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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
28/121

17周年記念・蓮と心愛の小話/我らダウニー捜索隊!!

 以前、おがちゃぴんさんにもらったイラストを挿絵にした小話です。折角なので、狛原ひのさんからのイラストも挿絵にしています。地味に『猫化サイヨウ』から続いている設定などありますので、思い出しながら読んでもらえると更に楽しめると思われます。(知らなくても問題ありません)

 蓮と心愛、将来有望な若者の冒険をお楽しみくださいませ。


 登場キャラクター:蓮、心愛、伊達先生

 好きとか嫌いとか、きっとまだ、そういう感情ではなくて。

 ただ、単純に……アナタのことが、知りたいんです。



 9月最終土曜日の午後、学校もアルバイトもない、14時過ぎ。

 名波蓮の受難は、そんな午後から始まった。

 

「……名波君、お願い、心愛を助けてください」

 名波蓮は唐突な訪問者に、目を丸くして居住まいを正した。

 学校の課題をこなしていたところに、呼び鈴が2回鳴ったのでしぶしぶ出てみたところ、私服姿の心愛が神妙な面持ちで立っていたのだ。

 ツインテールの根本には、先日の誕生日に蓮が渡したリボンをつけている。ピンクのワンピースと黒いタイツが、普段の制服姿とは違う印象を抱かせて、思わず数秒見つめてしまった。

 蓮は彼女を以前、雨宿りと時間つぶしのために聖人の部屋へ連れ込んだことがある。だから、心愛がこの建物に来るのは初めてではない。

 しかし、心愛が蓮の部屋まで1人来ることなんて今までなかった。そして、彼女の「助けて」という言葉も気になる。

「名杙……心愛さん、一体何があったんですか?」

「それが……」

 心愛は一度目を伏せた後、意を決して顔を上げ……懇願するように蓮を見つめる。そして。


「お願いします、ダウニーを探すのを手伝ってください!!」


「…………は?」


 心愛の意味不明なお願いに、蓮は真顔で首を傾げるのだった。


 話を整理すると、以下のことが判明する。

「利府に住んでいる心愛の友達が、おうちで猫を飼っているんですけど……2日前から行方不明なんです。彼女も頑張って探しているんですけど、どうしても見つからないみたいで……」

 とりあえず玄関先で立ち話をする2人。蓮は心愛の話を脳内で整理しつつ、口に出して確認する。 

「なるほど、その猫の名前が『ダウニー』ですか。要するに、人海戦術ですね」

 蓮の言葉に心愛は頷きつつ……チラリと彼を見上げて、どこか言いにくそうにこう言った。

「それもあるんですけど……名波君、確か猫に好かれるんですよね?」

 的確な心愛の指摘に、蓮はピクリと口元を震わせて……ため息混じりに首肯する。

「……えぇまぁ、人並み以上に」

 情報源は恐らく、この上の階に巣食っている彼だろう。今日はいないけれど。


 蓮が持つ『縁由』の特性の1つが、猫を呼び寄せてしまうこと。しかも、生死は問わない。

 彼の力は予想外に強力で、様々な因子と混ざりあった結果、『遺痕』対策が成されている『仙台支局』に猫の動物痕の侵入を許してしまったのはつい最近のことだ。総じてさほど重大な事態にまでは発展しなかったが、今後どうなるか分からないので、政宗から聖人へ、能力を抑える方法がないかどうか相談を受けていたところなのだ。


