。

 政宗は電話を握りしめて、一度、口の中にたまったつばを飲み込んだ。そして、呼吸を整え……涙をこらえる。

 ユカに『仙台支局』を伝えられない理由が、何となく分かったから。


「忘れるわけないだろ? 絶対に……約束は果たすよ。だから、それまでケッカも……」


 電話でユカの声を聞くと、あの冬の日を思い出す。

 あの時も……沈んでいた気持ちをすくい上げて、政宗を奮起させてくれた。


 だから、今は……。


「ケッカも、その……」


 だから今はまだ、ユカにこれ以上の話はしない。

 だってまだ、『仙台支局』は仙台に『ない』のだから。

 机上の空論で終わるかもしれない、絵空事に彼女を巻き込みたくはない。自分でもちっぽけなプライドだと思うけれど、ユカの先を歩いて、彼女を引っ張りたいと思うから。


 それだけまだまだ未来は不確定だし、先が見えなくて怖いこともあるけれど。

 でも……今は少しだけ、未来に希望を繋ぐことが出来た。

 だから、彼女を迎える用意が完璧に整うまでは……もうしばらく、頑張っていけると思う。

 どうせならば『支局長』として、カッコよく胸を張って、彼女に報告をしたい。

 今は、そのための力が欲しい。

 未来を繋げるための、そんな力……彼女との繋がりが。


「ケッカも……俺との『関係縁』、ちゃんと繋いでてくれよ?」


 それはかつて、ユカが政宗に伝えてくれた言葉。

 声を震わせながら伝えてくれたこの言葉のおかげで、政宗は結果を今に繋げることが出来た。

 だから今度は、政宗からユカに、そっと願いを託したい。

 このままちゃんと、縁が繋がったままで……いつか、仙台で一緒にいられますように。


 政宗の言葉をうけたユカは、一呼吸をおいた後……迷いなく返答した。


「当たり前やろ。あたし達は……これからも、ずっと一緒なんやけんね」


 たった一言、それだけでいい。

 その言葉があれば、誰よりも速く――目標に到達出来るから。


 それはかつて、政宗がユカに贈った言葉。

 エールを交換するように互いの言葉を贈り合い、政宗は静かに電話を切った。

 そして……目の前で静かにビールを飲んでいる親友へ、画面が暗くなった電話を突き返す。

「……統治にしては、お節介だな」

「目の前のお前が面倒くさかっただけだ」

「さっきからそんなバッサリ言わないでくれよ……確かに面倒くさかったのは認めるけどさぁぁぁ……」

 机に突っ伏して管を巻く政宗からスマートフォンを受け取った統治は、それをポケットに片付けてから……改めてジョッキを持つと、それを少し高く掲げた。

 そして、とても穏やかな表情で……起き上がって涙を拭った政宗を見つめる。

「上司の気分を良くするのも、部下の勤めだからな」

 そう言われると、何も言い返せなくなる。

 まさか、彼はこれも見越して、政宗をトップに推薦したのだろうか?

「そりゃどうも。流石統治、効果はてきめんだったよ」

「当たり前だろう。俺も……佐藤とは何年の付き合いだと思っているんだ?」

 わざとらしく肩をすくめる統治に向けて、政宗もまた、手に持ったビールジョッキを少し高く掲げた。

 やっぱり統治には敵わない、だからこそ――出来る限り共に歩き、彼の良いところを沢山吸収して、互いの道へ進みたいと思う。


 ユカが政宗を奮起させて、統治が政宗を支えてくれる。

 だから彼は――先頭を歩く佐藤政宗でいられるのだ。


 彼の期待を裏切るようなことは絶対にしないと心に改めて誓った政宗は、ジョッキを握る手に力を込める。

「――よしっ!! 絶対に『仙台支局』を開設して、絶対にケッカを仙台に呼んでみせる!! いいか統治、ケッカを驚かせたいから、『仙台支局』のことはギリギリまで内緒だ!!」

