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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
30/121

17周年記念・ユカと政宗の小話①/君を元気にする方法

 17周年記念小話、終盤を任せるのはこの2人しかいません。

 第3幕と第4幕(2018年初夏公開予定)が終わった後、疲れきった政宗に櫻子がプレゼンする秘策とは?

 何も考えずにお楽しみください。


 登場キャラクター:ユカ、政宗

 7月下旬、とある平日の昼下がり。

 『仙台支局』の自席に座り、山本結果は……いつになくソワソワしていた。

 今は統治も政宗も外へ出ており、政宗がもうすぐ帰ってくるはず。統治は名杙関連の出張なので、戻りは夕方、最悪直帰になると聞いている。今日は華蓮が来る日でもないので、政宗が戻ってくればしばらく『仙台支局』で2人きり、決行するなら今日しかない。

 ユカは改めて、まだ主の居ない政宗の席を見やる。そして……。

「……本当にこげなことでよかとやろうか……あぁぁぁ……」

 アドバイザーの顔を思い浮かべて、自分の机に突っ伏した。


 政宗が疲れている。

 ユカが最初にそう思ったのは、6月終わり頃のこと。

 自分が体調を崩していた間は、彼がほぼつきっきりで看病してくれていたと聞いている。その間、仕事をほぼ在宅ワークに切り替えていたため、ユカが回復して職場復帰してからは忙しく外回りをこなしていた。

 しかも、7月は7月でちょっとした事件があり(来年の第4幕参照)……最近は特に、政宗は割と疲れた表情をしていたり、ため息をつく頻度が増えたような気がする。

 見るに見かねたユカが、彼にも少し休むように進言してみるのだが……。

「大丈夫、今は片倉さんもケッカもいるから楽になった方なんだ。統治と2人の時はこんなもんだったよ」

「でも、今の政宗は……」

「ケッカも提出してない報告書があるだろ? 明日、片倉さんが来るまでに出しとかないと知らないからな」

「そ、そうかもしれんけど――!!」

 なおも食い下がろうとするユカの帽子を手で抑えた政宗は、「じゃ、電話番頼んだぞ」と言って外へ出てしまう。

「政宗……」

 1人、取り残されたユカは……無意識のうちに、彼との『関係縁』が繋がっている左手を、ぼんやり見つめていた。


 気づかないわけないのに。

 彼がユカの体調を気遣って、なるだけ内勤の仕事をまわしたり、『縁故』としての仕事を抑えるようにしていることくらい。


 どうして彼はそんなに……1人で頑張ろうとするんだろうか。


 という話を、別件で電話した透名櫻子に話したところ……昨日、用事があったからと言って『仙台支局』を訪れた櫻子が、ユカにとある実用書を手渡した。


『あの人の疲れを癒やすマル秘15テク大紹介』


「……」

 何だこの本はというツッコミを必死で飲み込むユカに、櫻子が笑顔で解説をしてくれる。

「伊達先生からお借りしたんです」

 ヤバいやつじゃないか。

 この時点で既に嫌な予感しかしないのだが、ちっとも疑っていない櫻子は喜々として言葉を続ける。

「伊達先生によると、佐藤さんなら……そう、この本に書いてある15番目の項目を実行すれば、きっとすぐに元気になるだろうって言ってましたよ」

「15番目……?」

 笑顔の櫻子に圧倒されつつ、ユカは顔をしかめてパラパラとページをめくり……。


「ひぃっ!?」


 記載されている内容と掲載されているイラストに絶句した。

 そして……引きつった顔で櫻子を見つめ、首を横に振る。

「ムリムリ無理無理!! こげなこと出来るわけないやん!!」

「ユカちゃんなら出来ます!! 頑張ってください!!」

「櫻子さんそげな無責任な……!!」

 目を輝かせてグイグイ押してくる櫻子に、ユカはため息をと一緒にジト目を向けた。

 そんな彼女へ、櫻子が「フフッ」と笑いながら、こんなことを言う。

「でも、佐藤さん……きっと、喜んでくれると思いますよ。だって、ユカちゃんが佐藤さんのことを考えて行動しているんですから」

「……」

「たまには……こうやって立場を逆転してみるのも、いいんじゃないですか?」


 そうだろうか。

 ユカは櫻子へどんな言葉をかけていいか完全に見失ってしまい……自分におしつけられた謎の実用書を、改めて見下ろすのだった。


 とはいえ、自分では何も思い浮かばない。

 一緒にお酒でも飲めればいいのかもしれませんが、ユカはまだ未成年だ。そもそも政宗が許さないだろう。

 何か疲れがとれるプレゼントでも……と、考えたが、そういうことでもないような気がしていた。


「とはいえ……ねぇ」

 自分の席でパソコン仕事をしながら、ユカは1人で己と戦っていた。

 コレは本当に……大丈夫なのだろうか。色々と。

 もしも、もしもコレが公になって、彼が冤罪で逮捕されてしまったら――!?