 蓮の表情を見た心愛は、自分の都合を彼に押し付けようとしていることを改めて自覚して……探るような視線をそむける。

「あの、名波君も忙しいとは思うんですけど……」


 本当は、自分だけで何とかしたかった。

 でも、心愛も午前中から一緒に探しているけれど……一切の手がかりも痕跡もないまま、今に至る。

 悲しそうに諦めた表情を向けた彼女を、助けたい。

 そのためには――


 心愛はギュッと両手を握りしめて、蓮に向けて頭を下げる。


「お願いします、心愛と一緒にダウニーを探して下さい!!」


 蓮はそんな彼女を目の当たりにして、正直、困惑していた。

 だって……。


「……顔を上げて下さい、心愛さん。最初から断るつもりなんかありませんよ」

 蓮の言葉に、心愛は恐る恐る顔をあげた。

 そして、蓮の顔にいつもより少しだけ優しい苦笑いが浮かんでいるような気がして、目を丸くする。

「じゃあ――!!」

「少し待っていて下さい。用意してきます」

「よ、よろしくお願いしますっ!!」

 心愛の声に見送られて、一旦部屋に戻った蓮は……スマートフォンや家の鍵をズボンのポケットにねじ込んで、再び玄関先を目指す。


 かくして、蓮と心愛のダウニー捜索隊が結成されたのだった。


 とはいえ……。


「な、名波君……凄いですね……」

 十数分後、最後にダウニーが目撃されたという公園へ向かった蓮と心愛は、予想以上の現状に目を丸くするしかない。

 蓮の周囲にはあっという間に猫が数匹寄ってきて彼にまとわりつき、蓮を地面に座らせる勢いでじゃれついてくる。そのうちの一匹は彼の頭の上にまで達しており、予想以上の攻撃に蓮は引きつった笑いを浮かべるしかなかった。


挿絵(By みてみん)