「……いや、麻里子さんから伝わると思うんだが……」

「まぁ、その時はその時だ。と、いうわけで……統治、これからも宜しくな!! 乾杯!!」


 いつもは、握った拳を突き合わせて約束をしてきたけれど。

 今日は、今までとこれからに思いを寄せて――ビールジョッキで乾杯をした。


挿絵(By みてみん)

 


「……ケッカ?」

 彼女からの反応がなくなったことに気付いた政宗が声をかけても、彼にもたれかかっているその小さな体からは、何の相槌も返ってこない。

 聞こえてくるのは、規則正しい寝息のみ。ユカが話を聞きながら眠たそうにしていることは気付いていたけれど、話をやめようとすると彼女が手を握り返してくるから、ズルズルと引きずってしまった。

「……話なんか、もう、いくらでも出来るんだから……無理しなくてもよかったんだぞ」

 苦笑いで話しかけても、隣の彼女は何も言わない。ただ、政宗に触れている彼女の体温が暖かくて……とりあえず、胸をなでおろした。

「さて、と……寝かせなきゃな」

 とりあえず政宗は部屋の電気を暗くした後、慎重に彼女を抱きかかえると、一旦、自分のために用意した布団の上に寝かせた。そしてベッドの掛け布団をめくった後、改めてユカを抱きかかえる。

 暗い室内でも表情が分かる至近距離。どこか楽しそうに笑っている……ようにも見える。そんな彼女の姿に、思わず、頬が緩んだ。


 政宗の良く知っているユカの顔が、すぐ側にある。

 いつもは身長差と己の羞恥心から、ここまで至近距離で見ることはないけれど……10年経過して、あの時よりも少しだけ、ほんの少しだけ大人びた彼女の顔が、政宗のすぐ側にあった。

 今話をしたのは、ほんの一部始終。支局を具体的に立ち上げるまでにも、石巻での研修やら卒論との同時進行やらで何かとトラブル続きだったし、その間に麻里子から九州へヘルプで呼び出された時はもう意味が分からなかった。そして……がむしゃらに仕事をしていた最黎明期、何よりも統治の失踪からユカを呼ぶまでにも、色々なことがあった。

 ユカ自身は詳しく知らないと思うが、まさか名杙当主が、麻里子が仙台の『相談役』であることを盾にして、ユカを仙台に呼んでくれるなんて……思わなかったのだ。

「相談役なのだから……人員を補充してくれてもいいだろう?」

 政宗の目の前で麻里子に電話をかけた領司が、こう言って、政宗を試すような目で見つめた時は――この人には敵わないと、改めて痛感したものだ。

 だから、4月のあの事件は、絶対に自力で解決したかった。そしてそれを乗り越えて、ユカが仙台に残りたいと言ってくれた時は……本当に嬉しかった。

 そんなこともいつか改めて……ゆっくり、でも1つずつ、彼女に伝えていきたい。

 離れていた10年間を埋めるのに、たった数時間で足りるわけがないのだから。

「……なぁ、ユカ」

 久しぶりにその名前で呼ぶと、少しだけ、緊張してしまう。

 当然だが寝ている本人に声は届かない。彼女をこうして抱えてみると、改めて……小さな体にとてつもない業を背負っているのだということが、よく分かった。

「本当、よく頑張ってるよな……」

 ボソリと呟いた後、落とさないようにと腕に力を入れる。距離が近くなると彼女から自分と同じコンディショナーの香りがして、少しだけ気恥ずかしくなった。


 彼女は一体、どんな大人になるんだろう。


 その未来に――彼女の隣に、自分は立っていられるのだろうか。

 今の自分のように、誰よりもそばに居て欲しいと……思ってもらえるのだろうか。


「……ユカの大切な人になるのは、支局長になるより難しいよなぁ……」

 苦笑いでそう呟いてから、政宗はユカの体をベッドの上に横たえた。そしてベッドサイドに腰を下ろし、布団をかけようとしたところで……いきなりユカが体を動かし、寝返りをうつ。そして、ズボンのゴムが触れているところでも痒くなったのか……脇腹のあたりを左手で何度か掻いてからダラリと脱力した。

