17周年記念・猫化サイヨウ⑤/櫻子×とーじさんwith分町ママ
猫化も遂に最終話。最後はなんと、彼まで動物痕の餌食に!?
普段とは違う彼の態度も含めてお楽しみくださいませ。
……あ、時間軸的に2人は現時点より近い関係なので、本編とは異なる呼称で呼んでいるところがあります。お察しください。来年(2018年)の本編で追いつきます。
登場キャラクター:統治、櫻子、分町ママ
透名櫻子は狼狽していた。
仙台にある医療センターに用事があり、近くまできたから寄ってみようと立ち寄った『仙台支局』にて……とても奇妙な出来事に遭遇してしまっているのだから。
「あ、あの……統治、さん……?」
「……」
「す、すいません、その……お疲れなのでしょうか……?」
「……にゃぁ……」
櫻子の膝を枕にして、幸せそうな顔で目を閉じている統治にいつもの覇気は感じられない。むしろ全てが緩み、フニャリとくたばってしまっている。
そもそも、あの名杙統治に対して膝枕など……数分前の彼女には想像出来なかった。
遡ること数分前、櫻子が『仙台支局』に顔を出すと、中には統治が1人で作業をしていた。事前に連絡をしていたこともあり、統治はすんなりと櫻子を迎え入れた。ユカと政宗は伊達先生のところへ行っているという。
「山本達もそろそろ帰ってくるはずだ。今日は来客の予定もないから、時間に問題がなければ、ゆっくりしていってくれ」
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて……」
コーヒーを持ってきてくれた統治に会釈をすると、彼は一瞬何かを躊躇った後……再び、衝立の向こうへ消えていく。
仕事中だから話が出来ないのはしょうがない、むしろ、ここにいられるだけで十分だ……櫻子は自分にそう言い聞かせながら、黒い水面が揺れるコーヒーをすすった。
すると……自分への視線を感じる。どこからだろうかとキョロキョロ見渡していると、先程統治が消えた衝立から、彼がひょこっと、まるで子どものように顔を出していることに気がついた。
その、あまりにも奇妙な……もとい、珍しい光景に、櫻子は何かあったのかと一抹の不安を抱きつつ、カップをテーブルに置いて立ち上がる。
「あ、あの、統治さん……どうかしたんですか?」
「……」
統治は無言で彼女を見つめたまま。自分が何かしたのかと不安が募る櫻子は、意を決して、彼へ更に近づいた。
すると……統治が衝立の向こうからぴょこっと姿を表して、そのままテトテトといつもより小刻みに近づいてくる。そして……。
「……にゃぁ……」
やたら可愛い鳴き声と共に、その場で丸くなってしまったのだ。
「とっ……統治さん!?」
櫻子は統治の具合が悪いのかと思い、すぐにしゃがみこんで彼の脈をとる。
「脈は……正常、呼吸も問題なし、でも……」
でも、彼の態度は大問題である。
「統治さん、統治さん起きて下さい。こんなところで寝たら風邪を引きますよ?」
「にゃー……」
「そ、そんなにお仕事でお疲れなのでしょうか……ど、どうしましょうか……」
櫻子は周囲をキョロキョロと見回して、他に頼れそうな人の気配も、彼を寝かせるための布団になりそうなものもとにかくないことも悟り、途方に暮れるしかない。
「と、とりあえず……ユカちゃん達が戻ってきたら、相談してみましょう」
理解が追いつかないまま、櫻子はその場にペタンと座り込んだ。すると統治がのそのそと動き始めて……彼女の膝を自分の枕にしてしまう。
「あ、あの……統治、さん……?」
「……」
「す、すいません、お疲れなのでしょうか……?」
「……にゃぁ……」
会話すら成り立たなくなった統治にどう接して良いのか分からず、櫻子は天井を仰いでため息を付いた。
「ユカちゃん、佐藤さん……早く、早く戻ってきてください……!!」
そんな下界の様子を眺めていた分町ママは、足を組み替えて眉をひそめる。
「あの統治君に動物痕……? どれだけの力を持ってるのかしら……」
統治は名杙直系だ。名杙の『因縁』はベスト・オブ・特殊であり、むしろ他の動物痕を従わせる特性を持っている。(例:豚バラ)
そのため、動物痕を近づけることがあったとしても、憑かれるというのは前代未聞だ。これが表にバレてしまったら、統治の立場がちょっと危うくなるほどに。
そんな統治の『因縁』に絡みつき、彼を支配しようすらしている動物痕は、どんな存在なのだろうか。
そういえば最近……『仙台支局』に複数の動物痕が出入りしており、ユカや櫻子も被害を被ったばかり。政宗や蓮も、仙台支局以外のところで動物痕にとり憑かれたらしい。
何かが決定的にズレている異常事態。その元凶は、一体――
「お話……出来るかしらねぇ」
分町ママは手に持っていたビールジョッキをとりあえず片付けてから、高度を下げて、2人の隣に移動した。
そして……幸せそうな顔で眠っている統治を見下ろし、意識を集中させる。
――私の声、聞えるかしら。
――にゃ?