 普段はここまでひどくない……もとい、こんなに野良猫がじゃれついてくることもないのだが、今日は特別な気がする。

 もしかして……蓮はちらりと心愛を見て、1つの可能性に至った。

 心愛は確か、無自覚に相手の能力を引き出し増幅させる、ブースターのような特性がある。

 彼女が近くにいることで、自分の『縁由』能力が、より強力になってしまっているのかもしれない。

 いずれにせよ……。

「こ、心愛さん……ダウニーはこの中にいますか?」

 もう腕の中が容量オーバーの蓮が、自分の隣で猫を抱っこしている心愛をチラ見して尋ねる。

「はっ!?」

 我に返った心愛は、慌てて蓮の周囲を見渡して……。

「……いません。ダウニーは真っ白い毛の猫なんです。鈴の付いた首輪をつけているので、いれば分かると思うんですけど……」

「そうですか……今、目的忘れてませんでしたか?」

「そ、そんなことありませんよ!? 心愛、そんなにボーっとしてませんでしたから!!」

 慌てて釈明する彼女を「ハイハイそうですか」と受け流しつつ、蓮は改めて、作戦を練り直すことにした。


 ダウニーがこの公園内にいれば、間違いなく蓮に寄ってくるだろう。

 しかし、この猫の輪の中にいない、ということは、この公園そのものにいない可能性が高い。

 闇雲に動き回って見つかる保証はないが、少なくともここにとどまることは、時間の無駄であるように思えた。

「心愛さん、場所を移動しましょう。他にダウニーがいそうな場所に心当たりはありませんか?」

 自分をキャットタワーにしようとする猫の猛攻をしのぎつつ、蓮が心愛に問いかけた。

 彼女は膝に乗ってきた猫の頭を撫でながら、一生懸命記憶から情報を引きずり出す。

「えぇっと、確か……利府イオンの裏口あたりも、野良猫がウロウロしてるって、今日も探しに行きました」

「分かりました。移動しまっ……!!」

 刹那、猫が蓮の頭頂部にスックと立ち上がった。予想以上の重さとチクチクする爪に顔をしかめると、心愛が慌てて立ち上がり、彼の頭上を制した猫を抱き上げる。

「こーらっ!! いくら名波君が好きだからって、頭の上にのっちゃダメだよっ!!」

「にゃー……」

 心愛の言葉が分かっているのかいないのか、蓮から離された猫は、心愛に向けてどこか不満そうな鳴き声をもらす。

「あっ!!」

 そして心愛の腕の中で暴れてから脱出し、フイッとどこかへ行ってしまった。

「……」

 心愛はその背中を見送りつつ……改めて、地面でキャットタワーになっている蓮を、ニヤリとした笑みとともに見下ろす。

「本当、猫に好かれるんですね、名波君」

「そうみたいですね……」

 心愛に苦笑いを返した瞬間、2匹目の刺客が蓮の登頂に成功したのだった。


 公園にいた猫をどうにか何とか振りほどき、蓮と心愛は徒歩で10分圏内の利府イオンを目指す。

 県道沿いの歩道を歩きながら……蓮はふと、先日のことを思い返していた。


 あの日……蓮が猫の動物痕にとり憑かれたその日、数十分意識を失って気がつくと、氷よりも冷たい眼差しの佐藤政宗が、感情を殺して蓮に問いかけた。

「名波蓮君……君、猫の動物痕に取り憑かれてたんだけど、どこでそんなもの引っ掛けたのか、心当たりはない?」

 隣で人工の猫じゃらしを振っている聖人曰く、蓮に猫の動物痕がとりつき、ユカに対してそれはもう過剰なスキンシップを取っていたという。

 蓮に当時の記憶はないけれど、政宗の対応を見る限りはそれが事実なのだということが分かる。


 動物痕。

 蓮はチラリと、隣を歩く心愛を見やる。

 彼女は名杙直系なので、そんなことはないと思うけれど……もしも、もしも心愛が取り憑かれたら、どうなるのだろうか。


挿絵(By みてみん)