「……」

 ユカの動きが止まったことを確認した政宗は、彼女に布団をかけようとして……先程彼女が掻いていた左脇腹周辺の衣服がインナーごとめくれてしまい、肌が見えていることに気づく。

「はぁっ!? ったく……」

 政宗は手を伸ばし、なるだけユカを見ないようにしながら彼女の衣服を整えると、そそくさと布団をかけた。乱れた衣服を整えただけなのに、何だか見てはいけないものを見てしまったような、謎の罪悪感がある。

「……何してるんだ俺は」

 とりあえずユカを布団に寝かせるというミッションをコンプリートした政宗は、スマートフォンで時間を確認した。時刻は22時30分を過ぎたところ。次の定期チェックまでは30分弱の時間があるため、仮眠を取るには短すぎる。

「……」

 政宗は寝ているユカを見つめて……少しだけ、彼女の未来を想像(妄想)してみることにした。

 彼女は一体、どんな大人になるのだろう。

 身長はどれくらい伸びる? 体型は? 顔は? 髪の長さは? 外見的な変化は一切予測が出来ないけれど、このまま成長すれば、きっと美人というより可愛い顔立ちの女性になるだろう。

 政宗はその立場上、今のユカの身長・体重等のデータは把握している。決して邪な好奇心ではない、体の大きさを知っておかないと、緊急事態の対処方法が実行できないからだ。決して邪な好奇心ではない。

 そして成長が著しく遅い――今のところ小学6年生程度の身長・体重である――にも関わらず、体の肉付きが中学2年生の心愛よりも良いことなど、決して口に出せない。今の時点でこれなのだから将来有望なのではなかろうかと下衆な皮算用をしてはいけないのだ。たった今、無防備に寝ている本人の目の前でしたけれど、口に出せるような性格ではないので問題ないだろう。

「……」

 殊更、4月に再会して、彼女と同じ時間を過ごすようになってから……彼女への秘めた愛情に、予想以上のあらぬ勢いがついているように感じる。


 ――政宗君は本当に、女性を傷つけるレベルの盲目なのよね。その網膜にあるフィルター越しに見られることが、一体どれだけの屈辱が……考えたこと、ないでしょう?


 あの時の『彼女』に言われた言葉の意味が、最近、とてもよく分かるようになった。

 そして、当時の自分が……改めて最低だということも。


 暇つぶしで赤面し、過去の行いを思い返して心が重くなった政宗は、冷たいお茶を飲みたくなって……一度、その場を後にするのだった。


 キッチンでお茶を飲み、届いていたメールに返信をすると、時刻は23時近くになっていた。

 政宗は客間に戻り、寝ているユカの側に近づく。そして、一度まばたきをして、視える世界を切り替えた。

 まずは『生命縁』の色や状態が、3時間前と特に変化がないことを目視する。そしてスマートフォンを取り出して専用のアプリを起動すると、その状態を写真に収めた。

「しかし……伊達先生、一体何者なんだ?」

 自分で使ってみたとはいえ、このアプリは本当に画期的だと思う。これまで『縁』の存在を認知出来なかった人でも、こうして視覚的に見ることが出来るのだから。

 パソコンやアプリケーションに強い統治がサポートをしたとはいえ、まさか『縁』をこうして可視化して、いつでも手軽にデータで残すことが出来るとは。

 一般人に対する写真の公開に関しては、まだ名杙の許可がおりていないので、営業の資料として使うことは出来ないけれど……でも、縁故の仕事方法は確実に変わっていく、そんな確かな予感がある。例えば、これまで紙媒体だった生前調書の電子化を促進出来れば、わざわざ書類を持ち運ばなくて済む

 要するに、これを上手く運用することが出来れば、仕事の効率も良くなるし、『仙台支局』の名前も全国的になるだろう。そして何よりもアプリのリース料で定期的な収入を見込むことが出来る。まだまだ財源が不安定な『仙台支局』にとって、これは必ず、将来的な強みになっていくはずだ。

