ユカ政小話:トラブルはメイド服と共に
山本結果はソワソワしていた。
それはもうソワソワしていた。
その原因は、先程ユカ宛に福岡の麻里子から届いた荷物。仙台支局で留守番をしていた彼女は、自分宛ての荷物なのでとりあえず開封して……とても見慣れた衣装の登場に、思わず顔をしかめる。
「メイド服……!?」
クリーニングされたメイド服の上には、レポート用紙に走り書き。
『邪魔になったけん、やる。』
以上。
「……あたしは麻里子様の倉庫じゃないっちゃけどね……っていうかコレ、どうしろと……」
恐らく一誠の誕生日も終わり、整理していて不要になったのだろう。かといってコレをもらっても、仙台支局のどこに置けというのか。
「……」
恐らく可燃ごみとして葬られるか、リサイクルショップで次の主を待つことになるであろうこのメイド服。だったら……。
「……確か政宗が帰ってくるのが16時、統治は現場から直帰、片倉さんは休みやったよね……」
壁の時計は、間もなく15時になろうかというところ。ユカは脳内で仙台支局のスケジュールを思い描いてから、そっと、箱の中身を取り出した。
時刻は15時を少し過ぎたところ。
エレベーターから降りた佐藤政宗は、どこか疲れた表情で廊下を歩いていた。
本来であれば15時過ぎから得意先との打ち合わせがあったのだが、午前中からどうも気がすぐれない。最近仕事が立て込んでいたことや、福岡へ出張していたこともあり……肉体的、精神的な披露がピークに達する、いわゆる『混濁』状態に近いことが嫌でも分かった。そのため、今日の打ち合わせを明後日にずらしてもらったのだ。
重たい足取りで廊下を進む。確か今日は統治も戻ってこないし、華蓮も休みだったはずだ。ユカの遺痕対策もないので、臨時休業にして家へ帰ろうかと思う。
「ケッカに鍵閉めは任せるか……」
ぼんやりする頭でそんなことを考えながら、政宗は『仙台支局』の扉の前に立ち、カードキーで鍵を開けた。
そして……目の前にミニスカートのワンピースに白いエプロンとニーソックスのメイド服を来たユカがいることに気が付き、目を極限まで見開いて硬直する。
一方のユカも、まさか政宗がこんなに早く帰ってくると思わなかったため……電子ロックが解除される音が聞こえた瞬間、その場で硬直するしかなかった。
「けっ……ケッカ? いや、違うなハハハ、ケッカがそげな格好で俺の前に現れるわけがなかよな……」
「政宗が九州弁になっとる!? って……!!」
刹那、ユカが表情を引き締めて彼に近づく。そして、後ろ手でドアをしめて鍵をかけた政宗に近づき、彼の表情を至近距離で見上げて確信する。
「政宗、また無茶したんやね」
「いやぁ……ケッカのメイド服ほどじゃないぞ」
「こ、これはよかと!! それよりも、予定より早く帰ってくるってことは……今日はもう仕事ないっちゃろ? あたしは残るけんが、政宗はもう帰った方がよかよ」
そう言って心配そうな顔を向けるユカに、政宗はから笑いを返しながら……立ちくらみを感じて、思わずその場に座り込む。
「政宗!?」
片膝をついて額を抑える政宗と視線を合わせるように、ユカも隣にしゃがみ込んだ。そして彼の顔色を間近で確認して、自分一人では不安が残ること、誰に連絡をしようかと思案する。
「統治? 伊達先生? あぁもうとにかく両方に連絡して――」
自席にあるスマートフォンを取りに行くため、ユカが立ち上がろうとした次の瞬間――政宗が、彼女の右腕を掴んだ。
「おぉっと!?」
当然のように立ち上がれず、逆に尻もちをつくことになってしまったユカは、掴まれた右腕の先にいる政宗を見つめ――息を呑んだ。
こんな彼の顔を――どこか泣きそうな、切ない表情で自分を見つめる彼の顔を、前にも見たことがあるような気がする。
過去に『混濁』した時ではなくて、もっと、2人の距離が『近かった』時に――
――ユカの頭が、ズキリと痛んだ。
「ま、さむ、ね……」