「んー……いいにほひだにゃー……」

 恍惚とした表情の心愛が、蓮に体をすり寄せてくる。

「こ、心愛さん近いです!!」

「にゅふふ……にゃにゃみ君、好きだにゃー」

 そう言って彼によじ登ろうと、心愛が蓮の両肩に手をかけて――


「――君、名波君!?」

 刹那、心愛に名前を呼ばれ、蓮は慌てて現実に戻った。

「は、はい、何ですか?」

 しどろもどろになりながら心愛を改めて見つめると、心愛は蓮にジト目を向けて、蓮の額を指差す。

「もー、前髪に猫の毛がついてるって、さっきから何度も言ってるのに!!」

「え、あ、そうですか……?」

 心愛の指摘に蓮は慌てて自分の前髪を指ですいた。しかし、指先にはなんの成果もない。

「あぁもうそこじゃないです!! ちょっと失礼しますっ!!」

 心愛は半ば乱暴に断りを入れてから蓮の前に立つと、背伸びをして、彼の前髪に手を伸ばした。

 予想以上に彼女と近くなったため、蓮の動きが硬直する。

 上目遣いで蓮を――というか、蓮の前髪を見据える心愛は、茶色の毛を数本取り去ってから、それをまとめて彼の眼前にかざした。

「見て下さい、こんなについてましたよ。本当……猫に好かれてますね」

「そうですね……ありがとうございます」

 蓮は無意識のうちに、自分の前髪に手を伸ばし……心愛が触れたあたりを手直ししながら、平静を装うのだった。


 そして、利府イオンの裏口――職員通用口のあたりにやって来ると、蓮の足元にワラワラと野良猫が擦り寄ってくる。

 近くの喫煙所でスタンド式の灰皿の前に並び立ち、タバコを吸っていた店舗の従業員らしき男女が、異様な光景に目を丸くしていた。

 足元に若干のむず痒さを感じつつ、蓮は自分に向けてジャンプしてくる猫達を手で制しながら、隣で白猫を探す心愛に目線を向ける。

「心愛さん、いませんか?」

「えぇっと……ダウニー、めっちゃダウニー……」

 心愛は謎の言葉を呟きながら、蓮の足元を中心に、周囲をキョロキョロ見渡した。

 とりあえず蓮の足元は茶色やグレーの毛色の猫ばかり。白い毛が混じっているものもいるが、純粋に真っ白な猫は見当たらない。

「心愛さん、どうですか?」

「えぇっと……うーん、ここにもいな――」

 心愛が首をひねりながら、ふと、喫煙所の方を向いた次の瞬間――目を見開き、弾かれたように走り出す。


「心愛さん?」

「ちょっとそこの――きゃぁっ!!」


 次の瞬間、心愛の体が地面に転がった。蓮に向かって突進してきた猫に気を取られ、バランスを崩してしまったらしい。

「痛っ……!!」

 何とか体を起こした心愛だが、足に鋭い痛みを感じてその場から動けなくなった。ただ、その視線はしっかりと前方を捕らえており、喫煙所に向けて声を張り上げる。


「そこの……そこの灰皿の下にいる猫、捕まえてください!!」


 タバコを吸い終わった女性が心愛の声に気が付き、彼らの位置から見えづらいところにいた白い子猫を見つけた。

 そして、手を伸ばした瞬間――怯えた猫が、心愛とも全く関係のない方へ走り出す。首につけた首輪の鈴が、チリンと音を立てたのが聞こえた。


「あ、また逃げちゃう……!!」


 立ち上がって追いかけたいが、今の心愛は立ち上がることに精一杯で、とてもではないが走って追いかけることは出来そうにない。喫煙所にいる2人も戸惑っているだけで、それ以上の行動はしてくれないだろう。


 ――全く。

 どうして自分が、見ず知らずの猫に対して、こんなに一生懸命にならなくちゃならないのか。


 猫には――複雑な思い入れしかないのに。

 猫と過ごすと――あの頃のことを、思い出してしまうのに。


「れーんっ、そんな言い方したって駄目だよ」

 華と過ごしていたあの頃、迷い猫が住み着いて……少しだけ、同じ時間を過ごしたことがあった。

 今でこそ猫に好かれまくっている蓮だが、幼い頃はそうでもなかった。(人並みだった)そのため、華には懐いている猫が自分に近づいてこないことが続いており、思わず諦めて吐き捨ててしまったのだ。

「僕はどうせ、誰からも好かれないんだ……」

 自分を生んだはずの母親からも、血を分けた父親からも、身内である名波家の人間からも……誰も、好かれていない。そんなこと、侮蔑の視線に晒され続けた自分が一番理解している。

 視線の先で震えながらコチラを伺っている猫が、在りし日の自分と重なって見えた。

 そんな彼を見下ろした華は、腰に手をあてて溜息をつくと……しゃがみこんで、優しく、こんなアドバイスを送る。

「猫と目線をあわせて、シンプルに手を出して、優しく『おいで』って言えば、それで十分なんだから」

「……本当に?」

「私が蓮に嘘をついたこと、ないでしょ?」

 そう言っていたずらっぽく笑う華は、蓮もしゃがむように促してから……彼の手を取って、茂みで警戒している猫に向けて。一緒に手を伸ばす。そして、小さな口を動かして「おいで」と言ってみると……猫は警戒しながらも、自分たちの方へ近づいてきたのだ。