 とりあえず正面から1枚撮影した政宗は、首の後にある『縁』の状態を確認するためにユカへ至極事務的に近づき、コレは仕事だと心の中で歳の数だけ――要するに24回唱えてから、仰向けになっている彼女の右肩に、自分の右手を添えた。彼女の周囲に漂う『縁』の状態を注視しつつ、そのままゆっくりユカの体を半回転させて真横を向かせ、左手に持ったスマートフォンで撮影しようとしたのだが……。

「……髪の毛がちょっと邪魔だな」

 首の後ろを覆うユカの髪の毛が邪魔で、どこに焦点を合わせればいいか分からない。電気も消している状態なので、ナイトモードで撮影するとはいえ、邪魔なものは少ない方がいいに決っている。

 政宗は一度、左手のスマートフォンをベッドサイドに置くと、その手でユカの髪をかき上げた。柔らかい毛束を肩から前の方へ流しつつ、首筋に残った髪をかき分けていると……くすぐったかったのか、ユカの体がピクリと動く。政宗が思わず手を離した瞬間――『違和感』に触れた、そんな気がした。

「これ……」

 政宗がその正体を確認しようとした瞬間、ユカが一際大きく体を動かして――

「……んんー……?」

 首の後ろの違和感に耐えられくなったユカが体の位置を仰向けに戻した。そして、半目のぼんやりとした表情で、慌てて手を離して自分を見下ろす政宗を見上げる。その懐疑的な眼差しに、政宗は慌てて言い訳を構築した。

「ユカ!? あ、いやケッカ!! ん? ま、まぁどっちでもいいか……こ、これは経過観察に必要なことでだな……!!」

「けい、か……かん、さつ……」

「そ、そうだぞ!! 俺は決して邪な気持ちで触っていたわけじゃ――」


 政宗が見えない誰かに向けて言い訳をしていた次の瞬間、ユカが両手を伸ばし、政宗の頬を包んだ。

 寝起きの温かい指先が、頬を更に火照らせる。

「ケッ……ケッカ?」

「……り……べた……」

「は? な、何言ってるんだ? どうしたんだ?」

 ユカが寝起きの少しかすれた声でボソボソと呟く声が聞き取れず、政宗は顔をしかめて耳を近づける。


 次の瞬間――政宗の右頬を、ユカが何の前触れもなく甘噛した。


「なふぁっ!?」

 現実を理解した政宗が慌てて彼女から離れると、ユカは相変わらず寝ぼけ眼のまま政宗を見上げて……どこか満ち足りた表情で口を動かしている。

「しゅーくりーむ……おいしい……」

「は……?」

「おやつ……エヘヘ、あたしのおやつ……」

「……」

 ユカは口の中の空気を咀嚼しながら、何故かとても満ち足りた表情で目を閉じた。

 彼女が盛大に寝ぼけていたことを確信した政宗は、湿り気の残る頬に手を当てて……満を持して、数時間ぶりのツッコミをいれる。

「いつも以上に食い意地がはってるぞ、ケッカ!!」

 人の根幹は、そう簡単に変われない。世界はとても臆病で……正直なのだから。


 その後、脈拍と体温を測定した政宗は、ユカの布団を戻して……仮眠をとる。

 そして――約3時間後の午前2時前、スマートフォンのアラームで起きた政宗は、ぼんやりする頭を振りながら起き上がると、アプリを起動してユカの方を見た。


 そこで――彼女が布団の中にいないことに気がつく。

 思わず大きな声を出そうとした自分を制し、一度、呼吸を整えた。


「トイレか……?」

 中で倒れていたらどうしようかと心配になった政宗は、とりあえず部屋の電気をつけた。そして部屋から廊下に出て廊下の電気をつけると、風呂場の横にあるトイレの前に立つ。チラリと廊下の奥にあるリビングを見たが、明かりがついている様子はなかった。