挿絵(By みてみん)


「いやいやいやそげなことあるわけなか!! そ、そもそも人前でやるわけじゃないし……!!」

 ユカは1人で頭をふると、一度、長めに息を吐いた。

 そして、再び主を待つ支局長席を見つめ……口元を引き締める。


 彼は間違いなく、精神的に自分を追い詰めている。

 張り詰めた糸の中で必死に日々を過ごし、仕事に忙殺されることで何かを忘れようとしている。

 そんな『縁故』の末路など――『混濁』しかない。

 現に、たまに目の焦点があっていなかったり、座っていてフッと意識が飛んでいたり、と、それらしい兆候が表に出始めているのだ。

 『縁故』の『混濁』は、主に精神的な弊害をもたらす。

 彼の弱いところを見るのは構わないのだが、もしも、政宗が壊れてしまったら――何もしなかったことに後悔するのは目に見えていた。


「……やれるだけのことは、やってみたいけんね」

 

 ユカがそう言って決意を新たにした瞬間――入り口の扉が開き、政宗が額の汗を拭いながら帰ってきた。


「ただいまー……あー、やっぱりここは天国だな」

 クールビスということもあり、今日はワイシャツ1枚。日焼けと気温差に対処するために長袖のシャツを着用しており、今は袖を肘上までまくっている。

 机にカバンを置いた彼が、ユカの後ろのある冷蔵庫から、自分用に買っておいたペットボトルのお茶を取り出した。

 そして、それを一気に飲み干す間……ユカは彼をチラチラ見やり、どこか落ち着かない様子で何度も呼吸を繰り返す。

 空のペットボトルに蓋をした政宗が、そんなユカの背中を見て首を傾げた。

「ケッカ、どうかしたのか?」

「へっ!? あ、えぇっと、その……そ、外、暑かった?」

「ああ、今日は真夏並みに日差しが強いな。こういう時は、ケッカの帽子が羨ましいよ」

 政宗はそう言って、ゴミをゴミ箱に捨ててから自席に戻ろうとした。

 タイミングとしては――今しかない。


「――あのっ、政宗!!」

「ん?」


 椅子に座ったままのユカから呼び止められ、政宗が足を止める。そして……彼女を見て、顔をしかめた。

「ケッカ、具合悪いのか? なんか……顔、変だぞ」

「ひ、人の顔を見て失礼なこと言わんでもよかやんね!! 政宗こそ顔に疲れが出とるよ!? 働きすぎなんじゃなかと?」

 ユカの指摘に、政宗はほんの一瞬黙り込んでから……手を軽く横に振って笑い飛ばした。

「いやいや、俺はまだ大丈夫だから。ありがとな」

 彼はそう言って笑顔を作ると、再び自分の席に戻ろうとする。


 いつもそうだ。


 どうして、どうして彼は、こんなに強いところしか見せようとしないんだろう。



「……あー……ダメだ、離れたくないな」

「ゴメンな、ユカ。今だけ……今だけでいいんだ。弱音を全部吐き出させてくれ」

「……ユカ、少し……弱くなっていいか?」


 ――『あの時』の彼は、そんなことなかったのに。



「――大丈夫じゃなか!!」


 椅子から立ち上がったユカは、そのまま移動して政宗の服を強く引っ張った。

一瞬、過去のことが頭をよぎったような気もするが、激昂に全て上書きされる。

 そして困惑する彼を見上げ、眦を釣り上げる。

「バカに……バカにせんでよ!! あたしだって10年以上『縁故』として働いとる、同僚に『混濁』の兆候が出たら分かるったい!!」

「ケッカ……」

「今の政宗はギリギリの状態だって、そげなこと自分が一番分かっとろうが!! 1人で無理する方が迷惑な結果になるって、支局長のくせにどうして分からんとね!!」

 いつになく厳しい彼女からの叱責に、図星をつかれた政宗は何も言えなくなってしまった。

 本当は、ユカだって分かっている。

 彼の負担は、ユカが思っている以上にずっと重い。でも、それを肩代わり出来る人間がいないのだ。あの統治でさえ、営業スキルに関しては政宗に遠く及ばない。仮に彼が頑張ったとしても、結局は政宗が動かなければならないことになる気がする。