刹那、櫻子の膝の上にいる統治がピクリと反応したが、特に起きる気配はない。
――見つけた。貴女ね、最近このあたりを賑わせている元凶は。私の言葉、分かる?
――分かるにゃ。
――自分の名前、覚えているかしら。
――名前、名前……にゃ、にゃにゃ……にゃにゃ……。
――あぁいいわ、無理しないで。思い出せないことはきっと、どれだけ頑張っても思い出せないものよ。
――にゃー……。
統治の中にいる猫の動物痕が、どこが残念そうに小さく鳴いた。
そんな猫へ、分町ママは静かに警告を始める。
――キミ、ここにいると危ないわよ。
――危ないのかにゃ?
――そうよ、ここはキミみたいな存在を消すところなの。
――消す……そういうおばちゃんは消されないのかにゃ?
――おばちゃん……。
分町ママは一度言葉を飲み込むと、咳払いをして改めて話を続ける。
――とにかく、ココは危険よ。早く離れたほうがいいわ。
――確かに、コイツの中は他と比べると『いづい』にゃ。
――あら、そうなの。というか、他と比べるって……どういうこと?
――色々なタイプの人間に憑いてきたにゃ。最初は居心地の良いジャリボーイ、その次はなんか大好きがウザかったリーマン、そしてコイツだにゃ。
――あら、男性にしかとり憑いてないの?
――我輩はメスなので、若いイケメンのオスにしか興味ないんだにゃ。この部屋はいい匂いがするから、他の猫も来たんじゃないのかにゃ。
――そうなの。でも、よく生き残れたわね……元々死んでるけど。
――危機察知能力には長けているんだにゃ。
――あ、そう……でも、彼に憑いて、よく『いづい』で我慢していられるわね。
――我慢できなくなるレベルではないのにゃ。でも……『いづい』にゃ。もう飽きたし、バイバイにゃ。
次の瞬間、統治の体がビクリと大きく波打った。
「統治さん!?」
櫻子が驚いた声を出して統治を覗き込む。
すると……目を開いた統治と目が合い、二人して目を見開いた。
「統治さん、大丈夫――」
「これは一体何が――」
二人して声を掛け合った次の瞬間、起き上がろうとした統治の額と彼を覗き込んでいた櫻子の額が容赦なく激突する。
統治はフラリと再びその場に倒れ、櫻子は額を抑えて涙をこらえた。
「す、スイマセン大丈夫ですか……っ……」
「あ、ああ……むしろ、俺のほうが……」
彼女との距離感を確認しながらゆっくり身体を起こした統治は、赤くなった彼女の額に手を添えて、申し訳なさそうな顔で謝罪する。
「本当に申し訳ない。大丈夫か?」
「大丈夫です。統治さんも元に戻ったみたいで、安心しました」
「元に戻った……?」
何も覚えがない、と、顔をしかめる統治に、櫻子が驚くべき事実を告げる。
「統治さんが、その……まるで猫みたいに「にゃぁ」って鳴いたり、ふにゃふにゃになったりして……具合が悪いのかと思ったんですけど、それも何か違う気がして……」
「っ……!?」
櫻子が嘘をつくとは思えないので、彼女の言い分を総合すると、統治は猫の動物痕にとり憑かれていたことになる。最近の流れを考えるとしょうがないところもあるが、名杙直系である自分まで巻き込まれたとなると話が変わってくる。
統治はまばたきをして視え方を切り替えて、彼女の姿を探した。
「分町ママ、いませんか?」
刹那、統治の頭上にいた分町ママが、彼と同じ目線の高さまでおりてくる。当然だが櫻子には視えていないのだが、統治と同じ方を見て、とりあえず軽く会釈した。
珍しく両手に何も持っていない分町ママが、統治を見つめて安堵の息をついた。
「良かったわ、元に戻ったのね」
「やはり……俺にも動物痕が?」
「そうなの。まさか統治君までとは思っていなくて、本当に驚いたわ。とりあえず私が追い払っておいたけど……あの子、きっときまぐれな子だわ。力も強そうだし、そう簡単に消えないと思うのよ」
「そうですか……」
認めたくなかったが……分町ママにここまではっきり言われるということは、自分も動物痕の餌食になってしまったことは現実のようだ。
名杙直系として、恥ずかしい失態である。
あの分町ママさえ舌を巻く猫の動物痕、その正体は分からないままだが……逃げてしまったのであれば追いかけようもない。むしろ今は、この部屋にこれ以上動物痕が入らないようにするべきだろう。
統治は足を組み替えた分町ママに、この部屋の現状を尋ねてみることにした。
「分町ママ、この部屋の様子に変わりはありませんか? もっとも、変化があればすぐに気づくとは思うのですが……」
「変化? あ……」
ここで分町ママは、少し前からこの部屋の綻びを感じていたこと、そしてそれを完全に言い忘れていたことを思い出す。