 そしてトイレのドアについた小窓からも、中の明かりは漏れていない。しかし、念のためにノックをして、名前を呼んでみることにする。

「ケッカ、いるか?」

 中からは何の反応もなかった。鍵がかかっている様子もないため、扉を開けばすぐに確認が出来るが……もしも、万が一、ひょっとして中にいたら、どんな反応をすればいいのだろうか。

「……い、いや、これで中にいたら緊急事態だからな」

 自分自身を鼓舞(正当化)するように呟いた政宗は、意を決してドアノブを回し――


「……」

 個室に誰もないことを確認して、静かに扉を閉めた。


 しかしこれで、トイレに入っているわけではないことが分かった。

「まさか……!?」

 意識が朦朧として外に出たのではないかという最悪の可能性に思い至った政宗は、慌てて玄関へ走る。

 そして、目を見開いて玄関周りを確認してから……口元に手をあてた。

「外には出てない……よな……?」

 扉にはチェーンも含めて鍵がかかっており、ユカの靴も残っていることから、とりあえず外に出た可能性は頭の片隅に追いやることにする。

 では……彼女は一体、どこへ行ってしまったのだろう。

 政宗がリビングへ向かおうと玄関から踵を返した瞬間――丁度、リビングの扉からユカが姿を見せた。


「――ケッカ!!」


 思わず大声で名前を呼び、弾かれたように走る。短い廊下を駆け抜けて彼女に追いつくと、ユカは虚ろな眼差しで政宗を見上げ、意志のない声で、こう、告げた。


「――お父さん(・・・・)?」


「……は?」


 恋人という可能性をすっ飛ばして――そもそもそんな可能性があったのかと思ってはいけない――父親呼ばわりされた政宗は、思わず目を見開いて彼女を見下ろした。

 そして、その濁った黒目と先程の言葉から、『混濁』の症状を確信する。恐らく彼女の中で、過去の記憶がゴチャゴチャに引き出されてしまっているのだろう。

 政宗は慎重にしゃがみ込んで床に膝をつくと、ユカと目線を合わせてゆっくりと問いかけた。

「ケッカ、俺のこと……分かるか?」

「ケッカ……? ケッカじゃなかよ、あたしの名前は――」

「――あぁぁぁちょっと待ってくれ、それは多分俺が今ここで聞いちゃいけない情報だ!!」

 恐らく本名を口にしようとしたユカの言葉を自分の大声で強制的に遮った政宗は、困惑する彼女を見つめながら、言葉を選んで問いかける。

「えぇっと……とりあえず、俺は君のお父さんじゃないから」

「……そうなの?」

「実はそうなんだよ。君は……お父さんと一緒にいたの?」

 その言葉に、ユカはゆっくりと首を横に振る。

「お父さんは、今日もお母さんとお出かけなの」

「そうなんだ」


「お父さんは閉じ込める(・・・・・)けど、お母さんは出て行けって言う(・・・・・・・・)けんが、お姉さん(・・・・)がお出かけしてこんねって言っとったよ」


「え……」

 ユカが言っている言葉の意味が分からず、政宗は顔に困惑を貼り付けたまま、淡々と語る彼女を見つめることしか出来ない。

 そういえば……ユカの家族のことは、これまでに一度も聞いたことがなかった。自分を含め、中途覚醒した『縁故』は、その過去や経歴がとても複雑だったりするので、あまり詮索をしないようにしているということもあるけれど……でも、それにしても、ユカの言っていることは意味がわからない。

 父親はユカを閉じ込めてている、しかし母親は出て行けと言う。そして、彼女が言う『お姉さん』とは、一体誰のことなのだろうか。

 そして――そのことを、ユカが何の感情もなく語ることも気になっていた。『混濁』はどうしても、感情の制御が出来ない。不安で涙が止まらなくなったり、苛立ちを抑えられなかったり、それこそ、普段以上に構ってくれとせがんだり。両親との思い出――ましてや出て行けと言われるようなことがあれば、思い出しただけで悲しくなってしまいそうなものだが……。