ユカの呼びかけに、虚ろな表情だった彼がビクリと反応する。そして、疲れた表情で大きく息を吐くと……ユカを見つめて、苦笑いを浮かべた。
「何だよ……ケッカも具合悪いのか? メイド服なんて着るから、知恵熱でも出たんじゃないのか……?」
「ま、政宗のほうが具合悪かろうもん!! また一人で……こげんなるまで……」
しょうがないことだとは理解している。名杙直系ではない、中途覚醒の自分たちが『縁故』という特殊な世界で生きていくためには、このリスクがつきまとうことなど、この道を選んだ時から覚悟していた。
でも――何度見ても、仲間がボロボロになっている姿を見るのは、胸が痛む。
「……お疲れ様、政宗。今日はもう仕事ないっちゃろ?」
「ああ、今日はもう店じまいだ。ケッカも帰っていいぞ」
「……そげな言って、一人だけ残るつもりじゃないやろうね?」
「そんなこと出来る状況に見えるか? 第一、電車で一緒に帰るだろうが……」
そう言って苦笑いを浮かべた政宗は、ユカの右手から手を離して……申し訳なさそうに肩をすくめる。
「悪い、その……痛くなかったか?」
少し赤みが残る手首を隠すように、ユカは両手を後ろに回した。
「コレくらい大丈夫。じゃあ、ちょっと向こうで着替えてくるけんが……ここから動かんでよね」
「手伝ってやろうか?」
「なっ!? なんば言いよっとねバカ政宗!! いいけんそこで休んどかんねっ!!」
一気にまくし立てるように言い放ち、ユカが衝立の向こうに消えた。
彼女の背中を見送りつつ、政宗はノロノロとソファに移動して、うつ伏せの状態で倒れ込んだ。単純に身体が疲れていることと、この顔を見られたくなかったから。
「なんでこんな時に、よりによって……!!」
思い出すだけで顔が赤くなる。扉を開いた瞬間、どこかぎこちなくエプロンをつまみ、一人ではにかんでいた彼女の姿を目の当たりにしてしまった。横顔が、仕草が、その全てが彼の知るユカではなくて……とても可愛いと思った。
そして同時に、誰にも見せたくないと思った。
絶対の信頼を置いている統治でさえも、この場に戻ってきてほしくないと思うほど――強く。
自分の状態が正常ではないことなど分かっている。だから、一刻も早く、彼女とは距離をおかなければならない。
そうしないと……自分はまた、何をするか分からないのだから。
「勘弁してくれよ……帰したくなくなるだろうが……!!」
うつ伏せのままボソリと呟き、素数でも数えて気を紛らわせようかと思った、次の瞬間。
「あ、あのー……政宗、ちょ、ちょっと……」
衝立の向こうから、申し訳無さそうな声が自分を呼んでいる。
政宗は重たい身体に鞭打って立ち上がると、首を傾げつつ……恐る恐る、衝立の前に立った。
「ケッカ、どうかしたのか? というか……俺、そっちに行っていいのか?」
「あ、うん大丈夫。ちょっと背中のチャックが上手く動かなくてっ……ぐぬぬっ!!」
「ヘイヘイ……」
見えない何かと格闘している気配のユカに嘆息しつつ、政宗は衝立を越えて、ユカが荷物をおいている彼女の席の方へ移動した。
そこではユカが必死に背中に手を伸ばし、ワンピースの背中についたチャックを縦に下ろそうとしていたが……首の後ろのすぐ下で布が噛んでおり、ユカが縦横斜めに動かしても動く気配がない。
「あーもー動かん!! なしてー!?」
「ほら、じっとしてろ。ったく……」
政宗はため息をつきながらユカの手を背中からどけて、視線を合わせるために膝をついた。そしてまずは噛んでいる布部分を外して円滑に下まで下ろせるようにしようと、グニグニと布を動かしてみる。
「お前……なんで無理やり上までしめたんだよ……」
「な、なんかいけると思って……壊れそう?」
「いや、大丈夫だと思うが……正直、今はあんまり力加減が出来ないからな。変に動くなよっ、と……」
政宗が指先に少し力を入れてチャックを動かすと、噛んでいた部分が外れて、本来のレーンに戻った。そこから他の布を巻き込まないよう、ゆっくり慎重に下げていき……気がつくと、彼女の背中のほぼ下まであいた状態になっている。