 これが、今の『仙台支局』のウィークポイントだ。


「あたしだって……あたしだってもう大丈夫やけんが、もっと前線で働きたい。ちゃんと道具も使うし、無理はしない、二人以上で行動する……これでもまだ、信用してくれんと?」

「……」

 ユカの言葉をじっと聞いていた政宗は……うつむいて、一度ため息をついた。そして。


「……怖いんだ。また、ケッカが倒れたらと思うと……」

「政宗……」

 彼はそう呟いて頭をふると、どこか自嘲気味に言葉を続ける。

「福岡でのケッカは、風邪を引かない健康優良児だって瑠璃子さんから聞いた。それなのに、仙台に来てたった三ヶ月でこのザマだ。どう考えても俺のせいだろう?」

「違うよ政宗、それは――」

「――悪い、ケッカ。今は正直……ケッカをここから出すことさえ怖いんだ」

 ユカから視線をそらした政宗は、どこか決まりが悪そうに後ろ手で首をかいた。

 そしてそう言われると、ユカは何も言えなくなってしまう。

 あの6月、ユカは気を失って……気がついたときには、全て終わっていたのだから。


 でも……そんなことをいつまでも言われたって、困る。

 過去は取り戻せない。どれだけ悔やんでも消すことが出来ない。

 だからこそ、今を精一杯生きていくのに。


「……政宗、ちょっと持ち上げて」

「は?」


 唐突に脈絡のないことを言い出したユカに、政宗はそらしていた視線を戻して彼女を見下ろした。

 そして――その瞳に宿る強い意志を目の当たりにして、一体何事かと戦慄する。

「け、ケッカ? いきなり何を言い出すんだ? 持ち上げるって……け、ケッカを?」

「そう。それくらい出来るやろ? そげん貧弱じゃなかろうもん」

「いや、まぁ……でもどうして――」

「――いいから!! じゃあ、あたしがよじ登ってよかと!?」

 そう言って更に強く服を引っ張るユカに困惑しつつ、政宗は恐る恐る彼女の脇の下に手を添えると、ぎこちない動きで……目線より少し低い位置まで抱きかかえてみた。


 あの時――6月に抱えた時とは、身長も体重も全てが違うけれど。

 でも、命の重さは、彼女の尊さは変わらない。


 ……なんて、政宗が感慨にふける暇を、目の前のユカは与えてくれないのである。

「あーもーせからしか!! もうちょい上っ!!」

 ユカはそう言ってスニーカーを脱ぎ捨てると、彼の上半身に足をかけて無理やりよじ登る。

「いででっ!? ちょ、ケッカまだ登るのか!? 落ちるぞ!?」

「落とさんように支えればよかやんね。それくらい出来るやろ?」

 政宗の肩を掴んで更に体を持ち上げ、挑発するように言い放つユカ。そんな彼女の言葉に、政宗は恐る恐る腕を動かして……彼女をより支えられるよう、位置を調整する。手が若干変なところを支えている気がしないでもないが、ここが今のペストポジションなのでしょうがない。うん、しょうがない。

 政宗は誰かへ必死に言い訳をしながら……いつの間にか自分より目線が高くなっていたユカを、放心状態で見上げていた。

 そして、ユカが自分から顔を近づけてきていることに気が付き……瞬時に顔を赤くして硬直する。

「け、ケッカ!?