「……戻ろう、ケッカ」

 とても気になるけれど、今はこれ以上は踏み入らない方がいい。きっと、彼女の中の……特別にデリケードなエリアだから。

 こういうことは本人が話してくれるのを待たないと、ユカに対してとても失礼だと思った。

 自分をケッカと呼ぶ政宗を不満そうな眼差しで見上げるユカは、頬を膨らませて首を横に振る。

「だから、ケッカじゃなかよ」

 政宗はユカの頭に手を添えると、普段より優しい口調を心がけて、笑顔を向けた。

「俺との間ではそういうあだ名なんだよ。だから、ケッカって呼んでもいいか?」

「……そうなん? じゃあ、よかよ」

「ありがとう。ちなみに俺は政宗。知ってた?」

 その言葉に、ユカはフルフルと首を横に振った。

「分からん。けど、政宗っていうんやね、政宗」

 やはりユカは、政宗のことを認識していないようだ。それは記憶が混濁している、一時的なこと。政宗は気持ちを落ち着かせて少し視線を下げると、肩をすくめて苦笑いを浮かべる。

「そう。今はもう寝る時間なんだ。布団の中にケッカがいなくて、慌てて探しに来たんだぞ」

 今のユカの精神が何歳ごろにあるのかは分からない、けれど、下手に聞き出そうとして、先程のようにあらぬ情報まで聞いてしまったら……正常に戻った彼女の前で、平静でいられる自信がない。

 だからこそ、なるだけ刺激をしないように、柔らかく話を続ける。

「さ、戻るぞ。トイレは大丈夫か?」

「大丈夫。どこで寝ると? 政宗も一緒?」

「ああ、こっちだよ。一人で歩けるかー?」

「歩けるよ!!」

 少し憤慨した表情の彼女が、ドスドスと音を立てながら廊下を進む。その半歩後ろを追いかける政宗は、まばたきをして視え方を切り替えると――そのポイントを確認して、一度、息を整えた。


 客間に戻ってきた政宗は、ユカをベッドに座らせて……とりあえず1枚、アプリ越しに写真を撮影しておいた。そして脈と体温を測定した後、どこからともなくハサミを取り出す。

 蛍光灯の下で鈍く光る刃先。それに気付いたユカが、首を傾げて問いかけた。

「政宗、ハサミ? なんで?」

「あぁ、ケッカの襟のところから長い糸が出てるんだ。切りたいからちょっと後ろを向いて、ここに立ってくれないか?」

「はーい」

 素直に立ち上がったユカが、政宗に背を向けてじっとする。


 政宗はもう一度目を細めてから――左手で宙を漂う『関係縁』を1本掴むと、そこに生じたささくれを、持っていたクラフトバサミでパチンと剪定した。


 刹那、ユカの膝がガクリと折れて、そのままバランスを崩して後ろに倒れ込む。

 政宗はハサミを持っていない手で一旦彼女を抱きとめると、持っていたハサミは自分が寝ていた布団の上に放り投げた。そして改めて両手でユカを支えて……息を吐く。

 彼女に悟られることなく、仕事を終えることが出来たから。

「とりあえず、目立ってたやつは処理出来たな……」

 3時間前の経過観察で感じた違和感、それが大きくなったささくれは、心愛との間の『関係縁』に生じたものだった。名杙直系との『関係縁』に発生した異常ということもあり、体にかかる負荷が増加してしまったのだろう。時間が経過するごとに体が思うように動かせなかったり、政宗の頬をシュークリームだとうっかり勘違いしたり、記憶が著しく退行してしまったり。

 何はともあれ、目立つ問題は解決した。後はユカをベッドに寝かせて、今の記録をつけて、政宗も仮眠を取って、また3時間後に起きる。

 そうしなければ、ならないのに……。

「あ……あれ……?」

 政宗は、急に自分の目の前が歪んだのが分かった。時間差なしで襲い掛かってくる強烈な眠気、抗おうとまぶたに力を入れても意味を成さないような……そんな、強制的なシャットダウン。