当然のようにその下にはドット柄のインナーを着ているので、素肌が見えるのは肩より少し下くらい、肩甲骨あたりまだ。でも、普段では決して見ることが出来ない姿を覗き見てしまった緊張感で、指先が少し震えた。
「おぉ、ありがとう政宗。もう大丈夫やけんねー」
「あ、あぁ……」
政宗が手を離すと、振り向いたユカが……ジト目を向ける。
「……確かに感謝しとるけど、ずっとそこにおるつもりなん?」
「へっ!? あ、いやそんなつもりじゃ……!!」
慌てて釈明する彼に、ユカはジト目を向けたまま……肩の力をぬいて、その口元にニヤリを笑みを浮かべる。
「それとも……メイド服でもっとご奉仕すればよかったですか、ご主人様?」
「お前なぁ……」
いつもの調子であおるユカに政宗が溜息をつくと、ユカが不意に、右手でスカートとエプロンの右端を一緒に少しだけ持った。そして屈託のない笑顔と共に、こんなことを言う。
「……今日のこと、内緒にしとってよ? 統治とか片倉さんとかにバレたら……恥ずかしいけんね」
目眩がした。
目の前にいる彼女が――あまりにも、無防備だから。
政宗はユカとの距離を自分から近づけて、彼女の両肩にそっと自分の手を添える。
刹那、視点が定まらなくて、少しだけ目を細めた。
駄目だ、このままここにいると、自分は――
「まさっ……!?」
彼の変化に気付いたユカが、少し腰を落として一度その場から逃げ出そうとした。
しかし、今の政宗がそれを見逃すはずもない。彼女に添えた両腕に少し力を入れるだけで、彼女の華奢な身体は為す術なく床の上に転がる。
「政宗……!!」
白いエプロンの一部は、彼の膝で踏みつけられた。
現状を把握したユカが軽く目を見開き、自分を押し倒した彼を見上げる。
彼女を見下ろす彼の瞳は虚ろなまま、ただ、その両腕はユカを逃さないという明確な意思表示をしていた。
ユカは内心、自分の迂闊さを呪っていた。『混濁』に近い状態の『縁故』は、普段では考えられないような行動に出ることがほとんどだ。今の政宗がその最たる例ではないか。
いつもの調子で彼に接して、距離感と対応を間違えたのは、自分だ。
「政宗……」
距離が近づいたことで、そっと視え方を切り替える。そして、彼の『関係縁』に目立つささくれがないかどうかをざっと確認して……『まだそこまでではない』という結論に至った。
これはつまり、『関係縁』の処理だけでは、この状況は変わらない可能性が高いということ。
しかし、目の前の彼を見ていると――とてもそうとは思えない。
視線をそらしても追いかけてくる、虚ろな眼差しが、怖い。
「政宗……痛い、ちょっ……!!」
両肩をリミットのない状態で押さえつけられ、痛みで思わず目を閉じた。
世界が元に戻る。しかし現状は変わらず……骨がギシリときしむような鈍痛を感じる。しかし、ユカの声は届いていないのだろう。彼の力が緩むことはない。
不意に、政宗の右手が、ユカのワンピーズの襟元を掴んだ。先程後ろのファスナーを全部おろしてしまったこともあり、衣服が全体的にゆるくなっている。今の彼であれば、このまま衣服を取り去ることなど造作もないだろう。
「やっ……政宗、やめっ……!!」
ユカの声は届かないまま内側に着ていたタンクトップのインナーごとずらされたため、右の鎖骨が外気にさらされ、肩の先にひんやりした空気を感じた。
こんなに力が強かったら、敵わない……そんなことを、嫌でも思い知らされる。
このまま、為す術なく蹂躙されるのだろうか。
政宗ならばしょうがない、彼をここまで追いやった責任は自分にもあると――諦めるしかないのだろうか。
――違う。
ユカは唇を噛み締めて、一度、頭を振った。
これは、違う。
例えこの状況に追いやってしまった一因が自分にあるとしても――これは、違う。
それに……政宗に自分の声が届かないことなど、あるはずがない。
「だから痛いって言いよるやろ!? 話を聞けバカ政宗!!」
「っ!?」