「いいから、ちょっと黙っとって!!」

 キレ気味の彼女に気圧されて、政宗はその場から動けず、彼女を落とさないようにすることに集中するしかなかった。

 ユカは政宗の頬に手を添えると、そのまま自分の額を押し当てて、彼を至近距離から見下す。

 彼女の頭から帽子が落ちて、2人の足元に転がった。


挿絵(By みてみん)


「ケッカ……」

「あたしは――そげん弱くなか」


 ユカははっきりと断言する。

 彼に誤解なく、この言葉を届けるために。


「政宗が失敗を怖がるのも分かるし、責任者として責任を感じとるのも分かる。でも……じゃあ、あたしはこのままずっと事務作業で片倉さんから小言を言われながら仕事せんといかんってこと!? 冗談じゃなかよ!!」

「いや、それは単にケッカの物覚えが悪いから――」

「――とにかく!! あたしはもっと現場に出たかと!! そのために宮城に来たんやけんね!!」

 ここまで言ってから、ユカは一度、全身の力を抜いた。そして――


「あ、あたしだって、『仙台支局』の1人、だから……そ、その……これからも一緒に頑張っペ!!」


「……」


 ユカが初めて政宗の前で仙台(宮城)の言葉を使ったことに気が付き、政宗は一瞬思考を停止した。

 そして「何だよくそ可愛いじゃねぇか」という感想を声に出さない代わりに……口元を震わせ、必死に笑いをこらえる。

 ユカはくっつけていた額を離し、少し距離を取ってから彼を見下ろした。

「なっ、なんね政宗!! 笑いこらえとるのくらい分かるっちゃけんね!!」

「わ、悪い……いやだって、いきなり何を言い出すかと思えば……ハハッ、ずっとそれ、1人で練習してたのか? 俺が方言指導してやったのに」

「結局笑っとるやん!! べ、別によかやんね!! あたしだって仙台で暮らし始めて4ヶ月近く経過しとるんやけん、こうやって徐々に取り組んでいこうと思っとると!!」

 ユカはそう言って、政宗から視線をそらした……が、すぐにその顔を正面に戻し、再び、額を彼のおでこにおしつける。そして、その口元に笑みを浮かべた。

「あたしだって変わっていくよ、政宗」

「ケッカ……」

「政宗だって、この10年で本当に変わったと思う。頼りがいがあるって思ってることは認めるけど……でも、そんな政宗に頼りすぎてるのも問題だなって、あたしも統治も思っとるけんね。そこは政宗にも知っといて欲しい」

 ユカの言葉に、彼は無言で頷いた。

 それを最至近距離で確認したユカは、満足そうな表情で笑う。

「……よし。いつも頑張ってる支局長さんに、ケッカちゃんが元気をあげよう」

「元気……?」

 ユカの言葉を、彼が訝しげな声で反すうした次の瞬間――再び少しだけ距離を取ったユカが、彼の額にそっとキスをした。


「――!?」


 それを彼が認知した瞬間――全身の毛が逆立つような、そんな感覚になる。

 目を見開いて自分を見上げる政宗に、ユカはどこかいたずらっぽくこう言った。

「いつも頑張っとるけんね。『友情』のしるしに」

「……ゆ、友情?」

 予想外の言葉に、政宗は更に目を見開く。

 そんな彼へ、ユカは「当たり前やん」と言わんばかりの表情で言葉を続けた。

「櫻子さんから借りた本に、そげん書いてあったんよ」

「はぁっ!?」

 一体この2人はどんな本を見ているのかと不安を抱く政宗だったが、どう考えても黒幕が彼女たちではないことに思い至り、今はそれ以上追求するのはやめておく。

 代わりに、ユカがどんな意図でそんなことをしたのかを尋ねてみることにした。

「い、一体何が書いてあったんだ……!?」

「え? なんか、キスをする場所には意味があるって。おでこは『友情』の証だから、友達を励ますのにオススメだって。いやーさすがに恥ずかしかったけど、でも、これくらいなら政宗に登った勢いで出来るかなって……って、あれ、政宗?」

 ドヤ顔で喋っていたユカは、自分を見つめる政宗の顔が赤くなったり青くなったり白くなったりしていることに気が付き……とりあえず気分転換には成功したかもしれないけど、なんか忙しいなぁ、と、相変わらずズレたことを考えていた。

 元々、おがちゃんからもらった破壊力バツグンのイラストがあり、そのイラストに合わせた小話を書きました。それにひのちゃんのイラストも足したので、華やかになりましたね。ありがたいことです。

 しかし……ユカは一体何をしているんでしょうね。(笑)これは政宗が勘違いしても無理ないですね。もう勘違いどころの騒ぎではないですけどね。でも好きになりませんけどね。頑張れ政宗!! 君の未来はそんなに暗くない……かもしれないぞ!!

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