「俺……どう、して……」

 気を抜くと意識が根こそぎ持って行かれそうになる。政宗はユカを支えたまま床に敷いた布団の上にしゃがみ込むと――無意識の内に彼女を抱きしめて……そのまま、意識を失った。





 あの時の君へ、伝えたいことがある。



 1人にして。


 何も出来なくて。


 君を泣かせて。



 君にだけ、とても、とても大きな負債を背負わせて……本当に、ごめん。



 いつか、そう遠くない未来、胸を張って逢いに行くから。


 その時は、あの時直視出来なかった君の涙を、ちゃんと、受け止めるから。



 だから、どうか。



 もう二度と、俺の前からいなくならないで欲しい。


 君がいない世界に、価値を見いだせるとは思えないから。






「――ねっ……ちょっ、まーさーむーねぇぇぇぇっ!!」


 そして、次に政宗が意識を取り戻すと――腕の中でジタバタしているユカが、鬼の形相で自分を睨みつけていた。

「ケッカぁ……?」

 頭がまだ重たく、靄がかかっているような感覚がある。そんな半目の政宗の額を、ユカが容赦なくデコピンした。

「いだっ!!」

「まだ寝ぼけとっとね!! もう、ちょっ……とりあえず離してくれんやか!?」

「離す? はな……うわぁぁっ!?」

 額の痛みで少しだけ意識が覚醒すると、自分がユカを完全に抱きまくらにした状態で――ご丁寧に彼女の足を自分の足で挟んで固定までして――寝落ちしていたことに気付かされる。

 慌てて彼女を離して飛び起きた政宗は、スマートフォンで時間を確認して――

「朝7時!? ちょっ……えぇっ!?」

 明け方の経過観察をすっ飛ばしたのみならず、普段より30分も遅く起きてしまった自分を猛烈に呪った。

 そんな政宗の背中をグーで乱暴に叩いたユカが、よれた服を戻しながらゲンナリした表情になる。

「15分前からずーっと起こしよったっちゃけど……もう、どんだけ疲れとったとね」

「わ、悪い……どこか体がオカシイところはないか?」

「あったとしても、政宗への怒りで訳が分からんよ」

「スイマセンでした……」

 月曜日の朝から本気で落ち込む彼を、立ち上がったユカが見下ろして……肩をすくめる。

 そして、彼の前にしゃがみ込むと……その顔を覗き込み、ニヤリと笑みを浮かべた。

「ねぇ政宗、あたし、朝マック食べたい」

「は? 今からか?」

「そ。早めに電車で仙台まで移動して、東口のマックあたりで食べれば余裕で間に合うっちゃなかと? まぁ……ねぼすけのジジ政宗は、若いケッカちゃんよりも準備に時間がかかるかもしれんけどねー」

 そう言われると――彼女よりも早く用意を終わらせて、余裕の表情で待っていたくなるから。

 政宗はその場で立ち上がると、とりあえず、床に敷いていた布団一式を三つ折りにして部屋の隅に片付けた。するとユカが彼の隣に立ち、その手に持っていたハサミを手渡す。

「コレ、落ちとったよ。商売道具やろ?」

「あ、ああ……悪いな」

「まだ使ってたんやね……物持ち良かねぇ」

 政宗が使っているこのハサミは、10年前の合宿で、彼女と一緒に選んだもの。

 今のユカはもう、あのときのものを使ってはいないけれど。

 苦笑いでハサミを受け取った政宗に、ユカがオズオズと問いかける。

「昨日、なんかあった?」

 政宗が『縁』を切る時のハサミが落ちているということは、夜の間に縁切りか、もしくはそれに順する対応をしなければならないことがあったということだ。心配そうな眼差しで問いかけるユカには、自分の体に何が起こったのか、簡単に知っておいたほうがいいだろう。政宗はそう判断して、右手の人差し指を立てて解説を始める。