「本当だ……!!」

「良かったね、蓮」

「うん……うん!! ありがとう、姉さん!!」

 自分にも出来た。華がいてくれたから……ちゃんと、出来た。

 やっと近づいてきた猫の頭を嬉しそうに撫でている蓮へ、華が目を細めて、こんなことを呟く。

「――蓮、大切な言葉はあまり飾らずに……」


 そこから先は、いますぐに思い出せないけれど。

 でも……もしも、あの時のように、自分から手を伸ばすことで、新たな関係を築けるのであれば。

もう、あの時一緒だった華はいないけれど、少しだけ、頑張ってみたい。


 蓮は自分にまとわりつく猫を必死で捌きながら走り出し、猫が行くと思われる方へ先回りをした。

 そして、静かにしゃがみ込むと……目の前にやって来た白い猫へ向けて、手を差し出す。

 あの時……華が自分と一緒にやってくれたように、優しく、そっと。


「――おいで、ダウニー」


 その声に導かれるように、白猫――ダウニーは急に大人しくなり……蓮の方へペタペタ歩いてきた。そして、彼の手に顔をすり寄せ、首輪の鈴をチリンと鳴らす。

「……捕まえた。もう逃げるんじゃないぞ」

「にゃぁ?」

 とぼけたような声で鳴くダウニーを抱きかかえ、蓮は苦笑いでため息をついたのだった。


 その後、ダウニーを抱えて店舗の入口付近にまわり、屋外に設置してあるベンチに並んで腰を下ろす。

 心愛が友人に連絡をしてから約10分後、飼い主である友人が2人を見つけて、半泣きの状態で駆け寄ってきた。

「ダウニー!! 良かった!! 本当にありがとうございます!!」

 ショートカットの彼女は蓮に対して深々とお辞儀をすると、隣に座る心愛にも改めて頭を下げる。

「心愛ちゃん、本当にありがとう!! わざわざ彼氏さんまで呼び出して探してくれたの?」

「かっ……!?」

 次の瞬間、心愛が顔を赤くして蓮を見つめた。しかし、蓮も見つめられたって困るので、膝に載せたダウニーの頭を撫でつつ、足元にまとわりつく野良猫をあしらいながら、心愛を見て「どうするんだ?」と目線で訴える。

「な、名波君は、心愛の彼氏じゃないから!!」

「え? そうなの? でもこの人……中学生、じゃないよね……?」

「え、えぇっと……!!」

 友人からの指摘に煮詰まった心愛は、蓮を指差して関係性を訴える。

「名波君は仕事の同僚だから!!」

 答えとしては正しいのだが、学生という立場を考えると、最も不自然な言い訳になってしまった。

 友人は心愛をどこかニヤついた眼差しで見つめつつ、蓮の膝で寛いでいるダウニーに手を伸ばす。

「さ、ダウニー、帰ろう」

 しかし、ダウニーは彼女からフイッと視線をそらすと、蓮の手に顔をすり寄せて喉を鳴らした。

「あ、あれ? ダウニー? ダウニー!?」

 飼い主の呼びかけに一切応じない白猫、ダウニーに、蓮と心愛は顔を見合わせて……説明出来ない申し訳無さを共有するのだった。


 何とかダウニーを蓮から引き剥がし、友人と別れてから……心愛が改めて蓮を見つめ、軽く頭を下げる。

「今日は、本当にありがとうございました」

「いや、それはいいんだけど……足、大丈夫?」

「心愛のことなら気にしないでください。大丈夫です!!」

 妙な空元気を見せる心愛に、蓮はジト目を向けてこんなことを言う。

「じゃあ立ち上がって、数歩歩いて戻ってきてください」

「そんなの簡単です!! バカにしないでください!!」

 ムッとした表情の心愛がその場に勢い良く立ち上がり――その表情を分かりやすく歪めた。

「あ、歩けるもん……心愛、歩けるんだから……!!」

 そう言って頑張って前進する心愛だが、完全に片足を引きずっている状況である。苦しすぎる現状に、蓮はため息をつくしかない。

「もういいです、歩くのも大変なことがよく分かりました」

「……」

「ここまではどうやって来たんですか? 電車ですか?」

「……はい」

「とはいえ、この状況では乗って帰れませんよね……名杙さんに迎えに来てもらうことは出来ませんか?」

 蓮の問いかけに、心愛は首を横に振る。

「お兄様、今日は櫻子さんと出かけてるんです……心愛が連絡したら、きっと2人で駆けつけると思うから、邪魔したくないし……」※時間軸が9月下旬なの一応付き合ってる設定です。一応ね。

「そうでしたか……じゃあ、ご両親は?」

「お父様とお母様は、昨日から法事で岩手に行ってます。明日まで帰ってこないんです」

「そう、でしたか……」

 まさかの八方塞がりに、蓮は足元の猫をあしらいながら、どうしたものかと思案する。

 利府から塩竈への交通手段は、電車かバスしかない。タクシーを使って帰れない距離ではないが、学生の2人が出し合うには、ちょっと金額が読めない距離なのだ。

 ベンチに座ってシュンとする心愛の横顔を横目で確認した蓮は……ズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、電話をかけはじめる。

「名波君……?」

 心愛がチラリと蓮を見ると、彼は一度頷いてから、電話の向こうにいる相手と交渉を始めた。

「……もしもし。いいえ、暇じゃないですよ。単刀直入に伺います。今、どこにいますか? え? 大郷町(おおさとちょう)(山を挟んだ利府の隣町)……申し訳ないんですけど、そのまま利府まで降りてきてもらうことは可能ですか? ちょっと心愛さんが足に怪我をしてしまって、家族の人が迎えに来れないんです……心愛さんに僕の情報を流したのは貴方でしょう? 大人として、それくらいの責任は果たしてくれてもいいんじゃないですか?」