統治もまた、その反応から何かを悟り……虚空でビールジョッキを取り出した分町ママにジト目を向けた。
「……分町ママ、何か違和感を感じていたんですね」
「ご、ゴメンねー統治君、ほら、私ってもともと忘れっぽいっていうか記憶力皆無だからー★」
「……」
なおも自分を冷めた目で見つめる統治に、分町ママは中身を飲み込んで「でもね、統治君」と勝ち誇ったような表情で逆襲を開始するのだ。
「統治君だって、名杙直系なのに動物痕にとり憑かれたじゃない。このことが表沙汰になると……ちょっと面倒なことになるんじゃないかしら?」
「それは……」
確かにその通りなので言い淀んでしまう統治。分町ママはその反応を見てニヤリとほくそ笑むと、こんな取引をもちかける。
「ねぇ統治君、このことは私達だけの秘密にしましょうよ。私は君が動物痕に憑かれたことを名杙に黙っておくわ。その代わり君は、私が報告を忘れたことを名杙に黙っておく……悪い取引じゃないと思うけど」
「……」
統治は一瞬思案した後……隣でキョトンとしている櫻子を見た。
自分が動物痕にとり憑かれた現場を見ているのは、彼女だけ。
彼女さえ喋らなければ――自分の失態は、表に出ないだろう、多分きっと。
統治はただでさえ、蓮と桂樹に『因縁』を奪われたという苦い過去がある。そのことでも大分内部からの突き上げがあったのに、動物痕にまで憑かれたともなると……自分を守ってくれている現当主の顔も潰すことになってしまう。
「統治さん……?」
心配そうな表情で自分を見つめる櫻子に一度頷くと、改めて、分町ママを見上げた。
「……その違和感には、だいぶ前から気付いていたんですね?」
彼の答えを――分町ママとの取引には応じないことを――察した分町ママは、肩をすくめて苦笑いを浮かべた。
「統治君も、たまにはずる賢くなったほうが楽に生きられるわよ」
「ご忠告ありがとうございます。ただ……俺には無理です」
まっすぐに言い放つ統治に、分町ママは満足そうに頷いてから……「忘れないうちに、名杙に報告しておくわね」と言い残し、静かに天井裏へ消えていった。
その姿を見送った統治は、瞬きをして視え方を切り替えると、隣でじっと待っててくれていた櫻子に視線を向ける。
彼女の額は、まだ赤みが残っていた。
今回のことは全て、自分の未熟さが招いたことだ。ここで誤魔化したとしても、いずれまた、同じようなことが発生するような気がする。その時のためにも情報は共有して、今後の対策に力を入れておくべきだろう。
ただ……その前に。
「その……今回は巻き込んで申し訳ない。その上で1つ、頼みがあるんだが……」
「はい、なんですか?」
キョトンとした顔で自分を見つめる櫻子に、統治は言葉を探しつつ……苦笑いを浮かべた。
「さっきのことは……俺が話すから、佐藤と山本にはあまり詳しく言わないでもらえるだろうか?」
動物痕に憑かれたことを名杙に知られるよりも、自分の態度が詳細にあの2人へ伝わることの方が厄介だから。
統治の言葉に、櫻子は笑顔で「分かりました」と頷いて……2人だけの秘密が出来たことにほくそ笑むのだった。
Q1:結局、どうして『仙台支局』に猫の動物痕が集まったの?
A1:倫子生誕祭の小話で倫子と蓮(華蓮)が出会い、華蓮が錯乱状態になったことで『仙台支局』のセキュリティに支障が出ます。元々『痕』『遺痕』対策はなされていましたが、それ以外の見えない力が急激に加わったことで、壊れてしまったバランスが崩れたそうです。
そして、支局内に2人(倫子・蓮)の力が残ってしまい、蓮の猫を呼ぶ力+倫子の『痕』を引き寄せる力によって、猫の動物痕だけが集まる猫カフェになってしまったのでした。
Q2:結局、猫の動物痕は1匹だけじゃなかったの?
A2:男性陣に取り憑いたボス猫と、女性陣に取り憑いた普通の猫(各1匹)なので、計3匹です。第1話で蓮が笑ってたのは、次の寄生先である政宗を見つけたからです。ユカは女性なので、伊達先生は年齢……と、ボス猫が好きじゃない『縁由』持ちのため選ばれませんでした。胡散臭いですしね。
Q3:なして統治はとり憑かれたの?
A3:統治は4月(第1幕)の時、蓮と桂樹に『因縁』取られたりしているので、きっと隙があって付け入りやすかったのでしょう。あと、若いイケメンですし。この件は時間が解決してくれますので、もうしばらく、統治は動物痕に近づかないほうがいいと思いますよ。
さて……5回に分けてお届けしました『猫化サイヨウ』、いかがでしたでしょうか。
動物痕に関しては来年の本編でも出てきますので、たまに思い出してあげてくださいですにゃ。
ここまでのお付き合い、ありがとうございましたー!!