「心愛ちゃんとの『関係縁』がささくれてたんだ。昨日の体の不調は、恐らくそのせいだと思う」

 それを聞いたユカが、驚きで軽く目を見開いた。

「うわぁ……よりによって名杙直系との『関係縁』がやられとったと? 気付かんかった……」

「顕著になったのが深夜だったからな。処理をしたから、しばらくは大丈夫だと思うけど……何かあったら教えてくれ」

「分かった。あと……5時の経過観察を忘れとったこと、どげんすると?」

 その問いかけに対して、政宗は静かにユカの肩に手を添えると、笑顔でこう続けた。

「ケッカ、一緒に怒られような!!」

 刹那、ユカが肩にある政宗の手を払い除けて、ぴょんぴょん飛び跳ねながら苦言を呈する。

「ちょっと待ってあたし関係ないやんね!! なしてあたしまで怒られないかんと!?」

 そんな彼女の頭に手を添えて「ハハハ」とわざとらしく笑う政宗は、ふざけた勢いで言葉を続けた。

「ヒドイこと言うなよー。ケッカ、忘れたのか? 俺達は――」


「――ずっと一緒、やろ?」


 勢いで言おうとしていた言葉を横から掻っ攫われて、政宗は思わず目を見開く。

 そして、自分を見上げて握りこぶしを突き上げる彼女へと、同じ手の形を押し付けて返答するのだ。


「ほら、いくぞケッカ。俺より用意が遅かったら朝マックはケッカのおごりなー」

「あぁぁっ!? ひげ剃りで洗面台占領するとか『こすか』(こすか=ズルい、という意味)やんね!! ここはレディーファーストじゃなかと!?」

「レディーが紳士を足蹴りするんじゃねぇよ!!」

 いつもは政宗が一人、淡々と過ごす月曜日の朝。

 今日だけは、いつもより少し賑やかで……いつもよりずっと、明るい気分で1日を始められる。

 ほぼ同時に玄関から踏み出した一歩は、互いに譲らない、そんな決意と相手への牽制。

 変化に乏しい、保守的なこの世界で、逆流を起こして……その中心で、2人、いや、3人が笑って立っていられるように。


 さあ、眠い目をこすって……今日を、共に生きていこう。

 普段の誕生日小話は、平均1万文字程度、多くても1万6千文字程度だったのですけど……今回は、前半が17308文字、後半が15749文字、2つを足すと33057文字という……エンコ本編の1エピソード(約4話分)の大ボリュームです。ここまでお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました。


 政宗の話は書き始めると本当に終わらなくて(第3幕とか第3幕とか第3幕とか)、もう永遠に終わらないんじゃないかと思うくらいでしたが……何とか終わらせることが出来て良かったです。

 この第2幕の2人の話は、本当は去年のユカ誕生日で書きたい話だったんですけど、櫻子がダブルデートを成功させてしまったので、仙台支局設立の過去と合体することになりました。なるほど、ユカ誕生日のネタ+政宗誕生日のネタだからこんなに長くなったのか……と、一人で納得しています。


 おかげさまで政宗は、霧原の予想以上に多くの人から好きになってもらえるキャラクターになりました。誕生日におめでとうと言ってもらえることが本当に嬉しいです。ありがとうございます!!

 今年の本編では、昨年ほどの飛躍はないかと思いますが(笑)、その分、アルティメットなどの派生企画でバンバン活躍しますので、色々な彼をひっくるめて楽しんでやってくださいませ!!

 政宗、誕生日おめでとう!! これからもみんなの頼れるヘタレた財布でいてね!!


作品作りのネタになったいただきもの

・【エンコサイヨウ】2018年佐藤政宗生誕祭『ユクエシレズ』https://www.youtube.com/watch?v=TCwqAs8TAIw

・『政宗生誕祭動画 水流のロック』https://twitter.com/ogachapin7/status/971762781203578880

・『エンコサイヨウ第2幕ダイジェスト動画/in the morning』https://www.youtube.com/watch?v=dv4x6QUCC9I


 彼の愛されっぷりに嫉妬する時間も惜しいので本編書きます!!(笑) 本当にありがとうございます!!

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