流石に声を荒らげると、我に返った政宗が目を見開き、慌てて彼女から両手を離した。
しかし、目眩がひどい状態であることを失念したため、身体を支えていた腕を取り払った瞬間、容赦なく身体のバランスを崩してしまう。
そのケッカ……。
「うわぁっ!!」
「嘘やろぉっ!?」
為す術なく崩れ落ちてきた政宗の前頭部が、ユカの額を直撃した。目の前でリアルに火花が散り、ユカの意識も数秒間飛んでいく。
『混濁』状態から瞬時に覚醒するような、そんな、凄まじい衝撃だった。
「いぃっ……いっだぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
リアルで涙目になったユカが、頭を抱えて悲鳴をあげる。政宗もまた頭を揺らすような痛みに体を動かせず、かろうじて肘をつくことで全体重をかけることこそ回避しているものの……ユカに覆いかぶさっている状況を変えることまでは出来ていない。
「げ、ゲッガ……だいじょうっ……」
「大丈夫なわけがなかやろうが!! うっかり記憶喪失になるかと思ったよ!!」
「それは……困るな……っ……」
ユカからの怒号に苦笑いを浮かべる政宗は、痛む頭を押さえて、ゆっくり身体を起こした。
そして、少し遅れて身体を起こすユカの額に、そっと、自分の手を添える。
「……うわぁ、コブになってるな……本当に申し訳ない」
「だって本当に痛いもん……石頭宗……」
「また変な二つ名を……救急箱に何かあったっけか……」
離れた場所に置いているそれの中身を確認するため、政宗はユカから手を離して立ち上がろうとしたのだが……ユカが彼のワイシャツをつかみ、その行動の邪魔をする。
「ケッカ……?」
無言で見つめられ、思わず無言で見つめ返す。
「政宗……あたしの声、聞こえる?」
「声? ああ、聞こえるからこうやって反応してるぞ」
そして当たり前のことを尋ねられ、当たり前の答えを返す政宗。
そんな彼にユカは大きなため息をつくと、ズレていた右肩の衣服の位置を整えた。そして……。改めて自分の額に片手を添えて、掴んでいる彼の服を少し強引に引っ張る。
「あーぁ……あたし、政宗から傷物にされたー」
そしてわざとらしくこんなことを言ってみせると、政宗は露骨に視線をそらした。
「……間違いじゃないけど、もう少し違う表現はないのか?」
「これ以上明確な表現があるわけないやんね。あーぁ、これはいずれ改めてゆっくりじっくり牛たんとか食べんと、やってられないなー」
そう言ってニヤリと笑うユカに、政宗は肩をすくめて頷くしかない。
「こればっかりは言い逃れ出来ないな。じゃあ……今日、これから行くか?」
この提案に、ユカは頬を膨らませて首を横に振った。
「やだよ。こげな傷がある状態で……それに、政宗も本調子じゃないけんね。だから……だから、ね……」
そう言ってユカは一度言葉を切ると、その場に立ち上がる。「ケッカ? どうし――」
同じく立ち上がろうとした政宗を制して座らせたままにした。そして自分を見上げて何か言いたそうな彼の唇に、自分の右手人差し指を添えて……彼に二の句を継がせない。
「今日はこれから……政宗の部屋で反省会やね。あ、駅でお弁当でも買って帰ろっか」
断る理由のないこの提案に、政宗が無言で首を縦に動かすと……ユカは「よろしい」と言わんばかりのドヤ顔を少しくずして、どこかいたずらっぽくこう言った。
「女の子に痛い思いをさせたこと、ちょっと反省せんね」
そう言って自分を見下ろすユカは、とても楽しそうで、とても無邪気で。
政宗はやはり、気になってしまう、惹かれてしまう。
この、今の自分と共にある彼女に――どうしても。
とても、ドタバタさせたかったんです。それだけです。あと、凄まじい破壊力のイラストが届いたら、便乗するしかないじゃないか!!(力説)
ユカと政宗の距離感は、やっぱりコレくらいでいいのかもしれないなー……と、再確認しました。あぁ楽しかった。とても、楽しかったです。