 少し語気を強めた蓮は、その後、相手と簡単にやり取りをしてから……電話を切った。

 そして、状況を見守る心愛に現状を説明する。

「伊達先生に話をつけました。利府まで来てくれるそうです」

「そう、ですか……わざわざ申し訳ないなぁ……」

 萎縮して肩をすくめる心愛に、蓮はゆっくり首を横に振る。

「いいんですよ。あの人、自分が暇だと用事もなく僕の部屋に居座って、唐揚げ食べて帰るんですから」

 そう言ってどこか遠くを見つめる蓮の横顔に、心愛はかける言葉を迷った挙句――

「……苦労してるんですね」

 心からの同情に、蓮は一度だけ強く頷いた。


 本当はこのショッピングモールまで来てほしかったのだが、このあたりはイオンを含む大型店舗や映画館などの商業施設が密集しているため、休日ともなると交通渋滞が発生し、合流までに時間がかかってしまう可能性がある。

 そして心愛自身の希望もあり、待ち合わせは蓮が住んでいるアパートの駐車場になった。

 とはいえ……。

「だから、無理をしなくても良かったのに……」

 蓮は隣を歩く心愛を見やり、これみよがしなため息をつく。

 歩道を頑張って歩く心愛だが、どう見てもやせ我慢をしており、顔に一切の余裕がない。額にはうっすら汗が滲んでいた。

 蓮のジト目に気がついた心愛が、慌てて首を横にふる。

「だ、大丈夫です!! これくらっ――!!」

 次の瞬間、溝に足をとられた心愛の体が大きく傾く。咄嗟に両手で彼女の右腕を掴んだ蓮は、何とか踏ん張って共倒れを防いだ。そして……。

「……どこが大丈夫なのか、改めて聞いてもいいですか?」

「……」

 蓮が少し意地悪に問いかけると、心愛は口をつぐんで反論出来なくなる。

 そんな、少し小さくなったように感じる彼女の背中を見つめ……蓮は、覚悟を決めて問いかけた。

「選んで下さい。前と後ろ、どっちがいいですか?」

「……何のことですか?」

 顔だけ動かしてその真意を尋ねる心愛に、蓮は平静を装って口を動かす。

「このままだと移動に時間がかかるので、僕が運びます。前に抱えるのと後ろに背負うのは、どちらがいいですか?」

「はいっ!?」

 質問の意図を理解した心愛が、喉の奥から変な声を出した後、蓮の腕を振りほどき、慌てて1人で立ち上がる。

「だ、大丈夫です!! 心愛は1人で――」

「――客観的に見て、今の心愛さんの言葉は信用出来ません。無理をさせて悪化した挙句、時間までとられるのであれば、僕は効率化を選びます」

「……ごめんなさい」

 彼の言葉を叱られたと捉えた心愛が、萎縮して謝罪の言葉を呟いた。

 蓮は内心「しまった」と思いつつ……どう伝えれば分かってもらえるのか、必死で言葉を組み立てた。

 ただ、頭に浮かぶ言葉達は、どれも遠回しで皮肉交じりの文言ばかり。これを伝えてしまうと、心愛はきっと、更に誤解をしてしまう。


 どうすれば伝えられるんだろう。

 本当は、君のことを――


「――蓮、大切な言葉はあまり飾らずに、勇気を出して、はっきり言ったほうがいいよ。間違って伝わると……お互い、悲しくなっちゃうからね」


 あの時、姉に言われた言葉が……頭をかすめた。


 蓮は一度呼吸を整えると、すっかり俯いてしまった心愛を見つめる。

「ごめんなさい、さっきは僕の言葉がきつすぎました。僕はただ、その……」


 伝えたいことは、とてもシンプルで。

 いつも外見や言葉を何重にも取り繕っている蓮にしてみれば、伝えるのに少しだけ勇気が必要になる。

 でも、だからこそ……ここでは勇気を出したい。

 勇気を出して、手を伸ばしたい。

 でないと、姉に……顔向け出来ないから。


「僕は……心愛さんの怪我が心配なんです。無理をして、悪化してほしくないんです」


 少しだけ勇気を添えて言葉を伝えると、心愛は顔を上げて、軽く目を見開いていた。

 無理もないと思う。自分でもこんなことを言い出すのは、らしくないと強く思うけれど。

 でも、今日はしょうがないのだ。

 だって……目の前にいる彼女は、自分の能力を何倍にも増幅してくれるブースターなのだから。

「僕に出来ることは最後まで協力します。だから……今は、無理をしないでください」

 蓮の言葉に、心愛は再び俯いて……小さく一度頷いた。


 分かってもらえた。

 ちゃんと、伝えられた。

 それだけで……心が少し、嬉しくなる。


 その後、3分ほど悩んだ心愛が『前向き』を選択したため、蓮はお姫様抱っこで心愛を運ぶことにした。

「お、重くないですか!? 名波君筋肉なさそうだから不安なんですけど……!!」

「……事実ですけど、そんなにはっきり言わないでください」

 普段より顔や諸々が近い彼女よりも、自分の腕が自宅までもつかどうかの方が大問題だ。

 真顔で前を見据えて歩き続ける蓮を見上げた心愛は、その口元にどこか楽しそうな笑みを浮かべると、彼の足元にまとわりつき始めた野良猫に視線を向ける。

「本当……猫に好かれるんですね、名波君」

「……今日は特別です」

 端的に呟いた蓮は、足元に増え始めた障害猫を何とかさばきつつ、前に進む。

 そんな蓮の真顔を見つめながら、心愛は改めて、今日のことを思い返していた。


 今日は、短い時間の中で……色々な彼の表情を見ることが出来た。

 最初は――蓮の部屋のインターホンを押すまでは、ドキドキしてどうなるか不安しかなかったけれど。


 協力してくれると言ってくれた時。

 猫にまみれて肩をすくめている時。

 聖人に話をつけてくれた時

 そして……心配していることを伝えてくれた時。


 どれも、片倉華蓮として接しているときとは異なる、名波蓮としての表情。


 知らなかったことが増えると、相手にもっと興味が湧いてくる。


「心愛さん……?」

 いつの間にか蓮が心愛を見下ろしていた。そして、あまり余裕のない表情で問いかける。

「何か……楽しいことでもあったんですか?」

 どうやら心愛の顔は笑っていたらしい。足元の猫をさばくの精一杯の蓮に、心愛は自然な笑みを向けると……とても楽しそうに返答した。

「名波君は本当に猫に好かれるんだなーって。心愛を落とさないように、気をつけてくださいね」

「気をつけまうわっ!!」

「きゃぁっ!?」

 猫が右足に飛びついたことで、蓮は思わずバランスを崩しそうになる。そんな2人の悲鳴は、車道を走る車の音でかき消されるのだった。


 10分ほどかけて、再び、蓮が住むアパートの駐車場に戻ってくると、既に到着していた聖人が車から降りてきて、2人に近づいてきた。

 そして……笑顔で問いかける。

「蓮君、お姫様抱っこだなんて……心愛ちゃんにどれだけ土下座してお願いしたの?」

「してません」


挿絵(By みてみん)


 心愛を含む若者からのジト目に、聖人は「冗談だよ」と話をそらしつつ……2人の距離が物理的にも精神的にも近づいていることを、いつもと変わらない笑顔で歓迎した。

 心愛が足をくじいて蓮が抱えるという内容は最初から考えていたので、「どうやって足をくじくか」というのが最大の悩みでした。猫を探す冒険を思いついてよかったです。

 蓮と猫に関してはこれからも何かと関わってくると思いますので、どこかで見かけたらよろしくお願いしますね。まぁ、来年(2018年)は、心愛と華蓮の絡みが多くなるだろうな……百合かな。(違)

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